「初日の出カミサマ☆ロックフェス」その④

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 紫苑のキーボードは形になっていた。ピアノが弾けると言っていただけはある。だが、景虎の方が酷かった。何せ楽器など小学生の頃のリコーダー以来まともにやった事がない。景虎の弾いたギターはまるでお話にならないレベルであった。

 思わず景虎は苦笑いした。

 

「まあ、こんな感じかな」

 

「ノー」


雨野はわざとらしく首を横に振った。

 バンドをやるなら各々の実力を確かめなければならない。今は凰船のレンタルスタジオを借りてそこに集まり、さらに咲耶がどこからか借りてきた楽器を試し弾きしていた。

 

「こんなので明日に間に合うのかしら」

 

咲耶は遠目でこの様子を腕を組みながら眺めていた。

 まず明日に間に合わせるのは不可能だろう。音楽というものは一日、二日で完成するものではない。素人なら尚更だ。

 

 紫苑のキーボードだけで、歌う人間もおらず景虎は楽器がまともに弾けない。とても無理だろう。

 

「これは非常によろしくないですわね」

 

雨野こと、アメノウズメは呆れたように頭を掻いた。すると、その様子を見ていた紫苑はずっと気になっていた事を聞いてみることにした。

 

「アメノウズメ様はどうしてご自身で踊られないのですか、かつてはそうされたのですよね?」

 

紫苑が聞くと、雨野はスーツスカートを捲った。膝には包帯が巻かれている。

 

「時期が悪かったのです。先日、私はこのとおり負傷してしまいましたから」

 ────。


 アマテラスは「もう嫌!」としきりに繰り返しながら天岩戸まで突き進んで行く。当然、高天原の神々はかつての「天岩戸籠り」を忘れていないのでアマテラスを止めようとした。

 弟のスサノオがまずアマテラスの着物の袖を掴んで先陣を切る。

 

「待ってくれ姉上、どうしたと言うのだ。また俺が何かしてしまったのか?」


「知らないわ、自分の胸に聞くのね」

 

スサノオが必死に止めようとするも全く抑える事ができない。ならばと続けて妹のツクヨミも止めに入った。彼女の方は姉の腰に手を回して踏ん張って止めようする。

 

「待って、姉様。これから“初日の出”もあるのよ。姉様が一年で一番活躍するときじゃない。毎年あんなに楽しみにしていたのに」

 

「それは楽しみだけど、そんな気分じゃないのっ」

 

さすが太陽を司る女神にして神々の長女だ。日本神話で一、二を誇る力自慢のスサノオ、夜を統べる神ツクヨミ、彼らをもってしても抑えきれないパワフルさがある。スサノオとツクヨミが身体にくっついたままアマテラスは足を止めない。


 そして、アマテラスは自分を止めようとする日本神話の神々をちぎっては投げ、ちぎっては投げ進んで行く。このまま天岩戸に篭られたらアウトだ。あの岩屋は必ず中から開けないといけないようになっていた。外部からこじ開ける事は出来ない。

 

「アマテラス様、お待ちを」

 

「ウズメちゃん退いて、怪我させたくないわ」

 

前回アマテラスを引っ張り出したアメノウズメはあの件以来、良き友人となっていた。

 そしてそのアメノウズメが最後の砦としてアマテラスの前に立ちはだかったのだ。

 

「本当にどうしたというのですか、貴女様が突然拗ねるのはいつもの事ですが限度というものがあります。初日の出はもうすぐなのですよ」

 

「だって、誰も私の事を構ってくれないんだもん」

 

「そんな事言ってる場合か、このカマッテちゃんめ! 人々は太陽を望んでおります。皆いつも貴女に注目しているではありませんか」

 

振り回されてぼろ雑巾の様になったスサノオも説得しているアメノウズメに続いて言った。

 

「そうだぞ、姉上。みな姉上の輝きを待っているのだ。それを言うなら俺の方が不遇だ、人間共は俺の事をただの迷惑な暴れん坊くらいにしか思っていないのだぞ!もうヤンチャするのは辞めたのに!」

 

「姉様、スサノオの言う通りよ。私なんて人間たちに男か女かすら知られていないのよ。それを思えば姉様は贅沢よ」

 

ツクヨミもスサノオに続いた。因みに、月読命つくよみのみことという神は男神なのか女神なのかはっきりとした記述は残されていない。

 

 諸説あるが、言い換えれば人間たちの間では「決まっていない」のだ。やや男神である説が有力らしいが、この世界では中性的かつ、ツクヨミ本人が「妹」として振る舞っている。

 

 アマテラスは「ぐぬぬ」と歯軋りすると突然、太陽の力たる熱波を放った。くっついていたスサノオもツクヨミもあまりの衝撃と熱さに弾き飛ばされた。近くにいたアメノウズメも軽い火傷を受けてしまったのだった。

 

「悪いけど、人間たちにはもう懲り懲り。私はいじけて岩屋に籠ります。ええ、何とでも言いなさい。そして構えるものなら構ってみなさい。今度はちょっと踊ったくらいじゃ出てきてあげないんだから」

 ────。


 雨野は包帯で巻かれた膝を摩りながらそう回想した。

 

「私が踊れれば一番良かったのですが、この膝では最大限のパフォーマンスは発揮できません。そこで、全国から選りすぐりの人材を集めてアマテラス様の興味を惹こうと考えたのです」

 

 ひとまず経緯は分かった。そして神様という存在はやはり面倒くさい。景虎は思った。「構ってくれない」だとか敬意が足りないだとか、どこかで聞いたことのある動機だ。その時、ふとサンタクロースの事を思い出した。

 

「とにかく俺は役立たずだ。だけど目星は付けてある。ちょっと時間をくれればその『選りすぐりの人材』ってのを集めてきてやるよ」


 景虎は音楽は聞く専門だ。だが、人脈には自信があった。時間さえ貰えればバンドメンバーくらい集められる。しかし、その景虎の力は疑っていないが、一つの懸念は残っている。紫苑は雨野に質問した。

 

「でも練習時間はどうするのですか? ロックフェス開催の三十一日は明日です。普通に考えれば間に合わせるのは不可能です」

 

紫苑のもっともな質問に雨野はなんて事ないといったふうに答える。

 

「高天原に来て練習して頂きます。あそこは遥か天上の世界。故に人間の『時間』という概念は超越しています。分かりやすく人間世界における時間で計算すると、こちらの明日は高天原における一週間ほどのズレがあります」

 

「言ってる事は分かるけど、一週間で観客の心を掴めるほど音楽は甘くないわよ」

 

 突然だった、ここまで黙って話を聞いていた咲耶はぴしゃりと言い放つ。場がしんと静まりかえった。ならばと景虎はいよいよ聞いてみる事にした。やはり、はっきりさせないとこの先へ進めないだろう。

 

「随分知った様な口をきくじゃねえか。咲耶さん、やっぱりあんた音楽に詳しいんだろ。そういや俺たちでカラオケ行く時も一人だけ断るよな、何か理由があるのか? バンドって言葉に反応してた様にも見えたぜ」

 

「なんでもないわよ」

 

「何でもないなら今、俺の代わりにギター弾いてみてくれよ。それか歌でもいい。歌ってみてくれよ、これは俺の予想だが……。すごく上手いんじゃないか?」

 

咲耶は黙って何も答えない。ここまで答えに詰まっているのを景虎は初めて見た。

 そして、やっと口を開いたかと思うと全く関係のない言葉を返してきた。

 

「景虎、あんた来月の給料カット」

 

「なんでだよ!」

 

          


 


          ◯

 咲耶は今回の依頼にあまりやる気が無いらしい。だが、仕事に誇りを持っている人だ。それはよく知っている。きっと何かが引っかかって身動きが取れないでいるのだろう。

 景虎はそれを調べつつ、バンドメンバーを集める事にした。

 

「キーボードは紫苑で良いから、あとはギターとベースとドラム。そしてボーカリスト。この辺が定番だよな。雨野Pもそれで良いよな?」

 

景虎に雨野Pと呼ばれたアメノウズメは満更でもなさそうに「問題ないでしょう」と答えた。つまり、あと四人は最低でも必要だという事になる。

 

「景虎さん、本当にアテはあるのですか?」

 

キーボードを叩く手を止めて紫苑は心配そうに聞いてきた。咲耶の方はレンタルスタジオの端っこの離れた位置でスマートフォンをいじっている。

 

 景虎は二人を順番に見てから口元を「にやり」と吊り上げた。

 

「目星はついてるって言っただろ。夕方までには集めて来てやるよ。まずは『源氏山げんじやま』だ」

 ────…。

 


 観音寺虎右衛門かんのんじどらえもんは源氏山公園で恋人の源氏山翠げんじやまみどりとピクニックに来ていた。彼らは「狸」だ。だが、人間に化けてこの人間社会に溶け込んで暮らしている。

 

 今日は十二月三十日、とてもピクニックなど出来ない気候だが狸の彼らはその毛皮で寒さに多少の耐性があるのかも知れない。よって人間たちが誰もいない公園を貸切状態にしていた。

 

 翠はレジャーシートの上に重箱のお弁当箱を置いて広げた。その重箱には「いなり寿司」がびっしりと詰められている。

 

「おお、翠ちゃんは相変わらずいなり寿司が好きだね。でも狐の食い物だからと父上に怒られてしまうんじゃないかい?」

 

虎右衛門が聞くと、翠はくすくすと笑った。

 

「ドラちゃんは私のお父さんが苦手だものね。確かに、こんなところを見られたらまた“闘魂注入ビンタ”をやられてしまうかもね」

 

「あれは痛かったよ、もう御免被りたい」

 

 数ヶ月前、景虎と共にこの山で翠の結婚を巡り、翠の父である緑ノ介に挨拶に来たのが懐かしい。あの時は強烈なビンタをお見舞いされた。

 景虎はどうしているか、八咫超常現象研究所はどうか。虎右衛門はしみじみとあの嫁入り騒動を回想した。


「ね、ドラちゃん」

 

不意に翠が上目遣いに虎右衛門を覗き込んだ。何だか甘えた様な艶っぽい視線を向けてくる。

 

「“あーん”してあげようか」

 

「あーん、だって⁉︎ そんな破廉恥な。しかし僕も彼女にはいつでも“あーん”してもらう準備がある。当然だ、彼氏の務めなれば。さあ遠慮なくあーんしなさい」

 

「何言ってるのドラちゃん」

 

翠がふふ、と笑う。すると虎右衛門は鼻の下を伸ばしてにやけた。そして翠は「あーん」と甘ったるい声で言うので、虎右衛門も「あーん」とつられて言ってしまう。

 箸で掴まれたいなり寿司が虎右衛門の口へ運ばれて行き、もうすぐ口の中へ。虎右衛門の目的が完遂されかけたその時だった。

 

「楽しそうだな、ドラエモン」

 

「か、かげとらさん!」

 

 たった今回想したその声が聞こえ、虎右衛門は驚いて振り向いた。翠の箸とそれに掴まれたいなり寿司が虎右衛門の頬に突き刺さる。「いてて」と虎右衛門は呟いた。

 

「あ、ごめんドラちゃん。箸がお顔に刺さってしまったよ。痛くなかった?

 ──あら、景虎さんもお久しぶりです」

 

「おう、翠さんも幸せそうで何よりだ。それでさっそく相談なんだが、彼氏を少し借りてもいいか?」

 ────。


 景虎はグラスをカウンターテーブルに置いた。もう限界だ。全く、この人は相変わらず酒が強い。

 

「クリスマスの仕事が終わり、わしは一年間の長い休暇中だ。年末の楽しみと言ったら紅白歌合戦を観ながら酒を飲むくらいのもんだ」

 

「お年玉をキッドにあげたいと思わないのか?サンタさん」

 

景虎が「サンタさん」と呼ぶとその老人、サンタクロースはふっと息を吐いた。

 クリスマスの終わったサンタクロースは一年間の休暇期間に入っていた。今日も景虎に教わった凰船の定食居酒屋「いちぼん」のカウンターで昼間から酒を楽しんでいたのだった。

 

「お年玉か、たしかにキッドの奴には渡したいな。……因みにその若いのは誰だ?」

 

サンタは景虎の隣に座って顔を赤くしながら酒を飲む虎右衛門を見た。すると虎右衛門はサンタの視線に気づき、ほろ酔いでいつもの「ナンチャッテ見栄切り」を披露した。

 

「どうもお初にお目にかかります。

 天下のお天道様、天照大御神を天岩戸から引っ張り出すため、凰船観音寺より参上致しました。性は観音寺、名は虎右衛門。私、こう見えて『狸』でございます。以後お見知りおきを」

 

「そうかドラエモンか。これはまた愉快な仲間だ。それでわしも誘いに来たというわけか。そのアマテラスのナントカを引っ張り出す手伝いに」

 

サンタは虎右衛門の見栄切りが気に入ったらしく上機嫌だった。そして、案外あっさりと了承した。

 

「気に入った。どうせわしは暇な老人だ、ギャラが出るなら協力しよう。キッドにお年玉をあげたいからな」

 

────。




 先程までは確かにこの通りを歩いていたのに。見失ってしまうとは不覚だ。彼女は駅前の大通りで辺りを見渡した。

 今日の彼の動きはこうだった。

 八咫超常現象研究所のメンバーたちと知らないスーツ姿の女、それらと共にレンタルスタジオに二時間ほど滞在していた。おそらく依頼に関係するのだろう。その後で彼だけがレンタルスタジオを出て、電車に乗って源氏山へ。そして、そこで以前に自分が盗んだメス狸とその彼氏らしい狸が人間に化けてピクニックをしているところに接触した。

 その後、凰船に戻り凰船商店街の居酒屋へ入り、見た事のない老人と酒を飲んでいた。ここまでで二時間ほど。

 

「さっきまでの尾行ストーキングは完璧だったのに。撒かれた?いや、景虎くんは私に気づいているはずがないから──……」


「笹川」

 

「ひゃうん!」

 

背後から景虎に声をかけられ、裏社会の泥棒ドロボーンのリーダー、ドロンナこと笹川弘子は飛び上がった。

 

「な、なな、なんで景虎くんが⁉︎いつから私の尾行に気づいていたんだい」

 

「尾行って何の事だ。笹川、ちょっと付き合えよ」

 

「つ、つつつ、付き合えって……⁉︎」

 

「お前さ、軽音部だっただろ」

 

          

          


          ◯

 北金倉狸合戦の英雄、観音寺虎右衛門。日本サンタクロース協会神奈川県代表サンタクロース・カナガワ。そして裏社会の泥棒ドロボーンのリーダー・ドロンナこと笹川弘子。

 景虎は見事にメンバーを集めてみせた。

 

「後はあの世にいる女子高生の“めい”が候補だったんだけどやめといた。さすがに成仏して天国にいる女の子を呼んで来るのは悪いし。だから代わりにあの世の役所務め凰船担当の『鬼村きむら』さんを呼んできた。この人は生前、中年フォークバンドをやっていたらしい。これで四人だ」

 

「久しぶりですなあ、いやはや誘われた時は驚きましたよ」

 

 鬼村はがっはっはとうるさいくらいの大声で笑っている。

 景虎はレンタルスタジオに集めたメンバーを全員連れてきていた。

 

「あんた、よくもまあ……。いや、もうどうでもいいわ。これでバンドにはなりそうね」

 

咲耶は集めたメンバーの「濃さ」に圧倒された。しかし、紫苑は再会を喜んでいたし、アメノウズメは拍手して満足気だった。

 

「すばらしい! これだけインパクトあるメンバーならばきっと良いセッションができるでしょう。アマテラス様も興味を惹かれるに違いありません」

 

 それはそうだろう。咲耶は呆れてもはや笑いが込み上げてきた。サンタクロースと狸と泥棒女と地獄の中年鬼そしてアルビノの魔女。興味は間違いなく惹かれる。

 

 紫苑がキーボード、サンタがベース。虎右衛門はドラム。鬼村がギター。そしてドロンナ様がボーカリストを務めるオールスターバンドが結成されたのだった。

 

 全員が楽器を構えて並ぶ様は壮観だった。なんだか「アダムス・ファミリー」みたいだなと景虎は思い、するとそれにしか見えなくなった。景虎は込み上げた笑いを無理やり抑えた。

 

「とりあえず、バンド名は“アダムス”とかにする?」

 

景虎は自分で集めたメンバーの異色さに我ながら、ついに吹き出してしまった。

 

          

          

    


         ◯

 『カミサマ☆ロックフェス』に向けたバンドが結成されたその時、咲耶のスマートフォンに一通のメッセージが入った。そのメッセージは、とある旧友から送られたものだった。


『またバンドをやろう、咲耶』




────その⑤に続く

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