第5話

「それで、結局の所、ご依頼というのはどういった内容なんでしょうか、えーっと……」

 依頼人の目の前で、トレントは困惑し眉を寄せる。

「私のことはマロリーとお呼び下さい」

 美しい依頼人は感情を見せずに答える。おそらくは偽名だろう。

「近々、この事務所にある人物が訪ねて来ます。そのとき、私を同席させて欲しいのです」

「それが依頼の内容ですか?」

「ええ」

 トレントは一層眉根を寄せて考え込むことになった。依頼の内容は探偵業という訳では無い。それになぜ、彼女には目的の人物が訪ねて来る確信があるのか。

「探偵にも守秘義務というのがあります。別の依頼人のプライバシーに係わることは難しいですね。それにますます分かりません。先程お話して頂いたプログラム・イブは、この件にどういう関係があるんです?」

 混乱するトレントをさも当然だとばかりに、彼女は涼しい顔のままである。

「ある人物というのは政府の捜査機関の人間です。その人物は、プログラム・イブの研究をしている政府機関で起きた、ある事件の捜査担当官です」

「政府の捜査機関? そこの人間がこんな三流事務所に?」

 話の流れから考えると、その人物はプログラム・イブの研究機関で起きた事件の関係で来る。しかしトレントには、そんな事件の情報に心当たりは無かった。

「訪問の理由は捜査への協力依頼でしょう。トレント様はご自身が思っているより優秀な探偵ですよ」

「お世辞は嬉しいですが、有り得ませんよ。この街には他にもっと大きな探偵事務所も有ります。うちの様な零細事務所にそんな依頼が来るなんて、考えられません」

 普段のトレントで有れば、彼女の様な美人からお世辞を言われたなら手放しで喜ぶところだろう。

「これは至って確率的な問題です。こう言った方が宜しいですか?」

 トレントは釈然としなかったが、少なくとも彼女が確信していることは理解出来た。それでもまだ十分な情報が得られた訳ではない。

「事件というのが何かは分かりませんが、あなたはその事件の関係者ということですか? つまりは、捜査の状況を探りたい、そういう依頼ですか?」

 マロリーはトレントの瞳を真っ直ぐ見つめ返す。

「端的に言えば、私はその事件の犯人です。それに捜査の状況について知りたいという訳ではありません。ただ同席させて欲しい、それだけです」

 彼女の言葉に、トレントは思わず目を見開く。彼女が犯人かどうかより、自分から犯人だと宣言したことが驚きだった。もし彼女のいうとおりなら、依頼を引き受けるのは問題だろう。

「ご安心下さい。私には誰かに危害を加える意思はありません。事件というのも暴力的なものではないですし、ここへ来た捜査官に私を犯人として引き渡して頂いても構いません」

 トレントの目には、彼女が嘘を言っている様には見えなかった。それでもトレントは、自分の中に抗い難い欲求が芽生えていることに気付いた。

「依頼をお引き受けて頂く際に着手金を払い、依頼の完了後に依頼料を払う、そういうシステムだと聞いています。ただ、依頼料をお支払い出来ないことがあると思いますので、事前に纏まった額でお支払いしようと思うのですが……」

「お金のことは、一旦忘れて下さい」

 そもそも、彼女が起こしたという事件は一体何なのか? 彼女の依頼の目的は一体何なのか? トレントが知りたいことは尽きない。

「探偵に守秘義務があるということは、先程お話ししましたね?」

 この展開も、彼女にとっては想定内かもしれない、トレントはそう感じていた。

「ですから、あなたの依頼を引き受ける上で1つ、必要な条件があります」

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√E モリアミ @moriami

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