第16話 VS『ロビンフッド』『シモ・ヘイヘ』

 鬱蒼と茂る山道。


 レギンはゴブリンを縄でくくり、道案内させた。

 縄で腕をぐうぐる巻きにされたゴブリンに先頭を歩かせ、俺とレギンとスレイブは移動している。


「っく、見ておれ。今にお前ら魔王軍の時代は終わる! もはや人間に媚びを売るしかないのだ。人間が、この地上を支配するのはもう目前だ!」


拘束されてもゴブリンはイキり続けた。呆れた奴だ。言ってる内容そのものは俺のいた世界で起こったことだから納得かつ耳がどこか痛い話ではある。他の動物を人間が支配したからな。


 レギンがゴブリンに質問する。


「魔王軍を裏切ったゴブリンは、お前達だけか? 他にもいるのか?」


「答えるものか!」


 その後あれこれ聞いても、何も答えないそいつに案内させて十分ほど経って、目的地と思しき場所に到達。

 これまた見窄らしい藁で出来た家の数々、しかし全く生き物の気配がしない。


 あまりにも静かだった。百以上はあるだろう藁の家。既に廃墟となったかのような静けさに支配されている。

 レギンがゴブリンに質問する。


「おい、どういうことだ? ここは……ゴブリン族の本拠地のはずだ。何故、誰もいないんだ」


 なんだと、ってことは……どういうことだ? 目の前の奴は、素直に裏切り者の居場所にまで連れてこなかったということだろうか? 既にゴブリン族はどこかに移動したのか?

 そう思っていると、木々の後ろから数十体のゴブリンが出てきた。そいつらからは、気配の全くしない。


 ふと俺は自分の体に流れる『不思議な力』に気付いた……恐らくこれは、魔力だ。俺は魔物になって、微弱な気配を感じる力が強まってるらしい。


 無意識に気付く生き物の気配……それがゴブリン達から全くしなかった。

 レギンがゴブリン達に質問する。


「おい、お前達……どういうことだ? なぜ魔力を感じない?」


「答える義理はないですな。魔王軍、序列第六位サキュバス族のレギンよ」


「相手があたしと分かった上で逆らうって言うんだな、ゴブリン族は」


「そうですね」


 レギンはゴブリン族を睨み付ける。


「おい、ゴブリン共。最後通告だ。エルティア王国と戦う為の兵を出せ」


「そんな言い方しなくてもいいんじゃ」


 上から目線では、通る意見も通らなくなるのではないだろうか? と思う俺にスレイブが、


「ダメです。舐められるわけにはいきません、相手はレギンを魔王軍の幹部と認識した上で、舐めてきているのです」


 そうか、相手は魔物なんだ。人間とは違う理由で動いてる……とも言い切れないか。

 強気の相手には頭を下げて、弱きの相手にはつけ上がる。そんな奴、人間にもいるしな。


 つまりゴブリンは、そういう種族なんだろう。優しさと弱さの区別が出来ず、偉さと正しさの区別ができない奴らなんだ。口より拳で語るってことだな。


 木々の上から、また別の声がした。


「……ゴブリン達は賢い。魔王軍に見切りをつけて、エルティア王国に組みすることにしたのさ」


 俺は上の方を見る。そこにいた男は、ゴブリンでなく人間だった。

 迷彩色のマント、オレンジ色の髪の毛、垂れ目のイケメンでボーガンを腕に取り付けている。


 間違いない、こいつ、中世イングランドに存在した義賊――。


「俺の名はロビンフッドだ。魔王軍序列六位と七位だな。ゴブリン達相手に思わぬ大物が来たものだ。それとも、どこかから俺達が来るって情報が漏れたのか?」


 訝しげに俺達を見るイケメン野郎は、途中でくっくと笑い出した。


「いや、それは無いか……もし俺達が来ると分かっていたなら魔王ガンダールヴかブーケが来たはずだ」


 ロビンフッドに別の男の声がかけられる。それは渋い声で、俺の知らない声だった。


「ロビン、そいつらがいたところで、俺達には勝てっこないさ。森だからな」


「それもそうか、シモ」


 俺は全神経を集中させて、ロビンと離れた位置にいるもう一人の男を見た。その男は真っ白な髪に迷彩色の軍服と、簡素な昔ながらの銃――それこそ、第二次世界大戦で使われたような銃を持ってる。


 あれが伝説の狙撃兵か。公式記録だけでソ連兵を五百人以上殺し、三十二人で四千人の敵軍を相手に勝利し、戦場で生き残り五階級特進した化け物。あんなのと、戦いたくねえ。


「おい、お前……それは、ゴブリン族長の印だな。なぜお前のような人間が持ってる?」


 レギンはロビンフッドに質問する。


「先代の族長を一騎打ちで殺した。俺が今は族長だ」


 レギンとスレイブの目が大きく見開かれる。


「この俺はエルティア王国の幹部でもあると同時に、ゴブリン族のリーダーでもあるってわけさ」


 ロビンフッドは意地悪に笑う。レギンは怒りに震えている。


「何……聞いてないぞ! 魔王軍になぜ、ゴブリン族の族長が変わったという報告も、転移者のことも報告も出さなかったんだ!?」


 ロビンフッドは意地悪そうに笑い、


「分かりきったことだ! ゴブリン達と魔王軍は、トップが交代したら逐次報告を入れる取り決めをしている。報告がされなかったということは――」


 ゴブリン達は裏切ってるってことか。


「ゴブリン共、構えろ!」


 ロビンフッドの声と共に、木の上に影が見える。ちらりと見渡せば、シモ・ヘイヘが消えている。――嫌な流れだ、まずい!


 ゴブリン達が、木々の上から見下ろしている。どうやら、囲まれてしまったらしい。

 っち……。


「お前、最近転移してきたのか?」


「な――」


 ロビンフッドはレギンの問いに絶句している。


「魔王様から預かった、『真偽水晶』だ。答えよ!」


「……ふん、魔王軍の幹部よ。そんなもの、どれだけ信憑性があるって言うんだ? 俺はずっと前に転移してきた。最近なんかじゃない」


 『真偽水晶』は光った。ってことはあいつ、嘘ついたな。


「最近来た転生者だと……まさか、シモ・ヘイヘもか!?」


「いや、シモが来たのももっと前からだ」


 ロビンフッドの言葉で真偽水晶が光る。中世のイングランド人って純朴なんだな。不意打ち得意な癖に喰らってやがる。


「魔王様が危惧したのは、こういうことだったんですね。まさかジャンヌとは別の人間の転移者がいて、しかもゴブリンの村を乗っ取られているだなんて」


 レギンとスレイブが動揺。しかし、ゴブリン族達も動揺している。


「ロビンフッド様! なんで答えるんですか!」


「え……」


 ロビンフッドは間抜けな顔を浮かべ、部下に涙目で叱られている。


「真偽水晶を持ってる相手に、なんで馬鹿正直に答えるんですか!」


「あれ、水晶占いだよな? 精度どんくらいなの?」


 ゴブリン達は怪訝な顔をしている。


「精度って?」


「嘘か本当か、当たる確率だよ。外れることだってあるだろ」


 辺りに、沈黙が満ちる。


「百発百中ですよ!」


「な、何ぃ! 異世界には、そんな凄いアイテムがあるのかああ!?」


 あいつ、一日前の俺と同じ心境になってる。どうやら召喚されてから日が浅いらしい。

 どこからか、渋い声がロビンフッドにかけられる。


「ロビン! お前はもう喋るな! こいつらをここで始末するぞ、森なら俺達は負けない!」


「っち、ばれたらしょうがない」


 ゴブリン族を率いる男、ロビンフッドは木に飛び乗った。


「そうだ、俺は最近転移してきた! この世界のことなんて知らないが、得意の弓でてめぇら相手に勝ってやるぜ、魔王軍!」


 あの野郎、開き直りやがった。

 ロビンフッドはオレンジ色の髪を迷彩色のマントで隠し――なんとその姿は透明になっていき消えた。


「透化だと!? レアなスキルを」


 レギンがロビンフッドのいた場所を見ながら歯軋りする。

 そして、他のゴブリン達が石を構えた。


「っち、ばれちゃしょうがない。ジャンヌと一緒に魔王軍を攻める手はずだったが……ここでお前らを始末してやる! スキル発動! 『境界なき教会』!」


 緑色のゴブリン達が筋骨隆々になり、体も大きくなる。それどころか、木々が巨大化し、一本一本の木が大蛇のようにうねり出す。


「ホブゴブリンになりやがった!」


 ゴブリン達を見て、レギンが叫び、スレイブが絶句。

 俺の心に声が響く。


【ゴブリンが、ホブゴブリンに進化しました。撤退を提案します】


 ホブゴブリン達は俺達に投石してくる。

 レギンは石を難なく躱していく。そしてスレイブは風を纏うことで、投石の軌道をずらす。


 対して、ノーガードの俺。

 俺のコンクリートがホブゴブリンの投石でちょっとずつ剥がれていく。


 やばいやばいやばい!


「くっはっはっは、俺の『境界なき教会』は味方の身体能力を底上げする。お前らに、勝ち目はない!」


 透明で見えないが、ロビンフッドの顔が勝ち誇っているだろうのは想像できる。

 レギンが血相を変えて俺に近づいてくる。


「ロードロード、大丈夫か!?」


「レギン、大丈夫だ。一応まだ耐えられる」


 すると、ロビンフッドの声がどこからか聞こえる。


「なんだ、あんなコンクリートの心配なんかして。魔導具かなんかか?」


 声を出すなんて折角姿を隠しているのに大丈夫か? と思うのだが、どこにいるのかまるで分からない。そして。


 シュン、という風を切る音と。バン、というよく知る銃撃音。間違いなくロビンフッドとシモ・ヘイヘの攻撃だ!

 スレイブに弓矢が刺さり、レギンに銃弾が当たる。


「っち」


「痛いですわね」


 驚いたのは傷つきながらも、弓矢も銃弾も貫通はしていない。レギンとスレイブはそれぞれ茶色い魔力と緑色の魔力を纏い、ゴブリン達を攻撃していく。弓矢も銃弾も通さないとは、これが魔王軍の幹部か。


 レギンが俺の近くに立ってパンツが見えて、エナジーが溜まる。


【エナジー満タンです】


 よし。


「道テイム!」


 落ちている石を使って、石畳を形成する。

 だが、それだけだ。攻撃の意味はない。せめて、うねる大樹の邪魔になればいいかなと思うくらいの気持ちだった。


 だがレギンがふっと笑い、


「流石ロードロード、良い仕事だ」


 俺を褒める。俺としてはゴブリンの近くの石を減らして投石されない様にしたいと思っていたのだが。


 レギンは、石畳を剥がし、ホブゴブリンに投石する。

 ええええ、そんな使い方があるとは!


 レギンはゴブリン達に剥がれた石畳が次々命中していく、が多勢に無勢。どんどん石が俺やレギンに当たっていく。

 レギンは明らかに俺を庇うように避けて、大変な様子だった。


 度々、風切り音と共に来る弓矢と、銃声と共に来る銃弾が俺達を襲う。恐ろしいことに、それは俺でなく、正確にレギンとスレイブに命中させていく高度な技量を持っていた。俺と違い、祖国の為に戦った兵士二人は歴戦の兵だ。


 上の方から声がする、まるで俺達を見下ろしてると主張しているかのように。


「足手まといがいるってのは可哀想だなぁ! そんな雑魚を放って逃げればいいのによ!」


 レギンはロビンフッドがいるかもしれない上を睨んで言い返す。


「道は良い奴だ。馬鹿にするな!」


 ロードロードと言わないのは、きっと俺がネームドだとバラさないせめてもの隠蔽だろう。

 ……最近出会ったばっかの俺をよくそう言ってくれるもんだ。


 そんな俺の頭は、突如として一つの存在に支配される。スレイブのパンツ。

 風魔法により風が纏われることで、パンツの在り方はより意味を増す。


 衣類が風によってはためき、その形態が動的になる。パンツの皺が、ゆらゆらと動く。

 それは控えめに言って、被造物の美しさそのものとも言えるだろう。


 はためく美少女パンツの美しさ、どう形容すればいいのか。

 好きだとしか言い様がない。


 俺のエナジーが満ちる。


【レベルアップしました。「土道」の道テイムが可能になりました】


「よし、やるぞ」


 俺のスキルを使えば、撤退くらいできるかもしれない。

 だが、俺のやる気にも関わらず、レギンが大声を叫んだ。


「スレイブ、一時撤退だ! このままじゃ負ける!」


 レギンとスレイブは血だらけだった、急いで撤退し森の出入り口へと引き返す。

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異世界転生したら道でした @happy333

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