「バースデー・カクレンボ」その④

          4

 

 現世に留まる幽霊は、肉体という器がない為に魂だけが剥き出しの状態となっている。

 剥き出しの魂は、現世に渦巻く生者の悪意や欲望、死者の怨念など負のエネルギーに直接晒され、いつしか『悪霊』になってしまうのだという。そして悪霊は生者に害を為す。取り憑き、衰弱させ、殺し、囁くことで人間を闇に取り込み道を踏み外させる。

 生者と死者は一緒にはいられない。必ず双方にとって悲劇となる。故に〝ルール〟が出来たのだ。

         

                 


          ◯

 さつきは息を整え、深呼吸した。死んだはずの「めい」が帰ってきたという。

 

「帰って来たんです。めいが!」

 

「落ち着け、めいさんはどこにいるんだ」

 

景虎が聞くとさつきは興奮気味に答えた。

 

「今朝、会ったんです! 家の前で」

 

さつきは今朝の出来事を回想した。

 ────。


 


 土曜なので今日は学校は休みだ。だが、何故か早く目が覚めたさつきは、家の外にあるポストに新聞を取りにいった。

 寝巻き姿なので少し肌寒い。白んだ朝の街に出ると、吐く息もまた白かった。

 

「さつき」

 

名前を呼ばれてはっとした。家の門を挟んで向こう側に小さな女の子が立っている。まだ小学生に上がったばかりではないか?もっと下かも知れない。

 目と鼻の先だ。他には誰もいない。こんな朝方に少女が一人で出歩いていることがまず不自然だが、さつきにとってはどうでも良かった。それよりも今の声は聞き間違いではないか、それが気になった。少女から目が離せない。

 

「さつき、明日は誕生日だね」

 

「あ……」

 

聞き間違いではない。少女が口を動かして、発声するのをみた。さつきは衝撃で口をきくことができなかった。すると少女はさつきに向かって優しく語りかけた。

 

「約束、覚えてる? 待ってるから、きっと来てね」

 

「あ、待って、めい、どうして」

 

さつきはもっと話したかった。この数分間は時間が止まっているかの様にすら感じた。だが、めいとの約束を知る少女はその後すぐに走り去ってしまった。

 ────。




「どう思います?」

 

さつきが話し終えるのを待ち、景虎は所長の咲耶に意見を聞いてみた。めいが見つかった。これは良い事だ。だが、咲耶の表情は晴れない。


「良いかどうかは半々、てとこね。さつきさんの話が本当だとします。するとめいさんは確実に現世に残ってることが証明される。けど、その女の子が問題よ。──最初に現れた女の子と同じ子だった?」

 

そもそもの発端はさつきが聞いためいの〝声〟、そしてその直後に通り過ぎた謎の〝女の子〟だ。咲耶が聞くとめいはうなづく。

 

「はい、多分ですけど。髪の毛の感じとか背格好とか……同じだと思う。少なくても、あの子はめいじゃないです。全然私たちの小さい頃にも似てないし」


咲耶と景虎は顔を見合わせる。その深刻そうな雰囲気にさつきも不安になったのか、興奮が冷めたようだ。

 

「え、なに? 何かまずいことがあるの?」

 

困惑するさつきに、非常に言い難い事だが『悪霊になる』ことと『まだ現世に留まっている』こと、そしてその危険性を伝えた。話していくうちに、さつきの顔はみるみる青ざめていく。

 

「もし悪霊になってたら退治するしかなくて、退治すると消滅して来世が来なくなるってこと?」

 

さつきがそう聞くと景虎は「そうだ」と手短に答えた。事実はしっかり伝えなければ解決できない。景虎は言葉を続ける。

 

「だから俺がいる。俺には紫苑みたいな魔女の力は無いし、所長みたいに不思議な道具も、この界隈に強いコネも持って無い。俺に出来るのは──」

 

景虎は静かに告げた。さつきは息を呑むようにして聞いている。

 

「悪霊を祓うことだ。もしもの時に……めいさんをもう一度、殺すことだ」

 

「そんな……」

 

さつきは先程まで嬉々としてめいの話をしていたのが嘘の様に静かになった。景虎があまりに厳しい事を言うので咲耶は話を優しく補足した。

 

「ただ問答無用で祓うわけじゃないからそこは安心して。まだめいさんの意識があるなら説得できる。しっかり帰ってもらうのよ。そうすれば丸く収まる。だから教えて、その女の子は他に何か言ってなかった?」

 

さつきは混乱する頭で精一杯思い出そうと考えた。やはり一番気になるのは──。


「約束、覚えてる? 待ってるから、きっと来てね」


この言葉だ。約束とは、十八歳の誕生日に海で一緒に花火をすること。めいはこれを果たそうとしてるのではないか。さつきはもう一度約束と、今朝のこの言葉を伝えた。

 

「やっぱり、このことだと思います。海で花火……それで二人でお祝いしようね、って言ってたんです。笑っちゃいますよね。そのせいでこんな事になって」

 

「笑わない。それに、まだ実際には何も起こってないだろ。起きてから考えりゃいいんだ。早くめいさんを探すぞ」

 

景虎は、今度は珍しく優しくそう告げた。咲耶は驚いたが、今それを指摘している場合ではない。

 一番可能性が高いのは〝海〟だろう。めいと思われる少女は例の『約束』を気にしている。であれば、正直に海で待ち構えておけば良い。だが、もう一つの問題がある。咲耶はさつきに告げる。


「あと問題は女の子の存在よ。もし、その子が生きた人間で、めいさんがその子に取り憑いて行動したり声を届けているなら状況はさらにまずいことになる」


咲耶が言うと、さつきは「どう言う事?」と聞いた。咲耶は少し神妙な趣きで答えた。

 

「その取り憑かれた子が死ぬかも知れないわ。霊に憑依された人間は生命エネルギーを吸い取られるのよ。当然よね、一つの器に二つの魂。身体はそれを動かす様には出来てない。元々の宿主は衰弱し〝とり殺され〟、そして憑依していた霊は身体が魂との拒絶反応を起こし消滅する。これが最悪のパターン」

 

「だったら早く探さなきゃ、その子を巻き込んでまで誕生日を祝うことなんてできないよ!」

 

さつきが言うと景虎は静かに答える、

 

「当然だ。さつきさん、一緒に来てくれ。アンタに説得してほしいんだ。とりあえず海まで行くぞ。この辺で海って言ったら〝江ヶ島えがしま〟の海岸だな。凰船駅のモノレールで二十分くらいで着くだろう」

 

「はい、島の方で間違いないです。そこで花火をする約束でした」

 

「待ってください、電車はオススメできません」

 

景虎とさつきが話を進めていると、ソファで地図を広げて作業していた紫苑が呼び止めた。

 

「おそらく、めいさんは……失礼、その少女を取り憑いた『めいさん』だと仮定して説明します。めいさんは恐らく江ヶ島には到着していないかと思います。その体が何歳の子のものか分かりませんが、幼い少女ならモノレールに乗って一人で向かうなんて、そもそも駅員さんに止められるかも知れません。その少女とめいさんの関係性も不明です。運賃もお待ちか定かでないですし」

 

「じゃあ、この辺から歩いて向かったってことかよ。この前やった『魔法陣』で探せないのか?」

 

景虎が聞くと紫苑は「すみません」と頭を下げた。

 

「あれは魂の記録を読み、追うものです。の記録は読めません。先日発動した時の記録を媒介にして試してみようとは思ったのですが、結果は、『さつきさんの家』で止まってしまいました」


紫苑は分かりやすくなるように話を補足した。

 

「つまり、めいさんが少女という〝生きた〟器に入って移動しているならあの魔法は使えないんです。魂は肉体に隠されて追えなくなります。そして、体の方である少女を魔法で探そうにも手がかりがありません。魔法とは必ず対価を払うものです。でも、代わりに、めいさんが少女に取り憑いているのは、ほぼ確実だと思います」

 

 めいの魂を魔法陣で探るのに、「めいの使ってたシャープペンシル」を情報として魔法に組み込んでいた。だが、少女に対してはそれに相当するものがなかった。そもそも誰なのか、本当にめいとは別人なのか、関係性はどうか。全く何も分かっていないのが現状である。

 しかし、今朝現れたはずのめいの魂が全く探れず、あの世にも帰還していない。それは何らかの肉体で隠されているということになり得る。可能性が少しでもあるならば、その謎の少女の無事を確かめねばならない。

 

「とにかく、その少女を探すわよ。もちろん、足でね。カゲトラ、似顔絵用意して」

 

咲耶に指示された景虎は、B5規格のノートを用意した。そしてさつきに聞いた少女の特徴を絵に描いていく。途中でさつきの細かな修正が入りながら、かなり精巧な似顔絵が出来上がった。それを見てさつきは「これです! この子です!」と驚いた。

 

「やるじゃない、カゲトラ。バカと鉛筆は使いようね」

 

「そいつはどうも」

 

景虎は咲耶にそう言われ眉間に皺を寄せる。

 絵の中の少女は幼いながらも目鼻立ちがはっきりしていて賢そうな印象を受けた。この少女にめいが憑依してもうどれくらいか。初めてさつきに声が聞こえたのはもう一週間以上前の事になる。

 

「めいさんの目的は今夜、誕生日を祝うこと。つまり、それまでは少女の体力は持つ筈よ。縁起でもないけど、途中で少女が力尽けばそこでめいさんも拒絶反応で消滅しちゃうからね。そのルールは幽霊のめいさんも分かってるはずよ」

 

今は昼の十一時を回ったところだった。あと十二時間ほど時間がある。

 今夜の零時までにめいと少女を発見し、めいをあの世に送り返さなければ少女も死ぬ事になるだろう。しかし、零時までといっても安心は全くできない。途中で何が起こるかなど分からないからだ。可能な限り早く見つける必要がある。

 

「行くぞ、さつきさん。迷子の幽霊探しだ」


景虎は首を二回鳴らした。

            

         


          

          ◯

 初めて「めい」と会ったのは二年前。少女、夕奈ゆうなは当時六歳。まだ幼稚園児だった。

 夕奈には友達がいなかった。みんな夕奈の家族を怖がって近づかないのだ。子供たち同士では関係ないかも知れないが、その親たちがそれを許さなかった。

 この日も夕奈は付き人と共に近くの公園に遊びに来ていた。一緒に来た付き人は、公園に来ていた親子や子供たちを威圧して帰らせていく。彼は新しく家族に入ったらしく「若いモン」と祖父が言っていた。一見、夕奈には優しく振る舞うが、いつも眉間に皺を寄せていて怒っている様に見えた。

 結局、今日も一人で砂場遊びをすることになった。寂しかったが、夕奈は文句の一つも言わなかった。両親は他界し、今は祖父が唯一の肉親だ。だが祖父は仕事で忙しい。それは幼い夕奈にもよく分かっていた。だから我慢していた。しかし、その我慢のせいで夕奈は6歳にして孤独を感じていたのだった。

 

 公園に来てからは砂場で一人、砂のお城を作っていた。するとしばらくして、少し離れた場所で暇そうにしていた付き人の「若いモン」が、照れ笑いをしながら夕奈に近づいて来た。


「へへ、すみません、夕奈さん。ちょっとタバコ吸ってきて良いすか?」

 

夕奈は小さく「いいよ」と言った。駄目だなんて言えない。本当はそのタバコとかいうのより、一緒に遊んでほしかったのだが、それももちろん黙っておいた。

 すると「若いモン」はそそくさとタバコを吸いに公園を出てどこかに行ってしまった。夕奈は知らないことだが、この時の彼はサボりに出かけただけだった。彼は子供が嫌いだったが、下っ端だったので上に指示された仕事をしているのだ。夕奈のお守りもそうであった。

 

 夕奈は一人になった。昼下がり、誰もいない公園で砂のお城を作っていく。そして、およそ城には見えない不恰好さだったが、砂のお城は完成を迎えた。その達成感は幼い夕奈を少しの幸福で包んだ。そして、それが「めい」と出会うきっかけとなる。

 

「それお城? 上手だね」

 

夕奈はどきりとした。いつの間にか目の前に制服姿の知らない女の人がいる。慌てて辺りを見渡す。だが、例の「若いモン」はいない。夕奈は困った。知らない人に話しかけられても答えちゃいけないと教わっていた。だが、その女の人はそんな事はお構いなしだった。

 

「君さ、なんて名前? わたしはめい。高校一年生」

 

「あ、えっと……ゆうな」

 

夕奈は咄嗟に自分の名前を伝えた。そこから打ち解けるまではあっという間だった。めいは夕奈のお城を褒める。夕奈は嬉しくなってたくさん話す。自分よりも大人と話すこと、話したい事をとても興味深く聞いてくれること、夕奈にとってこれらは初めての経験だった。

 

「めいちゃんは、ここに何しにきたの? ゆうなみたいに遊びにきたの?」

 

気づけば砂場遊びを二人でやっていた。砂のお城は先程の二倍の規模になっている。めいは砂のついた手を軽くはたきながら答えた。

 

「学校の帰りだよ。この後塾なんだけど、私は部活やってないから二時間どっかで時間潰さないといけないんだよ。さつきは部活やってるからね。ああ、じゃあ遊びにきたってことか」

 

めいと夕奈は二人で笑い合った。そして、夕日が差した頃にめいは塾に行くと言って立ち上がった。


「じゃあね、夕奈ちゃん。超楽しかったよ。私はそろそろ塾行かなきゃ」


夕奈は行ってほしくなかった。だが、それを言ったらお姉さんが困るとも分かっている。だから黙ってしまった。感情が溢れて幼い夕奈には処理し切れないほどだった。めいは夕奈の頭を少し撫でてから優しく言った。

 

「また遊びにくるよ。私、週三日で塾行くからさ。学校の帰りにこの公園のぞくよ。で、夕奈ちゃんいたらまた必ず声かける。その時は一緒に遊ぼ」

 

「うん、ありがとう。めいちゃん!」

 

また夕奈の感情が溢れた。まだこの時の夕奈には形容できなかったが、これは憧れや、好意や、感謝などたくさんの気持ちが集まってできたものだと、後に夕奈は理解するのだった。

 

 それからは度々、夕奈とめいは「秘密の友達」として何度も公園で遊んだ。少なくとも夕奈にとってはそうだった。

 若い付き人はいつもサボってどこかに行ってしまうので、その隙にめいはやってきて遊んでくれる。そして付き人が帰ってくる頃になると、さっと隠れる様に帰るのだ。

 いろんな話をした。めいにはさつきという双子の姉がいること、夕奈の家は大きくて、大人がたくさんいること、祖父はとても偉くて優しいのだと自慢したこと。一人きりで遊んでいた夕奈にとって、めいとの時間は心の満たされる唯一の時間となっていた。夕奈はもう寂しくなかった。いつの間にか、家でもよく笑うようになっていた。

 二人で遊ぶようになってからもう半年近く経った頃だった。季節は秋になっていた。

 

「私、もう少しで誕生日なんだよね」

 

めいがふとそう言った。夕奈は「いいね」と笑い返した。するとめいも笑って、少しだけいたずらっぽい顔を作った。

 

「フッフッフ、実は計画があるのだ。二年後の十八歳の誕生日の夜に、海でさつきと花火するんだよ。高校生活最後の誕生日だからね」

 

「とってもいいね! ゆうなも行きたいよ」

 

「もちろん、行こうよ夕奈ちゃんも! 夕奈ちゃんのお家の人にお願いして、二年後なら夕奈ちゃんも今よりお姉さんだし、しっかり準備してさ。その時は一緒に祝ってくれる?」

 

夕奈は嬉しくて自然に笑みが溢れた。大好きなお姉さんの誕生日をお祝いしたいと思い、夕奈は元気よく「もちろん」と返事をしたのだった。それを聞いてめいは満足したのか、よしっと呟いて砂場から出た。

 

「じゃあ、今日はそろそろ行くね。実は学校でさあ、さつきと喧嘩しちゃったんだよねえ。早めに塾行って待ち伏せして謝らないと……」

 

「大丈夫だよ、仲直りできるよ」

 

夕奈は笑いかけた。するといつも通りめいは笑い返してくれる。

 そして、二人はいつもの通り「ばいばい、またね」と手を振り合って別れた。

 

 しかし、めいが公園を訪れることはその後、二度と無かった。

 


  


────その⑤につづく

          

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