【2巻12/20発売】ブラコンの姉に実は最強魔法士だとバレた。もう学園で実力を隠せない

楓原 こうた【書籍5シリーズ発売中】

公爵家の面汚しとブラコンの姉

プロローグ

ファンタジア文庫様より、書籍第1巻絶賛発売中✨✨✨


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 ―――突然だが、ここで一人の少年について語ろう。


 アルヴィン・アスタレア。

 アスタレア公爵家の名前を継ぐ、一人の子息であった。

 王国の中でも四本の指に入る名門貴族であり、その歴史は王国誕生の五百年前まで遡る。

 公爵家に名を連ねる者は優秀だ。

 現当主は王国騎士団の団長を務め、婦人は魔法師団の元副団長。

 そして、アルヴィンの二つ上である姉はアカデミーの首席であり、次期王国騎士団長と呼ばれるほど若くして剣の腕が凄まじかった。

 現在はアカデミーが所有する騎士団の副団長をしているほどである。


 そんな家族に囲まれているアルヴィンだが、特に少年はこれといった力はなかった。

 むしろ、家族に比べて悪名高いとでも言うべきか。


 自堕落、自由奔放、我儘、無能。


 日夜家に引きこもり、遊びたい時にだけ遊ぶ。

 優秀な姉とは大違いであり、周囲は常に比べて次々に愚痴のような言葉が漏れていた。

 とはいえ、本人はさして気にしていないのが驚きである。

 普通、優秀な身内と比べられてしまえば多少なりとも劣等感を抱きそうなものなのだが、太々しくもアルヴィンはスタンスを曲げない。

 それが余計にも周囲の評価に拍車をかけている―――公爵家の面汚し、と。


 そんな公爵家の面汚しだが―――


「んー……にしても多いなぁ、盗賊」


 洞窟内で激しい音が響き渡る。

 薄暗い空間の中で、短く切り揃えた白髪が松明によって薄っすらと光り、いくつもの影が次々に地面へと伏せていった。


『な、なんなんだよこいつは!?』

『相手はたったのガキ一人だぞ!?』

『そんなやつにどうして俺達が……ガッ!?』


 阿鼻叫喚。

 狭い空間で盗賊達の声が無情にも聞こえてくる。

 しかし、そんな声を聞いてもなお……アルヴィンは涼しそうな顔で拳を振るっていた。


(仮にもここは公爵領なんだけど、よくもまぁ堂々とアジトを構えようとしたよね。朝一で抽選券をもらおうとする主婦でもここまで本格的に腰を構えようとしないのに)


 やれやれ困ったものだ、と。

 アルヴィンは壁に手を当てて小さく息を吐く。

 すると、壁を中心に氷の波が盗賊団目掛けて襲い掛かっていった。

 人間の脚力よりも間違いなく波の方が早い。飲み込まれた者は一瞬にして氷のオブジェへと変わった。


「な、なんなんだよてめぇは……ッ!」


 洞窟内で唯一運よく波に飲まれることのなかった盗賊が、へたり込みながらアルヴィンを見据える。


「アルヴィン・アスタレア……って言ったら分かるかな? いやー、分かっちゃうよね! 何せ僕って超有名人イケメンボーイだし!? ちょっと何かアクション起こせば新聞に記事が載っちゃうほ───」

「あの公爵家の面汚しか!?」

「あー、うん……そっちの方向で有名なアルヴィンさんです、はい」


 なんて嫌な方面での有名っぷりだろうか。

 アルヴィンはさめざめと盗賊の前で涙を流す。


「嘘だ! 公爵家の面汚しは何もできない無能だって!」

「まぁ、お喋りはこれぐらいにしようよ。君達みたいなのがいるせいで領民が怖がっちゃうんだからさ」


 盗賊の男が信じられないとでも言わんばかりに喚き散らかす。

 そんな男を見て、アルヴィンは「ふぅー」っと白い息を吐いた。

 足元から再び氷の波が襲い掛かり、容赦なく男の体を飲み込んでいく。


「それに、目立ちたくないってだけで別に無能ってわけじゃないんだけど……まぁ、いっか。そっちの方が僕は好きだし望んでるし」


 ―――実のところ、アルヴィンは別に無能なわけではない。


 それどころか、客観的に他者の視点から見てもアルヴィンは『天才』だと称されるほどのものである。

 歴代でも珍しい氷の魔法を極めた魔法士であり、一回りも大きい人間の集団を倒し切れる肉弾戦をも得意とする。

 総合的に、非の打ち所がないほど優秀な人間。

 周囲の評価など首を傾げてしまうほどの男でもある。


 ただ―――


「だって、だらだら過ごしてる方が楽なんだよなぁ。姉さん達見てると過酷だって分かってるし。僕は進路希望調査で『社畜』なんて書く趣味なんかないんだよね」


 この実力が露見でもしてみなさい。

 一瞬にして各種方面から宝の持ち腐れを防ぐために馬車馬のような未来を与えられるだろう。

 寝る、遊ぶ、食べるをモットーにしているアルヴィンにとって、名誉や名声なんて必要とはしていなかった。


 だからこそ、今この周囲に広がっている評価がありがたい。

 これなら、馬車馬のような未来が訪れることもないだろう。

 故に、


「……まぁ、バレないとは思うけどさ」


 父と母は公務で常に公爵領を離れている。

 こうして慈善事業をしているが、大抵は殺してしまうので問題ない。

 姉はアカデミーに通っている学生なので、日中はそもそも公爵領にはいない。


「と、特に姉さんはヤバい……弟がこんな実力を持っていると知ったら確実に周囲に広げる。あの歩く拡散機だけには絶対にバレてはならんのだ優雅な自堕落ライフのためにもッッッ!!!」


 その時だった。

 背後からジャリ、と誰かの足音が聞こえてくる。

 それを聞いたアルヴィンの反応は早かった。盗賊集団の生き残り……そう考え、背後を振り向くことなく両手に生み出した氷の短剣を投擲していく。

 そして、一気に距離を詰めて敵の武器を破壊するために拳を振るおうと―――


「あれ……アル、くん?」


 剣を払った瞬間だった。

 ようやく、アルヴィンの視界に敵の顔が映る。

 いや、敵と言うべきか……その顔は酷く見慣れていて。というより、であった。

 アルヴィンとは違う艶やかな金色の長髪に、翡翠色の瞳。

 端麗で美しくもあどけない顔立ちに、甲冑越しにでも分かる抜群のプロポーション。


 見たことしかない……この人は間違いなく自分の姉───セシル・アスタレアだ。

 アルヴィンの額に冷や汗が浮かぶ。


「や、やぁ、姉さん……」


 ここはなんとしても誤魔化さなければ。

 アルヴィンの脳がフル回転を始める。

 どうしてここにいるのか分からないけども、盗賊討伐の現場を目撃されたことによって実力がバレてしまう恐れしかないのだからッッッ!!!


「本日はお日柄もよ───」

「す、すぐにお父さん達に知らせないと……ッ!」

「人の話は最後まで聞くんだ姉さんっ!」


 慌てて回れ右をするセシルの腕を寸前で掴めたアルヴィンであった。


「だ、だってあのアルくんが盗賊を倒しちゃうんだよ!? お姉ちゃん、やればできる子だって知ってたけど、これを驚かずになんて言うの!?」

「い、いや……これは僕が来た時から───」

「しかも、油断してなかったはずなのに私の剣が飛ばされちゃった!」


 上手い言い訳を探すんだ、アルヴィン。

 さめざめと泣いている暇はないぞ。


「……どうしてここに姉さんがいるの? 今はアカデミーに通ってる時間でしょ?」

「アカデミーの騎士団に所属してるんだよ、私? そんなのお仕事に決まってるじゃん」

「そっか……働き者で偉い姉さんだね……ッ!」


 その勤勉さが今では呪わしいと思ったアルヴィンであった。


「それにしても、やっぱりアルくんはできる子だっ! いっつも遊んでばっかりでちょっと心配だったけど、お姉ちゃんはちゃんと信じてたよ!」


 そう言って、セシルは勢いよくアルヴィンに抱き着いた。

 いつも非常に抱き着かれ慣れているアルヴィンであったが、今は「頑丈、安心、安全」を売り文句にしている甲冑が硬くて頬がめり込むほど痛く、普通に涙を浮かべた。


「ね、姉さん……? ちょ、ちょっと痛いから離れて……」

「アルくんがそんな凄い実力を持っていたなんて! あ、そういえば……どうして黙ってたの?」

「そ、それは……」

「こんなに強かったら皆も納得してくれるよ───」


 自堕落な生活を送りたいだけなんです。

 なんて発言は口が裂けても言えなかった。


「お姉ちゃんとの結婚」


 口が裂けても本当に言えない。


「こ、こうしちゃいられないんだよ! 今すぐ皆に自慢してこなきゃ!」

「ちょ!? 姉さん!?」


 いきなり抱き着いてきたかと思えば、セシルは一瞬にして洞窟の外へと向かっていってしまった。

 その速さは正に疾風。

 可愛い弟の制止すら置き去りにしていく。


「姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 取り残されてしまったアルヴィンは悲劇のヒロインのように膝を着いて届きもしないセシルに手を伸ばした。

 そして───


「なんてことだ……ッ!」


 アルヴィンは絶望めいた顔で地面に拳を叩きつけるのであった。



 これからどうなっていくのか?

 それが分かるのは、今から半日後のお話である───



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は12時過ぎに更新!


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