星に手を伸ばせ

shushusf

第1話

『怪盗シリウスは西へ逃走』

『大阪方面へ機動隊を再配置』

『新幹線を含めた鉄道網、空路を封鎖。検問実施』

『西方向、依然足取り掴めず』

『人工衛星を使用した画像にもそれらしき姿なし』

『繰り返す。神器の回収ができれば生死は問わない』



「おー物騒なこと言ってる」



 京都府。国立現代美術館。

 その建物を遥か遠くに眺めながら、とある山から自分が起こした馬鹿騒ぎを俺は眺めていた。

 そして、今回の成果物である黄色に光った勾玉に視線を落とす。

 やたら地下深くに厳重に保管されていたその勾玉『黄土の神玉』からは、日本の暗部組織の通信がものの見事に流れてきていた。



「いったいどんな仕組みで傍受できてんのやら」

 


 これが最強のこの超古代兵器。相手がどんな周波数や暗号で秘匿していても全てが無意味になる通信傍受機器。ひっさしぶりの当たりだ。

 噂に違わずデタラメな力だなこりゃ。

 でも……当たりにしても、目当てとはちょい違ったか。



『今回盗まれたのは神話の世界から続く、日本の神器の一つだ。勾玉がなくなるだけで我が国の国防に著しく支障がでる。これがもし敵対国に渡った場合、今までの富山の鉱石、岐阜の袴とともにその国防的被害は計り知れない。繰り返す、奴の生死は問わない。絶対に勾玉をはじめとした古代兵器を奪い返せ』





「奪い返せってな、元々はウチの所有物だぜ。泥棒さんはそっちだろ。いや、お前らの場合は強盗だな」





 古都の夜空を星が瞬いている。

 俺を追うのは、今向こうで赤い景色を作り出しているパトカーの群れだけじゃない。

 日本の一般のみなさんにはお見せできないような薄ら暗い部隊も、それはもう大量に出動されている。

 見つかったら命の取り合いは避けられないあたり、分かってはいたけどやっぱり今回いただいたこの獲物はそれだけ大事なもので間違いなさそうだ。



 ただ、せっかく盗み出したこの2000年以上も大事に守られてきた勾玉も、あの宇宙へ俺を連れて行ってはくれないらしい。

 俺の目的のためには、まだまだこの怪盗業は続ける必要がある。



「じゃ、とっとと帰って、明日からまた普通の高校生に戻りますか」



 靴底に砕いた石を仕込んだそれから、緑色の発光を見る。階段を登るように空を駆けると、そのまま体が宙に浮いていく。

 青く光る袴を揺らし、誰にも認識されないまま、俺は東京方面に飛んだ。



☆☆☆



「ねえ! 聞いた? 昨日の夜また怪盗シリウスが出たんだって!」

「あー知ってる京都でしょ? っていうか朝からテレビそればっかりじゃん。知らない方がおかしいよ」

「カッコいいよね……ああ、私も盗まれたい……」



 東京。

 欠伸をしながら、俺は高校へ向かう道のりを歩いていた。

 最寄駅で電車を降りて、全800メートルの道のりを同じ高校の奴らが作る流れに沿って歩く。

 怪盗シリウスをやった翌日は特に、もう1年も通う通い慣れた通学路でも、ほとんど退屈することはなかった。



 だって、女子高生たちにああやって噂されんのってかなりきもちーし? あの娘ご要望のとおりに今度さらってやろーかななんて考えると昨日の徒労感だって軽〜く癒えていく訳で。

 ほらほら、令和の大泥棒怪盗シリウスはここですよ〜なんて心の中で言っちゃうわけですよ。



 ぐっへへへへ。



「湊。……なに気持ち悪い笑顔してんのよ」


「っうお!? 奈々どこから現れた! ……えっと……機嫌悪い?」


「べっつに。また人の物を奪う最低の人間が現れたことにムカついてるだけ」


「あー。お前怪盗シリウス嫌いだもんな」


「怪盗シリウスが嫌いなんじゃないの。人様に迷惑をかける犯罪者が嫌いなだけ。……おかげでお父さんもお母さんも昨日はずっと京都で帰ってこれなかった。せっかくお母さんの誕生日ケーキ作ってたのに」



 あ、あちゃー。

 そいやおばさんの誕生日だったっけ昨日。

 ごめん奈々。すっかり忘れてた。



「そ、そか。い、いやーそれにしても、流石生徒会副会長様。このゴミ一つ落ちてない道素晴らしい! 昨日は高校周辺のゴミ拾いご苦労」


「……いきなりなに? 不参加だった会長がなんか言ってるし」


「いや〜、昔から奈々さんにはお世話になってますから。ほら、奈々の支えがあってこそ俺は2年で生徒会長なんてできてるんだ。マジで頼りにしてるし、本気で感謝してるんだぜ?」



 幼なじみの水本奈々は、その童顔を不機嫌に歪め、パチっと大きい目をジトっと俺に向けてくる。

 ピシッとシワがない制服。髪型にも乱れはなく、綺麗に手入れをされた黒髪ロングが朝の太陽の光を反射している。しっかり両手で正面に学生鞄を持つ凛とした姿は、彼女の生真面目さを表しているようだ。

 しばらくそんな不機嫌ムスッと顔と目を合わせていると、彼女からフッとその表情に強張りが消えた。




「そ? まあ幼なじみだし。昔から湊はテキトーなとこあるんだから。私がいないとほんとダメだもんね」


「そ、そだな〜」


 さっきより声のトーンが一つ上がった。

 とりあえず不機嫌モードは解消されたみたいだ。一安心。


「……でも」



 奈々は綻んでいた表情を引き締めて、また言った。



「私は、誰かに迷惑をかけるような犯罪者は許せない。早くパパとママに逮捕されちゃえばいいんだ」


「奈々……」



 本気の顔だった。昔から、こいつはずっとこんなこと言ってたっけ。



「いつか、湊のパパとママに手をかけた奴らも、パパやママや私が絶対に捕まえるから」



 意志の強い目だった。

 彼女の正義感が溢れている、真っ直ぐで純粋な目。それが俺を射抜く。少し俺もたじろいでしまった。



「なあ、奈々」


「なに?」


「お父さんとお母さんがパパとママに戻ってるぞ。可愛いな」



「……っ! っ!? っ〜〜!!!」


「お、おい! 無言で殴るな痛ッてぇ!」


「わ、わたひぃもうがっこいくもん!」


「あっ! おい奈々……行っちまった」




 あはは〜またやってる〜、なんて声が周囲から聞こえて来る。会長また副会長いじって遊んでるのかとか、お似合いすぎ爆発しろとか、会長死すべしとかお前らみんな聞こえてんだからな?


 走りながら電柱に正面衝突する奈々を見つめ、少し笑ってしまった。

 全く。ああいうポンコツなとこ、昔から変わんないよな。




『いつか、湊のパパとママに手をかけた奴らも、パパやママや私が絶対に捕まえるから』



 奈々。

 それをやったやつらが公権力だったら。


 この国そのものだったなら。



 お前はどうするんだ?





 とりあえず、頭抑えてうずくまるポンコツお姫様を助けに行きますか。

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