騎士団

 セシルに引き摺られるがまま先を進んでいたアルヴィンは、何やら訓練場のような場所へと連れてこられた。

 ドーム状の開けた空間。中には五百人ほど入れそうな客席があり、その中心では体操着姿で黙々と剣を振る生徒の姿が散見される。

 セシルはそんな集団の方へとまたしてもアルヴィンを引き摺りながら進んでいった。


「やっほー!」


 セシルが声をかけて手を振る。

 すると、生徒達は手を止めて一斉に頭を下げた。


『『『『『お疲れ様です、副団長!!!!!』』』』』』


 学生のはずなのに随分統率されているな、と。

 アルヴィンはそんな面々を見て少し意外に思う。


 アカデミーにある騎士団は言わば将来騎士を目指す人間が経験を積むために形成された組織だ。

 王家直属の騎士団や領地で働く騎士団ほどではないが、しっかりと街や国から依頼も来るし、ちょっとしたイベントに参加することだってある。

 アカデミーの騎士団に入っていれば将来別の騎士団に入る際は有利になるため、今から進路を決めている者は必ずと言っていいほどアカデミーの騎士団に所属する。

 とはいえ、ここに所属しているだけでは騎士という部類には入らない。立場的には騎士見習いといったところか。


 セシルも、将来は父と同じ騎士団に所属するつもりだ。

 恐らく、この場にいる者も将来は騎士になるのだろう。


「うん、お疲れぇ~! 皆、今日も朝から偉いねぇ~」

『そ、そんなことないっすよ』

『へへっ……副団長に褒められるなんて朝からついてるぜ』

『こりゃ、俺は一番好感度上がったな』


 ただまぁ、過分な下心は歳相応だなとも思った。


『それにしても副団長、その男は一体……?』

「ふふんっ! よくぞ聞いてくれました―――この子は私のボーイフレンドです!」

「待って、姉さん。今変なルビが入った」


 これでは勘違いされてしまうではないか。

 今の一連のやり取りを見るだけで、この騎士見習い達が自分の姉に好意を寄せているのだと分かる。

 そんな誤解をされてしまえば出会い頭に好感度が下がってしまうだろう。

 ここは早急に誤解を解かなければ。

 アルヴィンは立ち上がって自己紹介をするために襟首を整えた。


「初めまして、セシルの弟の―――」

『あ゛? 弟だァ?』

『ぶち殺されてぇのか、あァ?』

『ちょっと新しい剣を新調したからさ、試し切りさせてくれや』

「弟にする反応じゃないよね!?」


 好感度を上げるどころか著しく下げてしまったアルヴィンであった。


『ってことは、こいつが公爵家の面汚し……』

『副団長が想いを寄せている血の繋がっていない無能……』

『今ここでこいつを始末すれば副団長は……』

「姉さん、今すぐにここを出よう。弟の身が嫉妬に狂った野郎の餌食にされちゃう」

「ふぇっ?」


 あの刺殺でもせん勢いで睨んでくる視線に気づかないのか?

 セシルは可愛らしく首を傾げるだけだった。


『それで、副団長。どうしてこのクソや……弟殿を連れてきたのですか?』


 一人称をクソ野郎にするほど好感度が下がったのかと、アルヴィンは頬を引き攣らせる。

 どうやら、過剰に弟を好いている姉のことは周知されているらしい。


「うんっ! 昨日は皆アルくんの凄さを信じてくれなかったからね、今日はアルくんの凄さを見せつけようと思いました!」

『『『『『へぇー』』』』』

「それで、皆の意見を聞かずに騎士団に入らせようとも思いました!」

『『『『『ほぉーん』』』』』


 今すぐにでも鼻をほじってしまいそうなほどどうでもいい信じられないと言わんばかりの騎士見習い達。

 信じてもらえないと分かってはいて信じてほしくないと願ってはいるが、なんとも腹立たしい野郎共だなと思った。


「ちょっと待ってください!」


 そんな時、ふと騎士見習い達の間を縫って一人の男がやって来た。

 他の人間よりも少し背が高く、端麗な顔立ちと短く切り揃えた金髪が異様に目立つ。


「……誰?」

「ん? 私と同じ副団長のルイスくん。侯爵家のご子息さんだよ」

「イケメンでむかつくね」

「大丈夫、アルくんの方がかっこいいから! 比べたら可哀想だよ!」


 ヒソヒソと耳打ちを始める二人。

 なんだかんだ言いながらも、とても仲がよろしい。


「どうしたの、ルイスくん? なんか顔が怖いよ?」

「きっとお疲れなんだよ、姉さん。こういう時はスルーするのが女性のマナーだ」

「ふぇっ? なんでお疲れなの?」

「男が朝疲れているっていったらアレしかないじゃん。ここは道端でこけた人を見るような嘲笑を向けてやるべきだと同じ男として進言するよ」


 アルヴィンがそう言うが、セシルは首を傾げる。

 複雑な男の事情は、まだ可愛らしいレディーには早かったようだ。


「俺は認めません、そんな男を神聖なる騎士団に入れるなど!」


 ルイスは人混みを掻き分けたあと、アルヴィン達の前へと立つ。


「えー……ダメ?」

「ダメです! こいつは公爵家の面汚し……あなた様の名前を傷つけている張本人です!」


 アルヴィンを睨むルイス。

 コメディが入っていない分、この人が一番好感度低いな。

 特に怯えたりはしないが、アルヴィンは辟易とした。


(おかしい、僕の方が血筋的には公爵家なのに)


 これが日頃の行いのせいというものか。

 アルヴィンは特に気にした様子もなく二人のやり取りを見守った。


「まぁ、私が勝手に連れて来て勝手に言ったことだけどさぁ……ルイスくん、?」


 横で見ていたアルヴィンは心の中で「ご愁傷様」と思った。

 整った顔立ちに笑みを作っているが、瞳が面白いほど笑っていない。

 血の繋がっていない弟であっても、傍から様子を見守っている騎士見習い達も理解できた。


 ───セシルがかなり怒っているのだと。

 ルイスもそれは感じ取ったようで、一瞬足を後ろに下げてたじろいだ。

 だが、それでも負けじと言葉を続ける。


「ですが、この男はダメです! 脆弱で遊んでばかりのクズが騎士団に入れば他に迷惑をかけます!」

「言っておくけど、アルくんは強いよ? それに、誰よりも優しい。私はアルくん以上に騎士団に向いている人はいないと思うなぁ」

「……昨日も思いましたが、あなたは弟のこととなるとおかしなことを口にしますね」


 むっ、と。セシルの口元が尖る。

 それが好機に見えたのか、ここぞとばかりにルイスは言葉を捲し立てた。


 しかし、その直後だった。


「ついにあなたの目は腐ってしまいましたか!? いくら腕っ節があるとはいえ、そのような阿呆に───」


 


「ばべるごふちゃえ!?」


 大きな土煙と激しい衝撃音が訓練場に響き渡る。

 騎士見習い達やセシルが思わず呆けてしまうが、視線は吹き飛んだ方よりもルイスが立っている場所へと注がれた。

 そして、そこへ代わるように立っていたのは───



「僕の目の前で姉さんを馬鹿にすんじゃねぇよ、ナメてんのか?」



 振り抜いた足を下ろしている、公爵家の面汚しと呼ばれている少年であった。

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