第156話 江陵の戦い、参戦
荊州四郡を制圧した劉備は、一旦、夏口に戻っていた。
その劉備のもとに周瑜からの使者が来訪し、援軍を求められる。
使者を待たせると、劉備は諸将にどうすべきか確認をとった。
それにしても、改めて見渡すと並んでいる家臣たちの面々は、壮観の一言に尽きる。
劉備の左右に諸葛亮と龐統が立ち並び、簡雍、麋竺、孫乾、馬良と続いていった。
目の前には、関羽、張飛、趙雲、陳到、黄忠、魏延が膝を折って、劉備の下知を待っている。
ここまで、豪華な顔ぶれになるとは、ついこの前まで、曹操に追われて逃亡生活をしていたことを考えれば、夢のようであった。
「我が君、周瑜殿に援軍を出すべきかと存じます」
「それで、間違いないでしょう」
諸葛亮と龐統の言葉で、現実に戻された劉備は慌てて頷く。
その様子に簡雍は、やれやれという仕草を見せた。
「どうせ、夢でも見ていたのでしょう」
「夢なら、覚めないでほしいくらいだ」
劉備と簡雍の掛け合いは、とりあえず置いておいて、現実の問題に戻すと、両軍師は援軍を出すことで意見が一致している。
それだけで、ほぼ決定なのだが、一応、理由だけは尋ねた。
「荊州の勢力内に孫権もいてもらわないと、我らだけに風当たりが強く当たります」
「そういうこと。もう少し、我らに力があれば、それでも構わないんだが、今は、まだ時期尚早というところだね」
両軍師の意見を聞いて、皆、納得する。それでは、次に誰を派遣するかだった。
荊州南部の四郡を制して、日が浅い。
それに郡の隅々まで制したわけではないため、全軍こぞってというわけにはいかないのだ。
「ここは関羽将軍、張飛将軍にお任せしましょう。あとは、士元が同行すれば万全かと思われます」
「それでいいかい?」
劉備は龐統に確認を取ると黙って頷く。どうも二人で打合せ済みのようだ。
「それでは、関羽将軍、張飛将軍は、それぞれ兵五千を率いて、江陵に向かって下さい。詳しい戦略は、龐統軍師に従うように」
「はっ」
「おぅ」
関羽と張飛は、早速、出陣の準備にとりかかる。
見送る諸葛亮や趙雲も新しい領内の巡察に行かねばならず、黄忠、魏延については、制圧していない県を順次、回っていくと大変忙しいのだ。
慌しいなか、伏竜と鳳雛は短い言葉で、お互いの健闘を祈る。
「士元、頼みましたよ」
「任せてくれ。孔明ちゃんも、まだまだ、領内が安定しているわけじゃない」
「ええ。趙雲将軍とともに行動しますので、滅多なことはないと思いますが、気を付けます」
二人は別れると、それぞれの任務のために動き出した。
今回、劉備の元には陳到だけが残り、遊撃隊として何かあったときに対応をする。
その辺は、馬良、馬謖の兄弟が諸葛亮とよく打ち合わせていたようなので、心配はしていない。
「周瑜殿に、これから支援に向かうと伝えてくれ」
劉備は待たせていた使者に救援の承諾をすると、残った諸将にも声をかけた。
「曹操本人が荊州、揚州にいる間は、何が起きても不思議じゃない。各々、不測の事態にはすぐ動けるよう準備だけは、怠らないでくれ」
「おお」という歓声に近い返答が聞こえると、劉備は満足するのだった。
「お初にお目にかかります。周瑜殿。劉備軍軍師の龐統士元です」
江陵の周瑜の陣に関羽、張飛とともに到着すると、龐統は早速、挨拶をする。
てっきり、諸葛亮が来るとばかり思っていた周瑜は、代わりに龐統が来たことに二重に驚いた。
諸葛亮に続いて、荊州の名士、龐統も劉備についたとなれば、十分に警戒に値する出来事なのである。
正直、周瑜は諸葛亮のことは知らなかったが、龐統については、以前から、高名を承っていた。
それは従父の龐徳公が荊州の名士として有名だったこともあったが、龐統自身も若いころから、俊才との名声を得ていたことによる。
龐統の参戦は、将来的には用心しなければならない事案だが、今の病み上がりの周瑜としては、実に頼もしい助っ人が来たと言えた。
「龐統殿、この先、江陵を落とすにどのような戦略をとればいいか、よい知恵はあるだろうか?」
指名を受けた龐統は、地図に駒を並べながら、江陵を落とす作戦を説明する。
「こちらが有利となる状況を作るのが、最良ですな」
「というと、どうすればいいのだろうか?」
周瑜の質問を受けると、地図上の一点、当陽県を指さした。
今回の戦の重要地点だと、龐統は話す。
「まず、邪魔な満寵を封じるために、張飛将軍に当陽県から背後をついてもらいます。すると、次に襄陽城から楽進が出て来るはずなので、当陽県の北の地で関羽将軍に止めてもらいます」
「なるほど。それで満寵の圧力が減った甘寧将軍と我らで、江陵を落とすわけか」
「ええ、そうです。それと戦地を当陽県とすることで、江陵と襄陽城の間の道を封鎖することになります。ついでに言うと、曹仁の糧道も断つ効果があることでしょう」
この策に納得する周瑜だったが、龐統の説明は、まだ終わらなかった。
糧道を断つことで、曹仁は退却を決意するはずだと告げる。
そう簡単にいくかと疑問に思う者もいたが、名将曹仁であれば余力がある内に退却を選択すると、龐統は断言するのだ。
「すると、これまで、兵を温存している徐晃が退却の露払いをするはずです。そこに汝南の
「では、どうする?」
「満寵が単独で張飛将軍に対抗するのは難しく、きっと楽進との合流を目指すはずです。そこを張飛将軍が追いかけて行き、関羽将軍と共闘してもらいます」
龐統は地図上で、駒をせわしなく動かす。
説明を受けている者は、周瑜以外、話についていけなくなってきた。
一体、何手、先まで読んでいるというのだろうかと疑問が湧いてしまう。
「ここで、周瑜殿は江陵制圧に専念してもらい、甘寧殿、呂蒙殿に曹仁を追いかる役をお願いしたいと思います」
「了解した。これで曹仁を討つわけだな」
「そうですね。そうなることが最上と思われます」
ようやく長い説明が終わったのだが、実は肝心の説明を龐統は行っていなかった。
それは、結局、曹仁を討つことができないということである。
だが、そのことを話すと、討つために策略を考えねばならず、そうなると必然的に劉備側の兵の損失が大きくなるのだ。
この戦では、そこまでする気はない。
それに、今回は江陵県を落とすだけで、戦果としては十分。
周瑜には、それで納得してもらおうと思っている。
龐統は、関羽と張飛にだけ、追加の作戦を伝えて、戦の準備を進めるのだった。
不測の事態に備えて夏口で待機している劉備だったが、本当に不測の事態が起きるとは想像もしていなかった。
何が起きたかというと揚州廬江郡から数万の兵を率いて
雷緒は、前揚州刺史の劉馥に仕えていた旧袁術の配下だった。
袁術と戦ったことがある劉備からすれば、戦場で相まみえたことはあっても、旧交を温めようというような友好的な関係性では、けしてないと思っている。
曹操から、冷遇を受けているという噂もないため、劉備を訪ねて来たのが、不思議でならなかった。
「今回は、俺のところに来たってのは、何かあったのかい?」
「劉馥の旦那が亡くなっちまって、俺たちの立場が不安定になったのが大きな要因です」
詳しく聞くと、赤壁の敗戦で、旧袁紹配下の将たちは、ことごとく捨て駒に使われたという。
そのことを置き換えて考えてみると、旧袁術の配下の自分たちも同じではないかと不安になったらしい。
劉馥が存命であれば、彼が盾となって庇護してくれることに疑いはなかったが、頼みの綱を失った雷緒としては、おちおち曹操の下にいられなくなったということだ。
「俺だって、厳しく扱うかもしれないぜ?」
「失礼ながら、下調べはさせていただいてます。・・・それに足手まといの民を見捨てず、一緒に退却した御仁であれば、疑う余地はありません」
「あ、そう」
そこまで言われて、見捨てるのは、どうも寝覚めが悪い。
劉備は雷緒を受け入れると約束した。目に見えて、ホッとした表情を表すのである。
そして、続いて言いづらそうだったが、雷緒は意を決して相談を持ちかけてきた。
「配下に加えてもらったばかりで、心苦しいですが、食糧と怪我人の治療をお願いしたいのですが・・・」
「怪我人ってのは、どういうことだい?」
劉備に帰順するために廬江を出発した雷緒だが、鼻の利く夏侯淵が、その行動に気づき、攻撃を加えてきたらしい。
とすると、数万の軍を引き連れたといっても大半は怪我人で、戦力の上積みは、あまり見込めないかもしれない。
後出しの情報で、雷緒は心苦しかったようだが、劉備は気にしなかった。
「そうか、大変だったな。うちにも鼻の利く奴が一人いる。今頃、手配しているところだと思うから、安心しな」
すると、劉備の言葉が終わるやいなや簡雍がやって来る。
「大将、怪我人の移動と食事の手配、済みましたよ」
「ああ、分かった。・・・なっ」
最後は雷緒に話した言葉だった。素早い手配に、驚きと感謝の気持ちが同時に湧き上がる。
「これからは、俺たちは仲間だ。ひとまず、ゆっくりと休んでくれ」
そういう劉備を見上げる雷緒は、目を疑った。
一瞬、劉馥と劉備が重なって見えたのである。
あのような人物には、二度と御目にかかれないと思っていた雷緒は、回顧の念が催された。
「同じ劉姓だ。どこかでつながりがあったのかもな」
冗談めかして言う劉備だったが、雷緒は、再び得た主を今度こそ離さず、一生、ついて行くと誓うのだった。
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