第152話 関羽の復帰
武陵制圧の報を泉陵城で聞いた劉備は、趙雲、張飛の活躍を喜んだ。それと同時に、複雑な思いも胸中をよぎる。
それは、夏口で留守を預かる関羽の心情を
弟分、二人の活躍を嬉しく思う反面、自分の不甲斐なさを責めているに違いない。
やはり劉備は、慶事の喜びは皆で分かち合いたいと考えた。
「孔明。少々早いかもしれないが、雲長の謹慎を解きたいと思う。どうだろうか?」
「我が君の思うがままで、結構です」
諸葛亮も関羽の謹慎解除を必要以上に先延ばしする気はない。
若干、早いというのは、確かに否めないが残りの長沙攻めを関羽に任せるというのは、悪い考えではなかった。
「分かった。それでは、雲長を呼び寄せる。代わりに益徳に夏口を守ってもらおう」
「よろしいかと存じます」
武陵郡に陳到が入り、代わって張飛が泉陵城へ召還される。
攻め落としたばかりの城から呼び戻された張飛は、何事が起きたかと警戒をしたが、劉備の意図を知ると大いに喜んだ。
「関兄にも手柄を立てる機会を与えてくれるってんなら、喜んで夏口に行くぜ」
「すまないが、頼む」
張飛は、早速、関羽と入れ替わるために夏口へと向かう。
次兄の気持ちを考えると、自然とその足取りは早くなるのだった。
「ふぁーあ」
夏口で、小役人に扮装していた龐統は、大きなあくびをする。
劉備の出陣に同行せず、関羽と同じく、この地に留まっていたのだが、どうも暇で仕方がないのだ。
遊び心で正体を隠したことを、龐統にしては珍しく失敗だったかと悔やむ。
下手に名を伏せたがため、諸葛亮に近づくわけにもいかず、四郡攻めには同行しなかった。
結果、今の現状となるが、正直、留守を預かるのは、この男の性分には合わない。
いっそ、この城を去って、どこかに逐電でもするかとも真剣に考えた。その矢先、張飛と入れ替わって関羽が、長沙攻めをするという情報が舞い降りる。
これに参加しない手はないと考えた龐統は、どうにか関羽が編成する軍勢の中に紛れ込むように手筈を整えるのだった。
張飛や趙雲とは新野城の戦いで会っているが、幸い、関羽とは面識がない。
身元、素性がばれることなく近づくことができるはずだ。
すると、龐統の目論見が奏功する。関羽が出陣する部隊の最後尾に龐統の姿を見ることができるのだった。
『さて、劉皇叔を見定めようと思い加わったが、関羽将軍の実力を先に図っておきましょうかね』
城に閉じ困っていた
これから戦地に行くというのに、鼻歌でも歌いだしそうな男に関羽隊の者は不審がるのだった。
ただ、新顔のこの男の態度があまりにも堂々としているため、誰も問いかけることができずにいる。
もしかしたら、家中で身分高い方の親戚かもしれないと勘ぐるのだ。
皆、一様に触らぬ神に祟りなしを決め込むが、龐統の方は黙っていない。
ぐいぐい、下級兵たちに話しかけると、初め距離を取っていた者たちも次第に打ち解けていった。
龐統は頭の回転が速く弁もたつため、人心掌握には長けているのである。
関羽は行軍中、軍の士気がやけに高いことが気になったが、特段、悪いことではない。
そのまま泉陵城へと向かうのだった。
関羽は泉陵城に、一人、登城すると劉備に深々と頭を下げた。
「こんなに早く、前戦に戻していただき、感謝を伝る言葉が見つかりません」
「必ず、挽回の機会を与えるって約束しただろ。期待しているぞ」
劉備の目には関羽が、前より若干、痩せているように映る。しかし、内に秘める活力や佇む雰囲気から受ける威圧感は、数段増しているように思えた。
不本意ながら得た休息により、彼の屈強な精神は研ぎ澄まされ、強靭な肉体は、更に強みを増したようである。
これであれば、心配はなさそうだ。
「兵、三千をもって長沙を落としてくれ」
「長兄、お言葉ですが、我が手勢五百で十分です」
関羽が意固地になっているのかと劉備は、心配するが、関羽がその理由を解き明かす。
「前回、私は失敗しました。その時の仲間とともに再起を図りたいのです」
そう言われると、劉備も関羽の意気を認めるしかなかった。
「分かった。雲長、お前に全て任せる」
関羽が再び、劉備に頭を下げる。
「関羽将軍のことですから、同じ過ちを繰り返すことはないと思いますが、長沙攻めにあたって、二点だけ注意して下さい」
「承知した。その二点とは、何であろうか?」
「まず、一点目ですが、太守
関羽は黄忠という名を胸に刻んだ。諸葛亮からの追加情報では、弓の名手でもあるという。
まぁ、そのことを事前に知っていれば、対処はできるだろう。
「では、二点目は?」
「曹操の元から、劉巴という新たな知者が長沙郡の
「劉巴とは、どのような人物か?」
関羽は劉巴なる人物のことを知らなかった。
旧劉表の家臣にも、そのような名の人物はいなかったと記憶する。
それもそのはず。劉巴は荊州に住みながら、劉表の招聘にはずっと応じずにいた人物なのだ。
劉表を自分が仕える主君として、不十分であると考えていたのである。
その点、諸葛亮と共通する部分があった。
もしや、劉巴の実力が諸葛亮と比肩するとなれば、厳しい相手になるかもしれない。関羽の胸中を騒めかせた。
「荊州で数回、会ったことがありますが、その時の印象は冷静で発想が鋭いと記憶しています。相当の知者と思って相対して下さい」
「承知した」
関羽は頷くも、やや硬い表情となる。ただ、困難に向かって躊躇するような顔ではなく、やりがいを見出したような強い意志、決意を固めた表情だった。
「あと、関平殿と周倉殿は、関羽将軍の隊に戻します。この点は、ご承知ください」
関羽の謹慎に伴って、二人は諸葛亮預かりの将となっていたが、この一戦から関羽の隊に復帰させることを告げる。
その件、異論なく関羽は了承するのだった。
関羽が去ると、劉備は諸葛亮に確認をする。
「孔明の話を聞いたら、やはり、五百は少ないような気がしてきたが、大丈夫だろうか?」
「ご心配しなくても大丈夫です。実は、劉巴を上回る知者が、今、関羽将軍の傍にいるのです」
「ん?何だ、それは初耳だが、本当か?」
諸葛亮は笑って頷くのみで、それ以上は詳しく話すことをしなかった。
実は、諸葛亮は龐統が夏口にいることを事前に知っていたのである。
というのも、配下に加わった向朗が時を置いて、諸葛亮に教えてくれていたのだ。
ただ、龐統自身、名乗る気が、まだないようなので、詳しい話を劉備にすることは避けなければならない。
龐統の性格を考えると、彼の方から歩み寄ってくるのを待たないと、本来の力を発揮してくれない可能性があるからだ。
そのため、龐統が劉備に仕えようと本気で思ってくれるのを待つ間、存在は明かさない方がいいと、そっとしておいたのである。
但し、龐統の動向を探る人だけは、常に配置していた。
今回、その者から、関羽隊に参加しているのを聞いた諸葛亮は、劉巴の存在を知っても安心していられたのである。
関羽は、龐統と面識はないが、関平と周倉は新野城で会っていた。泉陵時から参加する彼らには、困ったことがあれば、彼に助言を仰ぐよう指示している。
もっとも龐統の方で、勝手に動く可能性の方が高いと思われるが・・・
諸葛亮としては、龐統の参戦が決まった時点で、自分の仕事はもうないと考えていた。
それほど、龐統のことを信頼しているのである。
逆に、あの風来坊が荊州で知者と名高かった劉巴とどのような対決を繰り広げるか、楽しみにしていた。
「関羽将軍の復帰戦です。心配など不要、吉報のみを待ちましょう」
諸葛亮がそう断言する横で、劉備は簡雍にも視線を送る。
「私にも分かりません。ただ、孔明さんがここまで言うのです。きっと、孔明さんに等しい知者が、雲長さんのところにいるのだと思いますよ」
何となく察した簡雍は、匂わせるような発言に留めた。
諸葛亮が名を明かさない以上、何か理由があるはずだからだ。
一人、わけが分からないでいる劉備だが、信頼する二人が大丈夫だと言うのであれば、それで納得することにする。
それで納得できる劉備も凄い。
いずれにせよ、関羽が出立した以上、後は待つだけ。
残り一郡の攻略を、もっとも頼りとする義弟に託すのだった。
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