第34話 ──それ以外に何か理由はいるか?

「どうしたの、セオ。なんか、難しい顔をしている」

 また始まる待ちぼうけタイム。


 だけど、今回はおめかしリィノ、しかも、星の海感謝祭仕様の限定衣装だぞ。


 じっくり眺められる、喜ばしい時間だ。

 目の前はハッピーだよ。


「あ、うん。漠然とした不安があったようで、なかったってところかな」

 正確には気にするだけ無駄というところだが。


 落としどころは、いつも曖昧なのだ。


 先の未来よりも、今が楽しければいいと割り切らないと、やっていけないことが圧倒的に多いのが、世の常。

 現に俺なんか死んだ先が、異世界不思議生物への転生だったし。


「どうしようもないところは多いけど、これもまた世界ってところだろうって」

 恨みや妬み、傲慢と偏見、悲劇が生まれては、臭い物に蓋をするがごとく、隠そうとする。


 欺瞞と疑念に満ち溢れた社会。


 大切なものを守るためだという気持ちはわからなくもない。


 ただ、そのために犠牲にするものが、いつも重すぎるのだ。

 その重みは、いつの日か泥のような塊となって、人に容赦なく危害を加える。


 アルカナムのシステムは、この地にいる人たちの負の心を、わかりやすく具現・可視化したに過ぎないのかもしれない。

 憤怒によって成長し、泥から毒沼へと変貌した悪意に大量虐殺(ジェノサイド)される前に、暴き、清めろと……異世界ファーベルの神様は不器用な優しさで、警告しているのかもな。


「セオはいつも難しいこと考えているよね。変なの」

 やめて、リィノ。


 自覚はあるけど、言葉にされると、やっぱり心が痛いのぉ。

 四十代おっさんのガラスのハートにひびが入っちゃう。


「うっ」

 変なおじさんは、どうせ変なおじさんだよ。

 キノコでも生えてきそうな、どんよりとした空気が俺を包み込んでくる。


「でも、そんなセオでも私は好きだから」

 ここで、まさかの落として上げる……だと。

 いつから、そんな高度テクニック覚えちゃったの、リィノ。


 ユルネか、ユルネの影響か。


 俺が挙動不審になっているところをこれ幸いと、リィノはそっと俺を持ち上げ、顔をむける。


「セオが私を大切にしているのは確かだけど、これ、信愛だけよね?」

 まぁ、俺、前世の時、姪っ子いたもんな。

 リィノと重ねちゃっているのは認めるよ。でも、従者バディってだいたいそんな感じでいいんじゃないの?


「私が、まだまだ子どもだからだってわかっているつもりけど……これぐらいは、意識してよね」

 リィノの柔らかい唇が俺のでこに触れた。


 でこチュー……だと。


「ふえっ」

 ほのかにあたたかい額と、リィノのはにかむ笑顔から、先ほどの事柄は、けっして俺の妄想ではないようだ。


 ……理解が追い付かないけど。





「いい魔法の絵マジックグラフ屋を見つけてきたよ」

「いいタイミングだねぇ、ブライアント」

 ニッキーとユルネが戻ってくる。

 いかにも芸術家といった相貌のおっさんと、派手で甘そうなけったいな見た目な菓子が俺の視界に映る。


「ほれ、これが星の海感謝祭名物、ステッラエワッフル」


 見た感じ、星をモチーフにした様々な砂糖菓子が散りばめられた、南部せんべいといったところか。


 なんで、南部せんべいだと思ったかって?

 小麦粉を原料にした焼き菓子は、たくさんあるのに?


 丸めで、縁があるからかなぁ。


 前世の俺はその縁の部分が好きで、よく食ったものだからな。

 あの独特な縁があるものは、みんな南部せんべいに見えちまうのよ。


「あ、ニッキー、ユルネ、おかえり」

 とにかく、頭の中がショート寸前まで陥った俺は、助かった気がした。

 気を紛らわせるって、精神安定には必要なことなのですね。


「……ちっ」

 リィノ、舌打ちしない。

 でも……今回は言わない。

 リィノの心情を考えれば、悪態をつきたくなるのも、わかってしまう。


「恋か……すごい、難しいのが、来ちゃったな……はうっ!」

 なに、声に出しちゃっているの、俺!


 混乱状態でも、これはないだろう。


 俺はくちばしを翼で覆い隠し、首を横に振り回す。完全に挙動不審だ。だけど、先ほどのつぶやきを万が一でも聞かれていたら、俺は、俺は……。

 恥ずかしくて……死ねる!


 こういう青い春の爽やかさを保ちつつ、桃色の甘さがほのかに香る、そんな一時にね、おっさんのガラス細工のような心は、過剰反応しちゃうものなの。

 糖分過多で砂糖を吐き出すよりも、甚大な萌え接種によって意識が飛んで、昏倒しちゃうの!


「……」

 幸運なことに俺のこの小さなつぶやきは、誰にも聞かれなかったようだ。

 皆、それぞれ己のすべき行動の方に、意識を集中させているように思える。


 少なくても揶揄される恐れがないことに、俺は安堵の息をつく。


 ……俺たちの星の海感謝祭は始まったばかりだというのに……キラキラしたものが多すぎて困るよ。


 そんなぜいたくな悩みをくすぐったい気持ちで抱えながら、俺はくちばしを覆っていた翼を広げ、宙を舞う。


 スタート画面はスキップせずに、じっくり堪能。

 チュートリアルも一つ一つ丁寧にこなして、ゆるやかなテンポで、賑やかな街中に混ざる。


 見慣れたイベントも目新しいイベントも入り組んだ、お祭りダンジョンは攻略しがいがあった。


 そんな熱気咲き誇る星の海感謝祭の中でも、俺のすぐ側にそよぐ風は、相変わらず自由気まま。


 周りから苦笑いがこぼれてくる時もあった。


 だけど、俺にだけは蕩けるような微笑みを返して、振り回してくる。


 まったく、俺の契約主はコレだから目が離せないぜ。

 ……目、離したくないっていうのが、正解かもな。


 意識がガラリと変わったわけじゃないけど……期待するのが怖くなるぐらいは、リィノのことが割り切れなくなった。


 おっさんのガラスのハートをこんなに揺るがして、いけない娘だよ。


 とりあえず、今日の出来事で、俺は絆されて……この世界が好きになる理由が、また一つ増えたってことだけは、確かだ。

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二度目の生は異世界で魔法理論ミステリーを 雪子 @akuta4

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