048 彼女たちの妄想。
「お呼びでしょうか、我が君」
「あぁ、よく来たねニコール」
玉座に座る黒髪の少年。
そこへ現れた修道女らしき姿をした美しい女は、恭しく片膝をついた。
「ボクが手に入れた駒。あの国の馬鹿な貴族、覚えてる?」
「もちろんでございます」
「それがね、どうも使えなくなったようだ」
「……なんと」
そんなことがあるのか、とニコールは思った。自らが仕える主に失敗などあるはずがないのに。
「驚いたよ。愚かな権力争いばかりしている者たちだと思っていたけど、知恵者はどこにでもいるものだね。これはボクの落ち度だ。あの国を見誤っていた」
「我が君に落ち度などあろうはずもありません!」
ニコールは思わず声を張り上げてしまった。
「……申し訳ありません」
「いいんだよ」
頭を下げ、自らの非礼を詫びた。
「──君ならできるかい? 『闇』が邪魔なんだ。ボクのために消してくれるかな?」
「……っ。なんと……なんとありがたき幸せ! 私めにそれほどの大役をいただけるとは!」
ニコールは歓喜に打ち震えた。主に求められている。必要とされている。それだけで、正しく天にも昇る思いだ。
しかし、値踏みするように向けられたその真紅の瞳を見て、ニコールは直ぐに平静を取り戻した。まだ何も成していない。期待に応えなければ何の意味もありはしないのだ。
「それで、君ならどうする? 今回の件でよく分かったろ? 『闇』は強い。君が直接出向いたところで、返り討ちにされるのが目に見えているんだけど」
「おっしゃる通りでございます」
ニコールに異論はなかった。自分のことは自分が一番よく分かっている。戦うことに関して特別苦手というわけではない。だが、情報通りならば自身が『闇』と直接戦って勝つことなどできない。
客観的な視点で、冷静にそう判断したのだ。
「ならどうする?」
「──親しき者に殺させれば良いのです。心から信頼する者であるならば、必ずや隙も生まれましょう」
ニコールは既に頭の中で計画を練りはじめていた。なにも、自ら手を下す必要などないのだ。
「ははっ、いいね。期待しているよニコール」
「ははぁ!」
満足そうに笑う自らの主を見て、途方もない喜びが電流のようにニコールの全身を駆け巡った。
§
「──そういうわけだアリス。パーティーの日程に関しては追って連絡するとのこと。そのつもりでな」
「……えぇ、分かったわ。お父様」
「どうかしたか?」
「いえ……でも少し疲れたから部屋で休むわ」
お父様がまだ何か言っていたようだけど、私は止まることなく自分の部屋へと歩きだした。
そのまま扉を開け、ベッドに倒れるように顔を埋める。それから体を捻って仰向けとなり、天井を眺める。
「……最悪だわ」
アスラン魔法学園襲撃事件。
その調査と称して衛兵が時折家に来ては、私の話を聴きたがる。本当に鬱陶しい。
手引きしたのが私ではないかと疑ってるのが透けて見える。そんなこと、天地がひっくり返ってもありはしないのに。
だからここ三週間ほどルークと連絡が取れていない……いいえ、それは言い訳。
本当は待っていたの。ルークから連絡がくるのを。会いたいと、言ってもらえるのを。
私のこの想いが一方的ではないという証明が欲しかった……その欲が、最悪の結果を招いてしまった。
──氷竜。
子供でも知っている属性竜の一角。その氷竜の屈服させ支配したという、耳を疑うような偉業をルークは成した。
本当なら喜ぶべきこと。実際、ルークが成したことは素直に嬉しい……けど。
──まさかの私の属性と丸かぶり。
その時、ふと一つの悍ましい考えが脳裏を過ぎってしまったのだ。
この三週間、本当にムラムラする日々だった。良くないと分かっているのに、どんなに耐えても三日に一度は自慰に耽ってしまう。
それでも、ルークに求めて欲しいという思いの方が強かったからこそ我慢した。本当なら、今すぐにでもギルバディアへと赴き、昼だろうと夜だろうとベッドに押し倒したい。
淑女のすることではないけど、一度あの快楽を知ってしまえば我慢することなどできない。
でも、ルークからの連絡は未だにない。
その理由は──氷竜なのではないの?
一説によれば、竜は人間よりも高度な知能を有しているという。そして、嘘か本当か分かったものでは無いけれど、大陸の南方には竜と人の両方を祖先に持つ『竜人』という種族が存在していると文献で目にしたことがある。つまり、氷竜と従魔以上の関係になっている可能性もゼロではないわ……!
だからルークは私に連絡してこなかった。竜とあんなことやこんなことをして、満たされていたから──。
こ、これが──寝取られ……?
そんな悍ましい考えが浮かんだ瞬間、胸が締め付けられるような痛みとともに、なんとも名状し難い情欲が駆け巡り、体が熱くなるのを感じた。
「……ハァ……ハァ」
下腹部に伸びそうになる手を、私は理性を総動員して止めた。これは絶対によくない。後戻りできなくなってしまう気がする。
一時の快楽に身を任せて全てを失うなんて愚かなまね、絶対にごめんだわ。
「……こうしてはいられない」
私は一刻も早くギルバディアへと向かうべく、お父様の元へと向かった。
§
「お、ミアちゃんお帰り! 今日もすげーな!」
「うへー、やっぱ属性魔法ってやべー」
「ガハハハ、我らも負けてられんな!」
ミアがギルドへと戻ると、多くの者が声をかける。そう、現在彼女はソロの冒険者として活動しているのだ。
──全てはルークに必要とされる為に。
ルークが冒険者になったという情報が入ってきた時、彼女は自分も冒険者となることを決めた。そうすれば、必ず必要とされると考えたからだ。
冒険者はソロだと何かと不便なことが多い。それは活動を始めてすぐに分かったし、今も実感し続けている。
だが、ルークが平民とパーティーを組むとは思えない。だからこそ、ミアは冒険者の資格を得たのだ。自分がルークの冒険者活動を支える為に。
しかし──
(……今日もルークから連絡はこない。自分から連絡しようかな……でも……)
迷惑がられるかもしれない。ウザがられるかもしれない。そう思うと、ミアは足が竦んで行動できないのだ。それに、そんなことをすればアリスを出し抜いているようで気が引けた。
「…………」
適当に依頼をこなしているうちに、今ではAランクの冒険者となってしまった。
最初こそ貴族であるということで他の冒険者達から疎まれていたが、彼女の隔絶された実力を見せつけられれば認めざるを得ない。既に多くの者が、同じ冒険者としての親しみある接し方をするようになっている。
「ん、どうかしたのかい?」
「いえ……ちょっと考え事をしてただけ」
「ふーん。あ、そうだ聞いたかい? 王国七番目のSランク冒険者がギルバディアで──」
「その話詳しくっ!!」
「──えっ!?」
──ギルバディア。
ミアの恐ろしく研ぎ澄まされたセンサーに、その単語がひっかかった。何も知らず、世間話程度にその話題を振った男は見たこともないミアの迫力に気圧された。
「ど、どうしたんだミ──」
「早くっ! 話の続きを!」
「え、あぁ……王国七番目のSランク冒険者がギルバディアで出たらしいんだ。しかもお前さんと同じソロなんだとよ。名前は確か……」
「──ルーク、ですか?」
「そうだそうだ! 領主の一人息子らしいんだが、なんと氷竜をぶちのめして、手懐けちまったらしいんだよ! しかも一人でな! まったくとんでもねぇよ!」
「……そう、ですか……」
「ど、どうしたんだミアちゃん!? ミアちゃんだってすげーよ! 俺ァ次のSランクは絶対ミアちゃんだって──」
男はまだ何か話しているようだったが、ミアは虚ろな目をしたままよろよろと歩き始めた。制止の声も聞かずそのままギルドから外へと出た。
「下が……ちゃう……」
ミアからポツリと零れた言葉。
氷竜を討伐したのなら何も問題はなかった。婚約者として誇らしいことはもちろん、お祝いという口実で会いに行けるのだから、むしろいいことしかない。しかし、『手懐けた』というのが彼女にとってはとても受け入れ難い事実なのだ。
ミアは虚ろなまま屋敷へと戻り、そのまま自室のベッドに倒れ込んだ。
「下がっちゃう……」
手懐けたということは、ルークの駒が増えたということに他ならない。それは、彼女の中で明確に決定づけられている『順位』が脅かされかねないことを意味する。男すらも含めたうえでの、ルークに必要とされる者の順位だ。
自身よりもルークに求められる存在として、アリスだけは認めている。しかし、自身よりも後にルークの駒になったくせに、自身よりもルークに必要とされる存在など許せるはずがない。許せるはずなどないのだ。
「下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう下がっちゃう──」
そう考えた瞬間、彼女の心は闇に包まれていった。
「……はやく、行かなきゃ」
ミアもまた、一刻も早くギルバディアへと向かうことを決めたのだった。
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