「バースデー・カクレンボ」その②

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 先月の事だった。さつきが放課後一人で帰路についているときにそれは起こった。閑静な住宅街で人は他にいない。

 

「来月はお誕生日だね、さつき」

 

「だねー……」

 

 さつきはスマートフォンを触っていてそれに夢中だった。なので空返事をした。が、返事をしてからはっとした。今のは誰が話しかけた? そして誰に返事したのか? さつきは全身に鳥肌が立つのを感じた。身の毛がよだつとはこの事かも知れない。すぐに立ち止まって辺りを見渡した。だが、誰もいない。

 ────。



「その日はそれだけでした」

 

 さつきは少し怯えた様にそう語った。

 「幻聴だろう」。警察に行ったら心療内科を勧められるところだ。だが、ここは『八咫超常現象研究所』。こういった不思議な、所謂オカルトを扱う便利屋なので信じる他ない。「死んだはずの妹の声が聞こえる」。これは事実である、という前提で話を聞かなければならない。所長の咲耶は先を促した。

 

「なるほど。という事は、その妹さんの〝声〟は一回だけではなかったのですね?」

 

 さつきは小さくうなづき、続きを話した。

 

「声、というか……。そうです。一回ではありませんでした。次は出てきたんです」

 ────。



 〝声〟が聞こえてから一週間後くらいのことだった。もう先日の妹の声のことは忘れかけていた。だが聞き間違いではなかったとすぐに確信することになる。

 夕方、学校から帰宅後、さつきは塾へ出かけようとした。自宅を出て門を閉めた時に再びそれは起こった。

 

「ねえ、さつき。もうすぐ誕生日でしょ?」

 

 さつきはまた全身にぞわっとする感覚がした。すぐに振り返る。しかし、妹のめいはいない。だが、同時に小さな女の子が家の前の通りを走り去った。さつきは目を見開く。すぐに家の前の道路に飛び出して少女の姿を追った。丁度道の角を折れるところだった。さつきは叫ぶ。

 

「待って、めい! 今のはあなたでしょ! 待って!」

 

 さつきは走って女の子を追いかけた。女の子と同じようにさつきも角を曲がる。しかし、その視界の先に女の子はいなかった。

 ────。




「じゃあその子が妹のめいさんだって言うことか? で、その子を探してほしいと?」

 

 景虎は聞いてみた。さつきは小さくうなづく。確かに、状況的にはその「女の子」が妹のめいだと思うのが普通だろう。あくまで、めいが現れたのを事実と仮定した場合ではあるが。

 ここまで黙って話を聞いていた所長の咲耶は「では、こちらの見解ですが」と始めた。

 

「さつきさんの話が全て事実だと仮定します。もちろん全面的に信じているのでそこはご安心を」

 

「はい、聞かせてください。あれは、めいなのでしょうか。探し出せるのでしょうか……」

 

 さつきは一仕事終えた様な表情で咲耶の言葉を待った。咲耶はうなづくと話を続けた。

 

「まず、その少女がめいさんかどうか、それは分かりません。声はめいさんだとしても、その子は本当に通りすがりの無関係の子かもしれません。だから〝めい〟と声をかけられても反応がなく、走り去ってしまった……。こう考えられます。そして、次に。めいさんを探せるのかどうか、ですが──」

 

 さつきは食い入る様に前のめりで話を聞いている。咲耶はゆっくり、出来るだけ分かりやすくなるよう説明を始めた。

 

「『探せます』。ですが、さつきさん、アナタをめいさんにお会いさせることは出来ません」

 

「探せる」と聞いて表情を明るくしたさつきは次の「合わせられない」という言葉に落胆した。

 

「そんな、どうしてですか!」

 

「それは〝ルール〟があるからです」

 

 この世界には天国も地獄もあの世もこの世も実在する。すなわち死後の世界は存在し、死者はそこへ導かれる。死は終わりではなく、転生に繋がる。本当の意味での永遠である。そしていつかは極楽に繋がる、と咲耶は先代所長である父からこの仕事を継ぐ時、それを最初に教わった。

 あの世の幽霊からはこの世にやって来ることは出来るが、それも〝ある理由〟から制限がある。

 そこで明確な〝ルール〟ができた。それは生者と死者が互いに感知し、会うこと、生活することは禁止だという事。咲耶はそのままをさつきに告げた。

 

「もし私たちが自由自在に亡くなった人を召喚して依頼人に会わせる事が出来たらどうです? 今ごろ億万長者ですよ。ですが見てください。我々は貧乏人です」

 

「ルールなのは分かりました。でも何故会ったらダメなんですか? 幽霊を見つけられるんですよね!」

 

「ごっちゃになるからだよ。そもそも姿も見えないしな」


 興奮気味のさつきの質問には景虎が答えた。

 死は終わりではなく輪廻転生。次の人生を待つ期間なのだ。もし、あの世とこの世。その境目が曖昧ならそれは「死んでいるのか?」それとも「生きているのか?」その定義が揺らぐ事になる。二つの世界は基本的に繋がってはいけないのだ。

 

「〝お隣の旦那さん亡くなったらしいわよ。ああ、だからしばらく見かけなかったのね。でも幽霊になって帰って来たみたいよ。今日も奥さんと一緒、元気に早朝ランニングされているわよ。今夜から旅行にも行くんですって。〟……どう思う? おかしいと思いませんか。いや、おかしいと思わないといけない。死ぬことは引っ越しじゃねえんだぞ」

 

「少し、ほんの少し会いたいだけなんです。少し話せればそれでいいのに……!」

 

 さつきはまた俯いてしまった。啜り泣く声が聞こえる。すると景虎は咲耶に拳で肩を小突かれた。まるで「あんたのせいよ」とでも言わんばかりだ。

 

「所長さん、何とかなりませんか?」

 

 ソファの横で立って話を聞いていた紫苑は、祈る様な眼差しで咲耶と景虎を見ていた。さつきを哀れに思って心を痛めている様だった。そんな綺麗な瞳で懇願されたらこちらも心が痛む。

 

「だから、何も出来ないわけじゃないんだってば。探せるって言ったでしょ」

 

 咲耶はやれやれといった風にそう言うと、さつきにまた語りかけた。

 

「会わせてはあげられません。ですが、めいさんがこの世、つまり『現世』に滞在していた痕跡を探す事ができます。それで手を打っては頂けませんか? 調べた結果、現世に来ていたなら、さつきさんが聞いた〝声〟はめいさんの可能性が高い。これで勘弁して下さい。ダメですかね? これも結構凄い事ですよ?」

 

 さつきは鼻を啜ってから深呼吸した。そしてまた前を向く。

 

「はい。それで、お願いできますか? わがまま言ってごめんなさい。──でも、こちらに来てたなら、私に会いたかったのかなあ」

 

 さつきは自分の右手側にある研究所の窓の外を眺めた。遠くを見るその目はどこか研究所メンバーに罪悪感すら抱かせる。景虎はわざとやってんのかこいつ。と思った。

 

 この時、研究所メンバーはさつきの語った謎の女の子のことなどすっかり忘れていた。

 

とにかく、八咫超常現象研究所は依頼を受領した。




────その③に続く



          

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