第4話 交渉の行方

 アイユーブ朝スルタン・アル=カーミルは迷っていた。

 ダマスカスを拠点としてシリア・パレスティナ地域を治める弟・アル=ムアッザルとの間に、キリスト教徒フランクが支配する緩衝地帯を置き、弟との衝突を回避する。その構想が、弟の急死によって無用のものとなったのだ。

 それでもなお、エルサレムを譲り渡すべきか――。


 この時期、カーミルはエルサレムの北8ファルサフ(1ファルサフ=約6km)ほどにある町ナブルスを拠点として、弟の死を契機にシリアをスルタン直轄領に組み込むべく奔走していた。

 その試みはおおむね成功に向かってはいたのだが、ムアッザルの息子・アン=ナースィル=ダウドはダマスカスに立て籠もってしぶとく抵抗を続けており、またシリア領内の各都市の領主たちも、カーミルに完全に服従しているとはがたい。

 さらに、カーミルのもう一人の弟でメソポタミア地方を領有していたアル=アシュラフも、兄であるスルタンの権力が大きくなりすぎることへの警戒から、介入の構えを見せていた。


 そのようなわけで、あまり追い詰めすぎるのは禁物と、一旦カイロに引き上げることにしたカーミル。

 途中、地中海東岸の町・ガザの離宮に立ち寄りしばらく滞在することにした彼の元に、ファクルッディーンが知らせを持って来た。フリードリヒ一行が、当初拠点としていたアッコンから、さらに南のヤッファ(現在のテルアビブ)に移動したというのだ。


「うーむ。距離を詰めて来おったか。何が何でも、エルサレムアル=クドゥスを手に入れるつもりのようだな」


 まあ、実際にはそのこと以外にも、教皇からの圧力で反フリードリヒ色を鮮明にしたエルサレム総主教――彼はこの時、エルサレムを逃れてアッコンにいた――がうっとうしくなったから、という事情もあったのだが。



「我々と教皇との対立、すでにスルタンの耳にも入っているのでしょうな」


「それはそうだろう。こちらだって、アイユーブ家のお家の事情はおおむね把握しているのだからね。こちらの不都合な事情は相手に伝わっていないなどと期待するのは、虫が良すぎるというものさ」


 ヘルマンの問いかけにフリードリヒが答える。実は、フリードリヒは教皇を必要以上に刺激することへの配慮や地元キリスト教社会への影響を考慮して、今回の十字軍の主将の座をヘルマンに譲っていた。つまり、チュートン騎士団長ヘルマンこそが、第六回十字軍の主将なのだ。――形式上は。


「それにしても、ナースィルとやら、もう少し頑張ってもらいたかったですな」


 ムアッザルの子ナースィルの勢力が父の時代と変わらなければ、カーミルの気が変わらなかった可能性はあっただろう。とは言え、それを期待するのはやはり、少々虫が良すぎるというものだ。


「仕方ないさ。カーミル殿がそれだけやり手だったということだろう」


 フリードリヒにとっては、中々に苦しい交渉であった。こうしている間にも、教皇による足許あしもとの切り崩しは進んでいるはずで、そしてそのことはイスラム側にも知られているとみて間違いない。カーミルにエルサレムを譲る気がないのなら、のらりくらりと時間を稼ぎ、フリードリヒが引きげざるを得なくなるのを待つだけでいいのだ。


 フリードリヒが海軍司令官であるエンリコ=ディ=マルタに命じて建造させた船団は、ナイル川の遡行そこうもできる構造になっており、その気になればカイロを直撃することも不可能ではない。

 しかし、もし仮にそのようなきょに及んで、よしんばカイロを陥落させたとしても、教皇と対立しており後詰ごづめの期待もできない状況のフリードリヒ軍は、イスラムの大海の中の孤島とならざるを得ない。


 つまり、フリードリヒがカーミルに対してる手段は、誠意を尽くして交渉、それ以外に無かった。

 誠意だけで外交交渉が上手くいくなら誰も苦労はしないのだが――、この時は、奇跡的にその誠意が相手を動かした。


「ほほう、岩のドームクッバ=アル=サフラをはじめ、我らの聖地については我らの手に残してくれると?」


「はい。ただし、キリスト教徒が参拝することは認めてほしいとのことですが。逆に、イスラム教徒が彼らの領域にて祈りを捧げることも認めるとのことでございます」


 エルサレムからイスラム教徒ムスリムをすべて追い出せなどという話は無論受け入れられぬし、フリードリヒもそんな愚かなことを言い出したりはしないだろうとは理解していたものの、エルサレムをキリスト教徒に譲り渡す以上、町の支配権はすべて彼らのものだと主張されるのはやむを得ないと考えていた。

 そこからどれだけ譲歩を引き出せるかというのがカーミルにとっての課題だったわけだが、フリードリヒという男、思っていた以上に柔軟な考え方の持ち主らしい――。

 カーミルのフリードリヒに対する好意は、次第に深まっていった。


 元々、第五回十字軍の時の講和条件にもエルサレム返還を持ち出したように、カーミルにとって、エルサレムこそが災いの種、という認識はあった。キリスト教徒フランクにとって聖地であるこの町をイスラム教徒ムスリムが保持している限り、争いは何度でも寄ってくる。

 しかし、エルサレムはイスラム教徒ムスリムにとっても聖地である。そう簡単に譲り渡すわけにはいかない。何より、国内の反発が恐ろしい。

 だから、お互い必要なところだけ分かち合いましょうというフリードリヒの提案の合理性は、カーミルの心に響いた。

 ――もっとも、あまりにも広く遠くを見通せる目を持ったこの二人は、世の人々には彼らの「合理性」が理解できぬであろうことを、見落としていたのだが。


 こうして、カーミル側はファクルッディーン、フリードリヒ側はベラルドやヘルマンを使者とした緊密なやり取りが続き、ついに1229年2月18日、両者の間で和平条約が締結された。

 これが世にう「ヤッファ条約」である。

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