「初日の出カミサマ☆ロックフェス」その⑤

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 ── 一週間だ。

 遥か天上の神々が住む世界の時間で言うと、初日の出の昇る一月一日の六時五十分(江ヶ島海岸での時刻)までは人間世界の時間換算で残り一週間ほどだという。そこで、カミサマ☆ロックフェスに参加するアーティストたちはその天上の世界「高天原たかまがはら」で練習や準備を行う。

 一月一日の日の出までにアマテラスを天岩戸から引っ張り出さねば日本に初日の出は登らず、さらには太陽は消え、闇の世界が訪れてしまう。

 

 アメノウズメが総合プロデュースを務めるこの「カミサマ☆ロックフェス」は人間世界時間の十二月三十一日、十八時三十分から開始される。そこから翌六時三十分まで十二時間ぶっ通しでアマテラスにパフォーマンスを披露するのである。お笑いやマジックショーなど様々なジャンルを途中挟みながら駆使し、メインの音楽ライブで何とか気を引き、天岩戸からアマテラスを引っ張り出すのだ。それが日本中から集められた選りすぐりのアーティストたちの至上命令であった。

 

 八咫超常現象研究所のバンド・“アダムス(仮)”もあと体感一週間で曲を仕上げなくてはならなかった。いま一行は高天原の参加アーティスト待機所で準備をしている。

 その高天原は神々の国。金色のススキが美しい絨毯の様に野に広がり風に揺れ、山は青々と立派に栄える。そして桜や野花は咲き乱れ、果実がそこかしこに実っていた。さらには超常の生き物たちが当たり前の様に闊歩している。

 どこまでも広がる四季の織り混ざった自然の美しい風景はまるで、人間が誰しも夢想する「天国」そのものであった。

 ────。


 八咫超常現象研究所はアメノウズメの術によってレンタルスタジオにいたはずが、気がつくとその高天原に到着していたのだった。

 

「これが極楽でありますか」

 

狸の虎右衛門はあまりの感動で人間に化けていた自らの化け術を思わず解きそうになってしまった。

 

「いいえ、極楽はこことまた少し違います。ここはあくまでも我々の様な神々が暮らす場所ですので。では、皆さまは『選手村』にご案内致しますわ」

 

アメノウズメ改め、雨野Pは八咫超常現象研究所バンド一行を『選手村』と呼ばれる施設に案内した。

 

 そこはまるで城下町の様だった。建てられた古き良き日本家屋が等間隔で並び、ここで参加アーティストたちが一週間過ごすという事らしい。大河ドラマのセットでしか見た事のない風景だ。しかし、一体いつ頃の時代設定で作られているのかは不明だ。江戸城下町的であり、邪馬台国的であり、大正浪漫チックでもある。完全に和洋折衷の様相であった。

 

「この選手村はかの国造りの神、『オオクニヌシ』様が創造して下さいました。私のアイデアではもっとラスベガスの様にゴージャス感溢れる街にしたかったのですが却下されたという経緯もございます。因みに、飲食店もありますので日本食に限りいつでもご用意してますのよ。あ、そうそう。今は神々の父イザナギ様がハンバーガーにハマられておられますのでハンバーガーのみ本場のアメリカンサイズでお楽しみ頂けます」

 

「イザナギがハンバーガーねえ」

 

景虎は呟きながら集落を見渡した。人が普通に歩き回っている。おそらく他の参加者だろう。服装はやけに古臭い者もいれば現代風のスーツ姿の者もいる。様々な時代の『アーティスト』が生者、死者を問わず揃っているらしい。街のコンセプトがバラバラなのは生きた時代が違う者たちが少しでも馴染める様にというオオクニヌシの配慮かも知れないと景虎は解釈した。

 こちらは大丈夫そうだ。ならばと景虎は提案してみる事にした。

 

「咲耶さん、俺はちょっと調べ物をするから本番まで一度別行動したいんだけど」

 

「構わないけど、何するわけ?」

 

「アマテラスが天岩戸に籠ったを探る。確かに素敵な音楽を聴かせて興味を引けばひとまずは解決かもしれない。神話でもそうしたわけだし。でも根本的に今回の原因を取り除かないとまた同じ事になるだろ?」

 

景虎がそう説明すると、咲耶は「なるほど」とうわの空で返事をした。やはり歯切れが悪い。

 実は景虎にはもう一つの狙いがあった。それは「八咫咲耶の過去」を調べる事だ。きっと音楽やバンドというものに対して何か因縁めいたものがあるはず。そしてそれが今回、咲耶を縛り付けて動けなくしているのだろう。

 

 咲耶の事は尊敬しているし、感謝もしている。何も無ければそれで良い。仕事に気分が乗らない事は誰にでもある。だがそこに何か理由があるなら解決させて、その呪縛を解き放ってやりたいと景虎は思っていた。それで少しは恩に報いれるかも知れない。もちろんこれらは照れ臭いので口に出す気はない。

 

「景虎くんどこか行っちゃうの。あんたに誘われたから協力してるのに」

 

ボーカルを務める事になったドロンナ様こと笹川弘子が本当に残念がってそう言った。すると紫苑は景虎の代わりにすかさず声をかける。

 実は、紫苑はずっと弘子の事が気になっていて常々仲良くなりたいと思っていた。今が話しかけるチャンスと判断したのだろう。

 

「景虎さんにはアマテラス様のお悩み調査に集中して頂き、私たちはしっかりと演奏ができるようにする。それがベストかと。一緒に頑張りましょうね、弘子さん」

 

紫苑は仲良くなりたい一心で、またいつもの様に「ぽわぽわ」した雰囲気でそう言った。だがそれが弘子の精神を逆撫でした。弘子は、紫苑の様なタイプの同性を「媚びた女」と決めつける癖がある。

 弘子は「チッ」と舌を鳴らした。

 

「あんたは黙ってな」

 

「ええ、ダメですか弘子さん」


紫苑がとても残念そうに両眉をハの字にすると、可愛い。そう思ってしまった弘子は自分の事も含め、紫苑に対しまた頭に血が昇る感覚がした。

 

「あんたがヒロコって呼ぶな。私はドロンナだって言ってるだろ」

 

「こら、喧嘩はやめんか」

 

声を荒げる弘子をサンタが嗜めた。こう見るとただの休日のお爺ちゃんにしか見えない。久しぶりに孫たちに再会したかの様な光景だ。すると虎右衛門もサンタに便乗した。

 

「女の子同士の喧嘩というものは人も狸も変わらんですな。最後には手が出るわけです。まあ、狸は手ではなく“前足”ですがね」

 

しんと場が静まり帰った。全員が虎右衛門の方を凝視する。すると虎右衛門はその微妙な空気感を気にも留めずにごほんと咳払いをして再び口を開いた。

 

「まあ、狸のは前足ですがね」

 

 それはもう聞いたぞ。景虎はツッコミを入れそうになったが何とか堪えた。そんな事をしたら自分まですべった様になるだろう。

 そして再び訪れた沈黙。その後でがっはっは、と鬼村きむらが突然そのビール腹を抱えて笑い出した。一体何がそんなにおかしいのか。


 どうやら虎右衛門は今日も「キレキレ」らしい。景虎はこのメンバーを不調らしい咲耶に任せてこの場を去るのに一抹の不安を覚えた。しかしアマテラスの事も咲耶の事も調べた方がいいだろうというのは直感で分かる。やむを得ない。

 

「じゃあ、俺は行くから。練習頑張れよ。本番で会おうぜ」

 

景虎は手を振ってさっさと行ってしまうのだった。

 



────その⑥に続く

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