第8話 巨石

 人々はそれぞれの日常に帰っていく。



 なにも知らずに当たり前のように帰路に就く。



「シュウ、良いんですか? このまま帰すと不自然な人もいると思いますが……」



「うん。そんな事はもういい」



「……! あれ?」



「ママは多分復活させられないよ。それにママの復活ならしなくていい」



「どうして? シュウは天使から開放したかったんじゃ……」



「ははっ。やっぱりそうなんだ。でもこれで良い……ママの使命はここで終わりで、生まれ変わるのも今じゃないからね。それに、」



 シュウは目元を擦った。



 ――天使なのもママだから。



「だから、否定できないや」



 シュウは精霊を見た。



「したくないと思ったんだよ」



「シュウ?」



 その様子に精霊は不思議そうな顔をする。そんな様子の精霊をシュウは見る。



「僕はもうお前に何も禁止しない。今までの分も全部無し」



「突然……何ですか」



「何かを禁止させた所で何もかも、何一つすら変わらない。やっぱりおかしかった。だから苦しかった。僕は楽になってよかったんだ。いや楽になった方が良かった」



「……“私”、は構わないんですよ。今までのように……それで良いじゃないですか」



「それじゃあ良くない。足元が無くなった様に感じるかもしれないけど勇気を持って少しだけ足を伸ばせ。転ぶ直前に足はつく。言葉なんてその程度の厚みだ」



「――“私”を捨てる気ですか」



 そう言って精霊は目を逸らした。シュウは微笑んで精霊を見た。



「――僕は最初からなにも持ってないよ」



 シュウは精霊の手を取った。



「僕が、一番最初に否定した姿に戻ってほしい」



「……」



 精霊は黙り、スッと影の中に消えた。



『消えちゃった』



「逃げたか?」



「……」



 シュウは深く息を吐き、吸い、もう一度吐いた。



 そして「アチャー」と言った。



「これからどうする?」



 クリスが尋ねると、シュウはゆっくりと口を開いた。



「……場所は分かってる。今から行くなら夜になっちゃうけどいい?」



「オレたちも行く前提か」



「行くでしょ?」



「行く。面白そうだから」



『一度、目をかけたら気になるしな』



 クリスはむず痒そうに頬をかいてシュウが必要だという準備のために病院へ向かった。



 と、そういえば病院は半分消し炭だった。



「ところで何の準備が必要だったんだ?」



「ピクニックの準備がしたかったんだけど、これじゃ……」



「ピクニック?」



「……一緒にご飯食べたいから」



「……そうだな。じゃあ、行ってくる」



 瞬間移動した。五分ほどで戻る。



「炊飯ジャー。のり。ラップ。おかず諸々貰ってきた」



「それ、どうしたの?」



「さっきの戦いの中に居た人から貰ってきた。雪兎もあれだけ一気に同化したもんだから勝手が分かってきたみたいで、それで上手いこと事情を説明したらすぐだった」



「……へぇ。分かってくれたんだ」



「違和感が解消されたって笑ってたよ。まあ、ちょっとショックは受けてたが『ありがとう』だってさ。あの隕石もどきが落ちてたら家族は居なくなっていただろうって話だ。アンタも一旦死んでんだけどなって言ったら笑ってたわ」



「あははは……」



「あ、必要な分おにぎり作ったら返しに行くから早く作んねぇと。あの人たちの晩飯待たせちまう。ほら、さっさと作るぞ」



 そうして二つずつ作ったおにぎり四つ。瞬間移動で諸々返してからすっかり暗くなって空の下。ピクニックに出発する。



「じゃあ、行くよ」



 シュウは飛んだ。上空から手を振ってきた。



「追いかけて来いってか」



 俺たちは瞬間移動で追いかける。俺たちの速度に合わせてシュウは動いてくれていた。



 しばらく飛んで町外れの山のあたり。シュウが止まった。



 シュウの視線に目をやると山々が蠢いていた。夜でよく見えないが見覚えのある形をした黒い山だった。



「……怪獣だな」



 クリスがつぶやいた。



『でも天使じゃない』



「……あいつ、何のつもりなんだろう?」



 シュウの独り言にクリスが応えた。



「お前が言ってた言葉の厚みってやつじゃねぇか?」



「…………」



 シュウは俺たちを見た。



「あの時みたいに浮かせられる?」



 その瞬間、月明かりが無くなった。頭上に怪獣が忽然と現れた。



「雪兎、浮いてるやつにいけるか?」



『問題ない。地上やら空中やらは些細な事だ』



「じゃあ、いくか」



 氣を通すとクリスはそれに揃い拳を振り下ろした。音が消え、怪獣たちはゆっくりと浮き上がる。



「すっごぉぉ」



「このままだと落ちてくるけど?」



「木刀ある? 斬ってくるよ」



「木刀で良いのか?」



「二番目に使い慣れたものだから」



「分かった……ほら、買ってきたぞ」



「ありがとう。はい、おにぎりは任せる」



「おう」



 シュウは木刀を軽く握り、揺らす。



「……うん。コイツの重さはこんな感じか。よろしく」



 そしてシュウは一瞬で怪獣が浮かんでいる高度まで飛び上がった。



 怪獣たちは真っ二つになった。



「木刀ってここまでのポテンシャルがあったんだな」



『流石に木刀のポテンシャルじゃないだろ』



「次来る前に行くよ」



 シュウに促され山に入っていく。入り口は鳥居だった。山全体が神社になっているようだ。



 登っていく途中の建物を無視して突き進み頂上でひとっ飛び。山の深くに飛び込んだ。



 建物を突っ切り、木々を突っ切り、飛び込んだ先には大きな落とし穴。底が見えない大穴だった。



 だがシュウは落ちずに真っ黒い空間でぽつんと立っている。その位置に合わせて瞬間移動すると底があった。



 見上げてみると思ったよりも深くは無かったが、内部が輪郭も分からないくらいに真っ黒になっている。黒すぎて底が無いように見えていたようだ。



「ここは?」



「巨石の在る穴。臨戦態勢だから気をつけて。目の前だから」



「見えねぇけど?」



『居るな……シルエットだけだが、シュウのコピーみたいなやつが巨石の方から来るぞ』



「巨石の方から? シュウが来るって……」



 !



「何だ何だ!?」



 シュウは横に飛んでいた。突然のシュウの動きと何かが通り過ぎた風を感じてクリスが騒ぐ。



 見覚えのある動きだった。これは病院でシュウと初めて出会った時の動き。



「そうだよね。何も禁止にしていないんだから、僕くらい出てくるよね」



 シュウのコピーが斬りかかってきた。



 方向感覚を失い輪郭も分からなくなる真っ黒の空間の中、輪郭しか持たない存在が襲ってくる。



『支援するぞ。氣に合わせろ』



「了解」



 意識が繋がり、一人の人間のように二人で一つの言葉を扱う。



「シュウ! 右から横薙ぎ」



 声に反応しシュウは屈む。コピーの足がシュウにぶつかり姿勢を崩した。音のないまま壁にぶつかる。



 俺たちは巻き込まれないように位置を変えながら次を叫ぶ。



「上からの突き刺し!」



「見えた」



 月光に照らされシルエットが浮かび上がる。



 シュウは身体を翻し脇腹に木刀を打ち込んだ。



「外した」



 そう言いつつ体制を立て直す。



「足元! 掬ってくるぞ!」



 シュウは上体を上下反転させ足元への攻撃を躱し木刀を横に薙いだ。



 木刀は側頭にぶち当たる。だが、コピーはその衝撃以上に大きくふらつくこと無い。



「……また外したか」



 シュウは着地して相手の方向に向き直る。



「真正面から真っ直ぐ振り下ろしてくるぞ!」



「――スゥ」



 シュウもまっすぐ木刀を振り上げた。



 コピーは剣を真っ直ぐ振り下ろしシュウも同じく真っ直ぐ振り下ろす。



 打ち合いじゃ木刀が絶対に負ける。



 !?



 直前、木刀が翻った。



 コピーの剣はシュウの脇の一寸先を掠めていた。



 木刀はコピーの首に決まっていた。



 そして、その木刀を道としてシュウの右手が首に向かう。



「……!?」



 その首はシュウが掴む前にシュルッと形を無くした。



 黒に染まっていた大穴は様子を変える。臨戦態勢は解かれたようだ。



 月光に照らされ大穴はその全貌を現した。



 大穴の真ん中。しめ縄が巻かれた巨石。その石には十字架が突き刺さっている。



 シュウはその十字の剣を引き抜いた。



「今回は喰われないよ。さぁ、起きて」



 引き抜かれた十字が人の姿に変わる。



 白い髪に虹色の瞳。顔色は薄く、まさに天使のような姿だった。



「……こんな姿が良いんですか?」



 精霊は目を逸らしたままモジモジとしていた。



 シュウは真っ直ぐ精霊を見た。



「良いとか悪いとかどうでもいいことだけど……僕は結構良いと思う」



 クリスはふーんと言う。



「可愛いじゃん」



『今は黙ってろよ』

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