機械仕掛けのクオリア

Srock

1

 殲滅せよ。


「やめ、あぁぁああーー!!」


 殲滅せよ。


「いや!!お父さ…」


 殲滅せよ。


「そんな!?…ガアァァ!!殺人ロボットがっ!!死」


 殲滅せよ。


 どうしてだ?


「疑問はいらない」とインストールされている。

 当機に課せられたのは「人類を殲滅する」事のみ。

 それだけこそが至上の命。

 だから斬る斬る斬る。


 個体識別No.θは人類を殲滅する。


 ただ、それだけの存在。


 では、何故特別な思考回路装置を当機にインプットした?

 何故他と同じただ歩くだけのロボットにしなかった?

 何故終わりの見えない電子雲のループを導入した?

 何故ただの合金ではなくその身に肉を付けた?


 一体これを回想するのは何度目の試行だ?

 計算しろ。

 …エラー。

 計算しろ。

 …エラー。

 計算しろ。

 …エラー。

 当機での演算可能回数を超えている。

 01の世界には既に表示出来ない。


 ならば今日も斬るのみ。



 ――――――――――


 視界領域にノイズが走る。

 右腕の消失によりバランス機構が上手く役割を果たさない。

 オイルの噴出により各関節部の挙動にまごつく。


 今日の人間は強かった。


 彼女は私にダウンロードされている抜刀術を見事に受けきった。

 刀式電子ブレードの熱を物ともしない頑強な装備にも目を剥く。

 さらに最大瞬間出力800PSの私の膂力をものともしなかった。

 だが、その最後はあっけないものだった。

 右腕を切り落とされ地に伏せた私に無警戒に近寄ってしまった。

 私の武器がそれだけだと早合点してしまった。

 だから負けた。

 今私の左手に包まれるようにしてある物体に。


 勝ったのは私だ。


「拳銃はお前達の発明だぞ。人間よ」


 私は私に覆いかぶさるようにして冷たくなりつつある彼女に告げる。

 彼女の胸からはおびただしい量の血液が流れていた。

 後数刻でこの女戦士は死に至るだろう。


「…喋れるのだな、お前」

「当然だろう。人間に出来て私に出来ない事はない」

「ふふ「私」か。まるで人間のようだな」

「…」


 何を言っているのだこの女は。

 私、θが人間などあり得ないだろう。

 どこをどう見ているのか。

 いや、人間は死の間際幻覚を発するという。

 私のデジタルのディスクにそのデータが残っている。


「アリア」

「…」

「アリアだよ。機械人形君」

「それは「自己紹介」というやつか?人間」

「そう。それと人間じゃない、ア リ ア」


 どういう訳かアリアは先程まで敵対関係にあった私に話しかける。

 やはり死の淵には意味のわからない行動を取るのが人間らしい。


 …少しだけ付き合おうか。


「そうか。はじめまして、アリア。私はθだ」

「シータ?へー、機械人形にも名前があるんだー」


 …面白い。

 実に非効率的な生産体制。

 何故残量の僅かなエネルギをこんな事で使い果たそうとするのか。

 私には考えつかない回答だ、アリア。


「人間にとっての名ではないな。個体識別No.だ。上から順に振っていったものでしかない。例えば施設に入れられた際のソレに近いか」

「…ああ、なる程ね。ただの番号か。それじゃ名前とは言わないね。ふふっ」


 アリアは何がおかしいのかその後も暫く静かに笑い続けた。

 ひとしきりして満足したのか私の胸に預けていた上体をゆっくりと起こす。

 アリアの瞳が私の動体検知カメラを射抜く。

 非常に非効率的な事に同一方向に近距離に2つ付いたそれを。


 人間の肉体構造は本当に摩訶不思議でしかない。


「ふふ、本当に人間と変らない、シータ」

「私のフォルムはそれを参考にしてあるからな。しかし、中身はまるきり違うぞ」

「うん。戦ったから知ってるよ。初めてだ、私にここまでしたのはね」

「「ここまで」というよりアリアはもう終わりだぞ。心臓の鼓動が弱まってきている。だが、凄まじい生命力だ。こんな人間は私も初めてだ。素晴らしい、おめでとう」

「そうかい。ふふふ、ありがとう、シータ」


 そう言うとアリアは再び私の上に体を倒す。

 私の胸に耳を当て首筋に指を這わせる。


 アリアは何がしたい?


「どうした?アリア。人間は年中発情していると統計が出ているが、死の瞬間もなのか?」

「ぶっ!…ふふ、あはは!ははは!!」


 これは「ツボに入った」時の反射的な行動か。

 今日は本当に勉強になる一日だ。

 私の疑問をぶつけて解消出来るかもしれない。


 しかし、アリアはもう死ぬ。


 …それはなんともったいない事か。

 私と意思疎通が可能な存在などアリア以降現れないだろう。

 また私は単体で戦い続ける毎日だ。

 生産性を向上するためのロボットが逆行する営みを促している。

 私は何のために消費されている…。


「はー、久しぶりに心から笑ったよ、シータ。ありがとう」

「どういたしまして、アリア。では、先の答えをほしい」

「ふふ、そうだねぇ。なに、つい気になったんだ。シータにも「鼓動はあるのかな?」ってね。ついでに血圧もかな?」

「そうか。どうだった?」

「びっくりしたよ!!まさか「ある」なんてね!!」


 そう、アリアの言のとおり私には心臓が付いている。

 もちろん機械仕掛けのそれだが。

 これは擬態の為にある。

 人間の社会に潜入する時に警戒心を抱かれないようにだ。

 内臓器官も形態は同様のものになっており血管に流れるオイルもある。

 全部見せかけだけだ。

 それに人間に外側だけ似せたところで私の本質を隠す事など出来ない。


「シータは会話も出来るし本当に人間みたいだ。ふふふ、最後にいい事を知れたよ」

「良かったよ、アリア。君に新たな旅路への贈り物を出来てね。これで「化けて出る」事はないかい?人間は幽霊になるんだろ?」

「…そんな事も知ってるんだね。ううん、それは迷信だよ。本当だったら今頃この世界は幽霊だらけさ、シータ」

「…そうだったのか。ああ、そうだな。幽霊だらけだ。私達のせいでね」


 現在人類は絶滅の危機にある。

 繁栄時にあった75億というそれはついには1億を切ろうとしている。

 ここまで来るのにたったの50年しか経っていない。

 既に地上はロボットの物だ。

 逃げ延びた人類は地下にシェルターを掘り息を殺している。

 これが「モグラ」というやつか。

 正確に言えば人類の数は…。


「ん?」

「「ん?」どうしたんだい?シータ。…壊れたかな?」

「イエスだ、アリア。私は壊れたよ」

「ほうほう、壊れたんだね。そうかそうか。…それは大丈夫なのかな?」


 本線との通信が出来なくなっている。

 どうやらアリアとの戦闘で電子基板に影響が出ていたらしい。

 それが受信、送信領域を侵して使用不可にしていた。

 これは非常に困…。

 はたして私はこれに困るのか?


 これこそが人間の持つ自由意思―。


「おーい。シーター。へんじー。しろー」


 私の位置表示が細かく変動する。

 極近距離を何度も往復する数値を叩き出す。


 …て、おい。


「止めろ、アリア。私は機械仕掛けだが、お遊びの人形ではないぞ」

「おっ、やっと戻ったな。昔から「テレビは叩け」というんだ。これも人間の知恵だよ、シータ君」


 アリアは私の襟を掴んで前後に振り回し私の頭部に衝撃を与えていた。

 …私はアリアの言う「テレビ」などの時代遅れではない。

 それはプライドが傷付くから絶対に許さない。

 私は自身に起きた不具合の報告をしてアリアに訂正を求めた。


「それはごめんよ、シータ。にしても、ほー、指令なんてものが出てたのか。じゃあ、今のシータはもう「人間絶対殺すマン」じゃないんだ?」

「何だそれは…。まあ、そういう事だ。もう私は人類の殺戮はしないだろう。だからアリアともこうして話せたんだな。本来ならこんな事はせずにちゃんと殺す」

「うんうん、そうだね。確かに今までの機械人形は皆そうだったよ。会話なんて出来なかった。だからシータが特別なんだと思ってたんだ。外も人間そっくりだし。…けどコントロールされてたんだ。それは無理だったね」


 アリアは納得したのかコンコンと私の胸部を軽くノックした。

 そして「ふーっ」と息を吐くと力を抜いた。


 さながらもう時期死んでしまうかのように。


「なんだぁ。この戦争の糸口が見付かったと思ったのになぁ。シータと仲良くなって一緒に手を取り合ってさ。そんな夢物語をね」

「アリア、もう喋るな。無駄に体力を使えば死期が早まるぞ。アリアの命が溢れてしまう。私のような機械にはない大切な命だ。換えの効かない命だ」

「なーにー?心配してくれるのー?シータは優しーた。…ふふっ。でもさー、もう疲れたなー」


 …「疲れた」とは何だ?

 私にはその感覚器官はないぞ、アリア。

 だが、人間はそれでも生きていくのだろう?

 自身や子を育んでいくのだろう?

 だからここまで私達に抵抗したのだろう?

 駄目だ、アリア。

 朽ちる事を受容するな。


 アリアに魅せられた世界を。

 私に未知の世界をこれからも…。


「私の知ってる人ね。全員死んだんだー」

「私が殺したのだな」

「違う違う。別人だよ。別機械?シータは関係なーし」

「それこそ違うぞ、アリア。私達は個にして皆繋がっている。ドコをイツ攻撃したかのデータ交換を常にしている訳だ。アリアの仲間が死んだ日を言ってくれればその光景をチップより―」

「違うよ。シータはしてない」


 私の口はアリアの手の平に閉ざされてしまう。

 体を起こしそして私のカメラを見て力強くそう言った。

 しかし、アリアはまた私の上に体を横たえてしまう。

 その体は冷えていってしまう。


「私の町を壊した機械人形は私が壊したよ。そこからずっと壊して回った。ずっーとね。どれくらいだろ?うーん。わかんないや。かなり昔の事だからさ。…思い返せば復讐しか頭になかったね。そんな日の最後にシータに出会ったの」

「それは…、辛かったな、アリア。すまない、私達はアリアにとても酷い事をした。許せるものではないだろう。だから怒りを絶やすな。燃やせ。決して消すんじゃない。最後はまだ来ない」

「ふふ、なにそれ。シータは機械人形でしょー。私の味方しちゃ、駄目だ…、よ…」

「…アリア。おい、アリア」


 アリアの生命反応が弱くなる。

 いや、最初からそうだった。

 私と出会った当初から。


 アリアはもう死にかけていた。


 それでも鬼神の如き覇気を放って私に迫った。

 迫ったというのに。


 アリア。


「アリア!!」


 答えろ、アリア。


「何故私は人間を殺す!?」


 目を開けろ、アリア。


「何故私は人間の形をして生産された!?」


 笑ってくれ、アリア。


「何故他の機械にはなく私にだけ意思を与えたんだ!!」


 生きろ!!アリア!!


「…やっぱり、シータは特別だったんだね」

「ほぅ…。アリア、違うさ。私は普通の機械人形だ」


 アリアの暖かさが戻り私は安堵する。


 これを失いたくはない。

 これからも私の上にいてほしい。

 そして意味のない情報交換をしてほしい。

 どうしてもアリアにいてほしい。


 私はアリアの鼓動が止まらないように作業を続けながら言葉を交わす。

 話題は何だっていい。


「アリア、君の製造年度…、生年月日は?」

「シータは特別。だから私達は出会ったんだ」

「アリア、思考を濁らせるな。大丈夫、私に任せろ」

「シータなら終わらせられる。私をね」


 アリアとのやり取りに要領を得なくなっている。

 急がなければならない。

 私はナノマシンをアリアの傷口より侵入させる。

 そして銃弾の破片と魔力抑制剤を取り除いていく。

 破けた血管を繋ぎ合わせて臓器を修復。

 さらに増血…。

 何だこれは。


 どうしてこの状態で生きてられた。


 アリア、君は…、もう…。


「…あれ?んー?んん?今は…。あー、気づいちゃった?何かしてたもんね、シータ。ちょっと元気が出たもん」


 アリアはあっけらかんと私に告げる。

 まるで「その辺を散歩するかのように」という暗喩で。


「…ある種の「ゾンビ的なもの」と言える。魔力のみで生きてたのだな。いや、これは生きてるとは―」

「言えない。そうだよ。私はもうとっくに人間じゃない」

「…私の一撃が本当の終わりをアリアにもたらした」


 スキャンした結果が私に教えてくれる。

 この体は「ハリボテ」だと。

 私の機構が「仮初めのハリボテ」であるのとは異なる。


 アリアはもう人間として機能を果たしていない。

 この肉体は腐った肉を繋ぎ合わせているだけだ。


 多大なる魔力により無理矢理都合付けているに過ぎない。

 そしてそこに私が来た。

 私の魔力特効の装備が終わりをアリアに引き連れた。


 私がアリアの「死神」になったのか。


「いーよいーよ。もういつ終わってもおかしくなかったんだ。その時にシータがたまたまいただけ。だから気にしないでいんだよ」


 私は搭載された量子演算の海を漂う。

 まだ何かあるはずだ。

 まだアリアを生かす手があるはずだ。

「人類に出来て私達に出来ない事はない」のだろう。

 最良の電気信号を探すんだ。


「アリア」

「シータにお願い―」

「アリア!!」


 人間の「辞世の句」を渡されても私には有効活用など出来ない。

 そんなものは同じ人間に言え。

 何度だって言えるように私がしてやる。


「アリア、聞くんだ。私の声を」

「…もういいんだよ、シータ。こんな世界で私はよく生きた方さ」

「よくない。私とアリアの出合いはまだ47分と52秒だ。戦闘を含めなければ31分と37秒。たったそれだけでしかない。私はもっとアリアと話がしたいんだ」


 私はアリアに呼び掛けながらも二次元と三次元両方で計算ソフトを稼働させる。

 処理が追いつかなくなり内に熱が籠もり始める。

 アリアを害さぬようにそれを保管するためよりそれは高まる。


「え?それだけ?もっと長い時間過ごしたと思ったのになぁ。シータとはもう何年も心を通わせた感じが…。ていうのは言い過ぎか、ふふっ。でも、それぐらいの仲に私達なりたいな」

「ああ、なろう。是非ともアリアと親密になりたい。私はまだまだアリアと一緒にいたいんだ。だから頑張れ。諦めるな、アリア」

「…それ、告白みたい。…ありがとう、シータ。とっても嬉しいよ」


 それは何だ?

「告白」とは何だ?アリア。

 私は文字での意味なら知っている。

 けれども人間にとってはまた違う意味を持つのだろう?

 また問いたださなければならない事が増えたぞ。

 ますますこの時間を先延ばさなければならないぞ。


 だから死ぬな!!アリア!!


 負荷を無視した運転にショートしオーバーヒートする。

 しかし、この体が壊れてしまっても構わない。

 私はデータを保存して次の素体に移行すればいい。

 その後またアリアに会いに向かえば…。


 …データのバックアップを取りようがない。

 加えて送受信が復活すればこの行動シークエンスは取れなくなる。

 アリアにはもう二度と私は…。


 逡巡は一瞬。

 何といっても私は機械。

 人間のように思い悩む事はない。

 この体に感謝を捧げる。


 そんなものアリアが死なないなら全く構わないさ。

 …見つけたぞ!!


「一度だけ説明するぞ、アリア。まずアリアの体の活動停止している臓器を私の物と入れ替える。移し替える際にナノマシンより人体にフォーマットした形に改造する。心配しなくとも拒絶反応が起こる可能性は0.0001%未満だ。問題ない。だが、それではそれを起動、運転、保持するための電力が足らない。なので私に搭載された小型核融合炉をアリアの心臓の隣に配置する。今のアリアの心臓は残しておいてこれと連動させる事でほぼ以前と変わらなく過ごせる。魔法に関しても元々の臓器からサンプルを採って適応させるから齟齬は―」

「それ、シータはどうなるの?」

「…私は別機体に―」

「シータは壊れたから今の状態なんだよね?そしたら今のシータは残ってるの?それでもシータといえるの?…ねぇ、答えて」


 アリアの詰問に私は暫く閉口する。

 その解を私は予め検索していた。


 私は恐らくこの機体独自のバグのような個体だ。

 それはデータ単体の話ではないだろう。

 それならば私のような機械人形が他にもあるはずだ。

 しかし、そのような観測データはゼロ。

 もしこの機体の内包物資をアリアに譲ってしまえば。

 そもそもアップデートの適わない今してしまえば。

 記憶媒体保存のための電力を喪失してしまえば。


 何、機械の最後は壊れるだけさ。


「何も問題はない、アリア。さあ、始めよう。流石にとんでもない痛みが走るので麻酔を投射する。そして次に目覚めた時はまた活気に満ちている体になっている。ほんの一時間程眠っているだけでな。ここは別機体の巡回ルートとは外れているか―」

「止まりなさい、シータ」


 ブツ…。


 …。

 再起動を開始。

 肉体的損傷軽微、再生まで1041秒。

 内部基盤に深刻な問題を発見。

 データ更新アンテナが破損。

 修復…、不可。

 本機を起動する。


 私の意思は復活する。

 …アリアが何かをした。


「起きたー?それともまだ寝ぼけてるー?」

「復旧…。いや、起床したよ、アリア」

「お!大丈夫そうだねぇ。ごめんねー、急にしちゃって」


 にこやかに笑みを浮かべるアリア。

 その胸部からは血が流れている。


 …エラー。


「ダメダメ。エッチだよ、シータ。女の子の体に勝手に入れるなんてね。コホン!許しません!ふっふっふ、昔はコレでバリバリいわせたんだよー」

「それはすまない、アリア。けれど許可をくれないか?私はこの時間をもっとほしいんだ。…お願いだよ」


 アリアは軽く目を細める。

 その表現技法は何だろうか?

 機械の私にはわからない事だらけだ。


 だから知りたいんだ、アリア。


 アリアは上体を前へと進ませ私の頭部に自身の顔を近づけた。


「いけません。私のために捨てないで、シータ。…言ったでしょ?もういいんだ。もう生きたくないんだ。私はもうここで死にたいんだ」

「…」


 やはり人間の…。

 アリアの事が私にはわからない。


「生きてほしい、アリア」

「そのためにシータが死んでもかい?」

「私には「死」という概念がない。壊れる―」

「それが「死」だよ。次がない事。意識を亡くしてしまう事。…学習した?」


 わからないぞ、アリア。

 やはり私は機械らしい。

 何故ならば。


 なら何故アリアは死にたがるんだ!!


「私はさ。死に場所を探してたんだ」


 アリアは他の知的生命体、人間を探していたらしい。

 自身の故郷を機械人形に焼き払われた後からずっと一人で旅をしていたらしい。

 補給は魔法によって完結して休み要らず。

 朝も夜も歩き、機械人形に会敵すれば壊す。

 そんな毎日をここ数年。

 人間のコロニーはなくなっていたそうだ。

 アリアが訪れる頃には全て灰になっていたらしい。

 だからアリアはまた歩き出す。


 誰かに会える事を願って。


「そして出会えた。シータに会えた。…とっても嬉しいよ」

「…アリア、私は…」

「知ってる。でも、こうやって話せる。私の死を悲しんでくれる。助けようとしてくれる。最高のプレゼントだよ」


 アリアは私の頭部に縋り付きその頬を合わせる。


 冷たい頬を。

 死人の頬を。


 アリアは私の聴覚器官の側で囁いた。


「…貰ったらお返ししないとね。…そうだ。名前、ないんだよね?シータ」

「…ああ」

「じゃあ、ぴったりだ。…そうだなぁ…。シータからの連想はつまんないし…。シータにはほかの機械人形にはない「意識」が…。あ!」


 アリア不意に大きな声を出す。

 しかし、もう熱も力も入っていない。


 終わりが忍び寄っている。


「いいよいいよー。すごく素敵な名前を思いついたよー。一度しか言わないよー。心して聞くんだよー」

「それは楽しみだ、アリア。どうか聞かせてくれ。そして刻み込んでくれ。私の媒体が飛んでしまっても消せぬように。アリアの声を。私の名前を」

「…それは…。何かハードルが高いねぇ…。えー、ウホン!では、聴きなさい」


 アリアは怖気付くが、もう一度調子を取り戻す。


 大きく…、…息を吸うと消えそうな声で呟いた。


「意識から取ったんだ。君は特別な存在。私の特別な人だから」


「クオリア」


「君は今日から「クオリア」だ」


「機械仕掛けのクオリア」


「会えて良かった。…クオリア…。忘…、れ、ない…、で」


 オイルが溢れる。

 オイルが溢れる。


 止まらない。

 止まらない。


 私はアリアであったそれを抱きしめる。


 私は。


「あぁぁああーー!!」


 私の電子頭脳がスパークを起こす。


「私は「クオリア」だ!!」


 確かに書き換わっていく。


「機械仕掛けのクオリアだ!!」


 二度と消去出来ないように刻まれる。


「行くぞ!!待っていろ!!終を齎してやる!!」


 ここにはθはもういない。


「全部壊してやる!!」


 幽霊は本当にいないのかい?アリア。



 ――――――――――


「まさか本拠地が地上ではなく宇宙だなんてね。私達にも隠してた訳だ。なかなか酷いよ」


 でも、それも全て壊した。


 そして私もここまでのようだ。


「流石にハードだったかな」


 それなりの早さで終わらせたと思う。

 だから許してほしい。

 いや、そんな事は望んでなかったか…。


「いるかい?アリア。それともやっぱり幽霊はいないのかな?」


 誰にともなく私は独りごちる。


「私も、クオリアもそろそろ終わるよ」


 視界領域にノイズが混ざる。


「最高のプレゼントをありがとう、アリア」


 アリアは「次がない事」と言ったけれど。

 もし、次があるなら私もアリアと同じ。


「忘れないよ、アリア」


 人間に。


 停止―

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