第14話 償い

「今日も、まぁまぁな売上だったなぁ」

 市場を閉める時間になり、ユウはホッと安堵したようなため息を吐いて、店先に並べていた商品を片付け始めた。

「うん、良かったな」

 その後ろで、桜花が穏やかな笑みを浮かべて頬杖をついている。

 桜花は、妖魔“緑王”の王族の姫だ。

 今は、二十歳過ぎの涼やかな雰囲気の美女に見える。髪と瞳の色も、この島国の民同様、黒だ。

 だが、実際にどのくらいの時の長さを生きているのか、本当の髪と瞳の色は何色なのか、ユウはそれらを知らない。

 現在十六歳のユウが人の姿の桜花と並ぶと、二人はまるで姉弟のように見えた。

「姉ちゃんの髪……あれ、嫌じゃなかったかなぁ?」

 ふと片付けの手を止め、ユウは桜花を振り返った。

「ユイが自分で切った、髪のことか?」

 桜花は真顔でユウに聞き直す。

「うん……しかも、それをあいつらと戦う為に、利用するなんてさ」

 桜花の問に頷き、ユウは俯いた。そんなユウを、桜花はジッと見つめる。

「嫌だったんだな、ユウは」

「えっ」

 桜花に言われ、ユウはドキリとする。

「そ、そんなことないよ」

 慌てて否定するユウに、ふっと桜花は微笑んだ。

「ユイは、自分の行動は自分の意志で決めている。だから、伸ばした髪を切ったのも、おそらく後悔はしていないはずだ」

「そ、そっか……そうだよな、姉ちゃん強いからなぁ……あ、いや、あれは強いっつうか、頑固なんだよな」

 ユウは無理やり笑顔を作ると、くるりと桜花に背を向けて、再び店じまいを始める。

「ユウは、ユイがいなくなる覚悟ができていない」

 背後からの桜花の言葉が、ユウの心に突き刺さった。思わず、ユウの手が止まる。

「私は、それを責めるつもりはない。覚悟ができないならのなら、それはそれで仕方がない。むしろ、苦しんでいる自分自身を、見て見ぬふりをするのが一番良くない。我慢するな、ユウ」

 桜花は言い、スッとユウの真横に立った。

「……ミミにも……同じことを言われたよ……優しいな、ミミも桜花も」

 ユウは少し寂しげに笑った。

 真横に立つ桜花の体温が、ユウにじんわりと伝わってくる。

「私は、ずっとユウの傍にいるから」

「……桜花はさ」

 ふと視線を落とし、ユウは言った。

「おれの、じゃなくて、おれと融合してる誰かの傍にいたいんだろ?」

 ユウの言葉に、桜花は微かにたじろいだ。

「昔、桜花が龍神とどんな契約を結んだかは知らないけど……もし、姉ちゃんが“龍の瞳”になったら、おれは……いや、おれ達はどうなるんだろう? もしかして、おれ……消えちゃうのかな?」

 問われ、桜花の瞳に複雑な色が浮かぶ。

「すまない……そこまでは、私にもわからない」

「そうしたら、姉ちゃんだけに重荷を背負わせたって、自分を責めなくて済むかな」

 ユウはにっこりと桜花に笑って見せた。その瞬間、サッと桜花の胸が冷たくなる。

「もしそうなったら……それは、私が責めを負うべきことだ……あの人の魂を“カクノヒメ”の血筋に混ぜてくれと龍神に頼んだのは、私なのだから」

 どこか遠くを見るような目で、桜花は言った。

「もし、ユウの魂が行き場を失うというのなら、私はどんな手を使ってでも、お前の魂をこの世に繋ぎ止める……それが、私の償いだ」

 桜花がユウにそう囁いた直後、人の気配が店先に立った。それを感じ、ユウと桜花は同時に視線を上げる。

 二人の視線の先には、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた若い男が二人立っていた。男達は、二人とも背が高く、いかにも腕っぷしが強そうだった。

「よぉ、そこのべっぴんさんよぉ、ちぃっとオレ達と遊ばねぇか?」

 男の一人が、桜花を舐めるように眺めながら言った。

「いいよ、遊んであげる。丁度、そんな気分だったところさ」

 そんな男に、にっこりと妖艶な笑みを向け、桜花は言った。

「こいつぁ話が早ぇや、行こうぜ」

 ユウは無言のまま、三人が物陰に消えて行くのを眺めていた。

「あいつら、気の毒にな」

 ポツリと言うと、ユウは荷物をまとめてその場を離れたのだった。


「お、おい! 待ってくれ!」

 ユイ達が待つ借家に向かうユウの背に、切羽詰まったような男の声がかかる。

 ユウが振り返ると、そこにはぼろ切れのようになった服を纏った男がいた。

 つい先程、桜花と共に物陰に消えていった男たちの内の一人だ。

 ユウはぴたりと足を止め、気の毒そうな視線を男に向けた。

「お前の姉ちゃん、な、なんだありゃあ、バケモンか!」

 ハァハァと息を切らしながら、男は言った。その顔色は真っ青だ。よく見ると、あちらこちらに擦り傷が浮かび、そこから赤い血が滲んでいる。

「うん、まあ、そんなところだ」

「お願いがあります!」

 苦笑するユウに対し、男はガバっとその場で土下座した。

「え? おい、なんだよ」

 突然の男の態度に、ユウは狼狽えた。

「力を貸してもらえねぇか? オレら今、バケモンの事で困ってんだ!」

「はあ?」

 あまりに急な展開に、ユウが素っ頓狂な声を上げる。

「この町の外れにある古寺に、変なバケモンが出るんだよ! そのうち、女子供が攫われるんじゃねぇかって、皆騒いでてさ」

「いや待てよ、おれ達はバケモン退治屋じゃないんだぜ! そういう事なら、市政を頼んなよ」

 この国では、祓う力を持った者を国が雇い、要請があればその都度彼らを派遣していた。市政は、その窓口だ。

「そんなんじゃ、時間がかかんだろ!」

 男は叫び、必死に訴えた。

「えぇ……」

 ユウは、困惑したような表情を浮かべる。

 しかし、桜花はどこかへ行ってしまったのか、気配さえ感じなかった。

「言っとくけど、おれは人間だぞ。さっきの女の人は、単なるおれの連れで、おれの血縁者じゃないんだ」

「えっ、そうなの?」

 男は落胆したような表情になった。

「そうだよ! なあ、あの姉ちゃん、どこに行ったか知らない?」

 ユウは、桜花と一緒にいたはずの男に訊ねた。

「えっと……確か『なにかを取りに行く』みたいなこと言って、姿消しちまったよ」

「あぁ、そっか……」

 ユウは、額に手を当てて天を見上げた。

 桜花が彼女の同胞に依頼した品を、今日中に取りに行くと言っていたのを思い出したのだ。

「日が暮れると、寺に人魂が出るんだ……もうすぐその時間になっちまう……なあ、頼むよ、あんたどうにかできないか」

 男の縋るような声に、ユウはため息を吐いた。

 ユウは、元々お人好しな性格なのだ。

「わかったよ、行くだけ行くよ。だけど、おれじゃ解決できないってわかったら、市政を頼れよ? 分かったな?」

 渋々言うユウに、男はぱあっと表情を輝かせたのだった。

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