第168話 甬道と砦造り
馬超の襲撃に合いながらも、何とか黄河を渡河し終えた曹操だが、今度は兵糧の輸送に頭を悩ませた。
今回の遠征、兵糧の確保で頼りとしたのが、
その他の地域は、馬超の威勢に動揺し、まったくあてにならないのだ。
しかし、河東郡からでは、長安を攻めることを考えれば糧道が伸びすぎてしまう。
しかも黄河をいちいち渡らなければならないとなると、そこを馬超に狙われたら、一巻の終わりだ。
曹操としては、その点を何としても改善しなければならない。
一日でも早く長安を目指したい曹操だが、そういう理由で蒲阪津からなかなか動くことができないのだった。
その間、渭水を渡って来た馬超の奇襲を何度か受ける。
渭水は、支流のため黄河ほどの大きさではないが、それなりに水深も川幅もあった。
こうも簡単に行き来できるのは、彼らしか知らない浅瀬がどこかに存在するのかもしれない。
となると、やはり安全な糧道の確保は重要な問題と考えざるをえなかった。
「
それは賈詡の提案である。甬道とは、道の両側に遮蔽となる壁を作って、外から中を見せないようにする道のことであり、そもそも天子などみだりに姿を見せることができない人が通るための廊下を示す。
その甬道を戦に用いたのが、漢の高祖・劉邦だった。
賈詡は、その甬道を用いて、糧道を確保しようと言うのだ。
「しかし、ここの地の土は悪い。土壁を作るのは難しいのではないか?」
曹操が疑念を抱くように、黄河より西のこの地は、土壌に多くの砂が多く含まれており、土塁の類を築くのも難しい。
「その点につきましては、甬道を黄河沿いに作っていきますれば、水分を含んだ土を利用できるかと」
大河付近であれば、賈詡の言う通り、多少は使いやすい土もあるだろうが、それでも困難なように曹操は思えた。
馬超がただ手をこまねいて、甬道作りを黙って許すとも考えられない。
妨害が入れば、せっかく作った土壁も、一から作り直しとなるだろう。
だが、賈詡は自信満々の笑みを浮かべていた。
「土壁を作るのは片方だけで十分、しかも高さは、それほど積み上げなくても結構です」
「もう片方は、どうする?」
「兵糧の輸送に使った荷車を使います」
賈詡の説明では、西涼兵は水上戦を得意としていないため、黄河から攻めてくることは、まずないという。
念のために、そちら側にも土壁を作るが、高さは通常の半分程度で十分だと断言した。
問題は、陸地側だが、そこには河東郡から蒲阪津の陣まで兵糧を運んだ時に使用した荷車を代用するというのでる。
三十万人分の食糧を運んだ荷車。その数は相当なものだった。
その荷車を、丁度、馬が通れない間隔で横倒しにし、壁代わりとする。
すでに食料は運搬し終えて貯蔵庫で保管しているため、戦地へ運ぶ用の荷車だけ残せばいいのだ。
そう考えると、材料は揃っている。かなりの距離の甬道を作ることが可能になるはずだ。
問題の防衛能力だが、騎馬を下りれば、糧道に攻め入ることができるかもしれない。しかし、馬超軍は騎馬隊のみで構成されていた。
長所の機動力を捨ててまで、甬道の中に攻め入るとは考えにくい。
後は火矢による攻撃だが、隣は黄河。
火消しに使う水は大量にある。あまり効果的な攻撃にはならないだろう。
そこまでの説明を聞くと、曹操の疑念は晴れる。
早速、甬道作りを指示した。
曹操は、甬道を作成しながら、少しずつ陣を動かしていく。
その間、何度か夜襲を受けるが、逆に穴による罠に嵌めて撃退したこともあり、一進一退を繰り返しながら、長安に近づいていった。
ついに
正直、黄河を渡ることに比べたら、渭水を渡ることは、それほど難しくないと感じた。
ただ、厄介なのは、あの西涼軍の桁外れな攻撃力である。
騎馬隊の突破力を何とかしないと、渡河に成功しても戦場を支配することはできないのだ。
「まず強固な砦を対岸に築く必要があります」
「それが簡単ではないから、悩んでいるのだろう」
この土地の土の問題もある。馬超率いる騎馬隊の高い攻撃力を防ぐのだ。そのためには、かなり頑丈な造りの砦が必要になる。
そんな砦を造る時間を与えてくれるほど、戦に疎い相手ではなかった。
ところが、賈詡は悪そうな笑顔を浮かべて、ある作戦を曹操に提案する。
「ようは砦を築くだけの時間をつくればいいのです」
「どうやって?」
「砦造りに目がいかぬほどの囮を使えばいいのです」
ニヤリと笑った後、賈詡は説明を続けた。
作戦は、至って単純である。
まず、先発隊がどんな犠牲を払ってでも渡河を成功させ、続いて、敵本陣近くで戦闘を行うのだ。
先発隊が敵を引き寄せている間に第二陣が、急いで渡河し強固な砦を造るというものである。
先発隊が粘るのは七日という目算だった。
しかし、関中十部の気を先発隊で、そこまで引き付けることができるだろうか?
その一番の問題に賈詡は、大胆な発言をする。
「囮には丞相自身がなっていただきます」
この発言には諸将がどよめく。先陣を切っての渡河だけでも危険だというのに、更に敵本陣近くで、囮になるなど考えられなかった。
この作戦を止める者が多く出る中、突然、曹操が笑い出す。
「ようやくらしくなってきたな、文和。宛城の頃のお前を思い出したぞ」
曹操の配下になってから、賈詡は荀彧の影響だろうか品行方正、砕けた言い方をすればいい子ちゃんになっていた。
だが、曹操が彼を気に入っていたのは、宛城において曹操を殺す直前まで、追いつめた狡猾さである。
それが暫く鳴りを潜めていたのだが、ここに来て本領を発揮しだした。
これも唯才是挙の影響かもしれない。
「お褒めいただいたということは、実行でよろしいのですか?」
「構わない。但し、七日ではなく五日で砦を完成させろ。私が命を賭けるのだ、砦造りも死に物狂いで頑張ってもらう」
「承知いたしました」
翌日、先発隊を選出して曹操は渭水を渡った。
曹操の周りには許褚、張遼、張郃、徐晃と現在、考え得る最高の布陣で臨む。
各将、曹操を死なせまいと必死に対岸から飛んでくる矢を防ぎ、何とか渡り切ったところで、陣形を整えた。
そこから、敵本陣に向けて、進軍を開始する。
許褚などは、肩と背に矢を受けながらも、気にする素振りなく突進して行った。
その気迫に西涼兵はたじろぐのである。
また、鬼気迫る戦いをするのは、許褚だけではなかった。
張遼も張郃も徐晃も、同様のため、いつもの曹操軍とは違う感じ取った関中十部は警戒を強める。
そして、『帥』の旗を認めると、曹操軍が一大決戦に挑みに来たのだと勘違いを起こした。
「曹操、ついにその首を差出す気になったか?意気やよし。その首、俺がもらい受ける」
「馬騰の倅、お前の父は、それが出来ぬと判断して私についた。さて、父に出来ぬことをお前ができるかな?」
「やってみるさ」
曹操軍と関中十部が渭水の南で激突する。
馬超と許褚、龐徳と張遼が、それぞれ一騎打ちを開始した。
闘いは、いずれも互角である。その中、隙をついて侯選、張横、馬玩らが兵を率いて曹操本隊をついた。
張郃、徐晃が応戦するも、やはり野戦は主力が騎馬隊で構成されている敵の方に分がある。
圧されながらも何とか持ちこたえるのが精一杯だった。
正直、五日という刻限がなければ、頑張る気にはならなかったかもしれない。
とはいえ、まともに相手をしていては、その五日も危うかった。
荀攸や曹操が必死に策を巡らし、時には伏兵、時には疑兵の計を使い、正面から戦うのではなく、相手をいなすような戦法で、何とか粘りをみせる。
関中十部の面々も決戦を行うはずが、どうも煮え切らないような曹操の戦法に焦れだすと、統率にも乱れが生じてきた。
こうなるとしたたかな戦いでは、曹操に一日の長がある。相手の隙をついて、戦闘を五分の展開にまで、持っていくのだった。
そして、とうとう刻限の五日を乗り切ったのである。
曹操は、機を見計らって、兵をまとめて退却を始めた。
突然の行動の変化に驚くが、何か相手に変事が起きたのかもしれないと、馬超らはひたすら、後を追う。
すると、ついこの前まではなかったはずの砦が視界に入った。
渭水の畔に面した、この砦。急造とは思えぬほど、強固な造りであることは一目でわかる。
曹操軍の不可思議な戦闘は、この砦を造るための時間稼ぎと、やっと気付くが、もう遅かった。
「馬超よ。確かに野戦でのお前らの強さは認めよう。だが、この砦が出来たからには、自慢の攻撃力は、もう通用しないぞ」
「ふん。ならば、この砦を奪うまでよ」
馬超は砦奪取のために攻撃を仕かけるが、賈詡が考案して造った砦。
騎馬隊の動きを封じるように、矢の攻撃の射線が飛び交う。迂闊に近づくこともできなかった。
野戦を嫌う曹操と、攻撃をすることができない馬超。
戦は膠着状態が続き、しばらく睨み合いだけの日々となる。
このまま、いたずらに時だけが過ぎていくのだった。
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