第40話 初対決

曹操軍が徐州彭城県の城を取囲む。

地上からは矢の雨とともに、城門を破壊する衝車の衝撃音が鳴り響いている。

煙もあちこちから確認できた。

そんな状況のところに劉備たちは到着する。


「おい、落ちてるんじゃねぇのか?」

張飛の言葉に麋竺が青ざめた。

間に合わなかったか・・・麋竺に後悔の念が一瞬よぎる。


しかし、矢で応戦している様子が僅かに見えたことにより、ひとまず気持ちを落ち着けることができた。

「まだ大丈夫だ。・・・しかし、本当にぎりぎりのようだが」

関羽が言うように、陥落寸前なので、まだ、安堵するのには早い。


「まず、どうにかして城に入る必要がありますね。そのために曹操軍を一度、引かせる必要がありますが・・・」

「本隊の背後を急襲してみるか」

「そうですね。・・・後はお任せになりますけど」


劉備の案を採用し、いつも通り、簡雍は一時、離脱する。

曹操軍の本隊は一万くらいだろう。

城攻めに集中している今、本隊を襲撃して、あわよくば一気に制圧したい。

さすがに曹操はそんなに甘くはないだろうと思うが・・・


「殿、劉備軍が背後から迫っています」

「来たか」


これまで何度か共闘したが、対決するのはこれが初めてである。

劉備軍の強さを承知しているだけに、曹操の表情が引き締まった。


「なに、劉備など、ただ喧嘩がつよいだけの男。殿に比べれば小石です」

「その小石に、私は何度も助けられている。侮るなよ」

「侮りませんが、ようは頼りの二人を封じ込めればいいだけの話です」


徐州の使者が孔融に援軍を頼みに行ったことは、情報として掴んでいる。

その結果、どういう経緯か知らないが、劉備が来ると知ったとき、曹操の表情が強張った。


勇敵の出現に作戦を考え直さねばならぬと、郭嘉と一緒に対策を練ったのだ。

そこに抜かりはないはず。

自分たちの策の結果を見守ろうと、曹操は目の前の城よりも後方に神経を集中させるのだった。



劉備軍が曹操本隊に突撃する直前に、別の隊が行方を遮った。

率いているのは夏侯惇と夏侯淵。

この二人に対して、関羽と張飛がそれぞれ当たった。


「俺さまの相手は淵の方か。まぁいい」

「お前に名で呼ばれる筋合いはない」


まず、張飛と夏侯淵が一騎打ちを始める。

さすがに勇将同士。すぐに決着がつくことがない。


そして、関羽の前には夏侯惇が立った。

「いつか、お前と闘ってみたいと思っていた」

「うむ。相手にとって、不足なし」


関羽と夏侯惇の闘いも、ほぼ互角。

決着がつくのは、まだまだ先のようだった。


劉備軍は頼みの二将が相手の勇敵を抑えているうちに、曹操本隊を目指すべく進軍する。

ところが、そこに見たこともない巨漢の男が立ちふさがった。


その男は双鉄戟そうてつげきを振り回し、次々に劉備軍の兵をなぎ倒していく。

「そいつの名は、典韋だ。単純な一騎打ちなら、俺より強いかもしれん」

夏侯惇が言うだけあって、典韋の膂力りょりょくは凄まじかった。

隙を見て、三人がかりで捕まえたのだが、その劉備兵を片手で振り払う。


「どうする?このままだと、お前のところの長兄がやられるぞ」

「くっ」

予想外である怪力男の登場に、関羽に焦りの表情が見えた。


例え夏侯惇を倒しても、劉備が討ち取られた時点でお終いだ。

受けた恩義も、まだ返しきっていない。


「ふふ。乱れているぞ、関羽」

焦燥感から、関羽の動きは鈍り、夏侯惇の鋭い攻撃を受けるので精一杯となった。

見かねた張飛が声をかける。


「関兄、大丈夫だ。長兄を信じろ」

「この状況で、何を信じるというのかな?」

闘いながら、夏侯淵が鼻で笑った。

劉備の力で典韋に敵うわけがないのだ。


「知らねぇのか?長兄は喧嘩は弱いが、運だけは強いんだよ」

張飛の力説だが、頼るところが運とは・・・

夏侯淵、夏侯惇ともに呆れて、笑いが止まらなかった。


しかし、この叱咤は関羽に届く。

「末弟に諭されるとは、私も、まだまだだな」

関羽の動きが戻り、夏侯惇を押し返すのだった。


「運を馬鹿にする者は、最後に見放されるぞ。長兄は、これまで様々な窮地を切り抜けてきた。・・・ただし、それは成すべきことをやってきた結果、ついてくる天運」

「何をいい加減なことを」


夏侯惇が、そう言い返したとき、北の方角から馬蹄の音が近づいて来るのを耳にした。

曹操や郭嘉もその音に気付く。


見やれば、白銀の鎧をまとった武将が白馬の騎馬隊を率いてやってくるのだった。

それは趙雲と白馬義従だった。


劉備は簡雍の提案で、徐州に来る前の孔融救援の折り、公孫瓚に援軍の依頼をかけていた。

黄巾党の決着が思いのほか、早くついたので援軍は不要となったのだが、その公孫瓚軍にこれから徐州へ向かう連絡だけは、一応していたのだ。


まさか、徐州まで来てくれるとは思わなかったが・・・

「子龍!」

「玄徳さま、あとはお任せください」


劉備に迫る典韋の前に、趙雲が割って入る。

趙雲は槍を構えて、対峙するのだった。


「なんだ、この優男が。俺に勝てると思っているのか?」

背丈はあるが、体格、筋量は自分の半分以下。こんな男に負けるわけがない。

典韋は趙雲の力量を甘く見積もったまま、双鉄戟を振りかぶった。


その様子に張飛は、

「普通、そう思うよな。・・・だけど、そう言って舐めた奴は、みんな子龍にやられるんだよ」

それは、張飛の苦い経験である。


まさしく、その言葉通り、油断したまま大振りになったところを趙雲の『涯角槍』の餌食となった。

典韋の左手から双鉄戟が落とされる。また、右手にも怪我を負ってしまう。

「く、くそ」


両腕の武器を失った典韋は、なす術もなく退却するのだった。

趙雲は、その典韋を深追いせず、白馬義従を率いて曹操軍を目指す。

率いているのは千騎ほどの白馬、その一糸乱れぬ動きは見る者を惚れ惚れとさせる。


白馬義従は曹操の本隊を素通りし、城にいる攻城兵器めがけて火矢を浴びせた。

劉備を討ち取る作戦が失敗し、続けて数台の衝車が焼かれると、曹操はたまらず退却を指示するのだった。

その命令に従い、夏侯惇、夏侯淵も退かなければならない。


「関羽、今回は勝負なしだ」

「うむ。いつでもかかって来るがいい」

その余裕の言い方が鼻についたが、夏侯惇はそのまま退却する。

見やれば、夏侯淵も張飛に何か言われているようだったか、無視しているようだ。


「それにしても、あと一歩というところを・・・」

「ああ、援軍の将は何者だ?典韋を退かせるとは、只者ではないぞ」

ここまで、順調に徐州を攻略していたが、劉備の到着で雲行きが変わらなければいいが・・・

夏侯惇、夏侯淵、二人の意見が一致した。



曹操軍が退いたので、その隙に劉備たちは城の中に入る。

待ち受けていたのは、陶謙を筆頭とした徐州の重臣と民衆たちの歓迎だった。

その熱狂ぶりには、劉備も驚く。


曹操の進軍で大量虐殺を受けた民たち。

無情にも家族を殺された者たちもこの城の中に避難していた。

それらの民からすれば、一時的とはいえ、曹操を退かせた劉備は救世主のように見えたのかもしれない。


「劉備殿。あなたの仁義の心に、感謝します」

劉備に会うと陶謙は深々と頭を下げる。劉備は、その陶謙の手を取ると、

「今回は不運で始まったこと。これ以上の不運を広げちゃいけない」

まったく、その通りと陶謙は感涙する。


一通り、重臣たちからの礼の言葉を受け取ると、劉備は趙雲のもとへ向かった。

ちょうど、関羽や張飛と談笑しているようだった。

「子龍に白馬義従、今回の伯珪殿は大盤振る舞いだな。感謝する」

「いえ。玄徳さま、あなたの元で涯角槍を振るえる日を夢見ておりました。今の子龍は、誰と闘っても負ける気はいたしません」


趙雲の実力を十分に理解している関羽と張飛は、その言葉を決して大言とは思わない。

自分たちと同じ領域にいると認めているのだ。


劉備が趙雲と話しているところに、陶謙がやって来た。

関羽と張飛は、虎牢関での闘いぶりを見ているが、この白銀の戦士は、初めて見る。

ぜひ、紹介してほしいとのことだった。


「こちらは、趙雲子龍。今は分け合って、公孫瓚殿のところで客将をお願いしています」

「客将?主君は劉備殿で間違いないのですな」

「そうです」


陶謙は羨望のまなざしを劉備に向ける。

関羽、張飛という豪傑だけではなく、このような勇将も配下としているとは・・・

「関羽殿や張飛殿とも親しい様子、・・・この御仁も義兄弟で?」

「いえ、私は・・・」


趙雲は、畏れ多いと否定する。ところが、張飛が趙雲の肩を組むと、

「ご覧の通り、兄弟分ですよ」

「もちろん異論はございません」

劉備と関羽の言葉に、趙雲は打ち震えるのだった。


陶謙に希望の光が差す。

劉備とこの豪傑三人がいれば、この詰んだと思われた局面も打開できるのではないか。

そんな気がしてくるのだった。


この劉備こそ、徐州を導く男。

この事態が落ち着いたら、徐州を譲り渡そう。

密かにそう心に留め置くのだった。

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