第21話 我儘
「なんて
ギータは外壁に背を預け、くくっと喉の奥で笑った。夜闇の中、最近鳴き始めた心地よい虫の音が辺りに響いている。
「笑わないでよ」
リッシュは泣きそうな
二人がいる場所は、ユイ達が借りている借家の裏庭だ。もちろん、外部に情報が漏れないように結界を張っている。
「どうしたらいいんだろ……教えてよ、ギータ兄さん」
はぁと重いため息を吐きながら、リッシュは膝に顔を
「お前なあ、俺に聞くか? 俺はお前の邪魔をしに来たんだぜ?」
ギータは呆れたようにリッシュを見る。
「だって……」
「お前は昔っから、他人の気持ちに寄り添い過ぎなんだよ。まあ、そこがいいとこなんだけどな。でもよ、あのお嬢ちゃん相手にそれじゃあ、辛くなるばかりだろうよ。強引にいけ、強引に!」
「ユイさんからは、もう気持ちをもらったもん。課題は達成したんだ」
「なんだと!」
弱々しいリッシュの言葉に、ギータは思わず気色ばむ。
「なんだよ、それじゃあ俺は必要ないじゃん。あーあ、つまんねぇの……で、なんで目標達成したってのに、お前はそんなに落ち込んでるわけ?」
素直じゃねぇな、とギータは小さくため息を吐いた。
「私はあの人のことが好きなんだ。お嫁さんにしたいくらいなんだよ。もう、標的とか、王位とか、そんなのどうでもいいくらい」
ギータは即座に青ざめた。
「そりゃまずい。そうなったら、まずルイザの奴が黙っちゃいねぇだろうよ」
「うん。ルイザはゼダにあげることにする」
「いるか? あんな女!」
リッシュはギータにじとっとした視線を送った。
「ギータ兄さんだって、昔ルイザと付き合ってたじゃない」
「そりゃ大昔の話だろ? 今さら蒸し返すなよ。俺の生涯の汚点なんだからさ。まぁそれはともかく、王位継承権の話だよ」
ギータは気を取り直して話を続ける。
「課題を達成したっていう、なにか証明できるもんはあるんだろうな? 俺はよく知らんが、どう判定するんだ?」
「ジークが見てくれていれば、ジークの証言が証拠になるんだけどね」
「あぁ、あのおっかない教育係な」
脳裏にブルーグレーの瞳をぎらりと光らせたジークを思い浮かべ、ギータは引きつった笑みを浮かべた。
「そういや、そいつの気配を感じないな」
「うん、最近は色んなことを頼んでるから忙しいんだと思う。そうか、証明……どうしようかな」
ぼそぼそとリッシュは呟く。
「じゃあさ、俺が証人になってやろうか?」
ギータがにやりと笑う。
「俺があのお嬢ちゃんにちょっかい出してさ、お前への気持ちを確認してやるよ。ちょうど、ゼダにお前の邪魔をするって言っちまった以上、何もしないわけにもいかないしな」
「えっ、いいの?」
リッシュの表情が少しだけ明るくなった。
「おう、いいぞ。かわいい弟の為だからな」
ギータはにこにこと笑って、リッシュの真っ直ぐな黒髪をわしゃわしゃと撫で回した。
「その代わり、俺を自由にしてくれよ。ゼダの野郎、俺を駒扱いしやがって……あぁ、腹立たしいったらないぜ!」
整った眉根を寄せ、ふぅとギータはため息を吐いた。
「ゼダは、最悪ユイさんを消すつもりなんだね」
リッシュは昼間の金魚売りの台詞を思い出していた。
「青は心理的妨害、赤は物理的妨害……黒の金魚はそういう意味だ」
「もしそうなったら、今回の課題達成は無効になって、もう一度新たな標的を選ぶことになる」
淡々とした口調でリッシュは言った。
「そうだ。たとえお前が既に課題を達成していたとしても、有耶無耶にされてしまう可能性がある。あの掟さえなきゃなぁ」
ギータの言う掟とは、王位継承権を持つ者は同族への攻撃を一切禁ずるというものだ。
「護るよ、何が何でも……私はユイさんをお嫁さんにするんだ!」
リッシュはギータに強い視線を送る。
「お前、時々そうやって王子様らしく我儘になるよなあ。面白れぇの」
ギータは緩やかな波を描く黒髪をかきあげ、壁から背を離した。
「じゃあ明日の朝、早速伺うとするわ。楽しみにしてな!」
「うん、ありがとう。ギータ兄さん」
夜闇に溶け込んだギータの背に向かって呟くと、リッシュは暗い面持ちで雲の掛かった新月を見上げた。
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