050 冒険者たちの一幕。


「──《スラッシュ》!! ……はぁ……はぁ……まだ、全然ダメだ。あの時のルークくんはもっと……」


 なんとなく感覚は掴めてる。

 でも……違う。ルークくんのあの剣には足元にも及ばない。遠くで見ているだけなのに目が離せなくて、どうしようもなく憧れてしまうあの剣には……。


「はぁ……はぁ……」


 ほんの一瞬視界がぼやけ、軽い目眩と共に足がよろけた。身体が重い。剣筋もかなり鈍ってきている。

 今日はもう限界かな……いや、もう少しだけ。

 あと少しだけやろう。あと、少しだけ……。


「……ちょっとくらい無理しないと、絶対に追いつけない。──それに、やっと分かったんだ。ほんと、ルークくんはいつも僕に道を示してくれるね」


 僕がずっと感じていたけど、掴めずにいたこの力。

 なんとなく魔力とは違う気がしていた。でもはっきりとは分からずにいたんだ。

 ルークくんの技を実際に見て、それを肌で感じて、やっと明確になった。師匠との修行で、自分を限界まで追い込むことで大きくなっていったのはこの力だったんだ。

 力は確かにある。感じる。でも……僕はまだ使いこなせていない。


「必ず、僕も使いこなせようになってみせ──」

「──アベル」


 後ろから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 ここはギルドに併設されている訓練場。誰が来てもおかしくはない。だけど、それはとてもよく知っている声だった。


「リリー……? どうしたの?」

「…………」


 初めて見るかもしれないリリーの表情。言いたいことがあれば言う。そんな当たり前のことを、当たり前のようにできるのが彼女だ。

 でも、このときは少しだけ言いづらそうにしていた。僕にはそれが何故なのか分からない。

 だから、鍛錬で乱れた呼吸を整えながら言葉を待った。


「……こういうことは、あまり言うべきではないのかもしれないわ。でも……聞いて欲しいの」

「…………」


 僕には分からない。

 リリーが何が言いたいのか。


「アベルは……『ルーク』にはなれないわ」

「……え」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

 きゅっと握られたように苦しくなった。


「アンタがルークに憧れてるのは知っているわ。それもすっごくね。でも……彼と同じ道を、彼と同じ速さで進もうとするのは……良くない気がするの。こんなこと急に……ごめん」

「…………」


 確かに、僕は憧れている。

 隠すつもりなんてない。ルークくんはいつも僕の想像をはるかに越えてくる。


 ──『絶対的な強さと勝利の象徴』。


 僕にとってのそれは、師匠でもブラッド先生でもない。……ルークくんだ。

 僕からすれば、師匠もブラッド先生もどれだけ強いのか分からないほどにすごい人たちだ。

 でも、どうしてかな……やっぱり僕にとっての『絶対的な強さと勝利の象徴』は君だよ、ルークくん。


「ずっと無理してるでしょ……アンタ。アスラン魔法学園でルークに出会ってから。私はアベルが凄いことを知っているわ。属性魔法が使えないのにこの国最高の学園に認められた。本当に凄いことだわ。でも、ルークは……ごめんなさい。このまま無理し続けたら、そう遠くないうちにアンタが壊れちゃう気がして、私──」

「──ははっ」


 馬鹿だな、僕は。

 やっと分かった、リリーが言いたいこと。

 いつも強気で、僕を引っ張ていく彼女が気を遣って、傷つけないように言葉を選ぶなんて似合わないことをしている。


 ただ偏に──僕を傷つけないように。


 心配してくれているんだ。

 本当に、恵まれているな。

 ずっとそうだ。あの村で拾われて、僕を愛してくれる人達に囲まれて、育ててもらって。

 僕を導いてくれる師匠に出会って、心から心配してくれる友達までできた。

 そして僕のかけがえのない友達で、はるか先を歩むルークくん。目標となる人が手を伸ばせば届くほど近くにいる。

 ははっ、こんなにもらっちゃっていいのかな?

 だから、尚更どうしようもなく欲しいんだよ。この宝物を二度と失わないための、守るための力が──。


「ありがとうリリー。心配してくれて」

「べ、別に! 心配なんてしてないわよっ! ……ただ、アンタに何かあったらちょっとだけ気分悪いと思っただけ」


 やっぱり優しいな、リリーは。

 平民ですらない僕に、貴族の彼女が平行な目線で話てくれる。それは、きっと当たり前のことじゃない。


「でも、大丈夫だよ。僕は壊れたりしないから」

「え?」

「僕は頑張ることしかできないけど、『無理すること』はちょっとだけ得意なんだ。いつかはリリーも守れるくらい、強くなってみせるよ。──なんて、かっこつけすぎかな。あはは」


 照れくささを紛らわすように僕は笑った。

 でも、僕の言葉に嘘はない。ただぼんやりと今日と変わらない明日が来るなんて思わない。

 理不尽は突然やってくる。だから、強くならないと。


「……な、ななな」

「ん、どうしたのリリー?」


 言葉が返ってこないからリリーの方を見れば、彼女はぼーっと僕の方を見ていた。そして──


「生意気……生意気生意気!! カッコいいなんて思ってないから!! アンタなんて、カッコいいなんて思ってないからあああああ!!」

「……え」


 突然叫びだし、リリーは訓練場から走り去ってしまった。必然的に、僕は一人ぽつんと取り残される。

 訓練場がやたらと静かに感じた。


「あー、うーん……こういうときルークくんなら……」


 困難という名の壁にぶつかったとき、『ルークくんならどうするか?』と考えるのは最近の僕の癖のようなもの。

 だけど、このときだけは僕と同じように困惑するルークくんの姿しか浮かばなかった──。

 

 §

 

「俺の村、この都市から遠くないからもう『竜狩り』の噂が広まってんだよ……はぁ」

「まあ、そりゃしゃーねんじゃねぇの。あれだけの偉業だしな。なんでそんな顔してんだよ?」


 モッケルとザック。

 日が落ち始める頃、冒険者ギルド内の酒場にて二人のAランク冒険者は静かにグラスを傾ける。


「うちの五人の弟全員が憧れちまってんだよ。冒険者になりたがってる次男のレッドなんか、頼むから一回『竜狩り』に会わせてくれって言うんだぜ俺に」

「ハッハッハッ、そりゃ災難。……お前、絶対俺に頼んだりすんなよ?」

「……おいザック、俺ら同期だよな? ほぼ同じタイミングで冒険者になったよな? 見捨てたりしないよな?」

「俺が初めてルーク様を冒険者ギルドに連れてきたあの日。仲間だと思ってたここの奴ら全員に見捨てられたこと、俺は忘れてねぇ」

「…………」


 モッケルは何も言い返せない。

 ルークがザックのパーティーに入ると突如として言い出したあの瞬間、確かに目を逸らしたからだ。

 何も言い返せないが故にただただ睨みつけることしかできず、そのままグラスに注がれたエールを口に運んだ。


「まったくよー。どうして、どいつもこいつも『英雄』ってやつに憧れちまうのかね」

「どういう意味だ?」

「だからな、俺は思うんだよ。冒険者になりたいって奴はな、まず『自分は特別じゃないかもしれない』と考えるべきだって。初めてやばい魔物と対峙した時、呆気なく命を落とすなんてことは珍しくねぇ。経験から学ぶじゃ遅すぎんだよ。冒険者って職業は」

「いや、モッケル。それは色んな現実見ちまってくたびれたオッサンの考え方だろ。みんな最初は英雄に憧れて、我こそは! と思って冒険者なるんだよ。自分は特別じゃないかも……なんて卑屈な考えの奴はそもそも冒険者になんかならねぇって」

「……ぐぬぬ。一理あるなザック」

「あほんだら、一理以上あるわ」


 ザックとモッケルはお互いにAランク冒険者パーティーのリーダーを務めている。

 同期ということもあり、ルーキー時代は嫌でも意識してしまい何かと衝突していた。だが三十を超えた今では二人とも角が取れ、いつの間にか酒を飲み交わす仲となっていた。

 パーティーのリーダーという立場が同じということもあり、必然と似たような経験や苦悩を抱え、共感できるからこそ酒が進む。

 また、二人とも決して口にすることはないが、冒険者という命の保障のない職業についている者にとって、こういった旧知の友はかけがえのないものなのである。


「ま、お前の言いてぇことも分からなくはないがな」

「だろ? 俺はよぉ、冒険者にとって何よりも大切なことは『逃げるための嗅覚』だと思ってんだよ」

「おいモッケル勘弁してくれよ。五千回聞いたわその話。酒が入ると毎回同じ話しやがって」

「良いじゃねぇか。ヤバい、と思った時には既に逃げ出している。これが何よりも大切なんだ。だが、こういうとき自分が『特別』だと思っちまってる馬鹿は逃げることを躊躇う。プライドが邪魔すんのさ。冒険者なら立ち向かわなくちゃならねぇと勘違いして、勇敢と無謀を履き違える。遅いんだよそれじゃあ。死んじまったら何にもならねぇのに」

「はいはい、その通りでござんすよ。あ、姉ちゃん! ジャイアント・リザードの唐揚げ一つね!」

「かしこまりましたー! リザ唐いっちょう!」

「……おい、ザック。油っぽいもんはひかえろよ。明日にひびくぞ」

「うるせぇ。余計なお世話だ」


 少しづつ酒場も賑わい始める。

 冒険者の皆が今日の活動を終え、明日への英気を養う時間帯である。


「俺みてぇな凡人が『Aランク』までたどり着けたのは、常にこの逃げるセンサーを張ってたからだと思うわ。あ、覚えてるか? ほら、ルーク様が初めてギルドにあの地獄の依頼をだした時をよ」

「……忘れたくても忘れられねぇよ」

「俺はあの時もピンときたぜ。この依頼はなんかやべぇってな。……まあ、受けちまってトラウマになったんだけども。金に目が眩んだらダメだなやっぱ。『煉獄』なんて結局解散しちまったからなー。ギルマスがあんだけ説得したのに」

「しゃあねぇよ。俺もアルさんがいなけりゃ、今頃村に帰って畑仕事でもしてたかもな」

「そんなにだったか。まあ、驚きはしねぇけどな。『竜狩り』様だし」

「だとしてもよぉ、当時のルーク様は十歳そこらだぜぇ? あんまりだよまったく……はぁ。随分と昔のことのようだぜ」

「ハッハッハ、確か──」

「──ああああああ!! アベルの馬鹿ああああ!!」


 突然、響き渡る絶叫。


「んあ? なんだぁ?」


 ザックとモッケル。

 二人が同時に目を向ければ、冒険者にはどこか似つかわしくない品のある雰囲気を纏った金髪の少女が走り去り、そのままギルドを飛び出した。──リリーである。


「あの子は、あー、王都から最近うちに来た二人組の……」

「ちょ、ちょっと待ってよリリー! あっ、あの……お騒がせしてすみません!」


 少し遅れてやってきたアベルがぺこりと頭を下げ、すぐさまリリーの後を追った。

 そういえばルークと知り合いっぽかったなあの子ら、などと思いながらザックはテーブルの方に向き直った。


「……ザック、よく聞け。あの黒髪のガキ。俺の逃げろセンサーが僅かに反応した。気をつけた方がいいぞ」

「なんじゃそりゃ。どう見ても無害そうだけど」

「いーや、俺は騙されねぇぞ。いつでも逃げる心構えはしとかねぇと」

「お前はお前で大変そうだな。……てか、リザ唐おそっ」


 少しだけ騒がしい冒険者ギルド。

 その後も気分良くグラスを傾ける二人。

 だが、それからだいたい三十分ほど経った頃だろうか。変化が訪れる。

 何の脈絡もなく開くギルドの扉。

 幾人かの視線が自然と向けられ、入ってきた人物を見て息を呑む。


「だっはっはっ──」

「元気そうだなァ、ザック」

「……え」


 その声を聞いた瞬間、ザックは脳が揺らされた気がした。

 心地よい酒気が全て吹き飛んだ。


「あぁ……ど、どうもー……ルーク様」

「なんだ、一人で呑んでいたのか?」

「え、いや、ここにいるモッケ──は?」


 ザックが振り返ると、そこには誰もいなかった。初めから誰もいなかったかのように、跡形もなかった。


(あの野郎ぉぉぉおおおッ!! 何が『逃げるための嗅覚』だクソッタレがぁぁぁッ!!)


「あの、そうですね……今日は一人で飲みたい気分で……」

「そうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。まだ先のことだが、帝国に行くからお前も同行しろ。いいな?」

「あぁ、なるほど帝国……え」


 またしても、なんの脈絡もないルークの言葉。

 こんなもの天災と変わらないではないかとザックは思ったが、口にできるはずもない。


「えっと……帝国へはどういったご要件で……?」

「そういったことは追って伝える」

「……そうですか」

「今日のところはそれだけだ。ではな」

「はい……お疲れ様です……」


 ルークは踵を返し、ザックの座るテーブルから離れていく。そして、そのままギルドの扉を開け出ていった。

 

「はぁ……帝国に行くのは別にいいんだけど……なんだか嫌な予感がすんだよなぁ」


 明るくはなさそうな未来に思いを馳せ、ザックはグビっと酒を呑んだ。

 すると、ポンっ、と肩に手を置かれた。


「…………」


 振り返ると、そこに居たのはいつの間にか退避していたモッケルであった。


「ザック、これが逃げるための嗅か──」

「クタバリやがれぇぇえええッ!!!」

「──ブヘェッ」


 ザックは思いっきりモッケルをどついた。

 その光景を見ていた周りの冒険者たちが、喧嘩だ、喧嘩だ、と囃し立てる。


 ──これは、なんてことはない冒険者たちの一幕。

 

 ++++++++++


 五十話。

 ちょっとした節目。

 いつも応援してくださる皆様のおかげでここまで書き続けられました。

 ほんとありがとうございます。

 現在、SSの作成と書籍化作業の本格化が重なり、ただでさえ遅い更新がさらに遅くなっております。

 申し訳ありません。

 今月末、もしくは来月の前半あたりまでには書籍に関する続報をお伝えできたらなと思っております。

 書くの遅いけど頑張ります。

 今後ともよろしく。

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