「バースデー・カクレンボ」その⑦

          7



 現在────。

 景虎は広い和室に通された。普段は応接室に使われているのか、座布団が部屋の端に積まれていた。佐竹は「ここでお待ちを」と言って部屋を出て行ってしまったので、一人残された景虎は指示された通りの位置にある座布団に座った。下座の様だ。一体どんな大物が来るのか、もしくはここで殺されるのか。一瞬も気は抜けない。何せ街一番の「ヤクザ」連中に対して勢いとはいえ、喧嘩を売ってしまったのだから。

 

 あの揉め事の後、佐竹の車に乗せられ、景虎は〝真琴組〟の本拠地にやってきていた。巨大な日本家屋で、表札には「真琴」とあった。流石に堂々としてやがる。景虎は思った。

 

 しかし、気になる事がある。


「助けてほしい」


佐竹は言った。協力の申し出か、もしくは情報が欲しいのか。景虎は少し思考を巡らせてみたが、いい考えが浮かばない。しかも先程の格闘の傷で出血し過ぎたのか貧血気味だった。体も痛い。さりげなく腕時計も見たが、時刻は二十一時をとっくに過ぎていた。かなり待たされている。今夜の零時までにめいを見つけなければ。景虎はまた少し焦って頭に血が登った。

 しかし、思考に集中する。探している謎の少女が真琴組と無関係という事はないはず。そこまで考えたところで、ぼろぼろになってしまったズボンのポケットが振動した。スマートフォンに着信があったようだ。取り出して画面を見ると表示された内容は大方予想通りだった。送り主は所長の咲耶だ。

 

『少女素性判明、真琴組の組長の孫娘。トラブル発生との事。そちらに向かう』

 

やはり真琴組、組長の親族か。しかも孫娘ときては血眼になって探しているだろう。景虎は思った。「俺ってツイてないなあ」

 しかし、咲耶からのメッセージにあった〝そちらに向かう〟とはどういうことか。ここへ連れて来られると言うことか? まさか既に研究所まで手が回っていたとは。咲耶と紫苑は無事だろうか。さつきは逃げ切れただろうか。少し朦朧とする頭で、景虎はそんなことを考えていた。その時、部屋の襖が突然開いた。

 

「お前がウチに喧嘩売ったっていう小僧か」

 

そう言いつつ、襖を開けて入ってきたのは白髪を短く刈り上げた老人だった。しかしその眼光は鋭く、悠然とした態度で上座にある座布団へあぐらをかいて座った。その背後には妖怪の「がしゃどくろ」が描かれた大きな屏風が飾られている。そして、その男は景虎をじっと眺めてから呟いた。

 

「うちのを五人まとめて蹴散らしたと言うから熊みたいな奴かと思えば……やっぱりガキじゃあねえか」

 

 この眼光鋭い白髪の老人こそ、真琴組、組長の「真琴夕蔵まことゆうぞう」であった。夕蔵は一人でこの部屋に入って来た。景虎は当然警戒する。この部屋の外、すぐ駆け付けられる位置に誰かいる気配もする。こちらが妙な真似をしないように配置されているのだろうか。景虎が警戒を解かずに沈黙を続けていると夕蔵は不服そうに言葉を続けた。

 

「気に入らねえな、俺に殺気を放つその態度。やっぱり殺すか」

 

少し空気が緊張する。だが、これは「威嚇」だろう。飲まれてはいけない。その張り詰めた空気のなか二人は沈黙した。

 それが永遠と続くかと思えてきたその時、襖が再び開けられた。佐竹と、それに連れられた咲耶、紫苑がいた。さつきはいない。

 

「うわ、アンタこっぴどくやられたわね。ひどい怪我よ。突然電話かかって来たから何事かと思ったわ」

 

咲耶は部屋に入ってくるなり景虎の顔をみて茶化した。景虎は不満顔で答える。

 

「俺は一人で相手は五人。でも俺が勝った」

 

「調子に乗るなよ、ガキ」

 

景虎の抗議に対して夕蔵は釘を刺した。また空気が張り詰めて咲耶は居心地が悪そうな顔をしている。

 咲耶と紫苑も景虎を真ん中に、左右分かれて隣に座らされた。紫苑は座った直後、顔を前に向けたまま小さく早口で囁いた。


「さつきさんは研究所で保護し、待機してもらっています。状況はさつきさんより聞きました。任せて下さい」


それを聞き景虎は一先ず安心した。さて、これからが勝負だ。それは研究所の三人の共通認識だっただろう。夕蔵の側には佐竹が立ち一人で同席していた。一息つくと「さて」と呟いて夕蔵は話を始める。

 

「で、お前らはなぜ夕奈を探しているんだ? 街で夕奈の顔の絵を配ってるガキどもはお前らの差し金だろう」

 

咲耶と紫苑は二人同時に景虎を見た。景虎は左の掌で顔を覆うと、噛み潰した様な声で答える。

 

「俺が、やりました。暴走族を一団、動員しました」


「何考えてんのよアホ!」

 

咲耶が景虎の頭を激しく引っ叩いた。脳が揺れ、さらに瞼の傷口が開く。景虎は「うっ」と思わず声を漏らした。見かねた紫苑が解答を引き継ぐ。

 

「失礼致しました。私は事務員の紫苑と申します。私の方から現在の状況と、夕奈さんについてお話させて頂いてもよろしいでしょうか。こちらの持っている情報は全て、開示させて頂きます」

 

紫苑は正座したまま丁寧に手をつき頭を下げた。その動きは洗練されていて思わず見惚れるほどだった。それは夕蔵も例外ではなかったようであり、先程よりも表情を崩してこれに答えた。

 

「いや、こちらこそ悪かったな。俺は真琴組の代表、真琴夕蔵だ。聞かせてくれないか、あんたらの持っている情報と、いなくなった夕奈の話を」

 

今、確かに「いなくなった」と言った。咲耶は聞き逃さなかった。やはり、めいが取り憑いているのは夕奈で間違いなさそうだ。

 

 紫苑はまず『八咫超常現象研究所』について話し、その後でさつきが初めて研究所にやって来て「めい」を探す依頼をしたところ、加えて現在までの調査の内容を語った。途中で夕蔵の質問や指摘が入り、それにも丁寧に答え、その間は誰も口を挟まなかった。咲耶は紫苑がいて良かったと、こういった状況ではいつも思う。紫苑は何故か「権力者受け」が良い。その儚げな雰囲気か、純粋さか、とにかくそれらが心を掴むらしい。

 そして、全ての話が終わると夕蔵は「そうか」とだけ言って再び、話し始めた。

 

「あんたらの頭がいかれてねえなら全部本当のことだという訳か。夕奈は江ヶ島の付近の海岸、そのどこかにいるんだな?」

 

紫苑は答える「間違いないかと」。夕蔵はそれを聞き、小さく唸ると佐竹に意見を聞いてみた。黙って聞いていた佐竹は眼鏡を少し掛け直すと口を開く。

 

「そうですね。時間軸的な辻褄は合います。ですが、分からないのはその「めい」という女子校生です。夕奈さんとどこで面識があったのでしょうか。依頼人のさつきと、尋ね人のめい。そして夕奈さん。関係性が不透明です。まあ、事実なら有益な情報ですが」

 

「事実ですし、我々も同じです。さつきさんも、めいさんから夕奈さんの話を聞いたことは無いそうです。〝声〟と夕奈さんの顔だけを頼りにここまで調査してきました。そして、もう目の前まで来ている。タイムリミットは今夜の零時です。そろそろ解放して下さい。こちらの話は全て済みました」


現在の時刻は二十二時になったところだ。咲耶が会話を引き取り、手短にそう言い返した。すると、夕蔵はため息をついた後で外に向かって「おい」と声をかけた。襖は全て開け放たれ、次々と真琴組の構成員たちが集まってくる。何十人いるのか分からないほどだ。人の壁で廊下が見えなくなり、研究所の三人は囲まれた。

 

「どういう、おつもりですか……?」

 

咲耶は緊張で激しくなる動悸を感じながらそう聞いた。それに対して夕蔵は変わらぬ調子で告げる。

 

「話は面白かった。半分くらいは信じても良いと思った。だが、気に入らねえし、信用できねえ。夕奈はウチで探す。あんたらには退場願おう。夕奈の顔を玩具にした事と、ウチの構成員に手出した事は許されねえ。こちらにも面子があるんでね。後はお前ら、好きにしろ」

 

夕蔵はそれだけ理不尽かつ、一方的に言い放つと席を立ち、部屋を出ようとする。廊下で待機している構成員たちは今か今かと待ち侘びている様にすら見えた。

 景虎に出た「凶の暗示」か、このままだと巻き込まれて全員が悲惨な死を迎えそうだ。咲耶は深呼吸し、腹を括った。

 

「それなら夕奈さんは見つかりませんよ! おそらく今夜、死ぬでしょうね!」

 

咲耶は大きな声であえて「死ぬ」と強い言葉を使った。夕蔵は立ち止まり振り返る。怒っているかと思ったが、何か面白いモノを見つけた少年の様な眼差しで咲耶を見つめている。

 

「俺たちだと見つけられず、あんたらなら見つけられる。でなければ夕奈は死ぬって?面白い事を言ってくれるじゃねえか。なら、所長さんよ。あんたどうする? ここであんたらに任せた結果、夕奈は見つかりませんでした。なんて事になったらあんたは……どうやって落とし前を付けるつもりだ?」

 

夕蔵に詰められ、咲耶はさらに緊張した。唇が軽く痙攣しているのが分かる。だが、ここで踏ん張らなければ。部下の命、依頼人の想いを預かっているのだ。一手間違えば死に近づくと紫苑は言った。今がその時だ。退いたら死ぬ、咲耶は直感でそう判断した。

 

「オトシマエ? 好きにして下さって結構です。必ず見つけ出し、夕奈さんを無事にご帰宅させて見せましょう。だからお任せ下さい」

 

「結構な自信だな。じゃあ、その「さつき」とかいう女子校生の与太話を信じてここで命を賭けるって言うのか?」

 

「賭けます。その覚悟もあります。あなた方に誇りや面子がある様に、我々にもそれはあります。依頼人を信じて助けること、手を差し伸べること。それこそが我々の仕事です。めいさんはあの世に送り返しますし、取り憑かれた夕奈さんは家に帰します。それだけが確かな事です」

 

夕蔵ははっきりと言い切った咲耶をその鋭い眼光で見据えた。咲耶は視線を逸らさない。景虎と紫苑は黙ってそれを見守っていた。咲耶に全てを預けたのだ。数秒間の視線の交差の後、夕蔵はゆっくりと部屋に戻り、先程座っていた座布団に座り直した。待機する組員たちは多少動揺した様だ。雰囲気が少し違っていた。

 

「あんたの度胸に免じて、チャンスをやろう。零時が期限だと言ったな? あと二時間ほどしかない。それまで楽しませてもらうとしよう。さ、早く行け。それで夕奈を連れてこい」

 

「何か勘違いをされているのでは?」

 

咲耶は続けて言った。勝負だ夕蔵。咲耶は心の中でずっとそれを呟いていた。

 

「真琴組が私たちに依頼する、という形でよろしいですか? 命令する立場にあなた方はありません。料金も当然発生致します。その代わりに二時間で成果を上げて見せましょう」

 

咲耶はジャケットの内ポケットから携帯用の電卓を取り出し、わざと大袈裟な動きで電卓を打っていく。

 

「この数日間の経費、うちのおバカ調査員の医療費、さつきさんの分の依頼料。その他損失など込み込みで依頼料はこちらになりますが、お支払いは可能ですか? 現金とカード、どちらもお使い頂けますよ」

 

咲耶が提示した金額は数百万円に及んだ。景虎はこれを見て思わずにやける。やっぱりこの女について来て正解だった。それをこの時に改めて思った。夕蔵はというと、一瞬目を丸くし、その後で高笑いをした。

 

「あんたが責任者だな、失礼した。よく分かったよ。若いのに大したモンだ。正式に依頼しよう。ただし、成果報酬だ。夕奈を見つけて連れ帰れれば良し。駄目なら、俺をコケにしたケジメをつけて死んでもらう」

 

「構いません。引き受けましょう」

 

夕蔵と咲耶は固く握手を交わした。

 

                    


          

          ◯

 咲耶は命を賭けた博打に勝ったと言える。夕奈は行方不明、これは事実だ。だが、めいやさつきの存在に加えてこの一連の超常現象。これは夕蔵や真琴組が正しく知るところではないし、理解も出来ないだろう。

 

 だが、夕蔵としては夕奈が見付かればそれで良い。研究所のメンバーを利用しようという考えに変わったのだ。あと二時間で見つけるというのも余興に丁度良い。そう思わせたのは咲耶の手腕である。

 だが、咲耶の考えが及ばなかったことが一つある。夕蔵は本当に夕奈を愛し、大切にしているという事だ。町中を探しても夕奈はいない。まるで、見つからない様に「隠れている」。正直なところ猫の手も借りたい状況だったのだ。そんな時に猫ではなく、「虎」が飛び込んで来た。

 景虎が暴走族・ヘルズを動員し目立った事で、真琴組は八咫超常現象研究所に辿りつくことができた。夕奈を探すその得体の知れない連中は、およそ考えつかない酔狂な理屈で夕奈を追っていた。だが、嘘はない様に見えた。だからこそ夕蔵は飛び出して探しに行きたい気持ちを押し殺して強気に振る舞う。追い詰めて真意を探りたかったのだ。殺すと脅し、部下を差し向けて反応を見たかった。

 

 結果は合格となる。偶然や選択の繰り返しで、いま研究所のメンバーたちは生きている。

 

 時刻は二十二時を回ったところだ。タイムリミットまであと二時間となっていた。研究所で時計を眺めてはいらつきを覚えて、不安な気持ちになる。さつきは先程から研究所内をうろうろと歩き回っていた。まず思うのは後悔。なぜ、めいを死なせたのか。なぜ、もっと話をしなかったのか。きっと聞けば夕奈のことも話に出たかも知れない。

 

 景虎は後で追いつくと言った。それは信じたい。自分を信じてくれた人たちを信じて待ちたい。だが、現実という「時間」は待ってくれない。悪霊は悪霊を呼ぶ。危険だから一人で行くなと言われていた。だが、もう待てない。一人で江ヶ島に行って探そうかと、そう決心をしかけたときだった。

 研究所の固定電話が突然鳴り出した。さつきはすぐに電話のある咲耶のデスクの前に移動する。古臭い黒電話と、ファックス付きの、やはり古臭い固定電話が二つ並んでいる。着信が来ているのはファックス付きの方だ。さつきは受話器を取った。

 

「もしもし」

 

電話の向こうの相手は待っていた人だった。

 

「俺だ。景虎だ。待たせたな、準備が出来た。今からタクシーでそちらに向かう。江ヶ島に行くぞ。もう少し待っててくれ」

  

 あまり時間は残されていない。電話が終わると、さつきはすぐに支度して研究所を飛び出した。





────その⑧に続く。


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