第7話 言葉
シュウは今、母親とのデート中。遊園地の中で二人だけの時間を楽しんでいる。
俺たちは園の外で一息ついて座り、約二万の十字架が遊園地を取り囲んで地面に突き刺さっている様子を眺めていた。
天使の数だけその墓標は立ち並んでいた。
また天使が歩んで近づいてくる。
「コイツで最後の一人だ」
同化した俺が天使の口を介して言う。
クリスはその天使を十字の剣で斬ると十字架が一つ増える。
これで園の中の天使は居なくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁ~」
クリスは斬るたびに呼吸を荒らげている。今回は荒らげた呼吸のままで、適当な時間が出来たからか一旦横になった。
とりあえずこれで第一段階を完走だ。クリスは呼吸を軽く整えて言う。
「これでシュウの万分の一も出力が出ていないってんだから訳分かんねぇな。こんな激流が使うたびに流れるのか……」
『お疲れさん。次からは俺も参戦できるぞ』
「それは頼もしい。次の電車が来るまでどれくらいだ?」
『十分くらいだな』
「そんなもんか。普通だったら一人一斬りで終わりだな。なぁ、オレは何回斬った?」
『大体二万』
「すげぇ~なオレ。これを二万回もか。全く覚えてねぇけど。ま、疲れない事も出来るってのが連続性の無いこの体の利点だな」
『記憶の連続性がゴチャつくのは面倒だったけどな』
「まあ、短いスパンなら便利止まりだろ」
クリスは手に持っていた十字の剣を地面に突き刺すと、十字架は人の姿に変わった。
「次も頼むぞ。精霊」
「どうしてあなた達はシュウのためにそこまでするんですか?」
「お前だってシュウのためにやってるじゃん?」
「出会ったばかりなのに、どうしてそこまで肩入れするんですか?」
「? 出会ったばかりだろうが人のことなんて見てりゃ分かるだろ。見せてもらわなきゃ分かれないなんて言い分は、見る側の怠慢だが?」
「あなたがこの行動をする意味が分かりません」
「行動に意味は無いぞ。それに理由があるとすればオレたちがここに居るからだとしか言いようがない。シュウと出会い、お前とも出会って、ここに座標が在る。その意味がこの行動の理由だ」
「そんなの何も無いじゃないですか」
「『今ここに居る』という絶対的な事実が在るだろ。オレたちがお前らの所にいるってのが何よりの証拠だ」
「それに何の意味があるんですか」
「つまり『そこで出来ることをしろ』ってことだろ? そして今、オレたちに出来る事がこれだ。だからこれがオレたちのやるべきことだ」
精霊は納得のいかないような顔をしていた。
「――もう喰われて死ぬだけだとしても?」
「――だからこそだ。既に決まっているからこそ。その運命に全て任せて存分に自分が今ここで出来る事を行える。始まるという事は、既に結果が決まっているという事だ。むしろ、それに気づかせるための状況にも思えるな」
「怖くないんですか?」
「死に触れる機会だぞ? むしろ楽しみだ」
「シュウと会えなくなるんですよ」
「その時はその時だ。大丈夫、また会えるさ」
「そんな保証があるんですか?」
「保証は無い。無くて良い。その答えをお前は既に知っているはずだからな。分かりやすいだけの根拠なんかに頼るな。目が曇るぞ」
「…………」
「分からないのは、分からない必要があるからだ。今を見ろ。全てがある」
『電車の時間だ。天使が降りてくるぞ』
「時間だ。じゃあ作戦通りに……」
そして作戦通りに動き出す。
十字架の半分は人と成り約一万の人の前へ同時に瞬間移動した。同時にクリスと意識を合わせ、眼の前の人と目を合わせ同化する。
全ての人が俺で、俺が全ての人。
すべての意識が一致し目の前に刺さる剣を引き抜いた。
俺とクリスそして精霊は天使の雑踏を迎え撃つ。
『「いくか」』
そう言って瞬間移動をして斬り込んだ。
――キィィン
そこには発光する天使が一人。学習した天使に動きが読まれていた。動きの癖の理解度が本人を超えていた。
それもそうだ。本人は覚えていないのだから。
瞬間移動のポイントを外そうとしても今度は呼吸が合わなくなるのは明白。突っ込むしか無かった。
飛んだ場所が爆裂するのは一瞬手前に俺が分かっていた。だから次の瞬間移動を仕込めていた。
そのおかげで初撃は躱せたがそれを踏まえて動いても時間が経過するたびにジリ貧になっていく。
瞬間移動を囮にして数で押し込むやり方が上手くいって少し押し返すと、次の瞬間には調子に乗った所を利用されて数千人削れる。
動かなくなった身体が無数に転がり突き立った十字架が並ぶ。
これは削り合い。天使は数を増しながら波のように訪れる。削り削られ気づくと俺は十万となっていた。
こちらも増えているが天使は未だ止まない。
――ドゴォォォン
俺が五万に減った。
「後は、僕に任せて」
手から十字の剣が消え、精霊の意識の全てがシュウの元に集まった。
――スッ
シュウが周囲に一瞬だけ目を配ると付近の天使が一人を残して消えた。
シュウはその一人の天使に、自分の母親に、敵対する天使に、話しかけた。
「ねぇママ、何で僕を産んだの? 僕を産んだからこうして仲間の天使たちは削られてるけど、後悔してない?」
天使は微笑んだ。天使はシュウの事を敵として見ていなかった。
「お母さんがシュウを産みたいと思ったから……そう思えたから、産んだの」
「……それだけで?」
「これは主の為じゃない。主から直々に名を与えられた私が命じられた役目は金融操作。だけどお母さんの使命はシュウを産むことだった」
「僕はその主を殺すよ」
「大丈夫。あなた達に負けなんかしないから」
「僕たちだって負けるつもりはないよ」
シュウの顔は釈然しない。その顔を見て天使は笑った。
「産んで良かったに決まってるでしょ」
「ママは天使なのに……僕は天使の敵で……どうして?」
「どうしても何もないわよ」
気づくとシュウは優しく抱きしめられていた。
――ありがとう。
暖かな光景の中でシュウは困惑した顔をしていた。
「何が? ありがとう、なの?」
「これもあなたに貰った言葉。本当にありがとうね。シュウ」
「僕……なにもしてない」
「何もしてないなんてない。シュウが私の事を選んでくれたのよ。私に愛させてくれた。だからありがとう」
「…………」
「うん。言いたいことも言ったし私の役目も、使命もここで終わり。また生まれ変わったらデートしよ。そんな顔をしなくても……シュウは大丈夫。じゃあね」
天使はその輝きで極光を呼び、高度を上げた。
そして天使はその輝きごと斬られた。
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