第9話 聖剣
「はい、僕が作ったやつ。ついでに、はい」
シュウは精霊と俺たちに自分の作ったおにぎりを渡す。
「そっちの作ったのちょうだい。交換」
「なんなんだよ?」
「いいじゃん」
そう言って俺たちが作ったおにぎりをひったくると「いただきま~す」と真っ先にかぶりついた。
その様子を見て精霊も小さく頬張る。
「……美味しい。美味しい……な。」
続いてクリスも「いただきます」と言って食らいつく。
「やっぱりうめぇ。おにぎりって、やっぱりうめぇな」
巨石の上で、三者三様に四人での食を囲む。
「……今がこんなに美味しくても……戦いに勝てなきゃ、死ぬだけなんですよね……」
精霊がそんな言葉を零した。その言葉にシュウは精霊に意識を向けた。
「僕は、戦わない。僕は、おま……君と……」
そこまで言って、言いかけて押し黙った。
傍から聞いていたクリスはその間に口を挟む。
「勝たなきゃ失う。さもなくば戦えって論法は、合格できなきゃ何々を辞めるって受験生とかが言わされてる論法と同じだな。その考え方は止めとけ。悪魔との契約だ」
「でも……私はこの今を失いたくない」
「そう思わせるのが悪魔の手段だ。戦わされちゃいけない。そのままだと全てを喰われちまうぞ」
「だったらどうしたら!」
「選ぶなよ。死んだ今も、今の今も、かけがえのないものだ。幸も不幸もその一切は他の誰にも渡しちゃいけない。お前だけのものだ。それが分かれば全てが善い事だ」
「……分かりません」
「ま、大丈夫だ。戦う必要があるのならその時に気づくし、今この話を聞く事になったという事はこのタイミングに必要だったからでもある。何にせよいずれ分かるさ。とりあえず、今は今を全身全霊で感じて楽しめばいい」
精霊は隣に座るシュウを見た。それからおにぎりを見てから口を大きく開いて頬張った。
そして一度、二度、と咀嚼して目を丸くした。
「……シュウ!」
「ん?」
「く、くひが!? 何か……」
「あはは、酸っぱかった? 梅干し苦手だったかぁ」
――んん!?
精霊は唸りながら口の中の刺激物をどうにかしようとしてその捌け口を探す。
――んん!
精霊はガッとシュウを掴んだ。
「へ?」
!?
ぴったりと唇を重ね合わせ、精霊はシュウの口の中に梅干しを押し付けた。
「あぶなかった。シュウから貰ったものを……」
精霊は真剣な表情でそう言う。
――ゴクッ
余りの衝撃にシュウは押し付けられた物を飲み込んでしまったようだ。まあ、梅干しの種は抜いていたので種が喉を傷つけるようなことはないだろう。
「……お、おま、お前!? もったいないからって齧ったのをよこすな! しかも……口、口って……おま……」
『ゲロじゃないだけマシだな』
「おっ、性癖開花するか?」
シュウは普通に凹んだ。
「……ファーストキスは梅の味」
「爽やかでいいじゃねぇか」
「んなっ!」
シュウに睨まれてクリスは黙り、自分のおにぎりを齧った。
そんなこんなで状況が落ち着く頃には、ただぼーっと座っていた。ただ月を眺めて。この時を感じていた。
「こういうのをいい感じって言うんですかね?」
精霊が言う。
「元々……こんなの持ち合わせていなかったのに」
自分を感じているようだ。
「今は分かるんだ?」
シュウが尋ねると精霊は頷いた。
「『今回は喰われない』って言いましたよね。シュウの事を“私”になる前の塊が捕食した時の事……覚えていたんですね」
精霊の言葉にシュウは頷いた。
「覚えていたというより木刀が振れた時に思い出したんだけどね。その時は一瞬だけ僕が“僕”じゃなくなって……その中に何かが居たんだよね」
「ただ捕食するだけの塊に……何が居たんですか?」
「さぁ? 分かんない。その何かを見つけて気づいたら……君、が居た」
「塊から魂を見つけ出すって彫刻家か? オレたち的に言うと石氣か。スケールを合わせると……塊ってのはこの石じゃ足りねぇな」
クリスがちょっと話の腰を折ってしまったようだ。妙に盛り上がっていた二人が黙ってしまって、おや? とクリスは首を傾げた。
「ん? 何だ? 続けてくれて構わないぞ」
巨石を降りてクリスは空を見上げた。
「あっちもそういう事か。何が相手かと思えば……星か」
『天使の記憶を見たんじゃなかったのか?』
「人が住む星って言うよりか一つの生き物って感じだったからさ……まさか惑星クラスのサイズとはな」
『ははっ、目を疑うよな』
「……すげぇな。この世界」
『ああ、本当に見飽きないよ』
「同感だな」
巨石の上ではシュウは改めて精霊と向き合っていた。
「ずっと……どうすればいいか分からなかったんだ。だから君を道具として使っていた」
精霊はその言葉を聞く。
「でも道具でも同じなんだ。道具だろうと人間だろうと結局は変わらなかった。同じように接すればよかったんだ。だから剣であろうと人であろうとこれが礼儀だよね」
シュウは一瞬だけ照れくさそうに頬を掻き呼吸をして表情を引き締める。
――コホン
そして手を精霊へと差し出した。
「――シャルウィダンス?」
精霊は咲った。
「――喜んで!」
俺たちはその様子を遠目から見ていた。
『そう、それでいいんだ』
そしてシュウと精霊は巨石の上でゆったりと踊り始める。
遮蔽物が存在しない影が二人の周りを囲んで一緒に踊る。
お互いの感触を確かめるような動き。その流麗な動作は付近の空間を巻き込みながら徐々に一致する。
二人の踊りは徐々に剣と人との舞へと変化する。
右手には有の剣。左手には無の剣。両手に剣を携える。
猛々しく静謐な双剣の舞はますます澄んで高みへと向かう。
二つの剣は重なって一つと成りこの星の全てが一致した。
宇宙を見据えて聖剣を構え、シュウは聖剣はを振り下ろした。
「――うん、気持ちいい」
その瞬間、星の上の全ての天使が斬られた。
「……後はお前だけだ」
そう言ってシュウは宣戦布告をすると、
「いってきます」
俺たちにそれだけ言って飛んだ。
……
しばらくして十字架だけが落ちてきた。
「おかえり」
「……負けちゃいました」
「まあ、本気の殺し合いなんて一瞬で決着するもんだ。エンタメじゃねぇからゲームみたいにはならねぇよな」
「真っ二つにするまでは良かったんですけどね。レベルが違いました。生まれたばかりの……いや、生まれてもいない私達がよくここまで善戦したものです」
「そっか」
「戦う力は使い果たしました。シュウも居ません。今の私はただの……本当にただの人間です。あなたは戦わないんですか?」
「オレたちじゃ力不足だろ?」
「それもそうですね。……だったら話し相手になってください」
「話し相手になる為に力不足だったりするのかな?」
「それ、私に都合が良すぎませんか?」
「オレたちにだって都合のいい話だ」
「何でですか?」
「可愛い子と話せるから」
「……お互い動機のレベルが低くないですか?」
「むしろめちゃめちゃ高いだろ。高尚っぽい話ほど低俗なものはないぞ。眼の前を大切にしようとしているオレたちのが高尚だ」
巨石に並んで座り、迫る終末を眺める。精霊が口を開いた。
「あの天使、シュウの母親は……どうして命令に無いことができたんでしょうか?」
「うーん? なんだろうなぁ? あっちの感じを見る限りそんじょそこらじゃ無理だろうけど……もしかしたら。知ってる人だったんじゃないかな?」
「……何を?」
「神様だよ」
「天使はあの神に逆らえないから聞いているんですよ」
「言ってんのはこの宇宙の神様のことだ。あんなのじゃない」
「……唯一神、ってやつですか? そんなの居るんですか?」
「居るよ。ここの神社も絶対の神様への中継地点みたいなものだな」
「それじゃあここで神様と呼ばれているのは何なんですか?」
「中継役の神様だな。人から見れば神様だが絶対の神様には及ばない。そしてオレたちも、お前も、あのデカブツも、その中継役の神様にすら及ばない」
「……なるほど。確かにそれなら、そんな神を知っていたのなら神モドキから何を言われようが関係ない気がしますね」
少しは腑に落ちてくれたようだ。
「あ、そうだ。おにぎり一個残ってるけど食べるか? 半分こになるけど」
「あ……梅干し」
「シュウの作ったこれしか無いけど、覚悟を決めてもう一度味わってみる?」
「……食べてみます」
「無理して食わなくていいからな。無理して食って口移しは止めてくれよ。まあ、別にそれはそれで構わないけど」
『傍から聞くとキモいセリフだぞ』
「うるせぇ。分かっとるわ」
精霊は小さくおにぎりを齧った。梅干しも一緒に齧り表情が酸っぱくなる。それでもゆっくりと咀嚼を繰り返していくと表情が和らいだ。
「……美味しい。これくらいだったら、大丈夫ですね」
クリスも自分の分を一口齧った。そして笑う。
「ははっ、そうか。シュウの奴……とびきり酸っぱいのを選んでたのか。思いの外、衝撃的な思い出ができちまったな」
しみじみ味わってからクリスは精霊を見た。
「シュウはお前に色々と思っていたみたいだな。好きな時期もあれば、理解に苦しんだ時期もあり、結論を見つけたかと思えばその結論は間違っていたと知った。やり直したいとも思ったが、それでは意味がないって事もアイツはちゃんと分かっていた」
「……いきなり何なんですか?」
精霊は少し怪訝な顔をする。それでも構わずクリスは話す。
「その全てを以て最終的に至ったのがお前だ。シュウはお前のことが大好きだったみたいだな」
「…………そんなの、今更でしょう」
精霊は暗い顔をしていた。
「いいや遅くない。気づけばその瞬間に、今に、全てがある。ただ受け入れればいい」
「一体、何を?」
「何か、なんて無い。全てだよ」
そう言い俺たちは精霊と目を合わせた――それじゃあ、お目々拝借。
――「この美味しさ、分かってくれるかなぁ? 分かってくれたらいいなぁ」
そして、おにぎりを作るシュウの姿を見せた。
――「謝りたい事も色々あるけど、それ以上にずっと一緒に居てくれたことに『ありがとう』って言いたい」
そこまで見せてから目を外した。
精霊はおにぎりを見た。
先程よりも少し大きく齧った。
飲み込んでもう一口。そしてまた一口。
そしておにぎりを平らげた。
「……はぁ。食べ終わっちゃいました」
「ごちそうさま」
クリスが言うと、精霊が倣って言った。
「……ごちそうさまでした」
精霊はぼーっと座りながら言う。
「なんか……お腹いっぱいです」
「それは良かった。それじゃあオレたちの役目もここまでだろう」
宇宙から訪れる終末は目前に迫っていた。
「最後に聞いておきたいんですけど……」
「何だ?」
「どうしてあなたは二人のフリをしているんですか?」
意味がわからなかった。
「どうしてってオレと雪兎は別で? ……なあ、雪兎」
『? 二人であるのは確かなはずだが……』
「……なあ、オレは雪兎と話せるぞ。どういうことだ?」
「いや、あなた達の事じゃありません。その先に居る貴方ですよ」
そう言われて俺もクリスも首を傾げた。
精霊は俺たちのことをズイッと覗くように見てきた。
「……なるほど。これが私のやるべき事ですか」
「? どういうことだ?」
「あなた達は一つの魂が同時に二つの経験をするために二つの名を持って一つの身体に入っていたようです」
「そう……なのか。ほぉ……でも、どうしてそんな事が分かるんだ?」
「幽霊を喰らったからでしょうかね? 今ここに居るのは……私が、北上クリス、加々見雪兎。あなた達の名前を喰らうためのようです」
「――なるほど」『――そういう事か』
「なんか……反応薄いですね」
「ま、オレたちだって妙だとは思ってたから驚きよりも納得しちまった。な?」
『ああ。こうして意見が一致するのも魂を共有してるからって事だろうな』
「つまりはオレたち自身もこの時を待ってたって事だ」
立ち上がると精霊が言う。
「もう、いいんですか?」
「ああ、出来ることをやり切ったからお前がその事に気づいたんだろ?」
精霊は下を向いて小さく頷いてから顔を上げた。
「……また、どこかで会えたらいいですね」
「そしたらまたうどんでも食いに行くか」
コクっと頷き精霊は優しく微笑んだ。そして、
――キスをされた。
「行ってらっしゃい」
“北上クリス”、“加々見雪兎”が消えた。
虚と実の肉体は同時に崩壊し存在はガラス玉として収束する。
落下したガラス玉は地面で跳ねるといつかの彼方へと消えた。
「誰も居なくなっちゃいましたね……」
精霊は一人。
「いや……神が居るんでしたか」
巨石の上で寝転ぶ。
「死ぬんだ……私って明確に生きていたんだ……」
全身で石を感じ、空間を感じ、星の動向を感じた。
「一人で居る時に私が私であるのは……そうですか。神が居るからなんですね。私が私で……だからシュウと出会えて、あの人とも出会えて、神を知り、私を知った」
――ありがとう。
「そういう事なんですね」
人による人のための人の物語【聖剣】 カタルカナ @carl-king
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