最終話

 ——教室を出て、校舎の二つの棟を結ぶ屋外の渡り廊下へ。


「おい、千夏!」

「……」


 千夏は俺を放すと、そのまま背を向けて佇んだ。


 九月の夜は、夏休みの夜よりは幾分暑さがマシになっている。それでも俺は、告白してから身体中がずっと熱を帯びていた。


「……真野くんと小春の前で、返事なんかできない」


「え?」


 千夏の顔が、かつてないほどに真っ赤になっていた。


「翼が絶対来るって言って、あの二人が勝手に教室で待ち伏せするんだよ。だから全部ドッキリってことにして、それに二人を協力させるしかなかった」


 ん? と、いうことは……。


「……本当は、ドッキリじゃない?」


 千夏はこくんと頷いた。


「ややこしいわ!」

 俺の叫びが、静かな校舎の壁に反響した。


 つまり仕組まれたことはやっぱり何もなく、あの場は千夏が真野と小春をやり込めるために、二人にドッキリを手伝うよう頼んでいただけ……。


 まああの顔を見るに、二人とも全部わかってるみたいだったけど。


「つ、翼も人がいるところで告白なんかしないでよ」

「暗くて気付かなかったんだよ! てかお前こそ二人がいるって言えよ!」

「タイミング逃しちゃって」


 わあわあと言い合う。だがその間も千夏の右手は、ずっと唇に当てられていた。


「……で。じゃあちゃんと返事も聞かせてもらえるんだろうな」

「!」


 こんなにカチコチに固まった千夏を見るのは、初めてかもしれなかった。

 だが、いくら幼馴染でも、俺の知らない千夏がいるのは当たり前のことだ。


「……私、大学行くのにお金が必要だから」

「?」

「まだやっぱりカップルチャンネル、続けた方がいいかもしれない」


 唇を触りながら、赤く染まった顔で。


「! ……で、それはビジネスカップルとしてか?」

 千夏は首をゆっくりと——横に振った。


「本物の……カップルとして」


 そしてこの瞬間、俺のビジネスカップルとしての野望はあえなく潰えてしまったわけで。


 散々カップルチャンネルをバカにしておきながら、結局今までのチャンネルでの嘘を、全て肯定してしまったわけで。


 でも今は、それでいいと思える。


「ふぇっ⁉︎」

 俺は千夏の左手を掴んだ。もう唇を触らせないためだ。


「千夏……好きだ」

 もう一度、はっきりと伝える。

「好きだ」


「ちょっ、もうわかったから」

「……」

「……」


 すると千夏が目を閉じて、俺の顔にぐいっと近づいてきた。


「⁉︎」


 ほんの一瞬だけ、柔らかい感触がした。


 映画を見ても、漫画を読んでも、決して得られない感触。


「……遅いよ」

 千夏は離れると、笑って俺の額に、こつんと額をぶつけた。


「じゃあその分、俺取り返すから」

「……っ、変態」

「え⁉︎ なんで⁉︎」


 夏休みの中盤から、この後夜祭まで……二ヶ月弱のこの一連の騒動を、動画にするならきっと、こんなふうになるのだろう。


 カップルチャンネルで、真実の愛探してみた


 とかなんとか。


——————————————

 終わり。

 お読みいただきありがとうございました!


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学校一の美少女幼馴染とカップルチャンネル始めた話したっけ? にしざわ @nishizawa_ken

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