マジックスネークとエアリアル

@mike-chan

マジックスネーク

 僕は田村君の家のクリスマス会を後にした。今日はクリスマスイブ。家を出た時は陽が出ていたが、帰りは曇り空になっていた。街の電灯がつきはじめていた。

 田村君の家のクリスマス会は楽しかった。カセットビジョンのバトルベーダー大会をやった。田村君の家にはルービックキューブもあった。僕はまだルービックキューブを六面、揃えたことがない。うちにもルービックキューブがあったらいいなと思っていた。

 うちは貧しくはないが、あまり欲しいものは買ってもらえないと言うか、父の一存だった。一応、夏の誕生日にはリクエストを受けつけてもらえ、今年の夏の誕生日はガンプラ、ガンダムのプラモデルをプレゼントしてもらった。うちは貧しくないと書いたが、まだ子供を甘えさせちゃいけないって時代だ。しつけが重要視されていた。 

 父はそういう意味では厳格だった。母もそこは同意していたようだ。とは言っても、母は、まぁ、母が夕食を考えるのが面倒になった時だろうが、そういう時は僕に夕食のリクエストを聞いてきて、それを作ってもらえ、そう厳しいわけでもなかった。カレーが食べたいと言えばカレー。ハンバーグが食べたいと言えばハンバーグを作ってもらえた。それに父も反対するわけでもなかった。父は結構、舌が子供のところもあって、僕が寝てから家に帰ってきて夕食を食べると喜んでいたと母は言っていた。

 いま思うと、この当時の父はそれなりの権力を持っていたのだろう。プレゼントでもらったガンプラはガンダム、ガンキャノン、ガンタンクの3機、3個だ。主人公側のモビルスーツのプラモで人気があった。当時のガンプラの人気では店舗でそう買えるものではない。まだネットなんて当然ない。よく、父親は買えたものだと、いまでも思う。いまは都市銀行も3メガバンクになってしまったが、父は上位都市銀行の本店勤務ではあった。そのつてだとは思うが、まだ40歳手前の父にそれだけの権力があったのがいまでも、なぜかはさっぱりわからない。これは本編とは関係ないが、父は僕が大学を出て、就職をしたばっかりの頃、バブルが崩壊した時期だ、勤務中に倒れ、そのまま旅立ってしまった。父は舌が子供と書いたが、当時のバンカーとしては致命的なぐらいにアルコールに弱かった。接待に行けないわけではないが、お酒が飲めず苦労していたらしい。だが、仕事ができないわけでもないようだった。亡くなった時もかなり経営状況の悪かった取引先の建て直しに行内を代表したリーダーとして出向しており、行内ではそれなりに重宝されていた。それも大蔵省に漏れないように処理すると言う、かなり重要な案件だったらしい。仕事はできた人だったらしい。通夜も会社の人は支店時代の地方の人や融資先の方も参列されて人格的にはすぐれていて、周囲から信頼、慕われていたらしい。逆に言えば清廉潔白なぐらいで、だからガンプラを用意した謎が残る。そういうことをやるタイプでは僕の知っている限りではない。俺の心残りは父に孫を見せてやれないかったことだ。

 さて、俺はガンプラを誕生日に買ってもらったので、ルービックキューブはあきらめた。

 ガンプラを持っていることでそれなりに友達からはうらやましがられた。塗装もしておらず、素組、説明書のままで組み立てたものだ。値段はともかく、その程度のできでも、子供の中の価値観で言えばルービックキューブ以上だった。が、子供の欲望とはそんなものではすまない。

 家に帰るのはゆううつではないが、父親のいないクリスマス。そんなに楽しいものではない。母と二人だけで過ごすのだ。サンタは来るかもしれないが、やはり子供心に父と一緒にすごせないことはさみしかった。母もそういうクリスマスがさみしいようだった。


 家は田村君の家から5分くらいのところにあった。社宅だ。ただ、住んでいる行員の家族の中に子供を小中学校で私立に通わせている人もいなかった。みんな学区内の公立学校だった。だから、社宅の外の子ともクラスが一緒になって仲良くなったりしたら遊びの行き来があった。社宅の中には小さながらも公園があったりするので、そこに社宅の家族でない子も遊びに来ていた。おおらかな時代でまだそんなことを気にする人もいなかった。

 社宅の僕の家は2階だった。これはたまたま支店から本店に父が戻って来た時、たまたま空いていた部屋だった。ただ、近所からいい部屋だと嫌味は言われていたらしい。母親はそれなりに社宅内の人間関係いやカースト制度にはうんざりしていたようだ。とは言え、母親はもともと父の銀行の情報システムを開発する大手の開発会社にいて、家で当時、出始めたPCのソフト開発の仕事をしていた。これで息抜きをしていた。これは、父がなくなった後に母に聞いたのだが、当時の収入は母の方が上だったとのことだ。僕はいま、それなりに稼げるコンサルタントをやっているが、いまの僕のフィーが当時の母のフィーを上回ったことがない。それぐらい稼いでいて社宅に住む必要などないと言うか社宅を出てマンションを買うぐらいの資金はあった。ただ、父は頭取コースまでは行かないが、それなりに行内の出世コースには乗っており、そういうところで目立つのを父も母もいやがり、社宅を出なかった。母は父の仕事をする姿が好きだったから、父を応援していた。これも本編とは関係ないが。母は妻としては父のことを尊敬していた。ただ女としては、さみしかったと僕の結婚式の前に言っていた。さすがに親子で、そこまで話はしないがもうひとり子供も欲しかったようだが、父とはすれちがっていたようだった。

 

 家についた。家の鉄製のドアのドアノブを回し、手前に開いた。部屋が暗かった。そこに母が出てきた。

「潤、おどろかないでね」

「おかあさん、なに?」

「はーい、おとうさん」

 お父さん?今日は木曜日。父がこんなに時間に家にいるはずはないのだから、なんだろうと思った。

 と同時に部屋で電球のイルミネーションが光った。赤、青、緑の電球だった。

「潤、メリークリスマス!」

 父のほがらかな声がした。

 僕はよくわからなかった。

「おとうさん、どうしたの?」

「いやー、上司にたまには家に帰れとおこられた。だめなおとうさんだな」

 父はツリーのイルミネーションしか点いていない暗がりの中で苦笑していた。

 母がすかさず。

「いいじゃないの、おとうさん。さあ、潤、ケーキとチキンを食べましょう。おかあさんもおとうさんが帰ってこないと思って、たいしたものは用意していなかったの」

 僕はリビングに入り、テーブルについた。

「まぁ、おとうさんもケーキとチキンとコーラしか買ってこなかったけどな」

 僕はうれしかった。

「ありがとう。おとうさん」

「まぁ、今年だけかもしれないけどな」


 僕たちはケーキとチキンを食べ、こたつのある部屋に移った。

 そして、テレビを見ながら会話をしていた。

 テレビでは戦国魔神ゴーショングンをやっていた。父は珍しそうに見ていた。僕はロボットの戦いシーンに夢中になっていた。父が突然が言った。

「これのおもちゃがよかったかなぁ」

 父がなにを突然、言うのかと思った。

 そこに母が。

「おとうさん、そろそろクリスマス・プレゼントをあげようか」

 父はちょっと席を立ち、両親の寝る部屋から箱を二つ持ってきた。そして、一つを母に渡した。

 母が。

「じゃあ、まず、おかあさんから」

 母から箱を渡された。小さく薄い箱だった。

「おかあさん、開けていい」

 窓際のトットちゃんだった。少しがっかりした。ただ、まったく興味がないと言えば、それはうそになる。まだ小さかった僕でも名前を聞いたことぐらいある、それぐらい話題になっていた本だった。

 父が。

「どうだ?うれしいか」

「うん」と僕は答えた。父は僕の微妙な反応を感じたようだ。そういう意味では父はちゃんと大人、親として僕のことを見てくれていた。

「まぁ、本命はこっちではないから」

 父が少し大きい箱を僕に渡してきた。

「開けていい?」

「ああ」

 父はなにかを期待している様子だった。

 出てきたのはマジックスネーク。当時はルービックスネイクとも呼ばれているものだった。

「どうだ、潤。欲しがっていただろ」

 母も、「潤、田村君のところで熱心にやっているって聞いていたから」

 言えなかった。父と母がルービックキューブと勘違いをしていることを。

 でも、顔に出てしまった。泣きそうだった。

「どうした?潤?」

「うん、うれしいんだけど。僕が本当に欲しかったのはルービックキューブ。これの前の製品」

 父と母が顔を合わせ、うつむいてしまった。

「おとうさん」

「おかあさん」

 父が口を開いた。

「そのルービックキューブってのは、ガンプラよりは買いやすいのか?」

「うーん、デパートに行けば売っていると思う」

「ごめんな、潤。おとうさん、正月までは休めないから。正月に家族で買いに行こう」

 逆におどろいた。

「おとうさん、お正月、家にいるの?」

 母が言った。

「まぁ、元旦から四日までだから、三が日は無理で四日になるけどな」

 これはいまになって思うのだが、この時、僕より喜んでいたのは母の方だったようだ。母もあまり父と過ごせておらず、クリスマスを一緒にすごせたこともうれしく、正月、家族で出かけようという提案にも喜んでいたようだ。後年、この年のことは結構、話していた。

「おとうさん、ありがとう」

 僕も親になったからわかる。親のこういう勘違いはいつの時代もあるものだ。

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