第33話 愛したあのコのために、恰好をつける

 ──大人の難しい話し合いが終わった。


「まぁ、俺の主張はここまで。あとは星の海感謝祭を純粋に楽しませてくれよ、ニッキー」

 きゅるんっという効果音が流れてくるのではないかと錯覚してしまいそうな、動物特有のあざといポーズをとる、俺。

 早急な切り替えはね、精神的負担を軽減するのよ。


「それもそうだね。星の海感謝祭ならではの楽しみ方、知らなきゃ損だから……」

 ニッキーの指が俺の首下あたりに触れる。

 男の指だけど、正確にいいところを触れてくるから、なされるままになる、俺。


 はう、テクニシャ~ン。


 モフリフトニッキーのやさしい手さばきに、メロメロになった俺は、あざとかわいいポーズを崩した……丁度その時、


「セオ!」

 リィノのちょっと焦った声が俺の鼓膜を震わせる。


「あ、リィノ。どうしたの……ん?」

 声がする方を向くと、リィノとユルネがいる。


 そこまでは、想定内だ。


 リィノの衣装はすっかり星の海感謝祭仕様になっている。

 それは、当然だ。


 ただ、すごく、かわいかった。



「ちょう、にあって、いるよ、リィノ」

 はう~、あまりにもいいモノを見て、語彙力が遠くの山まで飛んで行ってしまったよ。


 まだ完全に戻ってきていない力は置いておいて、俺の冷静な部分……視力と記憶力をフル活用しとこ。かわいいリィノの姿を心のメモリーカードに残すための力は、ちゃんと居残っていた。よかった。



「あ、あとリィノ、ゆっくり見させて、おねがい」

 後からでも、じっくり見られるんじゃないかという意見は却下だ。


 人が集まるところに行くと、どんなに気を配っても、髪や服は多少なりとも、ほころび、乱れてしまうものだ。


 それはそれで、興奮するし、艶やかだと思うよ。


 だけど、キッチリとした姿も大変おいしい。


 俺は欲張りだから、普段しないイベント系おしゃれリィノを余すことなく記憶したいの。

 この姿、記憶に留めないでどうするの。



「いいよ」

 そして、このそっけなさである。

 初対面や、リィノの性質を理解していないと冷たく感じられるだろう。俺も一瞬機嫌を損ねてしまったかと、マイナスなイメージを抱くけど……そうじゃない。


 俺の熱意が伝わっているからこそ、リィノは快諾してくれた。口数が少ないのも、服が、表情が崩れないよう注意しているのだ。

 協力的なリィノに気がついた俺は、胸、ときめかずにはいられない。


 もう、難しい年頃の子は……わかりづらいけど、わかった時には壮大なデレを見せてくれるぅ~。


 不器用なやさしさ、最高!



「ありがとう、リィノ」

 じーっと体内の熱を感じつつも、リィノを見つめること数分。


 遠くの山を一通り周ってきたらしい語彙力も、無事俺の元に帰ってきたので、ここで改めて、リィノの今の姿を説明しよう。


 白をベースにしているのはいつものことなのだが、色鮮やかなキラキラがついているのが、今回の衣装の大きなポイントかな。

 リボンタイならぬ、リボンモールタイはフワフワキラキラ。

 後ろ髪にきらめく髪留めとデザインが同じなのもキュートだ。

 ふんわりとしたきれいなシルエットに、独特の透け感とグラデーションが魅力的なチュールスカートはラメ入りで、太陽の光とそよ風によって、さまざまな角度から光と影のコラボを魅せる。


(はう、眼福、眼福)

 光物大好きのカラスの本能と、かわいくてきれいなもの大好きな俺自身の心を射抜く、最上のハーモニーである。


「あんたら、そんなに目に残しておきたいなら、そこの魔法の絵マジックグラフ屋に頼めばいいんじゃないかい」

 魔法の絵マジックグラフ屋とは、前世基準で言い換えると、観光地によく出没するカメラマン……一眼レフカメラを持って『記念写真撮ります 一枚1500円』の人のことである。


「それはいい考えだね、ユルネ」

 出張カメラマンを雇うのは、もう間に合わないけど、ここは首都の広場であることと、催し物の最中だからか、露店の中に魔法の絵マジックグラフ屋がある。


 そう、れっきとした商売なのですよ。


「じゃ、集合絵ってことで、四枚頼もうか」

 一人一枚か……しかもニッキーがさっさと財布を出して、全額負担してくれるようだよ。


「ふ~ん。なら、あたしは……せっかくの星の海感謝祭だからね。ちょっとした小道具にもなりそうなチープな菓子を買ってくるかね」

 綿菓子とかりんご飴的な、祭りの雰囲気を目と舌から味わえるものかな。

 記念に絵を残すのだから、そういう祭りならでの定番商品も一緒にあった方がテンション上がるよね。


「頼んだよ~、二人とも~」

「ああ。腕のいい魔法の絵マジックグラフ屋のことは任せておいてくれ」


「こっちもいい絵になりそうな、菓子をこさえてくるからね」

 ニッキーとユルネが一端、俺たちから離れ、それぞれ目的のモノを捜しに喧騒の中へと混じっていく。

 その後ろ姿を見て、俺の背筋が一瞬ブルリと震えた。


「……まぁ、いいか」

 頼んでおいてなんだが……後が怖い。


 いろいろ押し付けてきそう、とか。不確実だが、近い未来、俺とリィノを何かに巻き込もうとしているとか。

 アルカナムこそ絡んでいるけど、今回のような支柱メインではなく、根源は別物で。


 一癖二癖ある、難物件。


 そんな複雑に絡んだ事件にも俺たちを関わらせようとしている気がしてくる。


 でも……気にしても無駄かもな。


 そもそも俺ら、ニッキーの案内とおごりで、本日の、星の海感謝祭を楽しもうとしているものな。

 もちろん、交流も兼ねているけど……口止め料と接待も入っているから。


 大人って汚いね。


 でも、わかりやすい下心ほど信用できると思う俺も、やっぱり汚い大人だよな……。

 コレが汚れちまった悲しみよぉ……。

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