051 混沌は雷鳴と共に。


 この職業の嫌なところ。──従わなければならない上の人間が一人じゃないところ。

 

「どういうことなのかな。エドモンド、話を聞かせてくれるよね?」

「……はい、ポルポン殿下」


 うっ……胃が、痛い……。

 王に従えば良いだけじゃない。

 王子だってそうだ。何か命令されれば、当然従わなければならない。

 だが、ここで一つ問題がある。

 一つの事柄に対し、二人以上の人間から指示を受けたとしよう。それが、全く相反する指示だった場合はどうすればよいのか……。


「えぇ……ギルバート家の嫡男が属性竜を従えたのですが、それはご存知で──」

「当然知っているよ。本当に、さすがルーク君だよね。……でも、それを祝うパーティを王城で行わないのはどういうこと? ありえないでしょ」

「…………」


 実利よりも、王としてのメンツを保つことを優先する傾向のあるメンギス陛下。

 第一魔法師団団長としての立場もあることから魔法使いとしての腕は確かだろうが、内政にはあまり関心を示さない第一王子アレクドラ様。

 そう考えると……第二王子ポルポン様は一番まともなのかもしれない。王国の現状も正しく認識しているし。


「……陛下は貴族派閥の勢力が加速度的に大きくなっている現状を良く思っておりません。ですので、このようなご決断を──」

「え、なら尚更招くべきでしょ? 王としての威厳を見せるいい機会だと思うんだけど」

「…………」


 ……あの、俺もそう思います。ただ、俺に言われても困りますよ。本当にやめてくださいそういうこと俺に言うの。


「まあ、君にこんなこと言っても酷だよね。ごめん」

「……いえ、恐れ入ります」

「だからルーク君のお祝いには、僕がこっそり行こうかなって」

「え……?」

「実はもう、第二魔法師団副団長には話を通していてね。手筈は整えているんだ。エドモンド、君にも来てもらうからそのつもりでね」

「なるほどなるほ………………ど……え?」


 正直、物覚えはいい方だと思う。何事もそつなく手短に、難癖を付けられないギリギリのラインでこなしてきたし……要領も悪くない方だと思う。

 ただこの時だけは、ニコニコと笑うポルポン殿下の言葉が全くもって理解できなかった。

 なんとも名状し難い静寂の中で、はっきりと脳がショートする音が聴こえた──。


 §


 ……平民からすれば、貴族という身分は羨むべきものなのだろう。だが、どうにも息苦しいと感じる時がある。

 今回もそうだ。もし俺が貴族でなければ、属性竜を支配したことを祝うパーティーなど開かれることは無かっただろう。


「……まったく、面倒だ」


 まあいい。

 煩わしいことに変わりはないが、これは父上や母上、ひいてはギルバート家の繁栄の為だ。

 とはいえ、やはり今は己の力を高めることを優先したいわけだが……少し寒いな。


「何か言いましたかルーク様ー?」

「気にするな」

「そうですか。……あのー、やっぱりこれ違和感が──」

「慣れろ」

「……はい」


 俺は今、飛んでいるディアの背にいる。

 コイツは財宝の収集癖があるらしく、これまで貯め込んだものを献上したいから元の巣へ一度戻りたい、と言い出したのが事の発端だ。

 ちょうどいい機会だったので、新しく開発した魔法を試そうと思った。コイツの背に乗っているのはそのついでだ。


 ──『闇の竜鎧』


 この魔法を端的に表現するなら、ディアの鎧だ。使いこなせば、コイツの能力を飛躍的に向上させることができるはず……だが、慣れるまで時間がかかりそうだ。

 そもそも、乗り心地が悪そうだったから作った魔法ではあるのだが。


「興味深い物も多い。落とすなよ」

「もちろんです!」


 既に財宝は回収済み。

 今はギルバディアへと戻るところ……やはり寒い。この点は要改良だな……。

 まったく、やりたいことが多くて困るなァ。──そろそろ、コレの解析も本格的に始めたいところだというのに。

 俺は懐から一つの魔道具を取り出した。それは美しい笛。そう、不完全だったとはいえディアを支配するほどの強大な力を秘めた魔道具。


 ──『支配の魔笛』

 

 あの時、偶然にも壊れずに残っていたから回収しておいたのだが……実に良い拾い物をした。

 情報魔法を発動し、軽く解析してみる。

 

「……幾重にも張り巡らされた防御魔法。この俺でさえも気軽には手の出しようがない。クク、随分と用心深い」


 使用できないのはもちろん、闇雲にこの笛に施されている魔法を解除しようとすれば自壊するようになっている。

 ゆえに、迂闊に闇魔法を使えない。──まァ俺なら、時間さえあれば必ず解除してみせるが。

 …………時間さえあれば、な。

 まったく、パーティーなど開いて心底どうでもいい貴族共の相手をしなければならないのだと思うと、気が滅入る。

 それもあと数日の我慢。早い者であれば、そろそろ我が領地に到着する頃だな。


「見えてきました、そろそろ着きますー」

「あぁ」


 そんなことを考えているうちにギルバディアの街が見えてきた。最初の頃はディアが上空を飛べば軽く騒ぎになったものだが、領民共も随分と慣れたものだ。

 とりあえず、私邸の裏庭へ財宝と共に下りる。

 そしてディアが魔法の光に包まれ、その巨躯を小さなものへと変えた。


「我ながら、なかなかに圧巻ですね!」

「そうだな。よくもこれ程の財宝を集めたものだ」

「それは何よりです! あのー……また暇なとき集めにいっていいですか? お恥ずかしながら、財宝には目がなくてですね……」

「構わん。が、俺の名に傷をつけてくれるなよ?」

「わ、分かってますよ……あはは」

「分かっていれば──なんだ?」


 その時、魔力の気配を感じた。

 それもかなり強力なもの。


「……なんですかね?」


 当然だがディアも感じ取っているようだ。その気配を辿ればどうやら私邸の門扉へと続いている。

 自ずとそこへ向かい──それを目にした。


「……ほう」


 突如出現した魔法陣。その後僅かな時間差で、何も無い空間から現れた荘厳華麗な馬車。

 掲げられたゴドウィン家の家紋。

 すぐに理解した。


 これは──『空間魔法』だ。


「久しいな、ルーク」

「クク……そうだな、エレオノーラ」


 馬車からその姿を見せた俺の幼馴染み……という設定の女。それにしても、やはりデカいな……いろいろと。

 この魔法は十中八九コイツのものだろう。

 空間魔法か……クク、実に素晴らしいではないか。


「…………」


 エレオノーラに続いて馬車から降りてきたゴドウィン卿。


「……それが氷竜か?」


 静かにそう尋ねてきた。


「それ……だと? 人間風情が──もがぁ!」

「えぇ、その通りですゴドウィン卿。お恥ずかしながら、躾がなっておりませんが」

「…………」


 ディアの口を抑える俺を、ゴドウィン卿はほんの数秒目を細めて見つめた。そして、


「……以前の非礼を詫びよう」


 頭を下げることなく小さくそう言った。

 だが、その目には確かに謝罪の意が込められていた。


「クク、なんのことでしょう」

「…………」

「父上、少しルークと話をしてもよろしいですか?」

「……あぁ。だが手短にな」

「分かりました」


 またしても俺を数秒見つめ、ゴドウィン卿は歩き出した。そして、そのまま私邸へと入っていった。


「本当に久しぶりだな、ルーク」

「そうだな」

「それにしても、その竜が──」

「──人間、調子に乗るのも大概にしろよ?」


 瞬間、おぞましい程の魔力がディアから漏れだした。……コイツの沸点の低さには本当に苛立ちを覚える。

 まあ、何年もこの気質だったのだから仕方ないことなのかもしれないが。


「いいか、一度しか言わない。──俺に恥をかかせるな」

「……ひぅ」


 しかし、この俺の従魔である以上そんなことは関係ない。


「次はない。わかったな?」

「は、はぃ……」

「それでエレ──おい、どうした?」

「……ルーク、お前は……こんなにも強大な魔物をねじ伏せたのか?」

「は? あぁ……そうだが」


 コイツは何を今更なことを言っている。

 いや、エレオノーラはディアを見るのは初めてだったか。確かに、ディアはそれなりに強い魔物だろうが……。


「くふっ、くふふふふ……やはり、私の目に狂いはなかった……!」

「…………」


 ──ゾクッ。

 エレオノーラが奇妙な笑い方をし出した途端、俺の面倒事センサーがこれでもかというほどに反応した。


「じ、実はなルーク……私には夢があってな──」

「待て、聞きたくない。話すな」

「少し恥ずかしいのだが……き、聞いてくれるか……?」

「お前こそ俺の話を聞け。聞きたくないと言っている」

「そうか! 聞いてくれるか! 私の夢というのはな!」

「おい、聞きたくないと──」

「──私が全力を出しても敵わない圧倒的に強い男に組み伏せられッ!! 所詮は無力な女でしかないと分からされたいんだッ!!」

「…………」


 ……いったい何がトリガーになっているのか。

 この女はなぜこんなにも目をキラキラさせているのか。

 しかもなんだ……この戦闘狂とドMを混ぜて煮込んだかのような欲望は。完全にアリスの亜種ではないか。このド変態が。

 …………アリスといい、ディアといい、エレオノーラといい……何故こうも俺の周りには……。

 強烈な目眩がするようだった。


「だが、私は強すぎてな……気づけば学園でもトップになっていた。はっきり言って絶望していた……だというのに! ついに見つけた! 今すぐろうルーク! ここで! 全力で!」

「お前は何を言って──」


 震えるほどの嫌悪感を隠さず表情に表していたその時、雷鳴が頭上で轟いた。


「……今度はなんだ」


 背筋が凍るような嫌な予感を感じながら、おもむろに空へと目を向ける。

 そして、俺は見た。──雷が空を翔けているという不可思議な光景を。

 正しく、空を切り裂き進む雷。俺の知る雷は落ちるもののはずだが……。

 そんなことを考えているとその雷は進む向きを直角に変え、落ちた。俺のすぐ近くに。よく知る魔力の気配を漂わせながら。


「えへへ……久しぶりルーク。来ちゃっ──え……そのヒト、誰?」


 何の脈絡もなく突如単独で現れた『ミア』。

 エレオノーラと比較してしまう為か、随分と小さく見えてしまうその体。

 それに対し、全くもって似つかわしくない絶大な魔力。

 そして──どんよりと暗く澱んだ目。

 俺の脳が彼女を認識してから瞬きにも満たない刹那。常人では想像もできない程の膨大な思考が駆け巡った。

 脳裏を埋めつくす圧倒的『なぜ?』。

 その上で、


「……え」


 このたった一文字の言葉しか出てこなかった──。

 

 ++++++++++


 【後書き】

 皆様、SSは無事届きましたでしょうか?

 メールでの配信ということで読みづらさはあったでしょうが、少しでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。

 実は、現在また別のSSを執筆中です。

 こちらも何らかの特典としてお見せする形になると思いますので、お楽しみに。

 最後に、更新がものすごく遅れてしまい申し訳ありません……!

 

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