怪物レストラン

九十九春香

怪物レストラン

 カランカランと言う音と共に足音が聞こえる。お客様だ。

 少女は駆け足で向かい、お客様を見据える。人数は二人、片方は一つ目で一本足に大きな口。もう片方も一つ目で一本足、だが傘だ。

 少女は一度大きく息を吸うと、元気よく叫んだ。

「いらっしゃいませ!怪物レストラン百鬼夜行へ!」

 今日もまた、不思議なお客様と個性的な従業員の日常が始まる。



 ここは〈怪物レストラン百鬼夜行〉。その名の通り妖怪などの所謂、物の怪がくるお店だ。

 私の名前は佐藤花子さとうはなこ。今年の春から高校に通い始めた正真正銘の人間の女の子だ。じゃあ何故人間の私がここで働いているのか、時はひと月ほど前に遡る。


 高校生になった私は、中学までの部活の日々とおさらばする為、バイト先を探していた。

 しかし、身長の低い私を雇ってくれるところがなく、落ち続ける日々。

 そんなある日、神社の前の掲示板の、下の方の小さな木の板に、バイトの募集が貼ってあったのだ。

 そこには魅力的な〈身長自由〉の文字。これは行くしかない!一念発起して応募した所、なんとこのレストランだったのである。

 そもそもあんなところに募集用紙を貼ってあるのに、面接まで気づかない私も馬鹿だとは思う。

 事務所まで通された私は、流石に妖怪と一緒に働くのは・・・と、断ろうとした。

 しかし!運命の悪戯か、そこに現れたのは、私好みの格好良いヒト・・・。

 出会って0秒で店員になったのだ。


 時は戻り5月、少し夏の暑さを思い出し始めた今日も、花子は必死に働いている。

 花子は小さい体を使い、ゆっくりと食べ終えた食器を運んでいく。

 ふとお皿の奥に人影が映った。

「あらぁ〜、花ちゃん頑張ってるわねぇ~。偉いわぁ〜。」

 独特な喋り方をする女性の名はユキさん。妖怪雪女らしい。スタイルが良く、綺麗な顔立ちからお客様の評判も良い。

 ユキ子は懸命に食器を運ぶ花子の頭を撫でる。撫でる。撫でる。

「ちょっと!今お仕事中ですよ!」

 花子はプンプンと手足をバタバタさせた。それを見たユキ子はまたしても花子の頭を撫でる。撫でる。撫でる。

「ホントに可愛いわねぇ〜。ちっちゃくて。」

 ユキ子は花子の怒っている様子などはお構いなしなようだ。

「もー!ちゃんとお仕事して下さいよぉー!」

 未だ手足をバタバタとする花子を、嬉しそうにユキ子が見つめていると、男が一人近寄ってきた。

「ユキ子さん。そんなちんちくりんなんて放っておいて、僕と一緒に夜の街をランデブーしませんか?」

 キザにユキ子の手を握ったのはアレックスさん。綺麗に染められた金髪に、切れ長な目とスラッとした背丈は、一般的に格好良いと言われる部類だろう。

 アレックスは手をそっと握り、最後にユキ子にウィンクを投げかける。しかし、ユキ子の顔を見た瞬間アレックスの顔は引きつってしまう。

「はぁ?」

 ユキ子は親の敵なのかというくらいの冷たい目でアレックスを睨み付ける。店内が凍りつく程の睨みに花子もアレックスも息をヒュっと飲み込んだ。

 その瞬間、アレックスはボンッという音と共に煙に包まれた。そして煙が晴れ出てきたのは、何故か可愛い顔の男の子だった。

「あ、やべっ!」

 クリクリの目にプニプニのほっぺた。先程までとは打って変わって、アレックスは愛くるしい少年の姿になってしまったのだ。

「あらぁ~!可愛い子が突然現れたわねぇ~。」

 ユキ子はブカブカのシャツを引っ張る少年の脇を思いっきり引き寄せた。

「もうホンットに可愛いわねぇ〜。さっき来たアレは幻ね。あんなデカくて臭い男はここにはいないはずよ。」

 抱きしめたられた少年は満更でもない様で、一瞬ニヤリと笑うも直ぐ様小さく抵抗する。

「あ、違っ、駄目だ!俺は男として見てほしくて!こんな小さくなくてっ!」

 ジタバタと小さな抵抗をする少年を花子は哀れだなと見つめる。

 少年の正体はアレックス改め、豆狸のマメ太郎たろう。本来は今のような少年の姿だが、この店で見かけたユキ子に一目惚れをした結果、変化の術を使って口説いているのだ。

 しかしもうわかりやすいが、この雪女ことユキ子は大の小さいもの好きなのである。小さいもの、正確には150センチ以下の生物や小動物に目がないのだ。

 逆に言えばそれ以外は基本凍りつかせようとしてくる危険な女性ヒトでもある。

 ユキ子は若干凍っている花子を手繰り寄せ、マメ太郎と一緒に抱きしめた。

「あ~ん!可愛いわぁ、持って帰りたいくらい!」

「えっ!家に行ける・・・じゃない!ユキ子さん!俺は可愛いじゃなくて格好良いって言われたくてっ!」

 ここはファミレスだよな?そんな疑問が花子の頭を悩ませる程二人は騒いでいる。

「やあ、いつも元気だねぇ。」

「五月蝿いだけだ。仕事をしろ。」

 不意にキッチンのカウンターから声をかけられた。振り返ると、そこにはニコニコとこちらの様子を楽しそうに見つめる青年と、無愛想に睨む男が立っていた。

「良いなぁ、仲良さそうで。僕も混ぜてほしいよ。」

「・・・クラさん。見てたなら助けて下さいよ。」

「え?ヤダよ、巻き込まれたくないもん。」

 軽快に笑顔を返すのは、天狗のクラ馬さん。面白い事が大好きで、常に花子やマメ太郎を弄っては楽しそうに笑っている。

 最初の頃は花子も言い返していたが、最近は、あれ無駄じゃね?と思うほど躱されるので最早諦めた。

「何でも良いから仕事をしろ。」

 感情なく厳しい言葉を飛ばすのは、河童のカワぞうさん。真面目でクール、そして人一倍仕事に熱心でいつも騒いでいるユキ子やマメ太郎には厳しく当たっている。

「いや!私はちゃんと働いてますって!」

 流石に一緒にしないで欲しいとばかりに、花子はユキ子の腕の中から飛び出した。残念そうに見つめるユキ子を背に、花子は不機嫌そうにフロアに歩いていってしまった。

「もー、アンタのせいで花ちゃん行っちゃったじゃなぁい。」

 ユキ子は不満そうにカワ三を睨み付けるものの、カワ三は無視してキッチンの奥に入っていった。

「あはは、ツレナイなぁカワ三くんは。ユキさんもそろそろ話してあげなよ。マメ太郎君凍っちゃうよ?」

「うそ、ほんとに?」

 クラ馬に指摘されユキ子がマメ太郎を見ると、既に半分程凍っているマメ太郎が顎をガタガタ震わせていた。

「あらやだぁ~、ごめんなさいねぇ。」

「へ、平気っスヨ。こんなのどうってことないッス。」

 明らかに大丈夫そうではないが、マメ太郎は震える手でGOODとすると、ゆっくりと事務所に入っていった。

「あははは、確実に平気じゃないのに凄いねぇ。これが愛の力かなぁ。」

 クラ馬は未だ仕事もせずニコニコとその様子を見つめている。ユキ子は二人共いなくなってしまったので、仕方なくフロアにとぼとぼと向かって歩いていった。

 すると突然、クラ馬はキッチンカウンターの下に勢いよく身を隠した。

 トテトテとキッチンに花子が近づいてくる。

「クラ馬さーん。あれ?何処行ったのかな。カワ三さん知ってますか?」

「・・・この下にいる。」

 カワ三の目線に従い花子はキッチンカウンターの中を覗く。そこには身を隠し、丸くなったクラ馬が座っていた。

「あの、また鬼の皆さんが来てますよ。」

 花子がそう伝えると、クラ馬は小声で答えた。

「いないって伝えて!お願い花子ちゃん!」

 最早いつも通りの会話にうんざりしながら、花子はレジ前で待つ鬼の方に走っていった。

 数分後、花子はまだ隠れているクラ馬の所に近づいていく。

「クラ馬さん、もう行きましたよ。」

 花子がそう告げると、ホッとした様にクラ馬はカウンターの中から出てきた。

「いや〜、良かった〜。危なく内蔵が何個か無くなるところだったよ〜。ありがとね、花子ちゃん。」

「・・・まだ返してないんですね。」

 クラ馬はわざとらしく手を振り、キッチンの作業に戻っていく。

 そう、先程の鬼は所謂金貸し。クラ馬はかなりのギャンブル狂いで、更に遊び人。女性関係の裁判は2つ程が継続中で、お金も全く返していないのだ。

 ここで働いているのは店の前で倒れていたクラ馬を哀れに思った店長が、仕方なく雇ったという経緯がある。しかし最近それもバレて鬼がクラ馬を探しにやってくるのだった。

「あのバカは何度やっても懲りないんだ。お前もあんな奴庇う必要はないぞ。」

 カワ三は切り捨てる様にクラ馬を睨み付ける。花子も店長から頼まなければこんな奴、とは思っているが口には出さず、苦笑いを返し、フロアに戻っていった。


 辺りがすっかり暗くなって来た頃、店内には騒がしい客が他のお客様に絡んでいた。

「ギャハハハ!なぁ姉ちゃん、俺らと遊ばねぇ?」

 狼男達は女性だけで来ている妖狐のお客様に絡んでいるようだった。

「や、やめてください!」

 女性達は嫌がっているが、狼男は種族的にかなりの巨漢で力も強い、他の客も手出しができないと顔を逸らしている。

 そんな中、平然と花子は騒がしい席に近づいていく。

「あん?何だぁこのチビ?」

 花子に気づいた男達はまじまじと花子を見つめる。

「あの、他のお客様のご迷惑になるので、お静かにお願いできますか?」

 花子は特に気にすることなく話しかけていく。男達はそんな花子の様子に、大きな口を使ってゲラゲラと笑い出した。

「ギャハハハ!おいまさか店員かよ!こんなちっちゃい奴がいるかぁ?小学生かと思ったぜ!ギャハハハ!」

 男達はゲラゲラと下品にで笑い合っている。

 そんな様子を残りの店員達は店の奥から見つめていた。

「あれ?花子アイツ平気ッスかね?」

 心配そうに見つめるマメ太郎を横目に、他の三人は特に気にしていない様子だ。

「平気じゃなぁい?」

「まぁ、平気だろうね、花子ちゃんだし。」

「問題はないだろう。お前達も早く仕事に戻れ。」

 マメ太郎は三人が何故こんなに冷静なのか不思議そうに見つめていると、事務所から優しそうな雰囲気の男性が姿を見せる。

「あれ?花子ちゃん大丈夫?」

 心配そうに見つめるのは、店長のリュウへい。優しい顔と渋い声は店員と客を問わず人気だ。

 少し慌てるリュウ平に、三人は平気ですよと伝えるだけで、特に動こうとしない。

 当の花子も笑われているのに対し、特に反応を示してはいないようだった。

 男達の内、一人がニヤニヤしながら花子の前に立ち塞がる。

「あのなぁお嬢ちゃん。今大人がお話してるんだから、邪魔しないの。オラ、早くママのとこに帰りな。」

 言い終わると狼男は花子の頭にてを被せようとする。しかし次の瞬間、狼男の体は宙を舞っていた。

「は?」

 ドタン!と大きな音が店内に響き渡る。投げられた男は何が起きたか分からずだた呆然と床に転がっている。

「お客様、店内ではお静かにお願いします。」

 その様子を見ていたマメ太郎はまさに開いた口が塞がらない。何だこれはとばかりに三人の顔を見ると、何故か三人とも得意気な顔をしている。

「マメちゃんはまだ少ししか働いてないから知らないのねぇ。彼女の家、実は歴史深い柔道一家なのよぉ。彼女自身も小学校の時から無敗で、中学時代は全国大会三連覇も果たした、最強の絶対王者なのよぉ。」

 まさかの事実に未だ口が塞がらないマメ太郎を置きざり、花子の前では起き上がった男が、顔を真っ赤にして叫んでいた。

「テメェ!調子に乗りやがって!人間の分際で舐めんなよ、ぶっ飛ばしてやる!」

 投げ飛ばされた男以外も席を立ち、その場は完全に一触即発の雰囲気に包まれる。

 流石に大の男で、しかも種族的にもこれは分が悪い。花子がゆっくりと後退ると、突然店内には妙な空気が立ち込めてきた。

「お、おい、何だよこれは・・・。」

 男達は分かりやすく狼狽え始める。その時、花子は後ろに妙な気配を感じた。

「ん?誰?」

 気になり後ろを振り向くと、そこには静かに微笑むリュウ平が立っていた。

「お客様、当店の従業員がどうかなさいましたか?」

 優しい顔をしているが背筋の凍るような雰囲気に、男達はビビリながら叫ぶ。

「お、お前が店長か!?そこのチビがいきなり俺を投げ飛ばしたんだ!どういう教育してんだ!」

 完全に事実を曲解している。花子はムッとして口を開こうとしたが、リュウ平の腕がそれを静止する。

「はて?わたくしにはお客様が騒いでいたのを止めていた様に見えていたのですが?」

「あぁん!?テメェ舐めてんのか!使えねぇジジイは引っ込んでろ!そのクソチビを寄越しやがれ!」

 男達は勢い良く花子に掴みかかろうとする。しかし、男達が動こうとした次の瞬間その足は完全に硬直する。

「さっきから黙って聞いていればいい気になりやがって・・・。うちの従業員から手を出しただと?」

 店内の電気がチカチカと点滅を繰り返し、机やポスターが激しい風に揺られる。

 そしてその中心のリュウ平は徐々に牙が生え、その正体を現わしていく。

「お、おお前、なな、何者なんだよぉ!?」

 大きな地響きと共に店内に現れたのは、店を覆う程の青龍だった。

 そう、リュウ平の正体は青龍だったのだ。その強さは天を割るほどと言われていて、界隈ではかなり有名な人物である。

「小僧共、今すぐこの店から出ていけ。そしてもう二度と顔を見せるでない。さもなくば・・・どうなっても知らんぞォ!」

 怒号にも似たその叫びに、すっかり腰の抜けてしまった狼男達は足早に店を後にしたのだった。

 狼男達が店を出たのを確認すると、リュウ平は煙に巻かれ人間の姿に戻る。

 不意に後ろからすごい勢いで何かが飛んでくる。

「うグッ!って花子ちゃん。平気かい?」

「リュウ平さ〜ん!カッコ良すぎですよぉ〜。益々惚れちゃいましたぁ!」

 花子はギューッとリュウ平を抱きしめる。リュウ平はというと少し困った表情をしながら店内を見回している。

 花子は面接の時、リュウ平のあまりの好みな顔で入店を決めたのだ。しかも、一度偶然見た青龍状態の姿に一切ビビることなく、寧ろ惚れ直したとなっては、最早リュウ平は苦笑いを浮かべるしかなった。


 店内ではリュウ平に対し大きな拍手が起こる。それに対し、リュウ平は照れ、花子は誇らしげに笑う。そんな様子をクラ馬は楽しげに喜び、ユキ子は妖艶に笑いながらポスターを貼りなおす。腰が抜けたマメ太郎は未だ立ち上がれず、カワ三はまたいつも通りキッチンの奥に消えていった。


 ここは妖怪などの所謂、物の怪が来店する〈怪物レストラン百鬼夜行〉。従業員は今日も個性的で、賑やかに、日常に似た非日常を楽しんでいる。



   完

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