第13話 トラップ

 全身から怒りのオーラを発しながら、ルイザはズカズカと館の廊下を歩いていた。

 いつもと違う主の娘の様子に、周りの者は皆一様に戸惑い、率先して道をあける。

「あのクソガキめがあっ……舐めやがって……」

 ルイザは自室のドアを乱暴に閉め、傍にあったクッションを手当たり次第に投げ始めた。

「お嬢様がここまで荒れるのも、珍しいですね」

 ルイザの年若い侍女が、初老の執事の男にひそひそと話しかける。

「うむ……いったい、なにが起こったのやら」

 ルイザはクッションを左右に引きちぎり、それを思い切り床に叩きつけた。

 大量の真っ白な羽毛が、ふわふわと宙に舞う。

 宙から舞い落ちる羽毛の中で、ルイザはわなわなと震えた。

 どうしてこうまで怒りが湧くのか、当のルイザにもわからない。

「リィのやつ、あんな醜い人間の小娘なんぞに落とされおって……いやまて、ということは、始めからその程度の男だったということではないか!」

 ハッとし、ルイザはニヤリと笑う。

「そうだ……この高貴で美しい私に、奴がふさわしくなかった、ただそれだけだ! ならば、こちらから縁を切ってやる!」

 執事と侍女は、無言で視線を交わした。

「そうと決まれば行動あるのみだ! 全力で奴の邪魔をしてやる! どうしてくれようか……なんなら、あの小娘を始末してもいいな……どうせ奴は、こちらに一切手出しできんのだからな」

 ぶつぶつと、ルイザは言う。

「ゼダはどうしてる?」

 ふと、ルイザは執事の男に視線を投げかけた。

「は、最近は特になにもございませんが……」

「何もない? 節穴か、おまえの目は!」

 つかつかと大股で歩み寄り、ぐい、とルイザは執事の胸ぐらを掴んだ。

「リィを叩き落とすために、動いてるに決まってるだろうが……先を読め、先を」

 その耳元で、ルイザは囁く。

「は……気が利かず、申し訳ありません」

 執事の男は、淡々とした口調で言った。

「まったくだ!」

 ルイザは叫び、乱暴に執事の男を突き放すと、ドスンと椅子に腰掛けた。

 サイドテーブルのグラスに、侍女が飲み物を注ぐ。

「私はゼダの側につく……ふん、リィの奴め、ざまあみろ」

 くく、と笑いながらルイザはグラスをあおった。

 怒りに燃えるルイザの顔が醜く歪んでいることを指摘できる者は、この場に誰一人として存在していなかったのだった。


 ユイ達が借りている家の裏は、丁度人気のない空き地だった。

 その壁に背を預けながら、リッシュは先程の場面を思い出している。

 事の成り行きとはいえ、ルイザに喧嘩を売ってしまったのは少し失敗だったとリッシュは考えていた。

「まあでも、ちょうど良かったのかもしれない……あの女性のこと、大っ嫌いだったし」

「リッシュ様……」

 ふと、リッシュの教育係のジークが姿を現す。

「うん、ごめんジーク。余計な心配の種、増やしちゃった」

 リッシュはいたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

「まあ、やってしまったことは仕方ありません。先々に行う予定だった手続きが、前倒しになったと考えておきますよ」

 ジークは冷静な口調で言った。

「その後どうですか、課題の方は? その様子では、順調のように見えますが」

「あ、わかる? ルイザのお陰でね、少し進んだ気がするよ!」

 リッシュはユイを抱きしめた時のぬくもりを思い出し、頬を赤く染めた。

「さようでございますか」

「離せって言われたから離しちゃったんだけど、ずっとギュッてしていたかったなあ……ユイさんの体、あったかかったぁ……」

 はあ、とため息を吐きながらリッシュは残念そうに言った。

「あっ、しまった!」

 突如、リッシュはハッとして叫んだ。

「どうしました?」

 ジークが訝しげな視線をリッシュに向ける。

「ユイさんの髪、短くなったんだよ! こんなに長かったのに、こんなに短くなったんだ!」

 リッシュは身振りで、ユイの髪が腰辺りの長さから肩の上の長さに変わった事を懸命にジークに伝えた。

「それは、そんなに大事なことでしょうか?」

 ジークは半ば呆れたような視線をリッシュに向ける。

「すっごく大事だよ! 『髪型が変わって、さらに可愛くなったね!』って言われたら、喜ぶでしょ。特に女性は!」

「はあ、そうなのですか」

 ジークは熱の籠もったリッシュの言葉に、気の抜けた返事をした。

「今度ユイさんに会ったら、一番に言おう」

 ワクワクと表情を輝かせるリッシュに対し、ジークはゴホンと咳払いする。

「あ、ルイザのことね……こうなったら、彼女はゼダに協力するだろうから、向こうの戦力倍増ってとこかな?」

「……まあ、そうなりますね」

「向こうの手は読める?」

 リッシュは真面目な表情で、ジッとジークの瞳を見つめた。

「まあ、いくつかは……火種のうちに潰せるものは、全て潰しておきます」

「うん、すまないが頼むよ」

 ジークは無言で頭を垂れ、姿を消した。

「さて……」

 リッシュは、真横にいる四人の魔族を見た。全て、弟ゼダが差し向けてきた者だ。

 四人は手足を縛られた上に口も塞がれ、地面に転がっている。

 四人は揃って動揺をその瞳に浮かべていた。

「大丈夫だよ……君たちの顔は、ちゃあんと覚えておくからね。私は記憶力がいいんだ」

 にっこりと人懐っこい笑顔を浮かべ、リッシュは四人に話しかけた。

 四人の瞳に浮かぶ光が、動揺から絶望に変わる。

「トラップにかかったのは四人……おそらく陣を作って、結界を破るつもりだったんだろうけどねぇ……さて、どうしたものか……仮に、作戦はうまく行ったって口裏を合わせてもらったとしても、すぐにバレちゃうだろうしなあ……かと言って、君たちにこちらについてもらうほど、信用もできないし……やっぱり、ちょっとの間行方不明になっててもらおうかな?」

 にこっと笑ってリッシュは四人に手のひらを向けた。

 その瞬間、四人の体がまるで落とし穴に嵌ったかのように、地中に消える。

「さあて、桜の姫は何を持ち帰ってくるのかな?」

 四人を飲み込んだ部分は、今はもう何事もなかったかのように、ただの地面と化していたのだった。

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