第6話 学校の期末テスト
二月二十三日の金曜日、今日は期末テストの返却日だ。俺にとっては、高校受験以来の試験の結果が返ってくる。正直、自信はない。なぜなら、今回もまた成績優秀者の欄に載れなかったからだ。しかも今回は前回よりも悪い順位かもしれない。
そもそも、なぜこんなにも勉強して結果が伴わないのか。それは、勉強時間が少ないということもあるが、それ以上に大きな要因がある。それは、俺があまり授業中に集中できていないことだ。
原因は明白だ。
俺は、あの事件以来ずっとある人物に思いを馳せている。それは拾った女の子ルリの事だ。彼女はきっとあの事件に関わっている。だから、そのことばかり考えてしまう。当然のことだが、他のことをしているときは別のことを考えているから、事件の事が思い浮かぶことはない。しかし、いざ何かに集中しようとすると、その光景は現れるのだ。そして、その度に俺は事件のことで頭がいっぱいになる。そんな状態が続けば、必然的に注意力散漫となり、学力が低下するのも無理はないだろう。そんな状態では、いくら机に向かっていても意味がない。
しかし、これではいけないと思いつつもなかなか気持ちの切り替えができないでいる。
おそらく、優梨も同じだろう。彼女は彼女なりに努力をしていると思う。だが、俺と同じ状況だとしたら、やはり優等生でも心は脆く崩れやすいものだと思う。
優梨とは、期末テスト後に一緒に帰っている。そのときに、お互いの成績について話したことがあるのだが、優梨も同じような悩みを抱えていたのだ。
優梨も俺と同様に、事件のことを考えると、どうしても他のことに手がつかないそうだ。特に数学などは顕著で、公式を覚えていても応用問題になると解けないことが多いらしい。
「どうしよう、私このままじゃダメなのに……。このまま成績が落ち続けると、お父さんに合わせる顔がないよ」
優梨は悲痛な面持ちで呟いた。
優梨の父親は、県会議員である。そのため、優梨は小さい頃から英才教育を受けてきたと聞く。小学校高学年のときにはすでに中学生レベルの勉強はこなしていたと聞いている。
そんな優梨が、中学二年になってから急に成績が落ちた。
「大丈夫だよ。優梨ならすぐに取り戻せるよ」
「ありがとう。陽向くんのおかげよ。あなたのおかげで、私の中の迷いがなくなったの。陽向くんがいなかったら、私はきっと今頃どうなっていたか分からない」
「そうかな? 俺は何もしてないけど……」
「ううん。あなたのおかげで、今の私があるのよ」
「それなら良いんだけど」
「ねえ、陽向くん。これからも私たちって仲良くできる?」
俺は一瞬戸惑った。なぜなら、俺は優梨のことを好きだから。もちろん恋愛感情として。でも、今はルリの事も気になっていて……
「えっ!?」
突然の言葉に思わず動揺してしまう。
「ごめんなさい。ちょっと唐突だったよね。今までは友達としては仲良かったと思ってる。でも、もし私が成績を落としてしまった原因が分かったら……、あなたは私から離れていくんじゃないかって思ってしまって」
「そんなことは絶対しないよ。だって俺たち親友じゃないか」
「そうね。ありがとう。信じてるわ」
優梨は笑顔を見せた。その表情にはどこか寂しさを感じられた。
俺はこの話題を続けることができなかった。なぜなら、俺は優梨に対して特別な想いを抱いている。それは、優梨も薄々感じていることだろう。だからこそ、この話をするのは勇気が必要だったはずだ。
そう思うと、この場に居続けることが辛くなり、「また明日ね」とだけ言い残して俺はその場を去った。
今日は期末テストの最後の返却日を迎えた。これで全ての教科の結果が出そろう事になる。俺にとってはとても憂鬱な一日である。
教室に入ると、クラス中が騒然としていた。
「おはよう」と声をかけても返事をする人はいない。みんなテスト結果を見て興奮しているようだ。俺も自分の席に着いて、さっそくテスト結果を眺めた。
今回のテストもいつも通り、平均点を大きく下回る結果となった。しかも順位は前回よりも落ちている。ただ、一つ順位が上がったものがある。それは、化学だ。
前回は五十位台だったが、今回は三十六位である。前回よりも二十以上順位を上げている。
これは、優梨との勉強会の効果だろうか。
「よお、天川!」
後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこには、中学時代からの友人、砂井大地がいた。
「おお、大地」
「お前、何位だった?」
「俺? まあ、見ての通りだ」
「何だ、もったいぶりやがって。今回は何位だ?」
「ああ、今回はな、見ての通りだよ」
「すげぇな。俺より上か。前回は何位だったんだ?」
「前回は百四十八位だ」
「へー。俺なんか前回は四十一位で、今回は二十九位だぜ。前回よりも順位上がったのに、相変わらずビリだ。悔しいぜ。勉強したはずなのになぁ……」
「勉強しても成績が変わらない奴もいるんだよ」
「そういうもんかね……。俺は勉強しても順位が下がる一方だ。勉強すればするほど、勉強嫌いになる。だから勉強する気になれねぇ。勉強しても順位が上がらないなら、勉強しても意味ないんじゃないのかなって思っちまう。勉強した分、無駄になった気がして」
「そんなことないよ。俺は、順位は上がるよ。大地もいつかはきっと伸びると思うよ」
「本当かよ? だとしたらいいんだけどな」
「きっと大丈夫だよ。それに、大地は部活で忙しいから仕方ないよ。でも、大地はきっと将来良い先生になれると思うよ」
「そうか? サンキュー」
「ところで、大地は今回どのくらいだったの?」
「俺? 俺の点数は、七十五位。まあまあってところかな」
「ふぅん。俺も負けてられないな。もっと頑張らなくちゃ……」
「そうだぞ。頑張ってくれよ」
「うん。ありがとう」
「あっ、そうだ。陽向は期末テスト終わった後、どうするつもりなんだ?」
「えっ、期末テストが終わったあと? 普通に家に帰るけど」
「そうか。じゃあさ、春休みに入ったらどっか遊び行こうぜ」
「別に良いけど、どこに行くの?」
「まだ決めていないけど、海とかどう? ほら、去年も優梨たちと行ったろ? また行きたいなと思って」
「うん。行くよ」
「よし決まり! 楽しみにしてるよ」
「分かった。俺も楽しみにしているよ」
「おう!」
そう言うと、大地は去って行った。
優梨とのデートに誘う絶好のチャンス到来だ。
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