第7話 ルリの話

 期末テストが終わり、終業式まで残すところ一週間となった。それが終わったらいよいよ春休みである。

 期末テストの結果発表があった日から、優梨とは学校ですれ違うとき挨拶を交わす程度の関係になってしまった。お互いにお互いが話したいことがあるのだが、なかなか切り出せずにいた。

 今日こそは、優梨に告白しようと決心していた。しかし、いざとなると言い出しづらい。

 放課後になり、俺は優梨と一緒に帰ろうと声を掛けるタイミングを窺っていた。

 優梨は今、友達と会話をしている。俺はその輪の中に入りにくい。


「おい、優梨」


 一人の男子生徒が、優梨に話しかけた。


「なに?」


 と、優梨は答える。


「あのさ、この前言ってたことだけど……、やっぱり俺、おまえのこと好きだわ。付き合ってくれ!」

「ごめんなさい」

「即答!?」

「私、好きな人いるから」

「そっか。分かった」


 優梨には彼氏がいると噂されているが、もしかすると、本当にいるのではないか。俺はそう思い始めていた。

 そのとき、背後に気配を感じた。振り向くとそこには影浦瑛太の姿があった。


「うぉっ!」


 思わず声が出てしまった。


「何だ? 俺の顔見て驚いて」

「いや、何でもないよ。それより君も彼女に興味があるのかい?」

「ああ。もちろん。一之瀬さんって気品があるよな」


 優梨の方を見ると、優梨は少し寂しそうな顔をしていた。そして、優梨は俺たちの横を通り過ぎた。


「なぁ、陽向。お前さ、最近、一之瀬さんとよく話すのか?」

「え? まあ、話すことはあるよ。同じクラスだし」

「そうか。それで、ちょっと訊きたいんだけど、一之瀬って彼氏とかいたりしないのかな?」

「いないんじゃないかな? 少なくとも俺の知る限りはいないと思うよ」

「そうなのか。良かった。じゃあ、俺にも可能性はあるな」

「えっ? どういうこと?」

「いや、なんでもねぇ!」


 そのとき、優梨が振り返りこちらを見た。目が合ったが、すぐに視線を逸らされてしまった。

 俺は、気まずい雰囲気のまま、影浦と共に下校した。




 自宅に戻り、自室に入るとベッドに寝転がった。


「はぁ……」


 俺は深い溜め息をつくとともに、先ほどの出来事を思い出していた。


『なぁ、陽向。お前さ、最近、一之瀬さんとよく話すのか?』

『え? まあ、話すことはあるよ』

『そうか。それで、ちょっと訊きたいんだけど、一之瀬って彼氏とかいたりしないのかな?』

『いないんじゃないのかな? 少なくとも俺の知る限りはいないと思うよ』

『そうか。良かった。じゃあ、俺にも可能性はあるな』


 影浦は、優梨に告白する気でいるのだろうか。そんな事を考えていると部屋にルリが入ってきた。

 物静かな彼女は言いにくそうにもじもじした後、こちらが促すより早く声をかけてきた。


「陽向さん、少し話を聞いてもらってもいいですか?」

「ああ、いいよ」


 ルリはあの事件の関係者かもしれない少女だ。俺はルリと出会って家に連れてくる事になったあの月見野高校の事件を思いだす。

 あの学校で事件が起こった時、俺は訳も分からず呆然としているしかなかった。その現場にいたのがルリだ。俺は彼女に声を掛けた。


「いったい何があったんだ?」

「分かりません……何も分からないんです……」

「そうか……」


 この学校でいったい何が起こったのだろうか。分からないまま二人して沈黙してしまう。だが、いつまでもこうしている訳にもいかないのは確かだった。

 俺は思い切って彼女に手を差し出した。


「一緒に来るか?」

「はい……」


 震えて座り込む彼女を置いていく気にはなれなかったのだ。きっと不安なのは彼女も同じだと思ったから。

 そうして二人で学校を後にして、その後の事はよく分かっていない。

 きっと警察の調査で明らかになっていくのだろう。そう期待したい。

 彼女は、自分の名前以外覚えていなかった。家族の名前も、友達の名前も、住んでいた場所すら。記憶喪失なのだろうと父は言うが正確なところは俺には分からない。

 引っ込み思案のルリは迷いながらも勇気を出して俺に話しかけてきてくれた。


「陽向さんは、私を保護してくれたんですよね?」

「そうだよ」

「ありがとうございます。あのときは助かりました」

「気にすんなよ。俺が好きでやったことだからさ」

「あのときの私は、自分がなぜあんなところにいたのか分からなくて……。でも、助けてくださったのが陽向さんで本当に良かったです」

「うん。俺も君が無事で本当によかったよ」

「はい。それでですね、あのときの私の服装とか、何か覚えていることありませんか?」

「うーん。制服姿だったような気がするけど、はっきりとは思い出せない」

「そうですか……」


 なぜ服装を気にするのかよく分からない。あの時は俺も事件で頭が一杯になっていて他の事を気にしている余裕はなかった。

 そう言えばあの時ルリは何か変わった物を持っていたような気がするが……駄目だ。やっぱりよく思いだせない。


「君自身は覚えていないのか?」

「はい、気が付いたらあなたに手を引かれていました」

「そうなのか……」


 ルリはどこから来たのか。あの学校で何をしていたのか。彼女自身から聞き出すのは無理そうだ。


「あの……、陽向さんは私が何者だと思いますか?」

「それは分からないなぁ。君自身が分からないものを俺が分かるはずないよ」

「そうですよね。ごめんなさい」


 ルリは申し訳なさそうに俯く。俺は慌てて取り繕うように続ける。


「君はどうしたい? これから」

「警察に保護されようと思っています。いつまでも陽向さんに迷惑は掛けられませんから」

「それでいいのか? 君がよければもっとここにいていいんだぞ」

「良いんですか? ここにいて」

「大丈夫だよ。それに俺もあの事件を調べたいんだ。君を手放したくない」

「えっ? そうなんですか? 陽向さんは、何のために調べているんですか?」

「あの日、俺が見たことを真実を知りたくて。俺だってあの事件に巻き込まれた側だから知らないでは済ませられないんだ」

「そうなんですね。私も知りたいです。真相を」

「分かった。じゃあ、協力してくれるか?」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうして俺は、謎の女の子ルリと一緒に事件の真相を追うことになった。




 そして、次の日。


「陽向さん、おはようございます。朝ごはんできていますよ」

「あ、あぁ、ありがとう……」


 彼女が朝食を作ってくれた。ルリは今、俺の家に住んでいる。彼女の素性が分かるまで俺の家にいてもいいと提案して彼女が許諾した。

 両親も快く迎えてくれて彼女もこの家の一員として頑張る決心をしたようだ。

 俺は、ルリの作った卵焼きを口に運んだ。


「ど、どうですか? 美味しいですか?」


 ルリは不安そうに訊いてくる。


「あぁ、おいしいよ。記憶喪失なのに料理は作れるんだ」

「どうしてなんでしょうね? 何か出来そうな気がしてやってみたら出来たんです。不思議です」

「そっか」


 彼女の正体については謎ばかりで何も分かっていないが、俺はルリと出会えて幸運だと思った。

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「あ」から始まるサスペンス けろよん @keroyon

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