決闘裁定師

結騎 了

#365日ショートショート 298

「駄目です。その条件では決闘になりません」

 真っ白な壁が眩しいオフィス。応接セットにて、依頼人の男は頭を抱えていた。

「じゃあ、どうやったら奴を合法的に殺せるんですか。教えてくださいよ!」

 向かい合って座る女は、溜息ののち、「だからさっきから言っているじゃないですか。落ち着いて聞いてください。決闘罪における決闘には、成立要件があるんです」

 机上に広げられた用紙を指さし、説明を続ける。

「昭和24年の判例によると、決闘罪における決闘とは、『当事者間の合意により相互に身体または生命を害すべき暴行をもって闘争する行為』とされています。この、合意という部分が大切なのです。相手と日時や場所を話し合い、合意をもつ必要があります」

 聞いている男は明らかに苛ついている。

「じゃあ、その要件が成立すれば、奴を決闘で殺せるんですね」

「ええ、私たち決闘裁定師、通称『決裁師』が間に入れば、決闘罪には問われません。必ず決裁師を通して両者の合意を形成し、決闘の場にも立ち会わせてください」

「ぜひお願いします。あいつから決闘の合意を取ってきてください」

 前のめりになる男。しかし、女の顔は険しかった。

「しかしですね……。あなたに決闘を申し込んでいる人がいます、合意してください、と言ったところで、ハイそうですか、とはならないのですよ。そこが難しいのです。相手も決裁師を立ててくれれば話は早いのですが、そういった情報はありませんよね」

「ある訳ないじゃないか。俺は交通事故で奴に妻を殺されたんだ。明らかに奴の過失なのに、精神疾患がどうとか、お咎め無しになりやがった。許せるはずがないだろう」

 激昂をなだめながら、「お気持ちはよく分かります。だからこそ、こうして決裁師である私の元へ依頼に来られた。その背景は重々承知しております。……さて、どうやって相手に合意を取らせましょうかねぇ」

 すっ、と。女は机の下からラミネート加工された別の用紙を取り出した。

「これは独り言ですが……」

 その目は窓の外に向いている。

「決闘が行われ、片方が死亡し、死亡した者の自宅から合意形成の判が押された用紙が出てきた。警察がそれを確認する。用紙には当然、決裁師も連盟で署名しています。なになに、この決裁師は双方からの合意形成をひとりで取りまとめたのか。なるほど、それならこの人に確認すれば大丈夫だな。そうして警察は、私に電話をよこす……」

 陽の光が反射するその用紙には、法外な桁が記されていた。男は食い入るように、そして次第に頷きながら、その桁を数えていく。

「そこでこう答えたとします。ええ、私が両者の合意を取りまとめました。間違いなく、彼らは合意の上で決闘を行っています。決して、闇討ちで殺したなんてことはありません。私が立ち会っていましたから」

 向き直って。女は、営業スマイルを輝かせた。

「……あら、すみません。ぼぅっとしていたみたいで」

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決闘裁定師 結騎 了 @slinky_dog_s11

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