第12話
窓の外では、つむじ風に舞う細雪が降っていた。もう12月も半分を過ぎ、寒さが身にしみる。
僕は机に向かってノートを手に取った。元の場所へ返すことも考えたのだが、これは僕が持っていても差し
指先に息を吹きかけてかじかんだ手を温め、僕はノートを広げた。
表紙に『28』と書かれたそのノートをめくった。
『4月1日(金)
今日は高校の入学式。体育館に並べられた椅子に座って話を聞いた。やたらと長くて周りをキョロキョロとあくびをしながら見てたら、その時に一気に眠気が吹っ飛んだ。離れた横の席に目が釘付けになって、一瞬にしてわたしの胸が高鳴った。
ヤバい、今思い出してもドキドキする。胸が苦しい。あれはいったい誰!?』
『4月12日(火)
高橋和孝くん! 名前をゲット!
和孝くんって言うんだぁ。なんか名前を知ると、存在がはっきりしたみたいで余計にドキドキする。
もっといろいろ知りたいなぁ。何が好きなんだろう。どんな音楽聞いて、どんなゲームやって、どんなマンガ見てきたんだろう。知りたい欲が止まらない。
はぁ、なんで恋しちゃったんだろう。一目惚れなんて初めてだよ』
『5月4日(水)
沙織ちゃんと里佳ちゃんとお出かけ。その時に和孝くんのことを打ち明けた!
2人に「なんで好きになったの?」って聞かれたけど、「わかんない」って答えた。だって本当にわからないんだもん。
でも確かに好きになるタイプとは違うし、なんで好きになったんだろう??』
『5月19日(木)
2人に打ち明けたら、なんか余計に和孝くんを意識するようになっちゃった。こっそりF組の前を通ってみたり。
でも部活も入ってないみたいだし、あまり教室から出ないから情報が全然手に入んない。
手ごわい! 手ごわいぞ! 和孝!』
『6月10日(金)
なんか夢に和孝が出てきた!
急に顔を近づけてきてキスを迫られて。
欲求不満かよ、わたし!』
『7月16日(土)
どうしても我慢できずに和孝の跡をつけちゃった。だってたまたま沙織と里佳と買い物してプリクラ撮った帰りに駅で出くわすんだもん! 倉本くんだったかな、駅で別れてひとりで歩いてた。
「2人が話し掛けちゃえ」って言うけど、わたしはもう手ブルブルで。それで尾行しようってことになって。和孝、ごめん!
2人にお願いして一緒に行った。2人も「探偵みたい」ってノリノリだったし。
和孝の降りた駅で私たちも降りたんだけど、なんか不思議な感覚で。デジャブっていうやつ?
小さな公園の前を通った時、思い出したの! わたし、ここ来たことあるって!
和孝が行っちゃうから、そのままついていって、一軒の家に入っていった。
ああ、ここが和孝の家なんだぁ、ってしみじみ思ったけど、やっぱ罪悪感がヒドイ!
しちゃいけないよね、こんなこと。』
『8月10日(水)
わかった!
あれからずっと考えてて、あの公園なんで知ってるんだろうって! 小学校の頃に行ったことあったんだ!
お母さんに会いたくなって仕事場の近くまでひとりで電車に乗って。でも場所が分かんなくて泣くのをこらえながら歩いていたらあの公園にたどり着いたんだ。そしたらひとりの男の子がいて、ベンチに座ってた。その横顔はその時のわたしなんかよりずっとどんよりしていて。
でもわたし、話し掛けようとしたんだけど話し掛けられなかった。そしたらその子のお父さんが来て帰っていった。わたし、なぜか2人についていった。2人が家に入ろうとすると、中からお母さんが大きな荷物を持って、たたずむ2人に深く頭を下げていた。お父さんの手につながれた男の子は唇を噛みしめて涙ぐんでいたの。
小さいわたしでもなんとなく状況が分かった。だからわたしすごく後悔した。公園で話し掛けてあげればよかったって。
わたしは結局、お母さんの職場が分からず、道行く人に駅の場所を教えてもらって帰った。
その後もずっとその男の子の横顔が気になってた。
その家、表札に『たかはし』って書かれていたの』
『8月11日(日)
運命だって勝手に思い込んじゃうわたしがいる。でも本当にスゴいことだよね?
わたし、和孝に会ったことあったんだ。こんなことってある?
もう胸がバクバクして、やっぱりこの出会いは特別なんだって思うんだ。
うん、きっとそう。運命なんだよ!』
『9月20日(火)
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝
高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝 高橋和孝』
『9月28日(水)
もう9月も終わる。どうしても声を掛けられない。やはり不審に思われるだろうなぁ。何かきっかけがあればいいけど、それはなかなかやって来ない。来てくれない。
入学式で和孝と出会ってもう半年になる。仲良くなりたい。喋りたい。その気持ちが日に日に強くなっていく。
そうだ、高望みはまずは捨てるべき! まず一歩目を目指そう。単に友達として仲良くなればいいんだ。その後のことはその時に考えよう。和孝のクラスメートから攻めるというのはどうかな。そこからみんなで出掛けるなんて話になって、そこに和孝が参加してくれたりして。そしたら最高なんだけどなぁ。そこで意気投合して、今度は二人で行こう、なんて誘われたりして。
なんて、無理だよね……。きっとわたしになんて興味なんてないよね。見ず知らずの、喋ったことのない別クラスのわたしなんて。
あぁ、胸が痛いよ。この気持ち、どうすればいいの。いつか会話できたらいいな。いつか仲良くなれたらいいな。仲良くなって、そして和孝がわたしのことを好きになって、わたしのことを想ってくれたら、わたしは死んだっていいのに』
『10月16日(日)
もう決めた! 明日和孝の家に行くことにした!
でも変に思われるよね、きっと。急に声掛けられたら。前に会ったことあるなんて言っても、きっと触れられたくない出来事だろうし。だからきっとそのことは死んでも言えない。
でも喋りたい。少しでもいい、喋ってみたい。
コワイ。やっぱいざとなると恐くなっちゃう。
あー、もう! しっかりしろ香澄!
とにかく行こう! 明日!』
日記はそこで終わり、そして10月17日の夜、彼女は僕の部屋へやって来た。
僕はノートを始めのページへと戻した。
『4月1日(金)
今日は高校の入学式。体育館に並べられた椅子に座って話を聞いた。やたらと長くて周りをキョロキョロとあくびをしながら見てたら、その時に一気に眠気が吹っ飛んだ。離れた横の席に目が釘付けになって、一瞬にしてわたしの胸が高鳴った。
ヤバい、今思い出してもドキドキする。胸が苦しい。あれはいったい誰!?』
入学式から始まるこのちっぽけで壮大な物語。
密かに想いを寄せながら、やがてその感情は果てしなく膨れ上がってゆく。
村瀬香澄、同じ高校の同級生。
彼女はいつまでもこの日記の中で、僕に恋をし続けている。(完)
僕は彼女を知らなかった 浅見 青松 @aomatsu_asami
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