第3話 怪獣

「左目、無いね」



「はぁ……」



「どこに落としてきたの?」



「さぁ?」



「……斬っていいですか?」



「なぁ」



 医者から精霊に変わった所で話しかけた。



「その医者も元天使なのか?」



「はい、そうですよ」



「そういう人って結構いるの?」



「この病院の八割は元天使ですね」



「ほぼ全部お前じゃん」



「だからあなた達を患者として受け入れさせられたんですよ。感謝しなさい」



「サンキュ」



 フン、と精霊はそっぽを向いた。



『……病院の中に結構天使いるな』



「千里眼かよ。八割が元天使だってのにまだ結構な頻度で天使っているんだな」



「そうです。天使と言っても通常時は人間として振る舞っていますから。自分を天使として認識もしていません。天使にとって都合のいい行動はしますけどね。さっさと狩りたい所ですがシュウはアクティブの天使しか狩りません」



「それじゃあ後手だろ?」



「シュウは人殺しをしません」



「オレたち人認定されていないようだぞ」



『妥当だろ』



「当たり前です。ほら、カルテは出来たんですからさっさと出ていってください」



 そう言われて精霊に部屋を追い出された。



 索敵の協力を要請されているから情報集めをしているのだがあの精霊の様子だとすぐには必要とはしていないようだった。



 シュウも昼間は基本的に病室にいるらしいが、病室には近づくなと言われている。



 まあ昨晩に会ったばかりで信用し難いだろうし、そもそも天使でもなければ敵意もない妙な存在である俺たちは泳がされているんだろう。



 つまり、今やることは特に無かった。



「なあ雪兎その目でどこまで見れるんだ? 病院から見えた風景だけじゃここがどこかも分からねぇ」



『見れる範囲は今の所どこまでも。街に見覚えはない。地名も知らない……と言うか、読めなかった』



「異世界か? 別の世界線か? はたまた未来か? いつかの過去か?」



『似たような事を違うような言葉で並べるなよ』



「捻れの位置の世界だったり? 世界が行儀よく平行に並んでるって事もねぇだろ」



『数分数秒の時間がずれた世界って捻れた位置関係って考えるとしっくり来るな』



「ま、同じ宇宙にはあるんだろう。宇宙の底……特異点に触れはしたが、オレたちは有。この宇宙の物だ。ここじゃないどこかになんて有れない」



『俺はさっき医者に無いって言われたな。まあ“居”はするんだけど』



「雪兎はちょっと状態が曖昧なだけだろう……ほら、目を瞑って瞼の上からだと眼球に触れるぞ。そんで目を開くと……触れない。おっ、結構指が深くまで入るな」



『面白いけど止めとけ。グロいから』



「鏡で見たらどうなってんだ?」



 クリスはそう言うと近くに鏡を見つけた。無かったはずの場所に左目は有った。



『あるな』



 と、俺が言った瞬間に目が消えた。



「無くなった……あっ、また現れた。雪兎、喋らないまま千里眼を使ったらどうなる?」



 目がまた消えた。



『怖っ』



「……そのまま、消えたままにしておいてくれ」



 そう言うとクリスは左目の無い場所に指を突っ込んだ。



「はい、目を点けて」



『電気点けてみたいに言うなよ』



 目が現れた瞬間、瞼を触っていた。さっきまで確実に第二関節あたりまで指は入っていた。指の位置はもちろん体の位置も一切変わっていなかった。



「これはちょっとした現実改変だな」



『さも現実が確定しているみたいに言うのな』



「ゆらぎを認識できちゃった時の名前だし良いだろ。なんだよ、気のせいとでも言えばいいか?」



『その方が言葉としては正しいんじゃないか? 現実改変なんてありふれたものを大仰に言っちゃってさ』



「それじゃあ面白くないだろ」



『ま、それもそう』



 ――キュオオオオオオオオオッッッ!!



 突然に外から爆音が唸る。



 ガラスが割れて廊下に散乱したがすぐに黒い影が奔った。割れたはずのガラスはたちまち直っていた。



「おっ、なんだ現実改変か?」



『これは精霊がやってる』



「見分けられねぇ~」



 ――ゴォォォォン



 また轟音が響く。外に出てみると怪獣が居た。属性は天使。



 大怪獣型の天使たちが現れた。



「アレ何?」



『天使だな』



「もはや何でもアリだな」



 怪獣の一体が倒れた。さっきの轟音は怪獣と何かの衝突音だったようだ。



「あいつ一人で戦ってんのか?」



『……そうみたいだ。俺たちに向けてきた剣は本気じゃなかったみたいだな』



「あれで手加減してたのかよ……」



 だが直線番長なのは相変わらずなようで一体斬ってはその後ろに待ち構えていた天使に叩き潰されている。



「ここからじゃ状況が分からないな」



『実況しようか?』



「オレの目で見たい」



『街の中心の方に行けばデカめの塔があるな。見晴らし良いぞ』



「塔か……瞬間移動とか出来ないのか?」



『あ。行けそ……』



「出来そうではあるのかよ」



『でも、無理そうだな。身体がついてこない』



「出来ないか。じゃあ走るわ」



 怪獣が一体また一体と剣によって刻まれている。シュウの勢いは斬れば斬るほど上がっている。



 だが、怪獣は斬られても復活してプラナリアのように欠片から増えていた。



 戦況は五分。



「おい雪兎ッ!? はぁ、はぁ、塔まで後何メートルなんだろうな!? 言葉は通じるのに読めねぇってのは奇妙なもんだ。案内看板の数字が表記されていそうな場所は分かっても桁すら読めねぇ!」



『数字じゃなくて「これくらい疲れますよ」って表記かもな』



「もしそうなら結構疲れますよとは言ってそうだな。ぐるぐるしてる形はめまいの度合いか? この写真はこんなラウンジで休憩できますよってか?」



『よく口が回るな』



「その体力だけはあるからな」



 展望室にあるラウンジの写真。さっき俺が見ていた場所――



 !



 ――俺たちはそこに居た。



「は?」



『へ?』



 腕がズレて弾け飛んだ。そして展望室のガラスに叩きつけられた。下を見下ろすと高い。身体がガラスをすり抜け自由落下を始めた。



 片腕が無くなっているクリスはケロッとしていた。



「? あんま痛くないな」



『俺は、痛ぇ』



 痛いのは腕だけ。ギャップが起こり痛みが生じたようだ。



「なるほど。なるほど。そうか、オレの担当はこっちか」



 軽くなった腕に重さを取り戻した。すると痛みが引いた。



 一息ついて戯言を吐いた。



『現実改変か?』



「重さを思い出したんだよ。ちょっと分かった……瞬間移動が出来るかもしれない。さっきのラウンジだ」



『分かった。今度は呼吸をずらすなよ』



「走った直後だったんだから仕方ないだろ。行くぞ」



 ――ズドン



 瞬間移動が出来た。



「多少精度は悪いが何とかなったな」



『一瞬だけ指という指が痛かったけど?』



「大丈夫大丈夫。この世界の記憶から乖離した順番を見れば逆算出来る。それにちゃんと憶えてる」



『何が大丈夫なんだか? でもまあ……俺とは違う事が出来るみたいだな』



 クリスは頷いた。



「雪兎が見る担当なら、オレは見られる担当だな。見た目通りだ」



『顔はだけ良いもんな、お前』



「ツラ貸そうか?」



『半分借りてるみたいなもんだろ。今は二人で一人だ』



「そうか。さて、あの怪獣に何か出来ることはあるか?」



『瞬間移動が出来たんだ。何でも出来るさ』



「瞬間移動が出来ただけだろ?」



『瞬間移動だって言霊や運動と同じく結局のところ身体操作だった』



「オレは運動はからっきしだからな。どうするんだ?」



『――氣を押し通すんだ』



「氣?」



『そう俺が担当しているのは“方向”そして“軽さ”つまり氣だ。重さの担当はお前だろ? お前が合わせるんだ。俺の軽さにお前の重さを揃えろ』



「……分かったが、揃えろったってどうすりゃいいんだよ」



『感覚だ。感覚を使う。道は有る。俺たちはただ見据えて感覚に従うだけだ』



「見据えて……か」



『とりあえず、真上にぶっ飛ばしてみよう』



「あの怪獣を真上にぶっ飛ばす。……ぶっ飛ばす」



 俺が怪獣に氣を通すと道に沿ってクリスは拳を地面に向けた。



「身体が勝手に動いてくれるみたいだ……この感覚か――」



『そう。この感覚を受け入れろ。心地良さを感じろ。出しゃばったって上手くいかねぇ』



「――この感覚、この目を作った時と同じだ」



『! そうか。なら、俺たちが今ここにあるのは世界の意思だな』



「何をするつもりですか?」



 ラウンジにいた一人が俺たちに近づいてきた。精霊だ。怪訝な顔をしていた。



「下手なことをすればシュウが斬ります」



『「ただの援護だ。でも、肝に銘じておこう」』



 そして拳を手頃なテーブルに叩きつけた。タンという音もならなかった。音の一切が消えた。



 ――スゥ



 怪獣はフワッと上空に打ち上がった。



「ここまでくると理不尽だな」



『まさかここまで皆が力を貸してくれるとは思わなかったな』



 宙に浮いた怪獣は一瞬で巨大化した空を覆う巨大な十字に巻き込まれて消滅した。



 俺たちはその光景を展望していた。

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