アルヴィンの姉

次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 アルヴィンはその日の夕刻、自宅でソワソワしていた。


 姉のセシルと違って、アルヴィンはまだアカデミーには通っていない。

 といっても、年齢的には今年。

 通いたくない通いたくないやだやだ本当にやだと泣き喚き散らしたいところではあるが、公爵家という立場上、アカデミーに通わなければ身内に迷惑をかけてしまう。

 ただでさえ、今は公爵家の面汚しという悪名で迷惑をかけているのに、これ以上恥を上塗りしてしまえば社交界や貴族世界で家族が生き難くなる。

 流石にアルヴィンとてそこまで厚顔無恥ではない。

 自堕落な生活を送るための線引きは知っているのだ。


 ───とはいえ、それは余談。


(さて、姉さんが帰ってきたらなんて言おう……)


 あの歩く拡散機のことだ。

 早い内に釘を刺しておかないと取り返しのつかないことになる。

 約十年も隠し続けてきた己の苦労をこの一瞬で瓦解させるなど許せない。

 となれば、どうにかしてセシルに上手いこと勘違いをさせなければ。


(……まぁ、そんなすぐにどうこうはないと思うけど)


 きっと、帰ってきて早々に「あの実力は何!?」と言うのだろう。

 そわそわと玄関前をうろつきながらその時の対応を頭の中でシミュレーションする。

 そして、ついにガチャりという音を立てて玄関扉が開いた。


「あ、お帰り姉さ───」


 そこから姿を現したのは姉の姿だった。


「ひっぐ……ただいま、アルくん……」

「何があったの?」


 流石にこの登場は予想外であった。


「皆がね……」


 セシルは傍から見ても鬱陶しいぐらい明るくていつも笑みを絶やさない太陽のような女の子だ。

 そんな彼女が泣いているなど、一体何があったのか? アルヴィンは思わず心配してしまう。


「何度も言ったのに、アルくんが強いって信じてくれなかったんだよぉー!」


 その心配は三秒で捨て去った。


「そりゃそうでしょ。いきなり公爵家の面汚しが「実は強いんですー」って言われても、普通の人は信じてくれないよ」

「ひっぐ……ちゃんと全校集会の時に言ったのに……」

「なんてことを」


 歩く拡散機のことを舐めていたアルヴィン。

 まさか日を跨ぐ前に行動を起こしてしまったとは。

 これでは余計にもアカデミーに行きたくなくなってしまった。


「いい、姉さん? 姉さんは重要な勘違いをしているんだ」


 アルヴィンは真剣な瞳でセシルの瞳を覗く。

 肩を掴み、伝わってほしいという気持ちをありありと浮かべながら。

 それが伝わったのか、セシルは目元の涙を拭いながらにっこりと微笑んだ。


「うん、分かってるよ……アルくん」

「流石は姉さんだ……」

「伊達にお姉ちゃんはしてないよ。アルくんと過ごした時間は長いんだから」


 分かっている。アルヴィンの気持ちを理解したのか、自信のある顔でそう言いきった。

 それが嬉しくて、ついアルヴィンも心打たれたような感覚に陥ってしまった。


「姉さん……」


 アルヴィンは少し誤解をしていたかもしれない───


「挙式は成人を越えてからだよね」


 ───この人の頭のおかしさを。


「違うね、姉さん。僕が言いたいのはそんなことじゃないんだ」

「そんなこと!? アルくんはお姉ちゃんの結婚をそんなことって言った!?」

「そんなことじゃないんだ」

「二回も言った!?」


 ───実はこのセシル・アスタレア。重度のブラコンである。

 幼い頃から弟を慕い、過度な愛情を注いできた。

 容姿端麗、実力、家督問題なしの優良物件であるにもかかわらず、いい歳まで婚約相手がいないのは「弟と結婚するから!」という言葉を本気で口にしているからである。

 おかげで、そんな世迷言を断り文句にしているからか周囲はセシルのブラコンっぷりを知ってしまっていた。

 加えてのだから、なまじセシルのブラコンはタチの悪いものとなっている。


 とはいえ、今はそんな話などどうでもいい。


「僕はね、姉さんが思っているほど強くないんだ。知っているでしょ? 僕が周囲からなんて言われているかって」

「かっこよくて可愛い素敵な男のk───」

「無能で公爵家の面汚しって言われているんだ」


 セシルの言葉を遮り、アルヴィンは言葉を続ける。


「あの時はたまたま洞窟に迷い込んじゃって、たまたま盗賊達が倒れていて、たまたま姉さんの剣を弾けただけなんだよ」

「そうなの……?」

「そうなんだ。だから───」


 シュ。

 ガキッ!


 そう口にした瞬間、セシルは帯刀していた剣を思い切りアルヴィンの首筋へと払った。

 目にも止まらぬ速さ。しかし、アルヴィンが寸前で足元から生み出した氷の柱でその剣を弾く。


「信じてほしい」

「お姉ちゃん、信じられる要素がなくなったよ」


 剣を払っておいて真顔で言いのけるアルヴィンにジト目を向けるセシル。

 これでも、セシルはアカデミーの騎士団を腕っ節だけでまとめ上げられる実力がある。

 そんな人間の剣を見向きもしないで対処したのだから、流石に発言に無理があった。


「違うんだ、姉さん! 今のはたまたま……そうっ、たまたまなんだ!」

「たまたま氷の柱が生まれるって状況も凄いね」

「ちくしょうっ! 弟に剣を向ける姉なんか最低だ……ハッ!」


 ヒソヒソ、と。

 周囲にいた使用人達がこちらを見て何やら話していた。

 そう気づいた頃にはもう遅い───何せ、無能だと思われていたアルヴィンが使のだから。


「明日、お姉ちゃんと一緒にアカデミーに行って信じてもらうようにしようねっ!」

「違うんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 満面の笑みを浮かべる姉の横で、アルヴィンの叫びが響き渡った。

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