我輩は鍋である

風と空

第1話 名は「鍋君」。

 ガタッ


 光が入ってきた。

 母上殿が朝の支度をするのですな。


 おお、フライパン殿、今日も朝から奉公羨ましいですなぁ。

 いやいや、気にするで無い。我輩の方が先輩であるからして。


 なになに?「今日は寒いから出番ありますよ」とな?


 パタン。


 また我輩の周りが真っ暗になった。

 ふむ。フライパン殿がそう言うのであればそうなのであろう。


 確かに、我輩の身体がより冷たくなって来た様に感じる。

 この兆しは、我輩の活躍の季節到来という事であるな。


 ならば、今日は母上の得意料理「おでん」であろう。

 我輩の勘によれば、お昼から我輩の出番であるな。


 ガタッ  パタン。


 おお!フライパン殿、奉公お疲れであった。む?その言い方直せとな?


 仕方あるまい。我輩が活躍する時間は父上殿の食事の時間。

 時代劇好きの父上殿と共に見ておるのだ。言葉が其方寄りになってしまうのだよ。


 して、母上殿は何か話していただろうか?フライパン殿。

 …… ほほう!「大根買いに行かなきゃ」と言っていたのであるな。うむ、我輩の勘冴え渡っているな。


 ならば今日は頑張らねばなるまい。しばし寝ておこう。




 ガタッ


 …… おお、母上殿。やっと我輩の出番であるな。

 お任せくだされ。


 失礼ながら、大根氏。面取りして貰った方がいいですな。

 母上殿?…… 忘れておるのだな。仕方あるまい。


 お米様と一緒に頑張って、まずは柔らかくなって頂こう。


 ブワァ…… ジュジュゥ……


 母上殿!火加減を頼みますぞ!

 こちらはまだもう少しかかりますゆえ。


 おや、お隣の雪平殿。卵様はいかがな具合で?

 半熟とはこれいかに。父上殿は硬めがお好きであるぞ。

 もうしばし頑張って頂きたい。


 おや、こちらも良い感じになって来ましたぞ。

 母上殿〜!


 ガタガタガタガタ……


 おお、気づいて下さったか。では大根氏。今しばしの別れ。


 母上殿、今日は和風だしで攻めるのですな。

 乾燥昆布氏を水に入れておられるところを見ますと、今日は気合いが入っている様で。


 グツグツグツグツ……


 良いお出汁が出て参りましたなぁ。

 おお、久方振りの大根氏。角コンニャク殿もいらっしゃいましたか。まあまあ狭い所ですが、どうぞどうぞ。


 母上殿、ジャガイモ氏はいないのですか?

 おお、今日もご立派な体格で。丸々とは頑張らせて頂きますぞ。


 おお、今日は塩もも串様がいらっしゃるのですな。砂肝串殿と鳥皮串様もようこそいらっしゃいました。まずはじっくり浸かって下さい。


 あ、母上殿。串様達から出てきた灰汁を綺麗にして頂けるだろうか?いやいや、串様達はお気になさらず。


 今日もお酒様と味醂様は仲が良いですなぁ。今日は味どうらく殿も混ざるんですな。お、ゆで卵殿も入ってきましたか。


 どれ、じっくり話しでもいたしましょう。


 グツグツグツグツ……


 良い感じに皆が馴染んできましたなぁ。そろそろ練り物様方呼んでもいいのでは?あ、食べるちょっと前でしたな。


 カチン……


 母上殿、後はこちらにお任せあれ。では皆様方、夕方までじっくり堪能して浸かって居てくだされ。ジャガイモ氏、形崩れてきておりますぞ。少し上で休んだ方が良いですな。




 カチッボボッ……


 …… お、おお寝ておりました。そろそろですな。皆様良い感じですぞ。さあ、ツミレの君とはんぺん殿、もち巾着殿を迎えますか。


 ん?今日はちくわ氏もいらっしゃるのですな。

 良きかな良きかな。

 さあさあ、宴が近づいてきましたぞ。



 成る程!娘様が帰省でいらっしゃってたのですな。

 お久しぶりです。こちらの準備は万端ですよ。


 父上殿もご帰宅ですなぁ。

 我輩も出陣致しますぞ。母上殿、熱くなって居ますから火傷に気をつけてくだされ。


 あれ?今日は時代劇を見るのではないのですか?父上殿。

 ああ、娘様が帰ってきて居ますから合わせているのですな。

 ならばこちらも合わせましょうぞ。


 カパッ

 さあ、綺麗どころやしっかり味の染みた者達を御覧あれ。

 みんなが笑顔になるこの瞬間が、我輩が一番好きなのである。


 父上殿、茹で卵殿と大根氏とジャガイモ殿がお待ちですぞ。

 母上殿、ツミレの君と角コンニャク殿良い感じですなぁ。

 やはり娘様、もも串殿達から参りますか。程よく柔らかくしておきましたぞ。


 なになに、娘様。なんと彼氏殿ができたのでありますか!それは重畳!さあ、もっとお食べなさい。


 母上殿は嬉しそうに話しておりますが、父上殿は食べるペースが少し落ちましたな。…… 大丈夫ですぞ。今宵は我輩がお付き合いいたしましょう。




 まだ大分残っておりますが……

 みんな食べ終わった頃ですかな。

 あ〜あ〜、父上殿顔が真っ赤ですなぁ。

 母上殿もう止めさせた方が良いのでは?


 おや?娘様が洗い物を担当ですか。

 我輩はコンロの上で一晩過ごすみたいですな。まあ、フライパン殿はすぐわかるだろうから、心配はいりませんな。


 キュッ


 どうやら洗い物が終わったみたいですな。

 娘様お疲れ様でした。

 ん?我輩に何か用ですかな?


「鍋君明日も宜しくね」


 おお!任せてくだされ!

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