「バースデー・カクレンボ」その⑧

          8


 今は何時だろうか。夕奈は震える肩を両手で抱きつつ、薄暗く誰もいない砂浜でじっと波の打ち返す音を聞いていた。

 

「さむい、つかれた。」

 

夕奈は呟いた。寒いし、何より眠い。夕奈は少し休憩しようと考え、その場で横になる。砂浜は意外と冷たくは無かった。むしろ、柔らかく身体に馴染んだその砂たちのおかげですぐに眠りに入る事ができた。

 ────。


「夕奈ちゃん、起きて」

 

はっ、と夕奈は目を開いた。急いで上体だけ起こす。辺りを見渡しても先程と変わらない。砂浜と暗い海と空だ。


「もう、疲れちゃったよね」


この〝声〟。唯一違ったのは、制服姿のめいが目の前に立って夕奈を見下ろしていることだった。めいが微笑んで見つめてくれるので、夕奈はめいの手を握りたくなり、ゆっくり起き上がった。そこで異変に気づく。夕奈は起き上がっているのに、夕奈の身体は横になって眠っているままだ。自分の両手を見ると透けている様にも見えた。これは、魂だけが浮き上がっているのか。幼い夕奈にも何となく状況が理解できた。

 

「さつきちゃんは、来なかったのかな。私も死んじゃったの?」

 

夕奈は横たわる自分の身体を眺めながらそう呟いた。めいはそれを聞き首を横に振る。

 

「まだだよ。まだ夜中の十二時になってないし、夕奈ちゃんも死んでない。けど、もう限界かも……私のせいで。」

めいは壊れてしまっている腕時計を見ながら困った様に笑っていた。

 

 ────。

 二年前、車に轢かれた時、めいは気がつくと空を飛んでいた。最初は車に吹き飛ばされてそうなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。駆けつけた救急車と野次馬と倒れる自分、そして駆け寄って何か叫んでいるさつき。それを空から確認する事ができた。

 

「私は死んじゃったのか」

 

それを理解するのに時間はかからなかった。その時は後悔というより、未練がめいに押し寄せた。まだやりたい事がたくさんあった。家族の事、将来の夢、さつきとの約束、夕奈の事だって心配だ。だが、不思議と嫌な気持ちや何としても死にたくない、と思う気持ちは湧いてこなかった。未練も直ぐに思い出に変わった。まるで洗脳されたかの様に疑問も抱かず空を飛び、辿り着いた世界でめいは輪廻と転生の説明を受けた。

 

 この宇宙でいつか必ず、さつき含む家族や、友人や、夕奈とまた出会う事ができる。それならあの世で待とう。待って、たまには遊びに行って、本当は禁止だが、大切な人の危機にはあの世からこっそり守ったりもしよう。そう、めいは決めた。

 

 それからの死後、つまり幽霊としての生活自体は悪くなかった。めいは所謂、『天国』と呼ばれる場所に行けたので現世を見守る事も許されていた。そして、さつきや両親が熱心にお墓参りやお盆の支度をしてくれるので、めいは堂々と現世に遊びに行く事ができた。それは幸せな事であるのと同時にとてもめいを苦しめた。

 

 今年の八月、お盆。めいは現世に帰ってきた。自分のお墓参りに来た家族は自分を思い出し、涙を流していた。めいは心が痛くなった。「ごめんね」と何度も墓石に向かって謝るさつきを見て、さらにめいは自分も謝りたくなった。あんなところで死んでしまって、何て間抜けだったんだろう。こんなに悲しませて……。めいは「後悔」した。

 

 夕奈と遊んだ公園にも行ってみた。あれから二年経過していた。夕奈は八歳、小学二年生になっているはずだろう。めいは少しわくわくした気持ちで公園を訪れた。そして、いつもの砂場で夕奈を見つけた。相変わらず例の付き人はいない。一人の公園で何もせず、ぼうっと砂場に座り込んでいる。

 

「お姉ちゃん」

 

めいは不意に夕奈に呼ばれて「なに」と思わず返事をした。当然、その返事は夕奈には聴こえていない。二人の存在する世界は違うのだ。

 誰もいない公園で、夕奈は一人ぽろぽろと涙を流していた。落ちた涙が作りかけの砂のお城に落ちて消えた。夕奈はめいの死を確信してはいなかった。しかし、噂は幼い少女でも聞くものだ。そして何より、大好きなお姉さんが約束を破る訳がないと信じていた。


「一緒に海で花火して、誕生日を祝おう」


 めいは確かにそう言った。夕奈はずっとその約束を信じて待っていた。

 めいは、苦しくなった。確かに夕奈は孤独だった。だが自分と出会わなければ、こんな小さな女の子に失う事の悲しみを与えることはなかったのではないか。めいは再び「後悔」をした。

 そして、強い後悔はやり直したいと願う事で、さらに強い未練となる。未練は魂を縛り、がんじがらめにする。めいはお盆を過ぎてもあの世に帰れなくなった。帰り方も、いつしか分からなくなった。

  

 現世を彷徨って暫く経ったある時、めいは夕奈の夢の中に訪れる事が出来た。理屈や理由は分からない。だがそんなことはどうでもよかった。夕奈に会って抱きしめてあげたい。その時はそれだけを思っていた。

 夢の中でも夕奈は公園の砂場にいた。めいは走って砂場に向かう。そして、一人で砂場にいる夕奈を優しく抱きしめた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「そうだよ、ごめんね。夕奈ちゃん……お姉ちゃんは、死んじゃったの。一人にしてごめんね、本当に、ごめんね。」

 

「いいよ。今、来てくれた。」

 

夕奈もめいを優しく抱きしめた。二つの世界の不干渉という〝ルール〟は破られている。だが、もはやどうでもいいとさえ思っていた。またここで会えたのだから。

 久しぶりに二人で砂のお城を作り、そしてこの二年間を語り合った。夕奈は友達が出来たらしい。小学校は楽しいとも教えてくれた。そんな話をする度にめいの止まった時間が少しずつ動く気がして、時間を過ごした。

 願ってはいけない。だが、気がつけばめいの口から思いが出ていた。

 

「海で花火をしたいな、誕生日を祝いたい。今年が、さつきと……私の約束してた十八歳の誕生日だから」

 

「やろうよ、なんでもする。夕奈が助けるよ。どうすればいいの?」

 

夕奈は優しく微笑んだ。めいも笑顔で返す。

 めいは、夕奈に危険が及ぶ事を知っていた。あの世で聞いた〝不干渉〟のルール、そしてなぜそうするのかを分かっていた。自分が現世に居続ければいつかは悪霊になって夕奈を襲うかも知れない。他の悪霊を呼び寄せて危険が及ぶかもしれない。取り憑けば夕奈は少しずつ衰弱し、死に至る。でも、誕生日までの少しの間だけ。本当に約束が守れればそれで良いからと、めいは神に祈った。

 



 ────。

目が覚めると、めいは夕奈の目を通して現世を見ていた。

 

「さつきを、呼ばなくちゃ」

 

「そうだね。行こう。」

 

 夕奈はベッドで一人、そう呟いた。そしては行動を開始したのだった。

 

          

          


          

          ◯

 夕奈を捜索し連れ帰るにあたって、『八咫超常現象研究所』と『真琴組』の間で条件が出し合われた。

 研究所の方は、今夜零時までに夕奈を連れ帰ること。人質として咲耶と紫苑を置いて行き、景虎一人で行く事。ただし、説得が必要な場合を考えさつきの同行は許可された。

 真琴組の方に出された条件は一つ。もし、夕奈を発見しても絶対に手を出さないこと。全てを八咫超常現象研究所に一任する。それを条件にした。代表の咲耶と夕蔵はこれらに合意した。

 

 景虎は真琴組の屋敷の玄関を借りて座り込み、簡単な傷の治療を受けていた。さらに咲耶の持ってきた栄養ドリンクをがぶ飲みし、おにぎりを無理やり口に突っ込んだ。その間に紫苑は持ってきた救急箱から道具を取り出し、慣れないために震える手で消毒液を浸した脱脂綿を景虎の腕の傷や瞼の傷にぽんぽんと押し当てた。

 

「痛え!」

 

「ごめんなさい。でも、我慢して下さいね、めいさんとさつきさんと夕奈さんの為なのですから」

 

「そうだぞ、男でしょアンタは」

 

景虎は消毒液が染みる度に「痛え」と文句を言った。その度に側で見ていた咲耶が「男だろ」と有難い激励をしてくれている。どうやら紫苑はへたくそらしい。それはよく分かった。景虎は口を尖らせて聞いてみた。

 

「傷を治す薬は魔女の技術には無いのかよ。痛くないやつ」

 

「ありますよ。先程おにぎりと一緒に景虎さんが飲んでいたのは私が作った栄養ドリンクです。蜘蛛の干物とトカゲの尻尾を擦り潰し、猫の爪の垢を煎じた物を混ぜ合わせて──……」

 

「もういい、聞きたくない」

 

景虎が口をへの字に曲げて力無くそう言うと、紫苑は「うふふ」と小さく笑った。

 

「ふふ、冗談です。消毒は終わりましたよ」

 

 手当ての仕上げに、紫苑は肩から下げていたポーチを開けて絆創膏を取り出した。何かの猫のキャラクターがプリントされている。カラフルなその絆創膏が景虎の肩、そして切れていた左瞼の上辺りに貼られた。

 

「なんだよこれ、こんなの貼るのかよ」

 

「ニャンダーです。五匹揃うと『肉球戦隊ジャイロ・ニャンダーズ』になります。景虎さんには特別に一番人気の赤ニャンダーをあげますね」

 

紫苑はにこにこしながら絆創膏を景虎に貼ってくれた。そういう事を聞いたんじゃないんだが。と景虎は思ったが、完全なる善意での施しだっただけに「かっこ悪いからニャンダーはやめてくれ」とは言えなかった。

 ひとまず二カ所の赤ニャンダーは前髪とスーツジャケットを駆使してさりげなく隠した。

 しかし、時間がない。支度や真琴組との条件のすり合わせをしていたらタイムリミットまであと一時間半ほどになっていた。タクシーを使えば研究所で待機中のさつきを途中で乗せても三十分程で江ヶ島の海岸線沿いまで到着できる。到着後、残り一時間で島や海岸線沿いを走り回って探すしかないだろう。景虎は頭で計算した。

 

「私たちも電話でサポートはするから、さっさと行って解決して来なさい。とりあえず江ヶ島付近に到着したら私に電話をかけること」

 

咲耶は黒色のコードレスイヤホンを景虎に手渡した。これは景虎のスマートフォンに無線で接続してあるもので、通話が来たら一々取り出したりせずに両手を自由にした状態で通話が可能になる。景虎は「了解」とだけ告げ、玄関を出ようとした。すると紫苑が景虎のスーツの袖を摘んでそれを引き止めた。景虎は不満気に振り返る。

 

「なんだよ、時間がねえんだぞ。さつきさんも待ってるし」

 

「少しだけです」


紫苑はぐっと景虎に接近し、その胸の辺りに自分の耳を優しくあてた。紫苑の横顔は完全に密着している。その時、ふわりと甘い香りが景虎の鼻腔を刺激した。動悸が少し激しくなるのが自分でも分かる。これではまるで抱きしめてくれと言わんばかりじゃないか。景虎は行き場のない両手を少し動かして固まった。側で見ていた咲耶も何が起こったのか分からず、空いた口が塞がらずに呆然としていた。

 

「鼓動が聞こえます。景虎さんは、生きています。良かった……。さっき会った時に、本当はこうやってすぐに確かめたかったんです。なので今とても安心しました」

 

「と、当然だろ。簡単にくたばってたまるか」

 

景虎が少し震える声で答えると紫苑はぱっと景虎から離れた。そして先程と変わらない態度で優しく告げた。

 

「景虎さんに『凶』の暗示が出ています。放っておけば景虎さんは死ぬかも知れません。ですが、私は死んでほしくありません。なので今おまじないをかけました。それからアドバイスを一つ」

 

 紫苑は続けて言った。真っ直ぐ景虎の瞳を見つめる。


「絶対に諦めないでください。めいさんもさつきさんも夕奈さんも、自分のことも。諦めてはいけません。必ず助けるという気持ちで、強い意志と覚悟だけが未来を切り開くのです」

 

景虎は確かにこの言葉を受け取った。「分かったよ」とだけ伝えると紫苑は笑顔で応えてくれた。

 

「あらあら、あらあらあら」

 

景虎ははっとした。咲耶がにやつきながら視線を送っているのが分かる。景虎は気まずそうに咳払いすると「後でな」とだけ言って真琴組の屋敷を出た。

 

          

          


         

         ◯

 研究所で待機していたさつきを乗せてタクシーで江ヶ島の海岸線沿いを目指していた。

 景虎はタクシーに乗ってすぐにスマートフォンを確認した。すると、竜二からチャットアプリに数時間前、着信が入っていたのに気がついた。

 

『絵の女の子は江ヶ島手前ら辺、海岸線沿いの道を歩いてるの発見したみたいよ』

『水族館とか駅の近くのとこね、追いかけたら逃げちゃったみたい』

『そんで俺ら派手にやり過ぎたから警察が取り締まりに来ちゃったんだよ』

『ヘルズはもう引き上げさせたから後はトラちゃんたちで何とかしな』

 

電話は真琴組と喧嘩する直前に景虎が切ってしまったので竜二からの話は分からずじまいになっていた。それを察して竜二はしっかりとチャットアプリに情報を入れておいてくれたのだ。しかも発見した少女の後ろ姿の写真まで添付されていた。

 景虎はタクシーの後部座席から窓の外を眺めた。そろそろ海が見えてくる頃だ。隣に座っているさつきにも竜二からのチャットを見せた。

 

「だ、そうなんだが。間違いないか?」

 

「はっきり場所は決めてなくて、江ヶ島の〝海〟ってだけだったけど……この写真の辺りで合ってると思う。ううん、間違いない」

 

「何でそう言い切れるんだ?」

 

景虎が聞くとさつきは少し寂しそうに笑った。

 

「私がイメージする江ヶ島の海はここだから。だからめいも同じ海をイメージするよ。だって私たちは〝双子〟だから」

 

景虎は、その全く理屈の通らないさつきの超常的な話を信じた。むしろ、それしか無いとさえ思えていた。きっと、めいとさつきの絆にはそういうものがあるのだと景虎も同意した。

 さらに、そもそも深夜の時間だと島民以外は島そのものには入れない。だとしたら島手前の海岸と考えるのが正しいだろう。竜二の方には、『ありがとな』とだけ返信しておいた。

 



 ────。

 真琴組の応接室、咲耶と紫苑は夕蔵、佐竹をはじめとした真琴組に見張られながら待機していた。だが、ただ座って待っている訳では無い。畳の上にこの金倉市の地図を広げて準備を進めていた。正座して姿勢を正すと、紫苑はポーチから碁石がたくさん入った箱を取り出し、そこから二つ碁石を地図の上に乗せた。二つの碁石、その一方の黒色の碁石に景虎の傷を手当した時に使用した脱脂綿を擦りつけた。白色の方は細い糸の様な物が器用に巻いてあった。

 

「これは何をやっているんだ?」

 

佐竹が眼鏡をかけ直しながら紫苑に聞いてみた。紫苑は作業を続けながら答える。今は何かのメモを書いているようだった。そのメモには見た事のない文字が羅列されている。

 

「ざっくり言いますと、スパイ映画の発信機や車のナビみたいなものです。景虎さんたちの位置や悪霊の出現などを感知します。

 先程の治療の際に採取した景虎さんの血と、さつきさんの髪の毛を媒介に彼らの現在地を明らかにするのです。残念ながら一度の採取で永遠とはいかず、少しの間だけですけどね」

 

「残念ながら」なのか。佐竹と咲耶は思ったが言わないでおくことにした。

 

 紫苑はぶつぶつと小声で何か囁いた。呪文の詠唱らしい。すると碁石は何かに引っ張られる様に地図のある地点に張り付いた。夕蔵たち真琴組の面々はその光景を目撃し、思わず「おお」と声を漏らしてしまった。碁石が二つ張り付いた位置は江ヶ島手前付近の海沿いの道だった。真っ直ぐ数キロ進めば江ヶ島だ。そしてその二つの碁石は勝手に動き地図上の江ヶ島へ向かっていく。

 

「本当にカーナビみたいだな」

 

夕蔵はぽつりと呟いた。感心する夕蔵を見て、なんだか咲耶が得意気な気分になった。

 スマートフォンの地図アプリでは『悪霊』の出現は感知できない。この魔法は大掛かりだが、重宝していた。

 しかし、異変が起こった。二つの碁石は島までかなり距離がある地点で停止してしまったのだ。

 

「なにが起こったの?」

 

「何でしょう。この石が停止したという事は、お二人も停止したと言う事になります。電話をかけてみて下さい」

 

 咲耶は紫苑に言われ景虎に電話をかけてみた。その電話は直ぐに繋がり、景虎の「もしもし」という声が聞こえてきた。咲耶は通話をスピーカーホンに変えて全員が聞こえる様にし、地図上の真琴組屋敷の辺りにそのスマートフォンを置いた。

 

「聞こえる? 今そちらの位置は把握しているわ。どうして途中で止まったのよ」

 

電話口で少し乱れた呼吸音が聞こえてきた。景虎とさつきは走っているらしい。

 

「タクシーが停まったんだよ、故障でな。だから降りて走って探してる。竜二からの情報で島手前の海岸にいそうなのは分かってるんだ。どちらにせよ、今は島に入れないからこの辺りを探すしかない」

 

タクシーの故障。なんと間の悪いことか。と、思ったがこれも『凶の暗示』なのかも知れなかった。だが車が使えないのなら仕方がない。咲耶は頭を切り替えて聞いてみた。

 

「その辺りだという根拠は?」

 

「一つ目は竜二たちが夕奈さんを目撃したっていう写真がこの辺りだったこと」

 

咲耶のスマートフォンに一枚の画像が送られてきた。少女の後ろ姿と海岸線沿いの道路、そして海が写っている。夕蔵はそれを覗き見て「……夕奈だ」と呟いた。咲耶はそれを確認した。

 

「なるほどね、やるじゃない。調査に暴走族を使ったのは許してあげる。で、後は? まさかそれだけじゃないわよね」

 

「二つ目は俺やさつきさん、めいさんが地元民だということ。「江ヶ島の海」ってのは島の中の話じゃない。俺たちがイメージするのは島手前の海岸線沿いなんだよ。遊ぶのも海水浴するのも初日の出を見るのもそこだ。島とそれを繋ぐ橋、それよりも手前。この砂浜と海が俺たちがイメージする「江ヶ島の海」」

 

確かに観光名所として有名な海岸ではある。昼間は冬でもサーファーがいるし、夏は海水浴客で大変な混雑になる。それに夜中は人が寄り付かない。花火をしていても通報まではされないだろう。やや脇の甘い推理ではあったが、咲耶は残された時間の都合上賭けてみることにした。

 

「いいでしょう。時間もないし、可能性があるならその辺りを調べた方が良さそうね。理由は少し弱いけど」

 

「理由ならまだある。〝双子パワー〟って言うのかな。双子の以心伝心とかテレパシーとかオカルトだけじゃなくて、生まれてからずっと一緒に育ってきた。それで同じ様にこの街で過ごして、イメージするものが違うわけない。──あとは、何より時間がないからな。俺はこれに賭けたい」

 

 その時、不意にマイクがさつきの声を拾った。

 

「あっ! 女の子だよ、カゲトラさん見て! あそこ、下の砂浜のとこを歩いてる!」

 

そのさつきの声は真琴組屋敷で待機している全員に聞こえた。恐るべしは双子パワーか。咲耶は安堵し、紫苑は「良かったです」と小さく言った。夕蔵も心なしか穏やかな表情をつくった。

 

「接触してみる、歩いてるなら生きてるって事だ」

 

 電話の向こうで景虎がそう言った。誰もが安心していた。そして、それに対して咲耶が「任せるわ」と返したその瞬間の事だった。

 紫苑が見張っていた地図上に突如、赤く塗られた碁石が飛んできて張り付いた。これは紫苑が用意した碁石を入れる箱に閉まわれていたものであり、勝手に動き出したのだった。この碁石は『悪霊』を表し、地図上に乗ったということは悪霊の出現を意味していた。そして景虎とさつきを表す黒と白の碁石に急接近していく。

 

 紫苑は誰よりも早く反応し、電話に向かって叫んだ。

 

「景虎さん! 悪霊です、警戒して下さい!」

 

 その赤い碁石は黒と白の碁石2つにぶつかって「こつん」と音を立てた。


そこで景虎との通話も切れ、地図の碁石は何の反応もなくなった。





────その⑨に続く

 

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