第84話 二つの選択肢

曹操と袁紹、華北の緊張が高まると他の群雄たちは、どちらにつくのか、その立場を両陣営から迫られるのだった。

この二大勢力が激突した結果、勝ち残った者が、より天下に近づく覇者となる。


どちらに与するか。勝ち組と負け組では、雲泥の差となることは間違いない。

選択を誤り、後から従属したとしても、印象はかなり悪いだろう。

自身の将来に直結するため、群雄たちの判断は慎重にならざるを得なかった。



そんな中、特に西涼では、中立の立場をとる者が多かったのだが、中立が一番の愚策。

勝った方にも負けた方にも恨まれる。

遠い僻地のため、判断材料に乏しいのが、どちらにつくか決められない主な原因だった。


そこに涼州牧・韋端いたんの命で許都を訪れていた従事の楊阜ようふが帰還する。

楊阜はたちまち時の人となり、涼州の者たちはこぞって、意見を聞きに訪れるのだった。


その時、楊阜は決まって、こう伝える。

「袁紹は寛大だが果敢さが足りず、策謀好きだが決断力に欠ける。今は強大だが、大成を成すとは思えない。一方、曹操は知略に優れ臨機応変に対応して決断する。また、一度、断を下すと一貫してぶれることがない。勝つのは間違いなく曹操である」


それを聞いた者たちの大半は、曹操につくと決めるのだった。

ただ、その楊阜の言葉を鼻で笑った者がいる。

それは馬騰だった。


「楊阜の言葉はどこかで聞いたことがある。どうせ、許都で交わった荀彧が郭嘉あたりの受け売りだろう」

「ということは、曹操陣営の宣伝に使われているだけということか。よほど、曹操側は苦しいのでしょうね。・・・それでは、勝つのはやはり、強大な袁紹でしょうか?」


息子の馬超が、現状を整理した結果、そう尋ねた。その質問に馬騰は首を振ると、

「それは、分からん。分からんが涼州人を戦に駆り立てるのは、やはり、良くも悪くも董卓のような狂気だ」

「狂気ですか」


馬騰には、王允の要請に応えて長平観ちょうへいかんで戦った経験がある。

あの時は、朝廷に忠義をたてて、義勇を持って戦ったが敗れてしまった。

その経験から、涼州人が力を発揮するのに必要なのは、義や勇ではなく狂気だと結論付けたようだ。


「俺が見たところ、狂っているのは曹操の方だ」

「では、親父殿は曹操に味方するのですか?」

「戦うのであれば、持てる力をいかんなく発揮できる方がいいだろう」


その明快な言い分に馬超は納得する。

この話が西涼中に伝わると、楊阜の話からこぼれた残りの半分の勢力も曹操に味方するようになった。

自然と涼州は曹操陣営に与することで一致するのだった。



ここは荊州・襄陽城。

荊州牧・劉表のもとに袁紹からの使者が訪れた。


もともと長い同盟関係にあったが、それは袁術と対抗するための手段の一つ。

袁術が滅んでからというもの、あまり交流はなかった。

久方ぶりの使者の口上は、やはり、袁紹に味方して、曹操の背後をついてほしいということだった。


追って返答すると使者に伝えるものの、劉表はどちらにつくべきか決断ができずにいた。

どっちつかずの状況が暫く続き、返答を伸ばすのにも限界が近づくと、大将・蒯越かいえつ、従事中郎・韓嵩かんすう、別駕・劉先りゅうせんは揃って、袁紹を見限って、曹操につくことを薦める。


主君の後押しとなればと思ったが、それでも、劉表は決断できずにいた。

そして、悩みに悩みぬいた劉表は、韓嵩に許都に様子を見に行くよう命じる。

受けた韓嵩は、主命とあれば、仕方ないと割り切りつつも、劉表に断りを一つ入れた。


「もし、私が許都に赴き天子さまから官職を賜りましたら、漢の臣となります。それでも私の言を信用して下さいますでしょうか?」

「それは無論である」


そう言って劉表は、韓嵩を許都へ送り出すと、案の定、韓嵩は献帝から、侍中・零陵れいりょう太守に任じられて戻ってきた。

帰国後、韓嵩は再び、曹操を称賛して与することを説くと、なぜか劉表は激怒し始める。


「官位をもらい、曹操にたらし込められたか!」

「いえ、私の申す事、許都に行く前と何ら変わっておりません」


劉表は、韓嵩の二心を疑うが、韓嵩の主張の通り、以前と同じことをただ言っているだけなのだ。

周りの君臣も韓嵩を擁護するが、劉表の怒りは収まらなかった。

劉表の妻の蔡氏さいしのとりなしで、何とか死刑は免れる韓嵩だったが、投獄の憂き目にあう。


そんなこともあり、すっかり、へそを曲げてしまった劉表は、袁紹側につくことを正式に宣言するのだった。

外交の使者が袁紹の元から戻ると、早速、曹操の背後をつくように依頼される。


ところが、時を同じにして、荊州南郡、長沙ちょうさ、零陵、桂陽けいようの三郡において、張羨ちょうせんという者が反乱を起こし、劉表は、そちらにかかりっきりとなってしまった。

張羨は、部下の桓階かんかいの言に従い、曹操につくと、荊州内で袁紹と曹操の代理戦争が始まる。


この内乱は、張羨自身が病死すると息子の張懌ちょうえきが跡を継いで継続され、劉表は曹操の背後をつくことができないままとなった。


結局、張懌は劉表に討ち倒されるのだが、後日、張羨、張懌親子の行動を大いに喜んだ曹操は、生き残った桓階を招聘し報奨を与えるのだった。



劉表の元を訪れた袁紹の使者は、そのまま、張繡に対しても協力を要請するため、荊州南陽郡にも立ち寄る。

これまで張繡は、何度も曹操と対立しており、曹操の息子まで殺していた。


曹操側につくことなど、考えられない。自陣営に引き込むことなど造作もないことと、袁紹の使者は高を括っていた。

張繡自身も袁紹につく腹積もりでおり、その返事しようとした思った矢先、賈詡が待ったをかける。


「同じ一族を救えぬ者が、天下国家を救えるとは思えませぬ。袁紹殿は、曹操殿と覇を競うだけの器にあらずと、冀州に戻って、お伝えください」


そう言うと、衛兵に命じて、袁紹の使者を追い出してしまった。

この行動に、賈詡を信頼している張繡も青ざめる。


「このような事をして大丈夫か?」

「袁紹は、怒り狂うでしょうね」

「で、では、どうすればいいというのだ?」


後ろ盾は劉表しかいない。曹操と袁紹、両方を相手取ることを考えると、張繡も生きた心地がしなかった。

「曹操につきましょう」


賈詡の智謀、策略には、さんざん驚かされ続けた張繡だったが、この言葉には今までで一番、驚く。


「曹操は我らを怨敵と見ている。また、袁紹と比べると戦力的にも弱いだろう。そんな曹操側につくというのは、どういう理由からだ?」

「ご聡明な、我が君。まさに、今、おっしゃられたことが、曹操につく理由となるのです」


賈詡の言っていることが、ますます分からない張繡は、もう少し、分かり易く伝えてくれと頼む。

それではと、賈詡は曹操につく三つの理由を挙げて、説明するのだった。


「まず、一つ目は、曹操は天子を奉戴しています。攻められての応戦なら、ともかく、袁紹から攻めるは朝廷に対して、弓引くことになります。逆賊につけば、我らも世間の誹りを受けることになるでしょう」


ただでさえ、張繡は董卓の敗残兵と見られている。世間の風当たりは強いのだ。

そういった風評の大切は、すでに経験している。


「二つ目に、袁紹の方が曹操より、戦力は大きい。この分析に間違いはございません。一方、我らは弱小勢力です。袁紹についても大事にされませんが、不利な曹操であれば、我らの戦力でも貴重に扱ってくれるでしょう」

確かに賈詡の言う通り、戦力が少しでもほしいのは曹操の方だ。二つ目も理由として納得できる。


「そして、三つ目ですが、我らと曹操の間には、拭いようもない遺恨があります。しかし、その恨みを流すことで天下に徳を知らしめることができます。曹操であれば、よく理解しそのことを利用することでしょう」

なるほど、張繡が曹操につくべき理由、曹操が張繡を迎え入れてくれる理由がわかった。


しかし、もっとも重要な問題がある。

「曹操につくはいいが、勝てるのか?」

「今回、曹操の方に分があると私は見ています。そして、我らがつけばその勝利は確実となりましょう」


賈詡は、我らと言ったが、その表情は自分が曹操につけば勝てると言っているように見えた。

賈詡の凄さを目の当たりにしてきた張繡は、不思議と、それが大言壮語に聞こえない。


「わかった。曹操につこう」

張繡は軍をまとめると曹操に帰順するため、許都へと旅立つのだった。

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