第32話 不器用だけど少しずつ
「なあヒロ。晴海ってさ、実際どれくらいモテるわけ?」
昼休み。隣で購買のパンを食ってたヒロに問いかけると、あいつはニヤリと笑った。
「なんだ? やっぱり彼女の人気っぷりに嫉妬か?」
「いや嫉妬っていうか、ちょっと心配なことがあってさ。それで聞いただけだ」
「ふうん?」
流石に元同級生どもの話をするわけにもいかないので、そんな風に説明する。
「心配ごとって?」
「なんつーか……晴海がみんなに好かれてるのは、別にいいと思うんだ」
「へえ。あんな可愛い子が彼女だったら、独占したいって思いそうなもんだがね」
「それがあいつの好きなことみたいだし、魅力の一つだと思ってるからな。でも、そのせいで傷ついてほしくはないんだよ」
水族館の件で改めて理解したが、晴海を取り巻く環境は常に明るいわけじゃない。
その爛漫さが好きで接する人間もいれば、腹に一物抱えて近づく輩もいるだろう。
でもあの壊れそうな表情を、二度とさせたくない。
「俺、そういう事情に疎いからさ。男にも女にも顔の広いお前に頼るしかない」
「ほお。前は周りに知られるのもビビってたのに、随分と自覚が芽生えてきたじゃん」
「どんだけ前の話だよ。それで、どうなんだ?」
んー、と少し考えるそぶりを見せてから、ヒロは答える。
「まあ、男子は言わずもがなって感じだな。お前と付き合ってからはそこそこ落ち着いたけど、人気は健在だ」
「じゃあ、女子の方は?」
「基本的には好意的に思ってる子が多い。よく恋愛相談とか乗るらしいし、親身になってくれるって評判だ」
「そうか……」
確かに、ああやって誰かに寄り添えるところは俺も尊敬している。
「ん? でも基本的って?」
「一部はそうじゃないってことさ。大きい声じゃ言えないが、性格の悪い連中は目の敵にしてる」
本当に声を抑え、口元に手をやって言ってくるヒロ。
思った通りか。これまで直接的被害を被るのを見たことはないが、火種はあるんだな。
「あとは、お前と付き合ってから距離を置いたって子もいるな」
「……それはどういう意味で?」
「彼氏いるのが気に入らない勢と、お前のことが気になってた勢。これは五分五分ってところか」
「嬉しくない情報なんですけど」
晴海の負担になるなら、そんな好意なんて向けられても困るだけだ。
「まっ、今言えるのはそんなところだ。流石に入学して三ヶ月弱じゃ詳しい内情までは知らんわ、すまん」
「いや、助かった」
自分で探ろうと思ったらもっと時間がかかっていたので、非常に有益だった。
「しかし、そうか……」
その情報をもとに、どうすべきか考える。
俺と付き合い始めた影響がやはり出たようだが、それはもう受け止めるしかない。今更隠すこともできないし、別れるのは論外だ。
問題は、どう晴海を守るか。
いつ何が起こるかわからない以上、できることと言えば、なるべく側にいるしかない。
「一緒にいる時間を増やすべき、か」
「おっ、いいね。ついでに親密度もアップってか?」
「そんなことは考えてねえよ。純粋にトラブル防止だ」
なんだか懐かしいな。昔、初めて小百合を貶す連中と会った時もこうして頭を悩ませたっけ。
あの時と同じ、大事な人を守りたいという気持ちが胸の中にある。
「晴海には笑っててほしいんだよな」
「おお……真顔でそんなセリフ吐くとは。相変わらず真面目なやつ」
「こちとら真剣に悩んでるんだが」
茶化されたような気分になって文句を言うと、やつは首を横に振った。
「いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて。そんな顔で彼女のことを悩めるの、すげえと思ってさ」
ヒロは俺のことを、本当に感心したような眼差しで見ていた。
「普通さ。あんな可愛い子と付き合えたら有頂天になって、自分のことばっか考えるもんだろ? なのにここまで相手のために心を砕けるやつはそういない」
「その理屈で言えば、俺はおかしいってことか?」
「いや。俺としちゃあそっちのほうがタイプだ。登校初日にお前へ声をかけてよかったよ」
「気色悪いこと言ってんじゃねえよ」
「あ、照れてる? 照れてるな?」
「う、うるせえ」
くっ、これまでは小百合小百合で、特別親しい友達がいなかった弊害か妙に小っ恥ずかしい。
どうにも捻くれた思考になっていると、ヒロが軽く肩を叩いてきた。
「それでいいと思うぜ。お前は不器用で、まっすぐなままでいとけ。変に〝みんな〟と同じになる必要はないよ」
「……おう。ありがとう」
「まあ、この調子なら俺の二の舞にはならなさそうだな。しっかり晴海を見てるみたいだし」
「え?」
どういうことだと見ると、途端にわざとらしく手で口を塞ぐ。
「おっと、口が滑った」
「……変なやつ」
「ハハッ。で、実際どうなわけよ。アキは晴海のことを、一人の女の子として好きになれたのか?」
その質問に、俺はこれまでのことを思い出す。
初恋の喪失という痛みを共感することによって恋人となった、晴海陽奈という女の子。
それまで抱いていた〝クラスの人気者〟というイメージからではなく、隣から見た彼女の印象。
長いようで短い三週間で積み重ねたいくつかの思い出の中で、様々な面を見てきたが……
「……わからん」
「ありゃ。流石にそうすぐコロッとはいかないか」
その上で俺は、自分の気持ちが分からなくなっていた。
魅力を感じなかったわけではない。むしろその逆で、彼女の優しさや明るさ、可愛らしさに触れるほどに、沈んだはずの心が揺れ動く。
だがそれを好意と断定するには、一緒にいた時間も、失恋の克服もまだ足りない。
「けど……」
「けど?」
「……そばにいたい、と思うようにはなってる」
水族館で晴海が俺に好きかと尋ねてきたとき、彼女は何かを欲しているように感じた。
それは肯定だったのかもしれないし、もっと別のものだったかもしれない。
だが……どうしてもあの顔が、目が俺の脳裏に焼き付いている。
「俺は、もっと晴海を知りたい。恋人として、同じ痛みを知っている人間として」
偶然が重なってこんな関係になり、俺はずっと流されるままにしてきた。
でも今は、俺が自ら晴海陽奈という女の子の近くにいたいと思っている。
「……それ、好きってことじゃねーの?」
「おい、そのバカを見るような目はやめろ」
呆れた目を向けられるが、面倒臭いのは重々承知だ。
兎にも角にも、晴海への関心が強くなっているのは確かだ。
これがどういう感情であれ、しなければならないことは一つ。
「早いところ、脱けど出さないとな」
小百合への初恋を、ちゃんと終わらせないと。
器用じゃない俺が、晴海だけを見ていられるように。
脱!初恋宣言!〜幼馴染に振られたら、ギャルな彼女ができたんだが〜 @syuuji0802
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