第25話 廃墟にて

無人の廃墟と化した、かつての大都市。

あまりの変貌ぶりに、劉備、曹操、孫堅は立ち止まって、なかなか洛陽の中に入ることができなかった。

光武帝・劉秀が城都と定めてから、百五十年以上、漢の都として栄えた面影はもうない。


三人の中で、真っ先に曹操が気持ちを切り替えると、

「立ち止まっていても仕方ない。三手に分かれて、中を確認しよう」

その提案で、それぞれ自軍を率いて洛陽の中に入ることにした。


黒い煙がくすぶり、まだ、火災のすべてが鎮火されたわけではなかったが、とりあえず、街の中に入ることはできる。

三人は思い思い、複雑な感情を抱きながらの入都となった。


当然、董卓の姿がここにはなく、追うということも考えられたが、その気はおきなかった。

正直、この洛陽の状況を見て、心が止まりそれどころではなくなってしまったのだ。

今は、とにかく生存者や都市としての機能の確認を優先させることにした。



分かれた内、曹操の一団は、陵墓があった一帯に進んだ。

「思った通り、皇族の陵墓にまで手を出したか」


その言葉が示す通り、皇族の陵墓のいたるところに掘り起こされた跡があった。

墓を暴いて供えてあった金品財宝を略奪するとは、死者の霊魂を辱める行い。

信心深いわけではないが、曹操は思わず、陵墓に向かって手を合わせる。


「この調子じゃ、宮殿にも何も残っていないだろうな」

「とりあえず、宮殿方面に向かいますか?」

「そうだな」

夏侯惇の提案にのり、曹操は宮殿があった区画へと馬を走らせた。



一方、孫堅は街の中を探索しながら進み、南側に位置する少府に辿り着いた。

ここには宮中で使用する玉石や陶器を管理する甄官令けんかんれいがある。


貴重品を管理している区画のため、董卓が放っておくわけがなく、ことさらひどく荒らされていた。

甄官令で働いてたと思われる役人の死体も転がっており、見るに堪えない光景だった。


孫堅は近くに小祠しょうしを見つけると、ついてあったすすを掃う。

供物代わりに、懐から豚肉の燻製を取り出すと、小祠に供えるのだった。


そこに黄蓋が慌ててやってくる。

「と、殿。甄官令の井戸から、五色の気が立ち昇っています」

「どうせ、枯れ井戸の中で火種がくすぶっているのだろう」

孫堅は真に受けずに、案内されるがままついて行った。


すると、本当に井戸から不思議な気配が漂っているのだ。

「これは井戸の中に何かあるかもしれんな」

早速、部下に命じて井戸の中を探ると、綿の袋を首に下げた遺体が出てくる。

「この衣服は、宦官の誰かか?」


遺体は白骨化されていて、誰か分からないが着ている服装から、宦官であることが想像できた。

袁紹、袁術が宦官の殺戮を行った際に逃げた者だろうか?

とにかく綿の袋を開けてみるとそこには、赤い漆の箱が入っており、箱を開けると玉璽が出てきた。


「本物か?」

「その可能性は高いかと」


韓当が興奮気味に肯定する。

伝国の玉璽を手に入れた者は、この国では皇帝となる資格を手に入れたことになるからだ。


しかし、孫堅には、そんな意思は微塵もない。

「これは、献帝陛下にお渡ししなければならないな」

「今の状況では無理でしょう」

「うむ。まずは献帝陛下をお救いしてからだな」


冷静な程普の言に頷くが、現状、この玉璽の取り扱いが難しいと頭を悩ますことになる。

公言した場合、盟主の袁紹が渡せと言ってくる可能性が高いが・・・

正直、袁紹のことを信用していない。


というのも袁紹には、新たに幽州牧ゆうしゅうぼく劉虞りゅうぐを皇帝に立てようと動いている噂があるからだ。

玉璽を渡せば、悪用されかねない。


「献帝陛下をお救いするまで、俺が預かっておく」

孫堅は部下にそう、明言するのだった。



最後に、劉備はというと、その頃、師である盧植を探していた。

董卓に逆らったことで牢獄に入れられていたはずだ。

「こちらです」

簡雍の案内で、盧植が囚われていた牢へと進む。


牢獄の入り口が、瓦礫で埋められているのを確認すると、

「雲長、益徳」

二人の豪傑の筋肉が張り裂けるくらい膨らんで、重たい瓦礫を除けていく。


人、一人が通れる隙間ができると、躊躇ちゅうちょなく劉備が入って行った。

中は焦げ臭いのと死臭のようなものが漂っており、劉備は袖を顔にあててなるべく直接吸わないように歩いた。


一部屋ずつ、盧植がいないか確認していったが、死体が何体か転がっているだけで、盧植の姿は見当たらなかった。


「すでに脱出されたか?」

「かもしれませんね」


一通り見て回り、盧植がいないことを確認したので、出ようとしたところ、奥の壁から声がするのに気づく。

劉備が近くまでいくと、壁かと思っていたのは落ちてきた天井の板だった。

うす暗くて、気づかなかったのだ。


「先生ですか?」

「・・・誰・・だ?」


弱々しくも返事が返ってくる。

急いでその板を除けると、そこにはすすとほこりにまみれた老人が座り込んでいた。

変わり果てているが、間違いなく盧植である。


「先生、玄徳です」

劉備が盧植を抱き寄せる。


「・・・おお、・・玄徳か・」

盧植は安堵したのか、力はないが笑顔を向けた。

「すぐにここから出ましょう」


手をとって、立ち上がらせようとすると盧植は自分の後ろを指さした。

「何です?」

覗き込むと、そこには小さな子供が二人、身を寄せ合い床に倒れていた。

年のころは、四、五歳といったところだが、一体・・・


「・・・年甲斐もなく・・・張りきって・・しまったわ」

火災を避けて、迷い込んだ子供だろうか?


本当のところは分からないが、盧植はこの子らを助けるために、壁となっていたことに違いない。

師の体を見ると、すすの下には痛々しいほどの火傷があった。

熱風がこの牢を包んだのだろう。


「子は・・未来だ。・・・儂のような・・年寄りは・・未来を・守らねば・・・ならん」

「分かりました。もうしゃべらないで下さい」


言われるまでもなく、子供たち二人は関羽と張飛が抱き上げる。

劉備は、盧植に肩を貸して、何とか外に出ることができた。


手ごろな台を用意して、盧植を座らせると、劉備は水筒を差出す。

盧植は、それを固辞すると、

「・・・漢・・王朝の・未来を・・ともしびを・・どうか・消さないで・・くれ」

「約束します。それは、私が命に替えても誓います」

劉備は迷いなく誓った。その瞳は力強く輝いている。


「ふっ・・・一番の・・問題児・・が・・こんなに・・・大きく・・育ち・・・・・」

言葉の途中で、盧植の首が力なく折れる。


「せ、先生!」

盧植子幹ろしょくしかん

劉備の師であり、文武の才能に恵まれた儒学者。または気骨ある将軍がここに永遠の眠りにつく。

劉備の叫び声が悲しく響きわたった。



「俺にようだって?」

やってきた劉備のまぶたが腫れていることに気づいた曹操は、すまないと、断ったあとに、

「重要な話があるから、君に来てもらった」と、説明する。


劉備が呼ばれた場所は、宮廷。

つい最近までは、ここで朝議などを行っていた場所だ。

「重要な話とは?」

「おそらく、この連合軍は解散する」


曹操の言葉に驚く。

まだ何も成し遂げていないのに、そんなことがあるのか・・・

「どうして?」

「諸侯の多くは董卓の長安撤退、洛陽奪還を一つの成果だと考えている」

「成果?・・・全部、董卓の掌で踊っているだけじゃねぇか」


劉備の言葉を受け止めて、曹操は目を閉じる。

世の中、見かけのことにしか気づかない人間が多い。

だから、曹操は自分がそういった人たちを出し抜けると思っている。

しかし、やはり劉備も私と同じか・・・


「自分の領地を空けておくことが不安なのさ」

「・・・不安?」

「連合に参加している誰かが、隙をついて自分の領地を盗るんじゃないか・・・そう疑いながら参加しているんだ」


それじゃあ、一枚岩になんかなれっこない。

この連合軍の連携がどこかうまくいっていないのは、そういうところからきていたのだ。


「だから、諸侯はみな、引き際を見計らっている」

「それが今か・・」

「世間的には、一応、格好はつくからね」


董卓を討つため、献帝を助けるために頑張ってきたのが虚しくなる。

このままでは、董卓は野放しだ。

「連合軍が解散した場合、次に董卓に届くのは十年後と見ている」

「長いな」


確かに・・・だがな・・

そう言いながら、曹操が劉備の目の前まで歩いて来た。


「私と君の成長次第では、五年・・いや三年に縮められると思っている」

「俺たちの成長?」

「そうだ。董卓の本質は暴虐・・破る者は上を行く暴虐か、天に選ばれた英雄だけだ」


曹操らしくなく、その弁には熱がこもっている。

「見渡す限り、董卓を上回る暴虐をもつ諸侯はいない。・・・だから、あとは英雄たる私たちにかかっている」

「俺が・・・、俺たちが、英雄?」

曹操は、大きく頷いた。


「むろん、まだまだ物足りない。・・・それは私もだが・・だから、劉備玄徳、大きく成長しろ」

「それで、二人で董卓を倒すのか?」

「そうだ」


盧植先生から託されたばかりだ。

それで、献帝陛下を救えるのならば・・・


「分かった。必ず、董卓を討とう」

「もちろんだ」

劉備と曹操は互いの拳をぶつけ合った。


廃墟となった洛陽での英雄論。

その後、曹操の読み通り連合軍は解散する。


劉備は今回の武功により、一気に平原国の太守となった。

曹操との誓いに基づき、一刻も早く、董卓を討てるよう着実に力をつけていくのであった。

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