第51話 招かざる客
呂布軍敗走。
その報告を聞いたとき、張邈は自分の過ちにやっと気づいた。
しかし、もう手遅れであることは誰の目にも明白である。
呂布が劉備を頼るとのことなので、張邈自身も徐州に向かう決断をするのだが、弟の張超は病気のため、陳留郡の
曹操の軍勢に、雍丘県が包囲されたと聞いた張邈は、進路を徐州から雍丘県に変更し、弟の救援に向かう。
曹操を裏切ることができたが、弟を見捨てることはできなかったのだ。
ところが向かう途中、張超が自刃したという情報を耳にする。
その時、張邈は弟の後を追おうと覚悟を決め、そのまま雍丘県に陣取る曹操の元へ出頭することにした。
張邈は抵抗することなく、お縄につき、曹操の前に引き出される。
「
「ない」
張邈は臆することなく、しっかりと曹操の目を見返して答えた。
「分かった。どうして、このような仕儀となったかは聞かない。戦国の世に倣い、君の三族は打首にさせてもらう」
「構わない。夢破れたからには、敗者は勝者に従うのみ」
「・・・夢か」
曹操がその場から去ると、張邈の処刑が執行された。
『・・・お前の夢とは、何だったのだ?』
幼き頃、張邈とともに過ごした記憶が蘇る。
よく悪さをする曹操と違って、張邈は困っている者を救うためには労を惜しむことがなく、若いころから善行を施してきた。
その気立ての良さには、尊敬の念すら抱いていたのだ。
『その夢とやら、呂布などではなく私と共有してほしかった』
信賞必罰。
裏切りの報いは報いとして与えねばならなかったが、それとは別に幼少のころからの友人として、曹操は張邈の遺体を手厚く葬るのだった。
徐州牧となったばかりの劉備の元に呂布の使者が訪れた。
曹操に敗れ、行くあてがないため、受け入れてほしいとのことである。
よくもまぁ、この俺を頼ったものだと、その図太い神経に感心する劉備だが、とりあえず皆と相談することにした。
軍議の中、真っ先に声を上げたのは、麋竺だった。
「私は反対です。呂布は飢えた狼。この地に足を踏み入れれば、たちまち徐州は食い荒らされてしまいます」
続いて、新しく従事となった
青州北海郡の人で、徐州牧となった劉備に対して、補佐として孔融が推挙してくれた人物だ。
この孫乾、実は劉備と会うのは今回が初めてではなかった。
というのも孫乾の師は、
その繋がりで、まだ劉備が盧植の元で学んでいた頃に、一度、会ったことがあるのだ。
なかなかの博識で生真面目な性格の男。よく仕えてくれ、劉備は感謝している。
もっとも、昔、会ったときの第一印象なんかは、怖くて聞けないのだが・・・
「私も麋竺殿と同じく、反対です。彼のこれまでの行いを鑑みれば、信用に値しないのは明らかだからです」
麋竺と孫乾の意見は一致した。
張飛の意見は聞かなくても分かりきっている。
あとは関羽と簡雍だが、二人は黙ったまま、考え込んでいた。
「何か、別の意見があるのか?」
「なかなか難しいところですね。切り捨てるのは簡単なんですが・・・」
劉備に問われて、簡雍が答えた。
「兗州を取り戻した曹操が、いつ徐州に再侵攻してくるか分かりません。人柄や性格はともかく、戦力としては捨てがたい面はあります」
徐州の防衛戦略を考えた場合、呂布の異常なまでの戦闘能力は、曹操への牽制に十分なりえるのではないかと、簡雍は言う。
関羽も似たような意見を持っていたようで、
「もし、あ奴が長兄に仇なすときは、私と益徳で全力をもって止めます。・・・であれば・・」
「あんな奴、止めるのは俺さま一人で十分だ」
張飛の主張は、ともかく置いておいて、要は最悪、悪巧みを考えたとしても抑止できる手立てがあれば、問題ないと二人は言っている。
警戒すべきは呂布よりも曹操ということだ。
徐州防衛に関しては、ひとまず、袁紹を頼ろうと考えている。
袁紹が鄭玄を敬愛していることもあり、その関係から孫乾が交渉にあたる予定だったが、備えは厚くしておくことに越したことはない。
そう考えると、麋竺や孫乾も強く反対できなくなってしまった。
「徐州には入れず、豫州の
落としどころとしては、妥当な線だろう。
劉備は呂布を迎え入れ、小沛に置いておくことにした。
小沛に着いた呂布は、その小城を見て鼻で笑う。
「まぁ、何ともみすぼらしい城だな」
「今は雌伏の時、子飼いの将たちも次第に集まってくると思います。戦力が整うまでは、とりあえず大人しくしておきましょう」
張遼や臧覇、高順といった将は、まだ、兗州からの退却途中。
呂布軍の陣営は、まだ、万全ではなかった。
「しばらくは、ここで我慢しておいてやるか」
「劉備も、まだ、我らに対して警戒をしておりましょうし、まずはときを待つことです」
昨夜、大歓迎というわけではないが、呂布を迎え入れるにあたり、劉備主催による宴席が設けられる。
その時の状況からも、呂布に対して気を許していない様子は伺い知ることができた。
それにしても、関羽はともかく犬猿の仲である張飛まで、同席していたのには驚く。劉備側の誠意を示したのかもしれないが、案の定、そこでひと悶着が起きるのだった。
もっとも、今回は呂布の方に非があったのだが・・・
酔った勢いで、曹操から徐州を救ったのは、隙をついて兗州に侵攻した自分のおかげであると恩着せがましく話したことから始まり、ついには劉備のことを弟呼ばわりしたからだ。
それまで何とか我慢していた張飛も、これには怒りをあらわにする。
呂布が劉備の兄貴となれば、張飛に対しても兄貴分となるからだ。
そんなことをは断じて、認めるわけにはいかない。
関羽が何とか止めるものの、張飛の剣幕に呂布も思わず口が滑ったと反省と謝罪の弁を述べるのだった。
陳宮にとって、興味深かったのは、やはり、簡雍の存在だった。
宴席では、途中から隣に座り、積極的に話しかける。
簡雍は、やや迷惑そうな顔をしていたが、それでも陳宮は構わない。
「お主、この後、曹操への備えをどう考えている?」
「そんな大事な戦略を、あなたに話すと思いますか?」
と、簡雍はにべもない。
「はっはっは。つれないのう。・・・だが、袁紹との盟だけでは足りぬと思うぞ」
「だから、あなたたちを迎え入れたんですがね」
簡雍の言葉に陳宮は鋭い視線を送る。
酒の入った杯を、一気に飲み干すと、
「考えているのは、それだけではあるまい」
空になった杯に酒を注げと差出す。
仕方なく、酒を注ぎながら簡雍は、やはり、この男は油断ならないと感じた。
酒を受け取った陳宮は満足すると、ニヤリと笑う。
「うまく、曹操の気を逸らせればいいがの」
「何のことか分かりませんが、いい考えがあれば、教えてほしいものですね」
ふんと、鼻を鳴らした陳宮は、ごまかす簡雍への追撃を止めた。
ここで、言われっぱなしだった簡雍は、多少の意趣返しを試みる。
「兗州攻略は惜しかったですが、同じことを繰り返しては、軍師として芸がありませんよね」
もし、劉備が他に軍を派遣することがあっても、その背後をつくなよという意味を込めた。
しかし、老獪な軍師は意に介さない。
「なに、二番煎じもなかなか味わい深いものだぞ」
「出がらしの間違いではないですか?」
「はっはっは。さすがに言いよるの」
簡雍の皮肉を笑って受け流しながら、徐州攻略の難関は、やはりこの男であると陳宮は見極めた。
簡雍のような隠れた知者と知略を競うことこそ、まさに軍師の本懐。
「いや、人生、いろんな楽しみがあるものよの」
そう言うと、陳宮はもとの自分の席へと戻って行くのだった。
簡雍の方も、やはり、隙あらば徐州を狙っていることがわかったことは、収穫と言えば収穫だった。
油断するつもりは毛頭なかったが・・・
曹操が動くのか、呂布が動くのか、それとも劉備か。
もしかしたら、先に軍を動かした方が負けとなる我慢比べになるのかもしれない。
簡雍は、そんな予感にみまわれた。
呂布という爆薬を抱え込んだ徐州。
その結果が吉と出るのか凶と出るのか、誰にも分からなかった。
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