暗い暗い沼の道を歩いてゐるやうな心地でありました。絶望の縁がこの先永遠に續いていくのだと錯覺してしまふ程に、薄暗く、そして重たい道筋でした。先を見通すなど到底出來たものぢやありません。けれどもそんな暗闇の中で、私はたつたひとつの光の筋を見たのです。それは夕暮れ時に跳ぶ螢の樣に、微かな光を放つてをりました。目を離すとふと見失つてしまひさうな程に遠く、僅かな燈火でありました。死に物狂ひで恥を晒してでもそれを手に入れたいと思ひました。それさへ傍にあれば、他には何も望まないと云つた樣な唯一無二の存在。私はそれに取り憑かれて居たのです。夢を見ました。目を開けば眞つ暗な視界が廣がつてをり邊り一面宵闇に包まれてゐました。障子の隙間から細かな輝きが散りばめられた空が見えました。その眞ん中に貴方は立つてをりました。姿はまるで靄が掛かつたやうにぼんやりと霞んでおりました。向かうには背の高い木が何本も生えてゐました。貴方は私が目を覺ましたことに氣がつくと、何かを傳へようと身振り手振りをしました。私はそれを讀み解かうと暗闇に目を凝らしました。やがて貴方は痺れを切らしたやうに部屋の中へ入つてきて、布團を踏みしめて私の傍までやつて來ました。どんな表情をしてゐるのだらうと思ひ、私は顏を上げてあなたを見ます。けれど、ふと目を開ければ夢は覺めてしまひました。たつたの數刻一緒に居ただけだと云ふのに、かうも強く心を惹かれ囚われるのは大層不思議に思ひます。私の身體には未だにあの廣い廣い布團の感觸が殘つてをります。眠氣眼で視界に映した貴方の霞んだ後ろ姿と、夜の景色と張り詰めた空氣を忘れた日はありません。あの壁の材質や、枕の感觸や、夜空の匂ひをふとした時に想ひます。あれこそが私の辿るべき道筋であるやうに思へました。それは視界いつぱいの暗闇のうちに一つの光の筋が差したやうな心地でした。微かな微かな光ですが、強く、強く、確かにどこかに在るやうに感じたのです。

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ローレライ 七春そよよ @nanaharu_40

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