エアリアル

 今日もリモートワークだ、うんざりする。土曜日だと言うのにクライアントが年内に役員会で決裁をして、年明けからプロジェクトを開始したいから資料を日曜日に出してくれと言う依頼があった。

 割り増しのフィーを請求しますよと何度もクライアントには言った。それも通常の時給の1.5倍ではなく2倍だ。はっきり言ってふっかけた。それでもいいとクライアントが言ってきた。信用されているのもいいが、なんだかなと思った。そこまで、クライアントに尽くすのかと思った。自慢ではないが、僕は国税の消費税をそれなりの額を納めている。ここでは売上を書かないが、消費税納税義務の発生する年商一千万円を下回ったことは独立してからはない。毎年、消費税を納めている。つまりは安くないフィーなのだ。

 娘と妻はマンション内の娘の仲のいい子のクリスマスパーティに行っている。今日はクリスマスイブだ。

 なんか、疲れて、甘いものが食べたくなった。妻が用意しているノエル・ド・ショコラのチョコをちょっとつまもうかと思った。でも、それをやったら、また喧嘩になる。自重した。妻の誕生日に僕が買ってきたケーキを夜中に食べて、妻に怒られて、一週間、口を聞いてもらえなかったのは結婚してばかりの頃のできごとだ。

 キッチンへ行き、コーヒーメーカーに豆を入れ、コーヒーを準備した。コーヒーができて、キッチンでコーヒーを飲みながら、なんとなく、父と過ごした数少ないクリスマスを思い出していた。

 ルービックキューブの勘違いのあった年だ。プレゼントをもらった後、寒くなってきて、ボーナスで買った、まだ、出たてのホットカーペットをこたつに追加して点けた。その時、ブレーカーが落ち、ブレーカーを再度、あげた時、父が用意していたクリスマス・ツリーの電球のイルミネーションのヒューズが飛んでしまったのだ。余計な電圧がかかったのだろう。たしか、それで全部、光らなくなったしまった。僕よりも父ががっかりして、母がなぐさめていたのを思い出した。

 クリスマス・ツリーも電球もいまやLED。電球が切れることなんて、まずありえない。時代は変わったのだ。

 そういえば、あの頃の父はとにかく忙しく、家に帰ってくるのは終電も終わった後でタクシーだった。父の銀行はそういう意味ではちゃんとしていてタクシー券を用意していた。それでも、あの社宅でもっとも遅いのが父で、土日も出勤していて、あまりにも家にいなくて、近所の人に冗談であそこはシングルマザーではないかと言われていたぐらいだった。

 僕もかつてはそういう時代があった。クライアント先に詰めて、毎日、帰ってくるのはタクシー。土日祝日は家で仕事。

 それでも、結婚はできて、娘はできた。ただ、僕も妻もその時には既に若くはなく、二人目はできなかった。

 母からも結婚自体の反対などはもちろんなかったが、そこは心配された。母としても息子、嫁に自分と同じ思いはさせたくなかったのだろう。

 嫁はできた女性だった。会社の同僚だったが、僕よりも仕事ができていたといまでも思う。結婚してからも同じプロジェクトは会社的にあまりよくないということで、一緒のプロジェクトでは働かなくなったが、いつでも、それなり以上のクライアントからは指名が来るぐらい人気があった。妻は手の肌が弱くフォーマルなシーン以外では指輪をつけず、旧姓をビジネスネームで使っていたから、クライアントからお見合いの話も来たぐらいだ。それも、僕のクライアントだから東証プライム上場以上(つまり、永田町や霞が関からも)の社員や役員の子息だ。妻が言うには、それらの説得は大変だったし、あんたとの恋愛でもいろいろな意味でうんざりして、やっと結婚したのにそんな面倒なこといやだとは言っていたが。

 僕は妻が出産後、育休をあけたら、職場に復帰すると思っていた。当然、もう結婚はしていて一緒に暮らしていた。なぜか、わからないが、妻は職場に戻らなかった。当時でも、それなりに僕は稼いでいたから、妻が働かなくても食べていけるが、妻が職場復帰しない理由はあまり僕にも言ってくれなかった。僕に言ったのは、実際、腹を痛めてみて気持ちが変わったということだった。それにあんたの稼ぎなら贅沢はできなくても、わたしが働かなくても普通の生活はできるしと。


 僕が家で仕事をする完全フルリモートにしたのはコロナ禍がはじまった時からだ。

 最初はそれなりに悩んでいた。ただ、もうクライアント側から、フルリモートでやってくれと言う要請と、それでもフィーは同じままでいいということで切り替えた。

 いま思えば、よかったかもしれない。

 娘が幼稚園に入園したのが、ダイヤモンド・プリンセスの事件の後の春の4月だ。いままでも娘を見てきたつもりだったが、いざ、在宅で仕事をするようになり、娘を一日中、見ていると、僕はいままで娘のことをなにもわかっていなかったことがわかった。

 ある日曜日の朝のできごとだ。一緒にテレビを見ていた。

「さあ、これからプリキュアだね」

 娘が父はなにを言っているのだと言う顔になった。

「今年のプリキュアはつまらない。いまはライダーの方がかっこいいの」

 僕は正直に言って、脳天に稲妻が落ちたようだった。普段、僕はクライアントにDXだマーケティングだ、顧客視点だとえらそうなことを言っている。が、娘の好みさえつかめていなかった。

 僕はここから家族関係をやり直さないといけなかったのだ。妻との関係もうまく行っている。家庭が崩壊しているわけではない。だが、やり直さないといけないと思った。いま、やり直さないと未来に壊れてしまう。

 

 そんなコロナも3年目。娘は小学校に入学した。娘は僕と妻の方針でまだ塾だの習いものはさせていない。

 娘が望んだ時に望んだことをさせる心構えはできている。ただ、娘はなにか、僕たち親とはまた違う考えを持っているようだった。それを僕と妻は尊重した。


 娘と妻が帰って来た。

「ただいま、潤」

「おとうさん、ただいま」

 僕は思わず言った。

「早く、ケーキが食べたい」

 妻が困った顔をして、「じゃあ、私たちはお風呂に入るから、その間に準備をしておいて」

 僕は「わかった」と言い、キッチンに準備ではじめた。

 妻が午前中のうちに準備を済ませており、僕はテーブルの上に配膳をするだけだった。

 あとは、娘にプレゼントをばれないようにしておかないと。僕の書斎に隠してある。伊達に三年間、娘と一緒にいたわけではない今年は外さない。去年?はずした。まぁ、それについては詳細を語らないが。

 

 妻と娘がお風呂を出てきてリラックスウェアに着替えていた。

「じゃあ、はじめようか」と僕は言った。

 娘が、「メリークリスマス、おとうさん、おかあさん」。

 妻も「メリークリスマス」。

 そして、妻と僕はスパークリングワインを飲み始めた。娘はオレンジジュースだ。

 場が落ち着きはじめたところで、「じゃあ、そろそろクリスマス・プレゼントにしようか」。

 妻が「うん」と言い、書斎からクリスマス・プレゼントの箱を持ってきた。

「じゃあ、私から」と言い、妻が娘へプレゼントを渡した。

「開けていい?」と娘。

 娘は包みを開けた。

 中身はYOASOBIとシユイのガンダム 水星の魔女のテーマソングのCDだった。娘は満面の笑みだ。

「おかあさん、ありがとう。この歌、好きなの!」

 次は僕の番だ。

「はい、これがおとうさんから」

 娘に箱を渡した。

 娘は箱を開けて、微妙な顔になった。

 中身はガンダム 水星の魔女のROBOT魂のガンダム・エアリアルだ。

 外れてはいないはずだ。それに水星の魔女のテーマソングのCDは喜んだではないか。

「おとうさん、わたし、プラモデルを作りたかったの」

 僕はえ!と思った。この子はまだプラモデルを作ったことがないはずだ。

 妻が言った。

「しょうがないなぁ。おかあさんがおとうさんにあげるはずだったプレゼントを出すわ」

 妻は書斎に再び行き、箱を持ってきて娘に渡した。

 娘が「おかあさん、開けていい?」

「いいわよ」

 娘があけた。そこで出てきたのは、プラモデルのガンダム・エアリアルとダリルバルデだった。

「おとうさんが最近、ガンダムに夢中になっているからいいかなぁと思ったんだけど。ちょっと保険でもあったのよね」

 娘が口を開いた。

「おとうさん。ダリルバンデはおとうさんにあげる」

 妻も僕もびっくりした。

「二人で作って、戦おうよ。わたし、プラモデルがはじめてだからおとうさんと一緒に作りたい」

 なんてこった。娘はこんなに大人になっていたのか。しかし、水星の魔女、少女が主人公で娘が夢中になっているのはわかっていたつもりだったが、僕はなにもわかっていなかったのだ。

 妻が娘を見て言った。

「おとうさんにプレゼントがあるんでしょ」

 娘が自分の部屋に行き、なにか工作を持ってきた。

 小さなクリスマス・ツリーだった。

 イルミネーションはLED電球。スイッチを入れると、点滅まではしないがLED電球が光る。黄色い光だ。僕が子供の頃に見た父は用意した赤、青、緑の電球の色は違う。でも、僕の感じる温かさで言えば、父の用意した電球と同じ、いや、それ以上かもしれない。

「これ、どこで部品を買ったの?」と僕は娘に訊いた。

「100円ショップでおかあさんと」

 そして、娘が言った。

「おとうさんにお願いがあるの」

 娘は僕の正面に向いてきた、そして娘は言った。

「プログラミング・スクールに通いたいの。あと、プログラムを家でもしたい」

 妻はわかっていたようだ。

「ああ、そうしたら。おとうさんと一緒にスクールを探そう。あとタブレットかPCはとりあえずは、おとうさんのおさがりにするね」と僕は言った。

「おとうさん、ありがとう」

 娘はちゃんと育っていたのだ。


 寝る前に妻と話をした。

「なんだ、お前は知っていたのか?」

「うん。ただね、わたしに戸惑いがないと言ったら、それは違うわ」

「どういうことだ?」

「そりゃ、わたしもITコンサルをやっていたけど、なんか仕方なくだった。ただ、あの子は純粋に好き」

「それがどうしたんだ?」

「もう、わたしたちの世代と違う女の子いや女性になったってこと。そりゃ、あなたがプラモデルを好きなことぐらいは結婚前から知っているってか、おかあさんから聞いていたわよ。ただね」

「ああ、言わんとしていることはわかるよ」

「そういうことよ」

「あの子はあの子の足で歩きはじめていたんだな」

「でも、潤、あの子が自分と同じものを好きになってくれてうれしいんでしょ」

「それはな。父親をやっていてよかったよ」


注:すいません、これを書いている時点では水星の魔女は4話っす。それで盛り込めていない部分があります。水星の魔女のMSはエアリアル以外はわかりません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジックスネークとエアリアル @mike-chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ