黒髪ってだけで婚約破棄されたので、私を愛してくれる隣国の王子と添い遂げます

taqno(タクノ)

短編

 私リーズ・グランジェは男爵家の娘だ。貴族の娘として伯爵家のルイゼン・アングラード様と婚約している。しかし私たちの間には恋愛感情などない。


「リーズ・グランジェ! 貴様のような醜女とは婚約破棄させてもらう! そんなゴキブリのような黒い髪をしている女など、視界に入れるのも汚らわしい!」


 こうして婚約者のルイゼン様に婚約破棄を言い渡された。理由は私の髪の色。この国には珍しい、黒い髪が原因だ。家族からの遺伝というわけでもなく偶然生まれ持ったこの黒髪は、周りから大変気味悪がられている。


 私自身はこの黒髪を気に入っているが、この国では黒髪の女は災いをもたらすという古い言い伝えがあり、そのせいで幼い頃から外見で色々と言われてきた。現に婚約者のルイゼン様もこうして私の黒髪を忌み嫌っている。


「お前は災いを呼ぶ悪女だ! 俺のかわいいアレットにも陰で嫌がらせをしていたらしいな。お前のような女とは絶対に結婚しない!」


「そうですか。では婚約破棄を承りました」


 ルイゼン様は愛人であるアレットさんを傍らに、私が婚約破棄を受け入れたことに満足そうな表情を浮かべた。まったく、一応婚約者である私の目の前で堂々と愛人を抱え込んでいるのは一体どういう神経をしているのやら。まぁ私にはもう関係ないけど。アレットさんもずいぶんと口が達者なようで、私がしていない嫌がらせの話を嬉々としてルイゼン様に聞かせたのだろう。人を見た目で判断する男と、その男の財産目当てで嘘をつく女。お似合いの二人だ。


「それではルイゼン様、アレットさん、ご機嫌よう」


 私は元婚約者とその愛人に別れを告げる。二度と会うことはないだろう。悲しくはない、むしろ清々するくらいだ。私の髪の色が黒いだけで婚約破棄を言い渡してくる相手と、これ以上関わりたくなんてない。やってもいない嫌がらせの話をする女とも、これ以上関わったら私の黒髪がストレスで白髪になってしまう。こんな連中のことなんてとっとと忘れてしまおう。



 ◆



「リーズ! お前は自分のしでかしたことが何なのか分かっているのか!」


「何を言っているのか分かりませんわ、お父様」


「伯爵家との婚約を無為にしおって! お前はわしの家を潰すつもりか!」


 父であるグランジェ男爵が机の上にある書類を投げ出して叫ぶ。我が父のことながら、物に当たることしか出来ないなんて、子供なのだろうかこの人は。怒鳴れば娘が言いなりになるとでも考えているのだろう。なんて身勝手な人なのだろう。


「お言葉ですが婚約破棄を告げてきたのはルイゼン様です。私は何もしておりません」


「お前が無愛想で気の利かない女だからだ! せっかく縁談を持ってきてあげたわしの気持ちを考えとらんのかお前は! なんて親不孝な娘だ!」


「私の髪が黒いという理由だけで会う度に悪態をつく男に、どう気を利かせればよいのですか?」


「それを考えるのがお前の役目だ! ただでさえ気味の悪い黒髪を生やしているのに、心の中まで醜い女だ!」


 実の娘に言う言葉とは思えないが、これがグランジェ家の日常だ。幼い頃から両親ともに私の黒髪を忌み嫌っていたから、こういう罵倒も聞き飽きている。夫婦揃って金髪の親から生まれた黒髪の娘ということで、私が生まれた頃は母の不貞を疑われたこともあったらしい。それも仕方のないことだけど、私にはどうすることも出来ないから仕方がない。


「お前には失望した」


 最初から期待していないくせに。


「お前を我がグランジェ家から除名する。当然だ、婚約破棄された女など社交界で笑いものだ。せめてこれ以上我が家の名前を汚すことだけは避けねばならん」


「そうですか。では私はこれからお父様とは一切関係のない赤の他人になるのですね」


「そうだ。お前みたいな娘など産まねばよかった! ああ、わしはなんと不幸なのだ!」


 不幸なのは私の方だ。けれどそれも今この瞬間まで。こうして父から縁を切ってくれたおかげで私は自由になれる。私は喜んで荷物をまとめて家を出た。幸い私個人で稼いでた貯蓄もある。我慢すれば少しの間は質素な暮らしでも生きていける。家族や元婚約者の名前を聞かなくて済むような遠い場所へ行くことにしよう。




 家を出て、さて西か東かどちらに行こうと悩んでいたら、すっかり日が暮れてしまった。この時間だと馬車は出ないだろう。仕方なく私は街の外れの宿に泊まることにした。地元に住んでいるから宿に泊まったことがないが、値段も安く落ち着いた雰囲気のいい宿だった。


「さて、これからどうしようかしら」


 行く宛ても無い私だったが、実は結構わくわくしていた。これまでは貴族の家というしがらみがあったが、それもついさっき無くなった。これから私は自由になるのだ。どこへ行ってもいい、何をしてもいいのだ。こんな幸せなことがあるだろうか。これも嘘のいじめの告発をしてくれたアレットさんと、それを真に受けたルイゼン様のおかげだ。ついでに実家から追い出してくれた父にも感謝しよう。まぁ彼らの態度は不愉快極まりないものだったが、二度と会うことはないから気にすることもない。


 私は晴れて自由の身になれたのだ。



 ◆



 宿で快適に過ごし、翌日になって馬車を待っていた時だった。私の前に王子様が現れた。比喩表現ではなく本物の王子だ。ただし、この国の王子ではなく隣国のアレイスタッド王国のだが。


「リーズ嬢、ここにいたのか!」


「クラウス殿下ではございませんか。お久しぶりでございます」


 私の前に現れたのはクラウス・アレイスタッド殿下。隣国の王太子で正真正銘の王子様だ。私とは学校の同級生で、留学生であった彼とはたまに会話をする程度の仲だった。しかし私の黒髪を怪訝そうに見ず、ありのままの私を受け入れてくれたことを当時はすごく嬉しかったことを覚えている。そのクラウス殿下がどうしてここにいるのだろう。


「君がグランジェ家から除籍されたと聞いて、いてもたってもいられなかった。昨日からずっと君のことを探していた」


「まぁ、私のことをですか? どうしてでしょう」


「それは君のことが心配だったから……。王族で留学生だったせいで孤立していた私を、君は分け隔てなく接してくれただろう。その優しさに私は救われた。そんな君が家から追放されるだなんて……ましてや婚約破棄されたなどと聞いたら、放っておけなかったんだ」


「それは私も同じです。殿下は私の髪の色について偏見を持たず接してくださいました。そのことが私にとってどれだけ救いだったことか。殿下は私のことを優しいと仰りますが、私こそ殿下の優しさに救われてました」


「リーズ嬢……」


 殿下の黄金色の瞳が私を真っ直ぐに見てくる。その曇りひとつない眼差しに思わず顔が熱くなり、つい顔を逸らしてしまう。無愛想な女だと思われたかもしれない。


「殿下のお心遣いは本当に嬉しいです。ですが私のような変な髪色の女と一緒にいると、殿下まで変な噂が立てられます。誰にも見られないうちにお帰りになった方がよいかと」


「変な髪色? そんなわけがない。君の黒く艶やかな髪はとても美しい。学生時代、何度見とれてしまったことか……」


「この黒髪に、ですか?」


 誰にも褒められたことのない、不気味で災いを呼ぶと言われている黒髪なのに……?


「私の髪を見てみろ、くすんだ茶髪だろう。それに比べて君の髪は混ざりのない漆黒の髪だ。君と会う度にその髪を梳くってみたいと感じていた。……いや今のは聞かなかったことにしてくれ、気持ち悪かったな」


「いえそんなことは……!」


 正直驚いている。私の黒髪をここまで褒めてくれる人がいるとは思わなかった。確かに私はこの黒髪に自信を持って、髪の手入れも欠かさずにしてきた。だが誰からも気味悪がられて、コンプレックスに感じていたのも事実だ。それなのに殿下は私の髪を触ってみたいとまで言ってくれた。


「こんな気味の悪い黒髪でよければ……」


「気味が悪いだと!? それは誰が言ったんだ」


「いえ、この国の者は皆、家族でさえ私の髪を見て災いを呼ぶ女だと言います。そのせいで婚約破棄までされました。昔から外見で悪口を言ってきて、浮気も平然とする婚約者だったので未練などありませんが」


「……なるほど。よくわかった。ようやく私にも決心がついたよ」


「何の話でしょうか」


 私の問いかけに答えるよりも先に、殿下は私を抱きしめた。殿下の広く大きな胸にぎゅっと収まってしまう。そして殿下は私の黒髪を大事そうに撫でながら呟く。


「リーズ嬢、私と一緒にアレイスタッド王国に来て欲しい。そして私の隣にいてほしいのだ」


「えっ……」


「この国に君の居場所がなく、君も婚約者に未練がないと分かった。それならば遠慮なく私が貴方を貰っていく。初めて見た時から君に惹かれていたが、もう誰も邪魔する者はいない」


 突然の婚約宣言に私は息をするのも忘れてしまう。なぜ、どうして殿下が私に婚約を申し出るのか分からない。いや、確かに殿下とは仲のいいご学友で、私が唯一安心して話せる人で、私も悪い印象はない。それどころか人間として尊敬の出来る、とても素敵な男性だと思っている。


 だけどどうして……。こんな黒髪の醜女なんかを……。


「君の髪は上級黒漆の陶磁器よりも美しく、瞳はダイヤよりも輝かしい。たまに見せてくれる笑顔は春の風のように、私の心を温かく満たしてくれる。君でなければ駄目なんだ」


「そんな……」


 そんなことを言われてしまったら、私の心はもう殿下のものになってしまう。否定され、蔑まれてきた人生だったけど、もしここで殿下の手を取ったら違う人生が待っているのだろうか。


「クラウス殿下……お願いします。私をこの国から連れ去ってください」


「ああ、必ず君を幸せにする」


 そう言って殿下は私の唇を奪い、優しく微笑んだ。その顔は自信に満ちあふれていて、不安など一切感じさせない高貴な心を感じさせた。この人になら私の全てを捧げてもいい。そう思える人にようやく出会えたのだった。




 そして数年後、私は国王となったクラウス様の妃となり、幸せな日々を暮らせている。最初はアレイスタッド王国に馴染めるか不安もあったが、周りの人は優しく、私の髪を綺麗だと褒めてくれた。

 どうやらアレイスタッド王国には古くからの言い伝えで、純度の高い黒髪の乙女は国に安寧をもたらすという伝承があるらしい。思えばクラウス様も含めてアレイスタッドの人はくすんだ茶髪が多いが、本来は茶色というよりも黒に近い人種とのことだった。


 それが移民受け入れや、隣国同士の貴族の結婚などで血が混じり、純粋な黒髪の持ち主は時代を重ねると共にほぼいなくなったらしい。もしかすると私の髪が黒いのは、先祖にアレイスタッド人がいたのかもしれない。


 そして私が生まれ育った国が黒髪を忌み嫌う理由は、このアレイスタッド王国が原因だった。かつて何度もアレイスタッドは侵略され、滅亡の危機に瀕したことがあった。そのたびに黒髪の乙女が現れ、国に平和をもたらしたという。

 隣国同士で戦争をして負けた私の国は、それから黒髪を災いを呼ぶ女と言うようになった。同じ伝承が起源でも、国によってその受け取り方が真逆になるとは、歴史の面白さを垣間見た気がする。


 国王陛下となったクラウス様の尽力で、私の故郷での扱いに追求してくださった。私は気にしてないと言ったのだが、愛する者を理不尽に酷い目に遭わされて黙っていられないと言われた。

 そして実家だったグランジェ男爵家は汚職が発覚し、貴族の爵位を剥奪。元婚約者のルイゼン様とアレットさんは浮気と虚偽の報告、そして隣国の王妃への侮辱罪が重なり社交界から追放された。これ以上悪事を働かなければ、私は彼らを許したいと思う。


 元いた国では災いを呼ぶ女扱いで、こっちの国では安寧をもたらす女と呼ばれるなんて、人生は何が起こるか分からないものだ。


 でも、ひとつだけ分かることがある。


「クラウス様、私とても幸せです」


「ああ、これからもずっと君を幸せにしてみせる」


 私たちの愛は、これからも永遠に続くことだろう。

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黒髪ってだけで婚約破棄されたので、私を愛してくれる隣国の王子と添い遂げます taqno(タクノ) @taqno2nd

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