アカデミー

 公爵領からアカデミーまでは片道馬車で一時間。

 それはアカデミーである王都が公爵家の横に隣接しているからだ。

 貴族、及び多額な入学金を納めた平民が通うアカデミーは本来、寮制度を設けた学園。

 しかし、一部貴族や平民は自宅が近くにあるから……などといった理由で通学する生徒もいる。

 セシルは、その通学組の中に入っている。理由は「アルくんと離れ離れになるからやだっ!」とのこと。


「ふふっ、これって学園デートってやつかな、アルくん?」

「……首根っこ掴まれて引き摺られながらアカデミーに通う構図が仲睦まじく見えるんだったら、世界って平和だよね」


 朝早く起き、速攻でご飯を食べて速攻で身支度を済ませた二人は一時間ほど馬車に揺られてアカデミーへとやって来ていた。

 大きく聳え立つ校門、先が遠くも大きさが分かる校舎、入り口付近一面に咲き誇る花壇。

 流石は、各地から貴族が集まる王国一のアカデミーというべきか。そのスケールは目を見張るものがあった。

 とはいえ、アルヴィンは面汚しと呼ばれながらも立派な王家に次ぐ公爵家。

 スケールの大きさは見慣れているため、ただただ首根っこを引き摺られるままアカデミーへと入っていった。


「僕が入っちゃってもいいの? これから入学するけど、まだ生徒じゃないよ?」

「入学前だからいいんじゃない? それにほら、公爵家だし? 使えるものはじゃんじゃん使っていこー!」


 つまりは貴族の肩書き乱用ということである。

 いいのかな? とも思いつつも、回れ右させないように掴まれている首根っこがその疑問を無意味なものとさせていた。


「っていうか、僕がアカデミーに来たところで何をするのさ……姉さんが授業を受けている間は、僕は寂しい寂しいボッチちゃんになっちゃうよ」

「大丈夫! 今から私達は授業が始まる前の訓練があるから! 授業は受けないのでボッチ回避!」


 そう言われてみれば、先程から通学してくる生徒が見当たらない。

 朝も早いし、まだ通学する生徒はいないのだろう。セシルといった、アカデミー直属の騎士団メンバーが早朝訓練に来るぐらいだから当たり前なのかもしれない。


「……それで、一体僕に何をさせようっていうの? 言っておくけど、僕は誰がなんと言おうとも実力を晒したりしないからね」

「あ、もう誤魔化すのやめたんだ」

「もう手遅れだと思うし、諦めたよ」


 だが、自堕落ライフを諦めたわけではない。

 そのためには、セシルがさせようとしている名誉挽回おとうとじまんをなんとか乗り切る必要がある。

 優雅な睡眠、適度な娯楽、美味しい食事。これだけをしていきたい。

 無為な労働なんてクソ食らえ。馬鹿にされても結構。それほどまでに自堕落ライフは魅力的なのだ。


「むぅ……お姉ちゃん的にはアルくんには頑張ってもらいたいなぁ。馬鹿にされたままなんて、生き難いよ? しかも、アルくんはとっても騎士団向きだと思うの!」

「どうして?」

「だって、んでしょ?」

「…………」

「それはアルくんが優しいからで、困っている人を助けたい気持ちがあるからじゃないかなぁ~?」


 アルヴィンがあの洞窟で盗賊を倒していたのは『困っている誰かを助けたかった』ため。

 口ぶりからして、アルヴィンは偶然居合わせるまでずっと続けてきたのだろうとセシルは思っている。

 誰にも褒められないのに人を救い続けるのは偉いことだ。それは純粋にセシルは賞賛している。

 ならばいっそのこと、周囲からも認められて誰かを助けられる騎士団に入った方がいい。

 セシルは愛しい弟を見ながら純粋な願望を投げた。


「分かってないね、姉さんは。行動と願望が必ずしもイコールになるっていうのは短絡的思考だよ。作者の気持ちを答えなさいっていう問題文と同じで、明確な答えなんて客観的には分からないものなんだ」

「じゃあ、アルくんはなんで嫌なの? お姉ちゃん、これでも副団長だから口添えできるよ?」

「僕は自堕落な生活を送り―――」

「『たい』って言ったら、このまま唇を塞ぎます」

「———たくはないけど、色々と事情があるんですよねェッ!」


 正直な気持ちを口にさせてもらえないアルヴィンは歯軋りをする。


「姉さん……僕がなんで嫌なのか分かってるでしょ?」

「ふふんっ! これでも伊達にアルくんのお姉ちゃんをしていないのですどやぁ! っていうか言ってたしどやぁ!」

「くそぅ……自分の姉の可愛さがそこはかとなく腹立たしいっ!」


 豊満な胸部をこれでもかと言いながら強調してみせるセシル。

 その動作が子供っぽく可愛らしいのだから中々憎ませてくれない。それが腹が立つ要因であった。


「いい、アルくん……これはアルくんのためでもあるんだよ」

「ほほう?」


 まさか弟を我が物にしたいとしか考えていなさそうな姉が自分のことを考えていたとは。アルヴィンは少し興味を持った。


「アルくんは凄いです。氷魔法を無詠唱、私の剣を二度も弾き飛ばせるほどの戦闘能力もあります」

「うんうん」

「きっと、周囲もアルくんの実力を知れば評価を改めて、アルくんを認めてくれるでしょう」

「うんうん」

「そしたらアルくんは堂々とお姉ちゃんと結婚ができます」

「僕は断固として実力を見せないことを決めたよ」

「どうして!?」


 アルヴィンの意志は固いものとなった。


「やだやだっ! お姉ちゃんは自慢したいー!」

「ようやく本性を現したなそれが貴様の本音か!」

「っていうか、自堕落な生活なんて間違ってるよ! 将来は家督を継ぐんだから真面目ちゃんにならないとダメなんですぅー!」

「正論をかざすなんて卑怯だよ!?」

「卑怯じゃなくて事実だからね!? それに、お姉ちゃんはせっかくアルくんが凄い子なんて知ったんだから皆にも知ってほしいのー!」


 あーだこーだ。

 そんな姉弟の仲睦まじいやり取りが校門で響き渡る。


 そして、その喧噪が聞こえなくなったのはセシルがアルヴィンの首根っこを掴んだまま足を進めた時であった。

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