「初日の出カミサマ☆ロックフェス」その⑭
14
ナメロウは自身の腰に一周する形で聖なる桃「オオカムヅミ」を巻き付けていた。
そして左手には火のついた松明。右手にはその聖なる桃が握られていた。
「そこのお前、無駄な抵抗は辞めてお縄に付けぃ」
高天原治安維持部隊とそれを率いる力の神「アメノテジカラ」は、黄泉の国に通じる洞窟、
しかし、簡単に取り押さえる事は出来なかった。問題なのはナメロウの持つ桃「オオカムヅミ」だ。あれは茎の部分に火を付けると、まるで導火線の様に火が伝っていき桃本体まで達すると大爆発を起こすのだ。それは悪霊を一瞬で殲滅するほどの威力を誇るが、人間や神も巻き込まれれば怪我ではすまないという危険な代物であった。
ナメロウの手には松明が握られているので何かの拍子に腰に巻き付けられた大量の桃に火が付けば、この辺りの一帯の地図を書き直す必要があるほどの大惨事を引き起こすだろう。
そして、何よりナメロウの背後の黄泉比良坂を封印する天引きの岩が破壊されるのを防がないといけなかった。
あの封印の岩が破壊されれば封じ込めた悪しき存在と、怨念となったイザナミがこちら側に出てきてしまう。
実はあの世の仕組みとして、天国と地獄、そして黄泉比良坂は現在別々の存在としての管理となっていた。黄泉比良坂は言わば更生の余地がない凶悪犯罪者の魂を封じ込める刑務所的役割を担っているのだった。
「そんな大事な場所を何で警備してなかったんだよ。桃型爆弾まで盗られてるしよ」
現場の黄泉比良坂に到着した八咫超常現象研究所の面々は包囲する治安維持部隊に合流した。
そして景虎は当然の疑問を聞いたのだった。すると、アメノテジカラは言い訳めいた答えを返す。
「警備は常に怠っていなかった。だがロックフェス会場に爆破予告が出ていてそちらに人員を割いていたのだ。それに数世紀の間ここは聖域でありそれを犯す者もいなかった。今回、気づいた時には既に奴が黄泉比良坂を背後に立て籠もっていたというわけだ。そして今、奴の威嚇で一発“オオカムヅミ”を空に向かって爆発させられたのだ。その威力を見せつけるためだろう」
要するに油断していた、という事だろう。刑務所を神が見張れるよう高天原に作ったんじゃないのか。景虎は少し呆れたが、現世の人間社会でも似た様な事は散々起きてきたので、これ以上責めるのは野暮かもしれない。
真の狙いである黄泉比良坂の警備を手薄にする為に天岩戸のロックフェスへ爆破予告を出した。単純だが効果的な作戦だ。事実、黄泉比良坂と桃型爆弾は奴の手中にある。
今、必要なのは現状解決だ。
景虎は犯人の男を観察した。だがやはり知らない男だ。しかし、後ろから覗いていたバンドメンバーは口を揃えて男の名を呼ぶ。
「ナメロウ!」
それを聞き、咲耶は眉間に皺を寄せた。
「なにその美味しそうな名前。知り合いなの?」
咲耶が聞くと、全員順番に答えていく。
「わしはあの若者がヨモツヒラサカに行きたいと言うから地図で探してやり、そこまでの安全なルートを提案したぞ」
「僕はナメロウ氏が恋人との待ち合わせの為に馬車が必要だと言うから借りる手伝いをしてやったのだ」
「私、居酒屋であいつに頑張れよ、って応援しちゃったじゃないか。まさかテロを助長しちまってたとはね」
「知らん。私はあんな奴、全く知りませんぞ」
サンタ、虎右衛門、弘子、鬼村と順番にナメロウとの接点を解説していく、するとようやく点から線に。全て頭の中で経緯の繋がった紫苑が「ごめんなさいっ」と突然声を張って叫んだ。
「私が
紫苑はその白い顔を青くして謝っている。まさか、ほぼ全員に接点があったのに防ぐ事が出来なかったとは。もはやこれは運命的な確率だろう。これでは誰も責める事はできない。強いて言えば有事に供えず平和ボケしている日本神話の神々が悪いと言えるが。
「で、そのナメロウくんの要求はなんだ? あれだけ爆弾を用意してまだ一発しか爆発させてないって事は何か目的があるんだろ」
景虎がアメノテジカラにそう質問すると「うむ」とだけ答え、アメノテジカラはナメロウに向かって声をかけた。
「ナメロウよ、貴様の目的は何だ。なぜ、高天原を混乱に陥れようとするのだ」
するとナメロウも声を張って答える、
「何度も申しておるだろう、私は黄泉比良坂に捕らえられている天女の解放を望む。彼女の声が響く、“早く出してくれ”と」
「その天女っていうのは誰なんだ」
「かつて私の住んだ
「と、まあこの様な塩梅で全く会話にならんのだ」
アメノテジカラはその「ごつい」顔をさらにごつくさせて唸っていた。だが、景虎は冷や汗をかいた。こいつは「あの山」に住んでいた男だ。天女とはアマテラスの事を言っているに違いない。
しかし妙だ。「出してくれ」も何もアマテラスが入っていたのは黄泉比良坂ではなく、天岩戸だし、そもそも先程出てきた。ではナメロウの言う“声”とは何か。しかし景虎は考えるのをやめた。どうせ悪霊の類のろくなものじゃない。
「天女っていうのは多分アマテラスの事だ。アマテラスが昔降臨したのは、あいつが住んでた與喜山なんだ」
「それは誠か」
「なになに、何の騒ぎ?」
黄泉比良坂とナメロウを包囲している一団にやっと追いついてきたアマテラスは、あくびをしながらのんびり合流した。その後ろからスサノオとツクヨミもついてくる。咲耶は彼女らに簡単に説明した。
「
アマテラスは「ええ?」と困ったように笑いながら前に出てナメロウの顔を見た。すると、ナメロウもアマテラスに気づいて涙を流しながら叫んだ。
「おお、私の天女様。どれだけ貴女にお会いしたかったことか! このウン世紀の間、この時を待ち焦がれておりました」
「誰」
「ほら見なさい、アマテラス様はお前などご存知ないようだぞ」
なんだか雲行きが怪しいぞ、景虎は思った。アマテラスはナメロウを覚えていないらしい。その追い討ちをかけるようにアメノテジカラは「ご存知ないぞ」と言語化して伝えたので、ナメロウは焦った。
「そんな馬鹿な、私は貴女の為に千の歌を贈ったというのにっ」
「嘘をつくな、この軟弱者め」
「嘘じゃねえよ!」
アメノテジカラとナメロウの言い合いは過熱していく。ナメロウの左手に持つ松明の火は揺れて危うく桃型爆弾に着火されそうになっていた。紫苑はこれはいかんと止めに入った。
「あの、あんまり彼を刺激しない方がよろしいかと」
するとアメノテジカラはまた「ううむ」と呟いた。この力の神はあまり繊細な説得などできないようだ。
◯
その時だった、アマテラスは突然「ああ!」と大きな声を出した。ようやく思い出したらしい。
「君かあ、千の歌を私に贈ってくれた男の子」
「そうです、私です。ああ、やはり貴女こそ私の天女」
「ナメタロウくん」
しんと場が凍りついた。やはりアマテラスは記憶が曖昧らしい。これで人間はどうのといじけていたんだからタチが悪い女神だ。咲耶は少し呆れてアマテラスに耳打ちした。
「アマテラス様、彼はナメロウです」
咲耶に指摘されるとアマテラスは照れたように「そうそう」と自分に言い聞かして呟いた。
「そうそう、ナメジロウくん」
「天女様、私はナメロウです」
ついにナメロウ本人が訂正する事態になった。だが、アマテラスは全く興味がなさそうだ。
「そう言ってるでしょう、ナメサブロウくん」
「ナメロウです」
「ナメナメノ」
「うわああああああ!」
アマテラスの態度にナメロウはついに発狂してその松明の火を桃型爆弾「オオカムヅミ」に着火しようとした。松明を持つ左手が天高くあげられる。
「待って待って、ナメヤマアジタロウくん!」
もはやわざとやっているんじゃないか。このままナメロウが手に持ったオオカムヅミに着火してそれが爆発すれば、腰に巻いた分にも連鎖的に着火されこの辺り一帯が消し飛ぶだろう。当然、この場の全員の命がない。
紫苑はとっさに叫んだ。
「わ、わわ、私を見てくださいっ」
ナメロウはその声に気を取られてピタリと動きを止めた。それどころか全員が紫苑に注目してその場から一歩ずつ後ろに下がった。紫苑ただ一人だけ目立つ様にぽつんと前に出ている形になる。
「やっちゃった」
夢中だった紫苑は、はっとしてそう思ったが、こうなったらもうやけくそだ。紫苑は杖を地面に放り投げ、左手を腰に当てて右手はナメロウを指差す様にした。
「え、えが、えがお、さくーきみーとー、つーながってーたいー──……」
紫苑は歌いながら体を左右に小さくふわふわ揺らした。これは、大塚愛の「さくらんぼ」じゃないか。いつの間にこんなのを覚えたんだ。景虎は紫苑のその奇妙で不思議な、さながら暗黒舞踏に釘付けになった。他のものも同様だろう。それにしても音を外している。
当然、ナメロウも何事かと動きを止めていた。
この紫苑が作り出した隙を活かさねば、サンタはすぐに指示を出した。
「ドラエモン、野球のボールに化けろ」
虎右衛門は「ガッテン」と返事をするとボールに化けた。すぐにサンタはそれを拾い、全盛期イチローのレーザービームを彷彿とさせる強肩を見せつけた。そのサンタが投げた「虎右衛門ボール」は糸に引っ張られるように直線の軌道を描いてナメロウの松明を持つ左手に直撃する。
「うっ」
そのボールの威力に思わずナメロウは松明を離した。そして、サンタがボールを投げるのとほぼ同時に走り出していた景虎と咲耶はナメロウに飛びかかる。
咲耶は落ちた松明を蹴り飛ばして桃から遠ざけ、景虎はボディブローの一発でナメロウに膝をつかせた。そして、人間に戻った虎右衛門がすぐにナメロウを押さえつける。
八咫超常現象研究所とその仲間たちは見事なチームワークで一瞬のうちにナメロウを無力化した。
「おおー」
それを目撃したアマテラスは拍手しながら笑顔で「いいぞお! ヤタガラス!」と間違えて覚えた名前で称賛するのだった。「ヤタガラス」はバンド名で正しくは「八咫超常現象研究所」なのだが。景虎はこのポンコツ女神に呆れて思わず苦笑いをした。
しかし、これで今度こそ初日の出は無事に昇ったのだから良しとする事にした。
◯
ナメロウが聞いた声は、「イザナミ」のものだろうというのが高天原の出した結論だ。
死してなお、アマテラスに執着していたナメロウを傀儡にして黄泉比良坂を解放させ、こちらに出てくる算段だったらしい。アマテラスが不在で守りが弱まったところを狙ったのだろう。何世紀も命を狙われているイザナギはさぞ肝を冷やしたに違いない。
「迷惑な母様だわ。こっちが大変な時に仕掛けてくるなんてさ」
アマテラスはそう言っていたが、そもそもアンタのせいだろう。という言葉は飲み込んで誰もそこを指摘するものはいなかった。
ナメロウの方は結局捕まり、晴れて黄泉比良坂に収監される事になるのだった。だが彼は操られただけだ。七日間の禁錮刑の後、釈放されるらしい。気の毒だが念願叶ったりだろう。恐らく泣きを見る事になるのは明らかではあるが。
アマテラスのわがままとアメノウズメの思い付きで開催された「カミサマ☆ロックフェス」は無事盛況のうちに終える事ができた。思えば、今回の依頼は神々の様々な不始末の後片付けだったのかも知れない。
だが一つはっきりしているのは今回のMVPは日本の全ての記録を管理し、それを見せてくれたオモイカネだろう。景虎はそう思っていた。彼は今日もあの書庫に篭って記録を描き続けているのか。一応アマテラスに彼の活躍はアピールしておいた。褒美に大きい家でもプレゼントしてあげてほしい。あのボロ屋で作業するのは限界だろう。
咲耶の方は、相変わらずでアマテラスに今回の報酬について熱心に交渉をしかけていた。
────。
一月一日、正午。高天原から帰還してそのまま凰船観音寺へ初詣に行き、バンドのメンバーとはそこで一時解散した。
そしてやっと研究所に帰ってきた八咫超常現象研究所の面々は気が抜けたのかソファに寝転んだ。紫苑に関しては晴れ着のまま寝転んでそのまま眠ってしまったほどだ。
景虎は自分のコートをソファで眠る紫苑にかけてやり、今度は窓際で煙草を吸っている咲耶に聞いてみた。
「咲耶さん、ここはどうするんだ、たたむのか?」
咲耶は、かつて自分がいたバンド「オルフェウス」に復帰しないかとそのメンバーたちに誘われていた。景虎はそれを咲耶の記録を見ていたので知っていたのだ。
咲耶はここの所長だ、責任がある。だが最後に決めるのは自分自身なのだ。彼女がもし八咫超常現象研究所を辞めて、アーティストの夢を再び追うと言うなら景虎は応援しようと決めていた。紫苑もきっとそうするだろう。
咲耶はふーっと煙を窓の外に向けて吐くと、そのまま外を眺めながらぽつりと言った。
「音楽で繋がってるから、私がどこで何をしてても“彼”は見ていてくれてる。道は違っていても、辿り着くところは同じ」
咲耶は自分に言い聞かせるようにそう言ったのだった。そして煙草を灰皿に捨てると、景虎の方へ向き直った。とても穏やかな表情だった。その左手の薬指にある指輪は太陽の光をきらりと反射した。
「なにぼさっとしてんのよ、今日の午後、これから一月三日までお客様がたくさん来るのよ。金倉と四国の狸たちとか日本サンタクロースたちとかキッドくんとか、さつきちゃんまで遊びに来るんだから」
「おお、まじかよ。いつの間にそんな約束をしてたんだ」
「あと多分、日本神話の神々も遊びに来るとか言いそうね。ほら、早く冷凍してある刺身を外に出して解凍させときなさい。今晩は手巻き寿司とかにしようかしら。忙しくなるわよ。景虎はお雑煮とか作れる?」
神の国、高天原にいた期間は「こちら」の換算で七日間。こちらでは一日しか経過していないが、咲耶は丸七日動きっぱなしだったはずだ。なのにまるで疲れなど感じていないかの様に支度を始めた。今脱いだコートに再び袖を通している。
「今夜はお笑い好きの狸たちが来るから録画してあった“ドリーム東西”見ようかしら、明日はやっぱり“スポーツ王”よね。さ、買い出しに行くわよ、お酒足りなくなっちゃうから」
「紫苑は寝かしておいていいですよね? “さくらんぼダンス”して疲れただろうし。今夜も隠し芸としてやってもらおうかな」
「あんまりいじめちゃ可愛そうでしょ。あのダンスが無かったら今頃私たちは吹っ飛ばされてあの世行きよ」
景虎は「そうすね」と言って笑った。そして自分も再びコートに袖を通し、代わりに干してあったタオルケットを紫苑にかけてやった。
この後は墓参りに行き、妹にも会いに行くか。景虎はぼんやりとお正月の計画を立てた。
◯
八咫超常現象研究所の年末年始はやはり大忙しだった。今年もきっと、数々の不思議な依頼が舞い込んでくる。
ここはオカルトや嘘だと言われ、誰にも助けを求められなかった者が訪れる最後の場所。今年も誰かの拠り所として在り続け、そして今日もまた、誰かが八咫超常現象研究所の扉をノックするのだった。
咲耶は研究所のドアノブに手をかけたところで、ふと思い立ち「そうだ忘れてた」と振り返った。そしてゆっくりと丁寧に頭を下げる。
「私たちは八咫超常現象研究所。不思議な依頼はぜひ当社まで──。明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願い致します」
──「初日の出カミサマ☆ロックフェス」完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます