「バースデー・カクレンボ」その⑤

          5


 景虎はさつきを連れ、凰船町に古くから存在する銭湯に来ていた。ここは駅から少し離れた住宅街の中に位置する。

 銭湯、「竜泉院」は元々寺院だったという。当時、身寄りのない子供たちや貧乏な者たちを住職は招き、風呂に入れたのが起源とされている。

 時代は流れ、改築を繰り返しつつも、今もその建物のベースは昔ながらの木造建築であり、寺院の様な外観を残していた。因みにさつきは初めてここへ来たらしい。同じ街に住んでいても知らない建物はある。そういうものかもな、と景虎は思った。

 古臭い下駄箱で木の鍵を取り、景虎とさつきの2人は屋内に入った。中はいかにも昭和という感じだな、とさつきは思う。先月行ったスーパー銭湯とは〝匂い〟が違った。この時間は空いているのか、人が他には誰もいなかった。

 

「よお、トラちゃん。待ってたよ」

 

入ってすぐに、番台にいる男から声をかけられた。男は番台から降りてこちらに向かってくる。ボサボサの金髪とアロハシャツ。そして身の丈は景虎より頭一つ分近く大きい。その背の高い男は中性的な顔をにこやかに向けてくる。

 

「うちの風呂入ってく? これから悪霊退散! ってやるんでしょ」

 

「いや、遠慮しとくよ。竜二りゅうじ、時間がないんだ」

 

竜二と呼ばれた男は「残念」、とさして気にしてないかの様に言った。

 

「まあ、良いけどね。とりあえずトラちゃんの頼みだから聞くよ。そろそろ来るんじゃないかな」

 

さつきには意味が分からなかったが、竜二はさつきに笑顔を振り撒くだけで教えてくれない。

 しかし、しばらくすると外が騒がしくなってきた。これはバイクの音だ。しかも、かなりの台数が来ていると予想できる程にエンジン音が騒がしかった。

 

「お、来たね。じゃあトラちゃん。始めようぜ」

 

外に出るとかなりの数のバイクが道に列を成していた。銭湯の前はもはや車が通れないほどだった。しかも、バイクのどれもが違法な改造や装飾が施されていて、その持ち主たちも、いわゆる特攻服姿で威圧的な風貌をしている。

 

「……暴走族?」

 

さつきが呟くと竜二が「そだよ」と短く答えた。そしてさつきの手をさりげなく握る。

 

「俺もトラちゃんも、〝元〟だけどね。あ、俺は久喜竜二くきりゅうじ。凰船のスーパーチーム! 四代目、『地獄絵図ヘルズ』の総長だよ。この街で困った事があったら「ヘルズのクッキー」って名前出しな」

 

「よせよ、竜二。その子はどう見てもカタギだろ。それに俺は暴走族じゃない。もっと言うと、手伝ってほしいとは言ったがやりすぎだぞ。ほぼメンバー全員呼んでるじゃねえか」

 

「ふうん、期待してたくせに。素直じゃないんだから」

 

竜二は意地の悪そうな顔をしたあと、抗議する景虎を無視して二回手を叩いた。すると、たむろしていた男たちは皆、竜二に注目する。隣に並んでいたさつきは自分が睨まれているかの様な錯覚に陥り、怖くなった。

 

「みんな、久しぶり。今日は迷子の女の子探すために昼間からツーリング頼みたいんだけど良いかな? いやさ、俺も相棒の頼みは断れないのよ。みんなのスマホには女の子の似顔絵送っといたから、なんでも良い、情報あったら俺とトラちゃんに送ってくれ、では解散。警察呼ばれる前に早く探しに行けっ、ゴー!」

 

竜二の雑な演説でも士気が高まり、その改造バイクたちは一斉にエンジンをかけて散って行く。先代総長のカリスマといったところか。景虎は少し関心したが、さつきは呆然とした。

 

「どうもです。四代目、景虎さん。それから……さつきさんですね」

 

一人の特攻服姿の男はまだ発進せず、近づいてきた。長い髪の毛を後ろで束ね、特攻服の背中には「五代目」と刺繍されている。さつきは突然話しかけられて緊張し、「あ、わ、はい」と言うしかなかった。

 

「ごめんね、リツくん。土曜の昼間から呼び出しちゃってさ。本当は俺みたいな過去の人間は出しゃばるのはいけないんだけど、トラちゃんに頼まれちゃったからさあ」

 

竜二は「五代目」、リツに申し訳なさそうに頭を小さく下げた。するとリツは慌ててそれを止めた。

 

「とんでもないっすよ。俺なんかに頭を下げる必要はねえです。俺も、他の地獄絵図ヘルズの奴らも、みんなアンタに拾ってもらったんだ。アンタが声をかけるなら、どこまでも走ります。その女の子、きっと探しましょう。たまには人助けも悪くねえ」

 

全くもって、警察や善良な金倉かなくら市民の方々には迷惑な話だが、竜二は当時力の弱まっていたチームを再び「金倉最強」へとのし上げた実績がある。当時を知るメンバーは未だに竜二に対して特別な尊敬を抱いていた。

 竜二は「ありがとね」と笑いかけた。するとリツはもう一度深く頭を下げた。そして自身のバイクに乗り込むと駅の方へ走り去って行った。

 

「人海戦術のつもりだったけど、やり過ぎちゃったな」

 

景虎は走り去るリツを見送りつつ、呟いた。さつきは「そうかもですね」としか言えなかった。この数分の間に怒涛の展開だったからだ。まず、さつきは生まれて初めて本物の「暴走族」を見た。

 

「よし、一仕事終わり。で、軽く話は聞いたけど、今夜までに探したいんでしょ? ヘルズは江ヶ島に行くルートを何パターンも知ってるけど、その子がどの道を選択するのか、そもそも辿り着けるのか、それは分かんないよね。だからトラちゃんもさつきさんも急いで探した方がいいよ」

 

急に他人行儀なことを言うので景虎は「協力してくれないのかよ」と、竜二に聞いた。それを聞いた竜二は「いやいや」と返す。

 

「今も充分な協力じゃないの? 〝地獄絵図ヘルズ〟を動かしたろう。凰船から江ヶ島なんて大した距離じゃないし多分、今日中に見つかるよ。大事なのはその後でしょ。俺なんかに構ってないで早く探して来なよ」

 

竜二はそれだけ言うと景虎とさつきに背を向けた。竜二にも「メンツ」がある。元暴走族、凰船の〝地獄絵図ヘルズ〟。その四代目が、部外者の男と女子高生に顎で使われる訳にはいかない。引退し、決別したのにも関わらずあれだけの人数を集めるのも、きっと恥を忍んでのことだっただろう。だが、竜二はこちらの意図を察して働いてくれた。友達だというだけで。

 景虎はやはり思い直し、「いや、これでいい。ありがとな」とだけ言っておいた。竜二は手をひらひら動かしてそれに返事をした。

 

         

          


          

          ◯

「八咫超常現象研究所」に残った咲耶は、少女の素性を調べるため、この凰船の行方不明者名簿の方を捜査していた。その少女は、都合良く少女として生活し、都合良く「めい」に切り替わって約束を果たそうとしているのか。

 それは考えにくいと咲耶は睨んでいる。そんな簡単に人格の切り替えや魂の着脱ができてたまるか。おそらく、何日も家に帰らないか、或いは家を抜け出すことが多かったはずだ。咲耶は父から引き継ぎ、自身でも開拓し続けた独自の情報網で少女の行方不明者を探す。

 そして、ある一人の少女に行き当たった。とある組織の御令嬢が昨晩から失踪しているらしいという情報だ。古臭い電話器のファックスで送られてきた資料を咲耶は読んだ。

 まだ警察に届出は出されておらず、内々に捜索されているらしい。

 

「凰船の指定暴力団、〝真琴組〟。組長である真琴夕蔵まことゆうぞうの孫娘、真琴夕奈が失踪中──。夕蔵は夕奈を溺愛してて、組員含め血眼になって探してるって……やばいじゃないのこれ」

 

 他に行方不明でそれらしき少女はいない。もし、「めい」の取り憑いた少女が「夕奈」ならば、このままだと確実に巻き込まれ、真琴組とぶつかることになる。それは非常にまずい。いくら何でもヤクザとやり合うつもりはなかった。しかも真琴組はこの辺りで最大の勢力を持っている。うちのような弱小事務所は即刻、江ヶ島の海の底に沈むことになるだろう。咲耶は想像して気分が悪くなった。

 しかも派手好きの景虎のことだ。どうせ目立つ方法で少女を探しているはず。あの馬鹿!すぐにこの事を伝えなければ。咲耶は慌てて景虎に電話をかけようとした。

 咲耶が受話器を持ったその時、ソファで占いをしていた紫苑が呼び止めた。

 

「所長さん、大変です」

 

「そうよ、大変よ。だから後にしてくれる?」

 

「景虎さんの事ですよね?それに付随します」

 

咲耶はそっけなく対応したが、そんな事は気にもなっていないほど紫苑も慌てていた。というより、青ざめていた。本気で何かに怯えているかの様だ。これは尋常ではない、と咲耶は改めて聞く姿勢をとった。紫苑はゆっくり語り出す。

 

「占ったんです。あの、景虎さんと……さつきさんの旅の無事と運勢を」

 

紫苑の「占い」は、朝のワイドショーのコーナーでやるような星座占いなどとは次元の違うものであり、予知まではいかないが、実際に相当な効力と的中率を誇っていた。

 紫苑は手に持ったカードを咲耶に見せる。そのカードには不気味なイラストが描かれていた。

 

「日本式で、かつ分かりやすくお話します。景虎さんには『凶』の暗示が出ています。つまり、何か限りなく死に近づく事柄に見舞われるか、もしくは死そのものです」


「確かなの?」

 

咲耶は落ち着いて紫苑に聞いてみた。紫苑は未だ動揺している。

 

「私は景虎さんに死んでほしくないので……三回もやり直してみました。ですが、結果は同じでした。彼に危険が迫っています」

 

それを聞いて咲耶は思わず唸った。死の暗示とは恐らく真琴組との事だろう。このままめいと少女を探せば真琴組とぶつかる。そうすれば確実に揉め事になると言うことか。それか、悪霊に殺されるということもある。咲耶は研究所の壁にかけられた時計を見た。既に時刻は午後六時になっていた。すなわちタイムリミットまであと六時間ほどとなる。

 

「占いの効力は?」

 

「これは〝今日の運勢〟です。つまり、あと六時間ほど有効になります。どういう事柄か、どれが暗示か、それは後から分かるものです。あとは選択と結果です。一手間違えるたびに死に近づいて行きます」

 

          


          

          ◯

 景虎は腕時計を確認した。既に十八時を回ってしまっている。一度は江ヶ島の海岸線沿いも確認してきた。だが付近にも砂浜にも、それらしき少女は発見できなかった。途中で警察に保護されてしまった可能性も考え、警察官の知り合いにも問い合わせてみたが、その様な連絡は来ていないとの事だった。それどころか「今度は何に首を突っ込んでいるんだ」と尋問まで受けてしまう始末だ。

 

 最初に立ち返り、景虎とさつきは凰船駅前に戻ってきていた。二人で並んで商店街の脇、閉じたシャッターに寄りかかっている。さつきは先程からしばらく黙ったままだ。だいぶ疲れている様に見えた。

 今のところヘルズからの有力な情報もない。そもそも、そんな少女は実在しないのではないか、そう思い始めた頃だった。景虎のスマートフォンに着信が入る。竜二からだった。

 

「あ、もしもしトラちゃん? 女の子見つかったっぽいよ」

 

電話の向こうの竜二の声は相変わらずのんびりしていた。だが、これは有力な情報だ。景虎は少し興奮気味に聞き返した。

 

「本当かよ。どこにいるんだ、手は出してねえだろうな」

 

「もちろんだよ。オバケはみんな怖いからね。それと、さつきさんの言ってることは本当だったみたいだ。場所は──」


「カゲトラさん……!」


そこまで聞いた時だった。さつきは小さい声で名前を呼んだ。

 すると、景虎の電話を持つ腕を誰かが掴んだ。さつきではない。これは男の手だ。

 

「竜二、悪いな。後でかけ直すよ」

 

電話口で竜二が何か言っていたが、景虎は聞かずに一方的に電話を切った。腕を掴んでいた男は景虎が電話を切るのを確認すると今度は肩を掴んだ。逃す気はないらしい。

 正面を向き直すと、「いかにも」な男たちが景虎とさつきを囲っていた。景虎の腕を掴むのが一人。そして景虎とさつきを囲んで逃がさないようにしているのが四人。全部で五人の中年の男たちがいた。肩を掴む男は景虎に軽く寄りかかって凄んだ。

 

「昼間からこの辺うろちょろしてるみたいだなあ。なあ兄ちゃん、ちょっと場所変えようや」

 

景虎は、この手の人間たちのことはそれなりに知っているつもりだった。竜二の事を言えないくらいには鼻が効くという自負もある。それは今の仕事にも大いに役立っていた。

 この男たちは暴力団か、半グレか、別の何かか。なんにせよこの凰船にはそれほどいくつもこういった勢力は存在しない。ひとまず思い当たるのは……。

 

「〝真琴組〟か?別にあんたらの邪魔はしてないはずだぜ。ナワバリも犯してないし、関連する店にも行っていない。絡まれる言われはねえぞ、手を離せよ」

 

景虎がそう答えると男たちは虚をつかれたように驚いて顔を見合わせる。景虎はその隙に怯えているさつきを手でさりげなく誘導した。


「走って逃げろ」

 

口に出した訳ではない。手のサインでなんとか伝えた。すると、さつきは景虎を不安そうな目で見つめた。景虎は男たちから目を離さずにさつきに告げる。

 

「相当ややこしい事になってきたみたいだな。早く行け、後で追いつく」

 

さつきは小さくうなづくと、男たちの立つ間を縫うように走り出した。一瞬の事で反応できず、男たちはみすみすさつきを逃してしまった。そして、さつきの足はかなり速かった。あっという間に追いつけない距離まで走っていく。

 

「あいつ運動部だったのか」

 

景虎が感心していると、男の一人が景虎の肩をどついた。

 

「女の方はまあいい。兄ちゃん、来てもらおうか」

 

「手を離せって言ってんだ。何度も言わせるな」

 

話は平行線だった。まさに一触即発の雰囲気となる。景虎は拳に力を込めた。

 

         


          

         

          ◯

 江ヶ島の海岸線沿いの砂浜に、夕奈は一人で腰掛けていた。先程は変な格好の男に追いかけられて怖い思いをした。だが、上手く撒いたらしい。たまに人が通りすぎると夕奈は隠れた。

 今、薄暗い砂浜に夕奈は一人きりだ。頭の上の道路では通り過ぎる車と話し声が少し聞こえるだけ。後は波の打ち返す音だけがする。空を眺めると薄く星が光っている気がした。

 

「さつきちゃんはきっと来るよ」

 

夕奈は誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。

 そういえば少し寒くなってきたようだ。夕奈は震える肩を抱いて、一人砂浜に座っていた。





────その⑥につづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る