049 首輪。
──『エルフ』
人間の約七倍の寿命を持ち、極めて高い魔法適正を有している種族だ。とある書物の一節には『精霊の祝福を一身に受けた種族』と、表現されている。
能力的には人間を遥かに凌ぐ一面を持つ一方で、エルフという種族には致命的な弱点も存在している。
それは、繁殖能力が乏しいことだ。
ある学者は長命であることの弊害であると推測しているのだが、繁殖期が決まっており三年に一度しか子供を作れないのである。
またエルフの国というものはなく、幾つかの部族に分かれ、イスプリート大森林の各所に集落を形成し生活しているのが一般的だ。なかには友好的な部族もあり、人間の国へと赴く者もいるが、エルフという種族的な視点から見ればそれは『変わり者』の部類だろう。
ほとんどの部族は閉鎖的で人間との交流は皆無だが、美形が多いエルフは様々な面において人間にとっての価値が高い。そのため、エルフが攫われしまうということは往々にして起こることだ。
特にミレスティア王国でエルフを見かけたのなら、それは十中八九奴隷である。
どんなに優れた能力を持っていようとも、エルフが『数』で人間に勝ることはできない。ほとんどの場合、泣き寝入りするしかないのである。
エルフの大半は穏健派だ。しかし当然、そんな弱者としての立場をよく思っていない過激思想を持つ者たちもいる。
──テロ組織『ヴリトラ』
太古の昔、世界を覆い隠したとされる邪竜の名を冠したその組織は、エルフの為の独立国家樹立を最終目的として行動している。
「笛の回収は?」
「ごめん……アーサー君。 人間を雇って探させたんだけど、見つかっていない。あの戦いは僕も遠目で見てたけど、氷竜に笛ごと飲み込まれた可能性が高いと思う」
「そうか。苦労をかけたね、マリウス。それにしても闇魔法か……アレは人間なんかに扱える代物ではないはずだけど」
「それは僕も思ったよ。希少属性を発現させる人間は稀にいたけど、あそこまで力を引き出していた者はいたかな……? それも生を受けてたかが十数年の赤子がさ」
ヴリトラの首領『アーサー』は考えた。エルフが人間に劣る点はたった一つしかない。数だ。数だけが唯一覆ることの無い絶対的な差なのだ。
ならば、それさえ克服してしまえばエルフが人間に劣ることなど何一つない。
そして作り上げたのが、魔物を支配し操る為の魔道具『支配の魔笛』なのである。現状に甘んじていては、人間共はつけ上がり続けてしまう。
だからこそ、ときに彼らは人間への武力行使も厭わない。
「まあ、あれはエルフ以外が使えば自壊する魔法が施されている。仮に人間の手に渡っていたとしても問題はない」
「……うん。そうだね」
「どうした? 何か思うことがあるなら聞かせてくれ」
「いや……特に理由があるわけではないんだけど、少し嫌な感じがしてさ。──あの人間」
「それは俺も感じたよ。精霊にも好かれているようだし、気をつけておいた方がよさそうだ。君の勘はよく当たるしね」
「なんで精霊はあんな人間を……」
「駄目だよ、マリウス。精霊はただ俺たちと共に在るだけ。そこに他意はない」
「そうだね……ごめん」
魔道具『支配の魔笛』は未だ完成していない。改良を重ね、より強力な魔物を支配できるようになってきてはいるが、彼らの望む永続的な支配には至っていないのである。
それが可能となった時こそ、彼らが真に動き出す時だろう。
「………」
ただ、アーサーはたった一つだけ懸念があった。それはまだ不確かな可能性でしかなく、それを口にすることは同胞の皆を不安にさせるだけだ。
ゆえに、彼は口を噤む。
(──闇魔法、か)
今、この懸念は己の中だけに留めておこう。だが最悪の事態は避けねばならない。状況を静観し、いざという時は早急に行動せねば。
エルフの青年は少しだけ遠くを眺めた。そして、また別のことを思案し始める。
彼の、いや彼らの宿願を果たすために──。
§
「必ずや!! 必ずやルーク様に相応しい剣を打ってみせますッ!! 俺の魂をかけてッ!!」
「そうか。期待しているぞ、ダルキン」
「うぅ……うおぉぉぉぉん」
「……いちいち泣くな見苦しい。では、またな」
これ以上長居すれば、なんだかウザ絡みされる気がしたため、俺はすぐに鍛冶屋から出た。今はザックもいない。面倒事はごめんだ。
「うるさい人間でしたね。もし、目障りなら我が──」
「いい加減、お前は誰彼構わずすぐに殺そうとするのをやめろ」
語りかけてきた氷竜、もといディアが言わんとすることは皆まで聞かずとも容易に分かった。
「自分にとって都合のいいように動かす。その方がずっと利がある。そうだろう?」
「…………。あー、は、はい……! その通りでございます……!」
「…………」
コイツ、絶対理解していない。
だがまあいい。こればかりは生物としての価値観が違うのだ、仕方ない。
俺は理解させることを諦め、私邸へと歩いた。
それにしても、竜の生態は実に興味深い。
身体の大きさを自在に変えられることといい、鍛冶屋で見せた能力もそうだ。
鱗、爪、牙、その全てを自在に生え変わらせることができた。それで合点がいった。どうりで俺の言葉に一切恐怖を感じないわけだ。
「──『闇の首輪』」
「ふぇっ!? なななな、なんですかこれ!?」
「……ククク、言っただろう? 魔法を試すと」
私邸が見えてきたタイミングで、俺は何も告げずに魔法を発動した。その瞬間、闇を凝縮したかのような首輪がディアの首に現れた。
コイツの慌てふためく姿を見るのは、少しだけ気分がいい。しかし、
「いいいい、痛いんですか……!? 痛いんですねぇぇぇ!? うわぁぁぁぁん、嫌だ嫌だ嫌だ──」
「……おい」
「嫌だァァァァ、もう痛いのは嫌だあぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁん」
「…………」
ディアがやたらと泣き叫び出したことで、すぐに憂鬱な気分となった。完全にパニック状態。いや待て、これは俺のせい……なのか?
……は? なぜ俺が悪いのか。襲ってきたのはコイツで、俺は返り討ちにしただけだ。何一つ悪くない。むしろ生かしてやったのだから感謝されて然るべきだろう。
「……落ち着け。痛みはない」
「ほんと……ですか?」
だが、こう騒がれてはかなわん。ディアを落ち着かせることが先決だろう。
「裏庭へ回れ。そこで試す」
「……はい」
私邸へ到着し、中へ入ることなくそのまま裏庭へと回った。ディアは不安そうで、今にもまた泣き出しそうだ。
「いいか。俺とお前は契約した。それにより、不可視の繋がりができているのをお前も感じるだろ?」
「……はい」
「俺はそれを利用できないかと考えたのだ。俺の『闇』は魔力を奪う。この繋がりを使えば、どれだけ離れていてもお前の魔力を俺が奪うことができる……はずだ。その起点となる魔法が『闇の首輪』というわけだ。その足りない頭でも理解できたか?」
「……つまり、今から魔力を吸われるだけで痛いのはない……のですね?」
「あぁ、そうだ」
「……わかりましゅた」
「…………」
はぁ……疲れる。だが、これは面白い魔法だ。成功すれば、俺は『闇』以外に『氷』も自在となる。
まァ、成功するがなァ。
「いくぞ?」
「はい……っ」
我慢するように歯を食いしばり、ディアは目を瞑った。まったく、痛くないと言う俺の言葉を信じないとは。不敬な竜だ。
俺は意識を集中する。すると、ディアの魔力を確かに感じる。あとはこれを奪えばいい。
「──あぅ」
契約による繋がりを通って、ディアの魔力が俺に流れ込んできた。
「クク……ハッハッハッハ!! やはり成──おい、どうした」
「……ハァ……ハァ」
空中をぱたぱたと飛んでいたディアが突然地面に落ちた。息も荒く、苦しそうだ。
ほんの少し魔力を奪った程度だぞ。一体なんだというのか。
「ディア、苦しいの──」
「クセに……なりそうです。……もっと、して欲しいでしゅ……」
「────っ」
強烈なデジャブ。
なんだ。何だこの記憶は……ッ!!
しかし、その答えはすぐに分かった。
──『もっと……ハァ……罵倒しなさいよ……罵倒すればいいわ……ハァ……』
「……アリス」
そう、アリスだ。
初めてアリスが変貌したあの夜の光景とそっくりではないか。……なんだこれは。どうしてこうなるんだ。
いや、関連性は捨てきれない。俺のせいというよりも、これは『氷属性を宿す者の性』なのではないか?
そうだ。きっとそうに違いない。
その者が持つ『属性魔力』と『気質』の関係について研究してみるのも、面白いかもしれないな。基本の四大属性を軸に考察を進めるべきだろう。『氷』は『水』の派生。ならば、水系統の属性魔力を持つ奴は皆こういう気質を隠し持っているということか? だとしたら『雷』を持つミアの場合は? 特殊属性のヨランドに至ってはもう……──何を真面目に考えているんだ俺は。
「はぁ……」
未だ妙に荒いディアの息遣いを聞きながら、俺は深いため息をついて天を仰いだ。
そういえばしばらく会っていないが──今、アリスはどうしているのだろうな。
++++++++++
──特別なお知らせ
カクヨム会員のフォロワー様に向けて、本作の特別書き下ろしショートストーリーを、2023年3月に2篇、メールにてお送りいたします。カクヨム会員でない方は、https://kakuyomu.jp/signupから会員になっていただき、改めて本作品のフォローをよろしくお願い致します。
※カクヨム100万人会員登録キャンペーンの一環となります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます