スペードのJ

「はぁはぁはぁはぁ、流石にここまでくれば平気でしょ。あの追ってきてた人たちはここがどこかも分かんないと思うし」


 ここは駅から遠く離れた場所にある初雁はつかり公園という場所だ。最寄りの川越市駅からでも徒歩40分以上離れている。地元を知っていなければまずたどり着くことは出来ない距離。

 さらにここにはぐちゃっと木々が立ち並ぶ林の用の場所もあり、隠れるのには最適だ。


「ちゃんとついてこれたか? ……………………あれ?」


 呼びかけても返事がない。


「プリムラはどこかではぐれたのかな? まぁここまでくれば一人でもなんとかなりそうではある」


 ホッと一息。


「ふ~~~~~~~~~」


 した瞬間。




「あーらら? 随分警戒心が薄いね」




「っ!」


 後ろから急に知らない人に話しかけられて僕は咄嗟に飛びのいた。

 え? 飛びのいた? 僕が? なんで? 話しかけられただけでなんて。この人いったい何なの?


「訂正しよう。いい警戒心だ」

「誰? 学校の人? プリムラ関係?」

「ああ、違う違う。俺が用あんのは君だ。唯野憐太郎」


 片方だけ羽織った黒いコートに怪しく光る青い瞳。一見普通の中年男性のように見えるけど。


「ちょっと挨拶に来てな。君、魔王候補なんやってな」

「っ!」


 そのセリフを聞いた瞬間、空気が変わった。


「どうして、それを知っているんですか? あなたは一体何者ですか?」




「俺の名はオッドゲイル。スペードのJジャック絵札コートの一角を担う者だ」




「……………」

「……………」


 オッドゲイルと言う人が名乗りを上げてから、しばらく変な間が空いた。


「えっと~、もしかして、俺のこと知らない?」

「そう……ですね。初めまして……ですね」

「かぁ~~~~! マジか! 君の教育係は何してんの?」

「へ? 教育係……?」


 なんだろう。その言葉に嫌な覚えがある。

 そう。確か。今朝、聞いたような……。

 あ!


「じゃ、改めて名乗らせてもらうぜ。俺の名はオッドゲイル。あんたと同じ魔王候補の一人、デイヴィッド様の配下だ」


 魔王候補! そうだ。プリムラが教育係って。

 あれ? ってことはもしかして、この人敵?


「さっきの反応からすると、スートやランクのことは全く知らないみたいだね~」


 スート? ランク? スペードのジャックって言ってたからトランプのこと? スートは確かマーク、ランクは数字のことだよね?

 トランプのマークは全部で4種類だから、魔王候補も4人ってことかな。

 それに11人の仲間集め。僕とプリムラを入れれば13人。トランプの数字とも合う。

 そう考えると、Jってことはこの人幹部ってことだよね。しかも、絵札だしなんか強そう。

 プリムラの話をちゃんを聞いておけばよかったと、今更ながらに後悔している。

 いや、あの人もあの人で話し方が悪かった。いきなり、魔王がなんちゃらとか言われても信じられるわけないんだよなぁ。

 けど、どうやら僕が魔王候補に選ばれたって事実は信じなくてはいけなくなったみたいだ。


「それでそのデイヴィット様の幹部さんが僕に何の用なんですか?」

「決まってるじゃん。君が魔王を諦めてくれると助かるって話をしに来たんよ」


 ほう、それはつまり負けを認め、あなたたちのボスが魔王ですって言えば穏便に済むんじゃない?

 と言うか、そのお手伝いすれば僕が魔王になる可能性がなくなるんじゃない? ラッキー!


「はい! 僕は魔王になる気はありません! ですので、あなたのボスが魔王になるお手伝いをさせて下さい! 何でもします!」

「何でもかー。そうかそうか。なら――――



死んでもらおうか」



「っ!」


 ザザ……。

 いつの間にか僕は数十人に囲まれていた。

 嘘? え? 何これ? てか、この人たちいつからいたの?


「俺の部下、総勢78人だ。壮観だろ」


 オッドゲイルさんはどう見ても人間なのに、他の人たちは明らかに魔族だ。だって、角とか尻尾とか翼とか生えてるし。

 日本は中立国だから、魔族が観光で来ることはよくあるし、そこら辺に歩いていても不思議じゃない。

 でも、この人数の魔族が集まってたら勇者軍が飛んできそうなものだけど、なんでここには誰もいないんですか!?


「どうして魔族がこんなにいるのかって顔だな」


 コクコクと僕は無言でうなずいた。


「簡単な話さ。変身魔法で人間のフリをしていただけだ」

「な! そんなこと出来たら、色々、その悪いこと出来そう!」

「心配するな、って俺が言うのも変だけどな。この魔法はそこまで万能じゃない。人によるが持って1日。それを過ぎれば魔族に戻っちまう。だから、長期潜入とかには向かない。けど、君を殺すだけなら十分だ」

「いやいやいやいやいや! 殺す必要ないですよ! だから、僕は魔王になる気なんてないですから! 見逃してください!」

「じゃあ、逆に俺たちが殺さないから一緒に来てくれと言ったら、来るか?」

「えっと……それは……」

「信じられないよな。それと同じだ。今日初めて会ったやつの言うことを鵜呑みには出来ない」


 な、何も言い返せない。

 というか、え? マジで? 僕マジで殺されちゃうの? なんで? ねぇ、なんで?


「人除けの結界は張った。邪魔は入らないし、逃げ道もない」


 ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ!!!! やだやだやだやだやだやだ!!!!


「じゃあな」


 そう言った瞬間、オッドゲイルさんの姿が消えた。


「消え……かはっ!」


 え? え? 今何が起きたの!? は? え!?

 気が付いたら、僕は吹き飛ばされ大木に背中を打ち付けていた。


「ぁ…………」


 痛い! 痛い! あああ!! 呼吸が……出来ない! 息! 息!

 胸のあたりに激しい痛みを感じ、そのせいか呼吸が上手くできなかった。


「っはぁ! はぁはぁ!」


 呼吸は、出来た。けど……。


「はぁ~。未熟な魔王候補って聞いていたけど、想像以上だな。様子見程度だったんだけど、蹴られたことにも気づかないとは」


 蹴られた……? 今、僕は蹴り飛ばされたの……?


「見たところ、魔力の解放すらされていない。これ、俺が来る意味なかったんじゃないかな~。若い奴らだけでもなんとかなったでしょ」


 魔力の解放? 一体、なんの話……?


「ごめんね、人殺しは趣味じゃないんだけど、命令だから」


 また、来る……!


「――死んでくれ」


 また、オッドゲイルさんの姿が一瞬で消える。

 あんな速い攻撃、避けられるわけない……! 殺される……!

 そう思った。けど……。


「…………え?」


 二撃目の蹴りは僕には届かなかった。


「あーらら、来ちゃったか」


 オッドゲイルさんの蹴りを止めたのは身の丈ほどもある大きな大きな鎌。

 そして、その持ち主は……。


「プリムラ……?」


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